それが意外とそうでもないのです。
生かされて存在の価値、生きる場が出来てくるとネガティブな方へは出にくくなるのです。
風邪で咳が出ているときに絶食小食にすると咳が止まる体の原理と少し似ています。一度に二つのことは出来ないのでしょう。
ですから、石の持つ流れをせき止めるような生き方、考え方、得意技が認められ、活かされることで心身の問題が解消するケースもあるのです。
(※ この石の話は私の経験的な勘を元につくった比喩です。
私は心身を分離しない感覚がある程度日常的になってきているせいか、文章もそれを分けて書くのが返って不得手になっています。分かりにくくてゴメンナサイ。)
[ NRTの基本原理 ]のコーナーを読んでいただけると、
「 身体症状は体の葛藤であり脳を介して心とつながっている 」このことについてもう少し分かっていただけるかと思います。
できましたらTop[ 体も心も新陳代謝! ] からどうぞ。
以上の取り組みは主にNRTワークについてです。
このHPでは全体的にワークが何故心身の多くの問題に役立つのかについて、
その説明に、整体の臨床経験で把握した心身の自然現象の原理を応用しています。
あなたの問題が心身どちらにしてもワークを中心にしたくない場合は
整体からでもかまいません。
しっかり体を整えるのを先にされても良いでしょう。
体には症状部位と関連した場所に硬結(針の先から米粒大の緊張)やしこりがあり、
整体ではそれを操法や体操で取り除き、先ほどの例でいうと石を取り除いて流れをよくし、自然治癒力を誘発するのです。
身体を改善する原理とメンタルのそれが似かよっているせいでしょうか、
整体とワークを合わせて行なった人は確実に安定感があります。
循環型セラピー
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あきらめてはいけません。「体という私」はあなたの味方です ^/^
下痢の時に下痢する能力を高める
「 これさえ無ければいいんです! 」
と、ほとんどの人が異口同音にいいます。
辛いその気持ちも分かるのです。
前頁に書いた臨床での人たちも同じでした。
そして一般の身体症状の人もワークで改善しています。
ただ、治り方、その経過と全体的な結果が少し違っているのです。
分かりやすい例は下痢です。
下痢を排除しようとはせずに、下痢する能力と調和するということです。
下痢している時に体の毒素を排泄する力を高めるなら、自分で出すべきを出してしまい、終われば今度は吸収能力まで高くなる。これが自然なのです。
現代は、あれが良いこれが良いと取り込むことばかりが主体になってしまっています。排泄がノーマルであれば吸収も改善されるのが自然なのです。
「活かす」発想
これが心を含むちょっと複雑な症状の場合どうするかは、
理論や原理を言うよりの比喩の方が分かりやすいかもしれません。
例えば、
夢や身体症状、悩みからある小さな川の流れのイメージが出てきたとしましょう。
その流れが石でツカエていたら、その石を取り除けば流れは回復します。
そして、どうしてそこに石があるのか?
と、更に深く入ることも不可能ではありません。
心理学的に過去の刷り込みがどうのこうの、この石がここにあるのは何が悪くてと、時間を縦に追いかけるのも一方法ではあります。しかし、
それを悪いものとしてやっつけようとすればするほど堂々巡りに陥ることもありますし、こういう方法が無価値だというのではありませんが時間がかかるのです。
そこで次のような発想をしてみるのです。
柿の渋は通常食べられるような代物ではありません。
何とか熟させてから‥‥と待っていたら、食べ時を知るのは烏の方が早い。
ところで、渋は集めて桶や甕(カメ)の蓋(フタ)に塗っておけば虫を防げます。
こういう発想は東洋、特に日本人は大変得意です。
そう、活かすという発想。
リサイクル(廃物利用)、自然農法的な発想(雑草を取り除かず、取ったとしても必ず残し、力を拮抗させる)です。
京都ではいまだに広い日本家屋を掃除機無しで掃除しているところがあります。
番茶の濡れ茶殻を畳に撒いてそれをホウキで掃くのです。
畳は傷まないし、湿度は保てるし、埃はたたないし、茶殻は菜園に使えます。
見事なエネルギー循環。
ふるいーーー! クソ忙しい上に調子が悪い時に、非現実的!
そんな声が聞こえてきそうですね、掃除はどうぞ掃除機でやって下さい。
排泄が過敏現象を起こしている時に、「出す」という勢いを高めるのは普通と反対です。
しかし、インドに居てそういう現象に襲われた時、感情さえもコントロールしないで留めないように(排泄)していたら、過敏になっていた排泄現象が早く収まったという話を実際に本人から聞きました。セラピーの先生です。
でも、ちょっと友達が減っちゃったと言っていました。(笑)
この発想のところから心身の症状を眺めるのです
するととんでもないことが起きてくるんです。
実は自然性回復セラピーという名前は「循環型セラピー」と変えてもかまわないと思うくらい発想としては同質です。
太古の時代に恐れられていた火も現代では手玉に取って使いこなしたり、口の先にぶら下げても平気でいることができているのが人間なのですから、
症状や葛藤も、全部でなくとも私は活かせるようになると思うのです。
いや、私はその実感を持っています。
葛藤は内的な異種のエネルギーのせめぎ合いから起きます。
身体の症状も実は体の葛藤なのです。
問題はせめぎあっている力に気づくのと、それを安定的に張り合わせる方法です。
張り合わせる?
そう、ちゃんと張り合ったら症状は無くなります。
でも完璧にやるのなんて難しく、せめぎ合う力に気づくだけでも大きく違うのです。
どんなことが起きるかは臨床ダイジェストをお読みください。
人の脳は不思議です。
活かす、症状に対してそういう見つめ方をすると、それに見合うように返事が返ってくる傾向を持っているように私は思います。
意外なメッセージに当惑することはありますが、肯定的であり決して否定的ではありません。
◆ 石を見つめているうちに、そこから水を田甫に引き込むアイデアが浮かぶかもしれません。
◆ その石がゴツゴツしていてその印象が人間関係を変えるきっかけになり、心身問題が改善されるかもしれません。
◆ それがパニック障害改善の糸口になる可能性が無いとはいえないのです。
◆ また、石が水をせき止めているパワフルな在り方が今必要なのかもしれません。
それでは石は無くならないのでは?