〜夜の君〜




その部屋は真っ暗で、先程告げられた言葉を何より裏付けているようだった。

『マイクロトフが、吸血鬼になった』

 それは例えだったけど、その事実は何の慰めにもならない。
 何処かの放蕩息子が自分の留守中に催眠術を冗談のつもりで掛けた事とか、それにあっさり掛かってしまった事とか、術は中途半端なものでそれを解く鍵が何も無いとか、自分にとっては最悪な事ばかりで一々考えたくも無い。
 この部屋に入るのも日中にしか許されない。万が一を考えての軍師の措置だが・・・。

『それすらも煩わしい』

 第一吸血鬼になったといっても、実際はまだ犠牲者など出ていないのだ。ただ日の光を極端に嫌い、人との接触を取らなくなった。自分の帰ってくるまでの三日間、全く食事もしていないらしい。
 軍師にその事を聞かされた時、何かの冗談にしか聴こえなかった。大体そんな事信じられる訳が無い。
 自分達の身近にいる吸血鬼だって日中歩き回っているのに、何故そんなセオリー通りの行動を取るのか?それならそれで、催眠術の掛かったその時に放蕩息子が第一の犠牲者になって当然なのに三日も犠牲者が出ないのはマイクロトフが必死に自分を押さえているせいなのか?
 疑問は幾らでもあるが、真っ先に彼に会うべきだと心が要求しそれを無視する必要など全く無くて、そして今彼の部屋に居る。
 今は日も高く、従ってマイクロトフの意識は無いであろうと思いながらも、そっと声を掛けていた。
「ただいま。大変だったみたいだけど気分は如何?」
「カミュー」
 少し擦れた声が返ってきた。続いてベットから身を起こす気配が伝わってきた。
「怪我をしているのか?血の匂いがする・・・」
 少し苦しげに言うマイクロトフの言葉に驚かされる。
 確かに怪我をしていた。だが服の下に隠された傷は塞がり血は乾き、それも清めてきたのだから普通なら気がつくとは思えない。
 第一この部屋は真っ暗で相手の顔すら見る事も出来ないのだ。見える位置に包帯をしていたとしても判るとは思えなかった。
「よく判ったね。でも大した事は無いよ。傷も塞がっている。それよりも・・・」
「来るな!!」
 近づこうとした気配が伝わったのか、鋭い声が上がる。
 一瞬カミューは動きを止めた。
「私が近づいては迷惑かな」
 苦笑いをすると肩を軽くすくめた。それにマイクロトフは辛そうに応える。
「すまない・・・。俺は自分を押さえる自信が無いんだ・・・。それ以上は近づかないでくれ」
 まるで哀願するようなその声音に、かろうじて張り付いていた笑顔が固まるのを感じる。
「判った。その代わりと言っては何だが、灯かりを点けては迷惑かな?」
 日の光ではない限り大丈夫であろうと考えて、提案してみる。
「・・・・・・。ああ、それぐらいなら、大丈夫だ」
 了解の言葉を貰うと、手元のランプに灯を燈した。


 自分にこの冗談のような術が掛けられてから、三日が過ぎていた。その間にこの部屋を訪れた者はたった二人。
 シーナとシュウだけだった。
 シーナにはこの部屋を真っ暗にして貰う為に必要な物を全て揃えて貰った。何度も謝る彼にただ『自分は大丈夫だから』と慰めにもならない事を言った事を覚えている。ただ、軍師を呼んできて欲しいと、それだけを頼んだ。
 シュウにはこんな身になった以上事情を話す必要が有ったし、賢明な彼の処置に助けられる事も多いはずだから、あえて会う必要が有った。お陰でこの部屋には誰も近づく者も居なくなった。
 そして三日後、カミューが帰ってきたのだった。
 正直それまでは全くと言って良い程『吸血鬼』になった実感など無かった。たった二人だったが彼らの血を欲しいと思った事も無かった。ただ喉が酷く渇くのを感じていたが、何故か水を飲みたいと思わなかったり、日の光を極端に嫌ったりしていたから、中途半端にシーナの催眠術に掛かったのだと一人納得をしていた。

 それなのに・・・・・・。
 微かに香る血の匂い・・・。カミューが何処かに傷を持っていることを感じた。
 ただそれだけで、ゾクリと背筋を何かが這った。
 ただ、それだけで・・・・・・。
 彼の血を飲みたいと、彼の首筋に歯をたててその血を味わいたいと・・・・・・。

 燈された灯が現実に引き戻す。
「少し痩せたね。・・・いや、やつれた・・・。そんなお前は見たくないよ?」
 カミューが真っ直ぐに俺を見るめる。何時もの笑顔は何処にも無く、酷く真剣な瞳にオレンジの光が反射して、肌が何時もよりも色づいて見える。
 あの首筋に・・・・・・。
 酷く堪らなくなって、思わず目を逸らした。
「・・・・・・マイクは我慢して、誰の血も吸わなかったの?それとも欲しくなかった?」
 再び彼を見詰める。彼の唇の動きだけを目が追う。瞼をそっと伏せて、
「欲しくなかった・・・」
 ただ、事実だけを告げた。
「なら何故今私を見続けない?私の血は吸いたいと思うのかい?」
 その言葉に弾かれた様に三度彼を見詰める。その様子にカミューは何かに納得するように一人呟いた。
「そうか・・・なら・・・・・・」
 そして突然上着を脱ぐと、塞がって間もない傷に指を当て傷口を広げるように爪を立てた。
 ツウッと一筋紅い血が流れる。
 思わず自分の喉が鳴るのを感じた。
「マイク、コレが欲しい?」
 酷く艶かしい表情で俺を挑発するように見詰めるカミューの瞳は酷く真剣で、一瞬言葉に詰まる。
「欲しい?」
 重ねて訊かれ、俺は頷いた。
 カミューはそっと目を伏せた。
 そしてゆっくりと瞳を開け何故か微笑むと近づいて来て、
「飲んでよ。私の血・・・」
 と傷口を俺の目の前に差し出した。
 嗅ぎ慣れた鉄の香り。
 今はどんなモノよりも魅力的に感じるその香りに誘われる様に、カミューの傷口に唇を寄せる。
 そっと舌を這わせ、カミューの血を舐め取る。
 口内に広がった香りに誘われる様に、唾液が分泌される。
 それを迷わず嚥下した。
 上下する俺の喉を見届けるとまるで確認でもするようにカミューが呟いた。
「美味しい?まだ欲しい?足りないと感じる?」
 その言葉に自分の喉に手を持って行き、そして感覚を追うように暫らく自分の体の変化を感じると、慎重に言葉を選ぶようにして応えていた。
「どんなモノよりも美味しいと思った。だが、再び味わいたいとか足りないとかは感じない・・・。それよりも、水が飲みたい・・・」
 カミューはそれを聞くと一気に力を抜いて、緩く微笑みかけた。

「・・・そうか・・・良かった。覚えていたんだな・・・」

 その後、コップ一杯の水を飲んだ後、まるで睡魔に襲われたように深い眠りについた。



『・・・・・・して、恋人の血により魔法は解かれた・・・・・・』


 マイクロトフの催眠術が解けたとの報告を一通り語り終えると、たった一言だけ返ってきた。
「よく、暗示を解く事が出来たな」
 軍師の余り感心しているとも思えない言葉に、何時もの笑顔で応える。
「えぇ、『暗示』ですから、切っ掛けさえ掴めれば」
 何度も自分が帰ってくる前に、それを試みているであろう事も判った上での曖昧な応えに、それでも特別追求される事もなく開放された。
 今は水に混ぜた薬のせいで、深い眠りについているであろう恋人の部屋へと急ぐ。

『夜の香りのするマイクも魅力的だったけどね・・・・・・』

 薬は明日の朝切れるであろう。
 そうすれば、陽の香りのする彼に戻る。
 ・・・・・・物語の中に迷いこんだ彼が戻ってくる・・・・・・。


 コンナ話ヲ聞カセヨウ。
 恋人ニ魔法ヲ掛ケタ悪魔ガ言ッタ。
『彼ノ呪イヲ解キタケレバ、オ前ノ血ヲ与エヨ。
 真実愛シ合ッテイレバ呪イモ解カレヨウ』

 求めるのは愛した者の血のみ。
 そして呪いを解く力を与えるのは愛した者の意志により・・・。

 真実愛シ合ッテイレバ呪イモ解カレヨウ


 そんな子供の寝物語を語ったのは随分と昔だけど、案外暗示などそんな何でも無いモノに支えられているのかも知れない。
 本人にしか意味の無いモノに・・・。
 唇に笑みが零れるのを感じる。

『さようなら、夜の君。もう会うことは無いかも知れないけれど、充分魅力的だったよ』


 END



1300HITしてくださった蓮城はるか様と交換していただいた
お題「ヴァンパイア」です。
カミューさんの血しか欲しくならないマイク、かわいい!
愛ですね、愛!!
そしてカミューさんの憎いまでの冷静さがかっこいいのです!
はるかさま、本当にありがとうございました!

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