Orange Glitter



"Can I come in?"
(入ってもいい?)
"Don't say that after you did"
(入ってから訊くなよ)
"You are right"
(それもそうね)

相変わらずの憎まれ口にも動じず、たったいま自分が入ってきた
扉を閉めると、アニーは真っ直ぐに歩いてきた。
机を挟んで小首をかしげ、くすりと笑う。
その拍子に、揺れる金髪がオレンジ色の西日を浴びて煌いた。

"I like much better you get your hair down like that."
(やっぱり、髪はそうやって降ろしてたほうがずっと素敵よ)
"I don't think it's a big point."
(どっちだって関係ないだろうが)
"Are you done with today's work, Kuromine?"
(今日のお仕事は終わったの、クロミネ?)
"I wish I were"
(だといいんだが)

処理しても処理しても、いっこうに減る気配のない紙の束にかれこれ
半日は机を占拠されたのでは、いい加減もてあましても仕方ないだろう。
席についたときはまだ高かったはずの陽が、いつのまにか傾いている
ことにもアニーの髪を見るまでまったく気付かなかった。
東郷高校において、生徒会が教師を遥かに凌ぐ権限を持つことは内外に広く
知られている。
一方で、その権限は当事者たちの、多大な努力の上に保障されているのだと
いう所まで頭が廻る者は、意外と少ない。
もちろん、当事者の筆頭である生徒会長が露ほどもそんな素振りを見せぬ
のも一因ではあるのだが。

"So, what can I do for you Annie?"
(で、いったい何の用だ、アニー?)
"You remember?"
(覚えてる?)
"Remember what?"
(覚えてるって何を?)

やっぱり忘れてたわね……。

ペンの走る音に乗って答える事務的な声に、アニーはガックリとうなだれた。
一瞬でも期待した自分を呪いながら。



   ◇ ◇ ◇



ことの起こりは三日前の月曜日。
今度の日曜に、自分が主催して理事の親睦を兼ねたパーティーを開くことに
なったからそのつもりで、とB国の祖父から出し抜けに連絡があったのだ。
会場は黒峰財閥のグループ会社が経営するホテルで、マイヤー理事長も
多忙なスケジュールを縫って、金曜の便で来日するという。
通常、こうしたパーティーが催される場合は、少なくとも一ヶ月前に
日時を決定し、正式な招待状を発送するのが社交界の常識である。
にも関わらず、今回は当日まで一週間とない慌しさ。
フライングも甚だしい。
ではなぜ、この時期に抜き打ちでパーティーなど開こうというのか。
祖父の性格を知りぬくアニーは、海の向こうからの電話で最初に話を
持ちかけられたとき直感した。
これはテストなのだと。

「スーツの宇宙人」と渡り合うため、いわば奥の手として黒峰とアニーが
理事の職に就いたことを、快く思わない連中がいるのだ。
それも、おそらく理事会内部に。
たしかに人生経験もキャリアも積んだ彼らにしてみれば、若年の、
しかもまだ学生の自分たちが名を連ねるのは面白くないだろう。
学園乗っ取りの危機も去った今、首を挿げ替えようとしても
不思議ではない。

だからこそ、おじいちゃんは先手を打ったんだわ。
初対面の人は温和な笑みにコロっと騙されるが、なかなかどうして。
実はしたたかな一面も持ち合わせていることを、17年の付き合いで
アニーは学習していた。
また、そうでなくては学校法人の責任者など務まらない。
受話器に運ばれて耳に届いた、静かな祖父の言葉を反芻する。

   "Annie, I'm afraid I can't help you this time,
   (アニー、悪いが今回は力になってやれないよ。
   because I will not attend as your grandfather, but as a chairman."
    儂はお前の祖父としてではなく、理事長として出席するのじゃから)

大人と同じ世界で対等に勝負できるだけの技量を備えているというのなら、
黒峰と共にそれを証明してみろ、と暗に言っているのだ。
理事長の立場にあれば、二人を庇うのは造作もない。
だが、それでは幹部連中も納得しないだろうし、二人のためにもならない。
黒峰とアニーが、自力で他の理事たちの信頼を勝ち取る機会を提供する
ために考えだされたのが、今回のパーティーというわけだ。

電話のあと、アニーはその日のうちに生徒会室へ足を運び、この事を
黒峰に伝えた。
既に彼のもとにも連絡があったらしく、細かい情報を2,3確認する
程度で済んだ。
ところが、帰りがけに思いも寄らぬ台詞で引き止められたのだ。

   "Why don't we have a dinner?"
   (一緒に食事でもどうだ?)
   "We?!"
   (一緒に?!)
   "You and me."
   (君と私で)

訊き返すアニーの声が裏返ったことに、一瞬、おやという表情を
浮かべただけで、何でもないことのように黒峰は続けた。

   "We'd better look over the hotel we'll have the party.
   (パーティー会場のホテルの下見をしておいた方がいい。
    Since it's one of the Kuromine Group, just like home for me,
    "黒峰"グループの持ち物だから、私にとっては家と同じだが
    but not for you. And we gonna meet crafty old foxes there.
    君は違う。それに当日は海千山千のキツネどもが相手だ)
   "Oh, do you care of me?"
   (あら、心配してくれるの?)
   "I don't wanna go to hell with you"
   (君と共倒れ、なんて御免だからな)
   "You can say that again...is it tonight?"
   (言ってくれるじゃない…食事は今夜?)
   "No, I have a meeting. How about Thursday?"
   (いや、今日は会議がある。木曜でいいか?)
   "Fine"
   (ええ)

こうして話は決まった。
部屋を出た後、アニーは両腕で自分の肩を抱き締めた。

―――嬉しかった。

自分がパーティー当日にヘマをしたら、彼自身も
とばっちりを喰らって立場を危うくする危険がある。
黒峰が協力を申し出たのは、お互いの利益を守るための
保険のようなもの。
そんなことは最初からわかっていた。
それでも嬉しかったのだ。
彼が自分を誘ってくれたことが。
僅かでも気にかけてくれたことが。

はやる心を抑えるべく、胸に下げた十字架のネックレスに
片手を伸ばしてアニーは祈った。
どうか、彼が約束を忘れたりしませんように、と。



   ◇ ◇ ◇



どうやら祈りは通じなかったらしい。
暫くのあいだ、目の前で黙々と仕事をこなす黒峰を眺めていたアニーは、
やがて諦めの滲んだ表情でため息をついた。
あれ以来、食事の約束のことなど口の端にものぼらなかったし、それ以前に
今週は特に生徒会が忙しいためか、ゆっくり話をする時間もなかった。
ただでさえ、他校とは比較にならない仕事量である。

……仕方、ないわよね……。
だいたい、覚えてると思うほうがどうかしてたわ。

"Sorry for interrupting, I'm leaving"
(邪魔してごめんなさい、もう行くわ)
"Then go downstairs and wait at the hall"
(なら下へ降りて昇降口のところで待ってろ)
"For what?"
(どうして?)

出て行こうとした矢先の予想外の言葉に戸惑いを見せるアニーに、
あくまでも平然と黒峰は答えた。

"I'll be there after wrap those papers up.
(この書類を片付けたら、私もすぐに行く。
We have a dinner tonight, do we?"
 食事の約束は、今夜だろう?)
"You remembered?!"
(覚えてたの?!)
"I never said I forgot"
(忘れたと言ってないが)
"But if you did, why didn't you----"
(覚えてたんなら、どうして―――)

どうして言ってくれなかったの、と叫びかけてアニーは気付いた。
黒峰が必死に笑いを堪えていることに。
確信犯。
認めたくない事実が脳裏をかすめた。

くやしい、くやしい、くやし〜い!!
はなっから覚えてて人のことからかってたなんて。
どこまで根性悪いのよ、この男は〜〜〜!!!!!


蒼い瞳に静かな怒りを湛えて睨みつけると、アニーは
白い人差し指を突きつけた。

"Look, come down in ten minutes! Or I'll kill you!! "
(いい、10分で来なかったらタダじゃ置かないわよ!!)
"Maybe I can't"
(無理かもな)

彼女なりに精一杯凄みを利かせた台詞を軽くあしらい、
黒峰は不敵に笑った。

"Eleven"
(11分だ)

憎らしいほど艶やかな笑みだった。
完敗。
更に認めたくない事実が胸に広がった。
同時に、それでも約束を覚えていてくれたことを喜んでいる
自分がいるのだから、救いようがない。

"You win.....at least for today"
(負けたわ…今日のとこは)

両手を上げた降参ポーズとは裏腹に、まだ不満げな声で
言い置いて、アニーは部屋を出て行った。
来たときと同じように、オレンジ色の粒を飾った金髪を揺らせて。



   ◇ ◇ ◇



「まったく……何もわかってないんだな」

静かになった部屋で椅子の背に体重を預け、半ば呆れて黒峰は嘆息した。
勝負など、もう本当はついているというのに。

『諦めないから』と笑顔で宣言されたときから?
なぜか傍にいると退屈しないと感じたときから?
気が強いくせに危なっかしいと思ったときから?

いや―――いつから、なんてどうでもいい。
心地良さを自覚した時点で、自分の負けだ。
ふと、邪気のない先刻の問いかけが耳に響いた。

   "Can I come in?"
   (入ってもいい?)

いいも何も、既に入り込んでいることに彼女は気付いてないのだろうか?
自分の心の中の、深い深い場所に。
手放せないほど大きな存在となって。

「言っただろう―――入ってから訊くなって」

ひそやかに笑って肩を一つそびやかすと、黒峰は次の書類に手を伸ばした。
彼が今日の業務を終えるのは、きっちり11分後のことである。



FIN






Free Talk

はい、というわけで今回の色は"Orange"でした♪・・・かなり無理やり^^;
これはCharuさんに頂いたCGを見た時、パッと冒頭の会話部分が浮かんだので
そこから果てしなく妄想を広げて出来たものだったりします。>Charuさん多謝

黒峰×アニーのSSは、英語の台詞部分を先に書くので日本語訳に困ります(はぅ)
今までは長さが違っても無視してたんですけど(笑)今回はいちおう、頑張って
原語に「尺」が合うように日本語をつけてみました。だから言葉遣いが変かも^^;
実はこの後、二人で理事パーティーに乗り込む話も考えてしまったのですが、長くなるので
またの機会、ということで。しかし、イラスト一枚からここまで妄想する私って(苦笑)

今回のBGMはSMAPの「オレンジ」です。(そのまんまじゃん/笑)
本当にたまたま有線で聴いて、気に入ったのです♪「らいおんハート」のc/wだと
知ったときはビックリしました(笑)>A面だと思ってHMVで探してた間抜け(爆)
タイトルの"Glitter"は擬態語で「キラキラ」って感じでしょうか。
マライア・キャリーのアルバムから取ってつけました。



 ++Patio TOP++   ++Fanfic TOP++   ++Msami Morio++