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「本当はここまでする程のものではないのですが…マイクロトフさんの場合、これくらいしないと、治る怪我も治らなくなってしまいますからね。一週間程は安静に、して下さいね」 ホウアンに優しげだが力強く告げられ、マイクロトフは自分の腕に仰々しく巻かれた包帯に目をやった。 城主と共に遠征に行き、瀕死のメンバーを庇って傷を負い、城に戻ってきたのが数時間前。心配そうな表情を露にした城主に、こうして軍医のホウアンの所へと連れてこられたのだった。 「こんなに厳重にされては普段の生活にまで支障が…」 「マイクロトフさん、貴方は同盟軍の力の要なのです。それを自覚して、できるだけ早く怪我を治す事を考えて下さい」 ぴしゃりと言葉を遮られ、渋々の体でマイクロトフは医務室を後にした。 マイクロトフの傷は肩から腕にかけての大きな切り傷。その傷口はさして深くはない。ホウアンの言う通り一週間も部屋で安静にして居れば、ほぼ塞がる事だろう。 しかし、マイクロトフは溜息をついた。現在ホウアンによって巻かれた包帯は、まるで骨折でもした様なそれだ。これでは利き腕ではないとはいえ、普段の生活に差し障ってしまうだろう。 「おや、随分しっかりと巻かれたものだな。お前にはそのくらいで良い、と言う事かな」 揶揄いを含んだ聞きなれた声が前方から聞こえ、沈んでいた顔を上げると、そこには思った通り、自分と共にマチルダから出奔してきたカミューの姿があった。 「お陰様で服もまともに着れん状態だ」 マイクロトフは疲れたような笑みを見せ、溜息をついた。 そこらここらで春の花が顔を見せ始め、陽光も随分暖かくなったが、肩から上着を掛けただけの出立ちで過ごすにはまだまだ寒さを感じる。カミューはぶらりと右手に持たれていた肩当を持ってやり、その腰をさり気なく抱いた。 「カ、カミュー!おい…ここを何処だと…」 「大丈夫誰も居やしないよ。それに、寒いんだろ?」 耳元で囁かれ、マイクロトフはビクリとその体を震わせた。みるみる頬に朱がさしてゆく。 「部屋に帰ったら着替えを手伝ってあげるよ。他にも、何でも言ってくれ」 「う……。すまない」 マイクロトフは赤くなったまま俯いた。 マイクロトフが怪我を負った瞬間飛び散った赤い飛沫に、気付けば目の前のモンスターを最上級の紋章で焼き払っていた。 落ち着いてみれば意外と浅い傷に、ほっと息をつきながらも、痛々しげに赤く染まる青い騎士服を眺め、カミューは眉を寄せた。騎士の紋章を宿しているマイクロトフは、こんな事は日常茶飯事だ。しかし、だからと言って最愛の人のこのような姿が見慣れる事はなかった。 「一週間は安静に、だそうだ…」 新しいラフな服に着替え、マイクロトフは重い溜息をつく。普段必要以上に動き回る彼にとって、一週間という時間はひどく長いようだった。 「そうか、では一週間は共に大人しくしていようか…」 呟く怪我の欠片もしていなさそうなカミューにマイクロトフは首をかしげた。何故彼まで安静にする必要があるのだろうか。 「実はね、城主殿に頼まれたのだよ。マイクロトフを見張っていてくれ、とね。レベルを均一にするのにも丁度良いから、気にせず休んでくれとの有り難いお言葉付きだ」 悪戯にウインクをしながら肩を竦めて、カミューはマイクロトフの隣に腰掛けた。上等とは言えないベッドがギシリと軋む。 並んで座ると、マイクロトフがカミューの肩にそっと頭を預けてきた。 「どうしたんだ、珍しく甘えているのかい?」 後ろから腕を回して短く刈られた漆黒の髪を梳いてやると、唇を寄せた耳が赤く熱をもったのを感じる。 「かえって皆に気を使わせてしまっている…。情けないな、俺は」 「でも、騎士の紋章を外す気はないのだろう?」 「それは…!」 「お前の誇りなのだろう?その紋章は…」 言葉の先を取られ、マイクロトフは弾かれたようにカミューを見た。逆光を浴びて影ができているが、その顔は優しい笑みを浮かべている。 「そして、誰かの為に怪我をするお前を心配しながらも…私はそんなお前が好きなんだ」 寂しさを交えた、それでも満足そうなその表情に見惚れていると、カミューが顔を近づけてきた。無言で唇を合わせ、また遠ざかる。 「気を使わせたくないのならば、早く怪我を治す事だね。抜け出たりして私を困らすんじゃないよ」 そう言ったカミューの声は酷く甘さを含んでいたが、有無を言わせないものがあった。 「ふあ〜…」 マイクロトフはその日何度目かの欠伸を漏らした。腕の所為で大した事もできず、マイクロトフとカミューは図書館で何冊かの本を借り、日がな一日読みふけっている。しかし、折角お天気なのだからと中庭に出たのが悪かったのか、ぽかぽかとしたのどかな春の陽気に当てられて、マイクロトフはその頭をこくりこくりと揺らしていた。 腕には矢張り厳重に巻かれた包帯。通りかかった人々に心配そうな声を掛けられながら、とろんとした眠そうな目で、懸命に応対している。 「眠いのなら肩をお貸し致しますよ。それとも膝が宜しいですか?マイクロトフ殿」 くすくすと笑いながら、カミューは読みかけの本を膝の上に置いた。 「うう……。そんな恥ずかしい事ができるか」 「それなら部屋に戻るかい?頂いた薬も効いているのだろうし、傷の為にもたくさん眠った方が良いだろう」 「………もう少し…ここに居る」 まだこくこくと頭を揺らしながら、マイクロトフはカミューの申し出を断った。どうやら辛くも気持ちの良い陽射しの魔物に掴まってしまったようだ。 再び本に視線を戻して数分後、ことりと肩に重みを感じてそちらを見ると、マイクロトフがすやすやと安らかな寝息をたてて、眠りの世界へと旅立っていた。いつもより随分と幼く見える彼に、カミューから思わず笑みが零れる。 カミューは視線だけで人の居ない事を確認すると、そっとマイクロトフの髪に口付けた。そしてその身体を抱いてより安定を良くしてやる。 「束の間の安息…というところかな……」 そう呟くと、カミューは回復して元気に飛び回るマイクロトフを想像して今度は苦笑を漏らした。 見上げた空は、傍らで眠る人に良く似合う暖かな青をしていた。 |