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とにかく会って謝らないと。 カミューはただそのことだけを考えてマイクロトフの姿を探し歩いた。 どんなに罵られても、いくらでも謝ってでも許してもらいたい、と以前の自分からは考えられないことを思っている自分が少し滑稽だった。 俺をここまで変えたのはお前だからな、マイクロトフ。……責任はとってもらうぞ。 あきらめるつもりは毛頭なかった。 「マイクロトフを見なかったかい?」 通りかかった同僚に声をかけた。もうこれで何人めだろうか。しかし、なりふりなどかまっていられなかった。 「マイクロトフ……? ああ、そういえば、さっき厩舎の方に向かっていったけど」 「厩舎? ありがとう」 「あんまりしつこくすると嫌われるぞ」 すぐに立ち去ろうとしたカミューは、相手のからかうような口調に思わず足を止めた。相手を見るとにやにやと捕らえどころのない笑みを浮かべている。 こいつは、賭けのことを知っているのか、純粋にからかっているだけなのか……。 判断がつきかねて、カミューは曖昧に笑う。 「肝に銘じておくよ」 そう答えたときには相手はすでに背中を向けて歩きはじめていた。振り返らないまま片手を上げて 「そうかい」 と、気のない返事を返してよこす。 あいつは何を言いたかったんだ? カミューは後ろ姿を見送りながら、相手の真意がつかめずに困惑した。同じくらいの年頃なら大抵考えてることはわかるつもりだったのに。なんとなく少し苦手だ、と思った。 彼が青騎士団・副団長に任命されるのはまだ数年先のことである……。 マイクロトフは厩舎で馬の世話をしていた。決められた時間ではないから周りには誰もいない。マイクロトフは馬にブラッシングをしながら、腫れぼったくなっている瞳を何度も瞬きしていた。もう涙が零れないように……。 俺は馬鹿だ。俺みたいなつまらない人間をカミューが相手にするはずがなかったのに、俺はいい気になって対等であると思い込んでいた……。 そんな自分が悔しくて新たに涙が出そうになる。マイクロトフはぎゅっと目をつぶった。 そのとき。 「マイクロトフ」 背後からいまいちばん会いたくない人物の声がした。マイクロトフはぎくり、と背中を強ばらせたが、ぐっと唇を噛んでブラッシングを続ける。口を開くと何を言い出すかわからないのでずっと無視していようと思った。 「マイクロトフ、話を聞いてほしい」 「………………」 振り向くそぶりすら見せないマイクロトフにカミューは内心ため息をつく。頑固な性格だということはここ一ヶ月の付き合いでいやというほどわかっている。 だがここであきらめるわけにはいかなかった。 「マイク……」 もう一度呼びかけようとしたカミューの声を、馬の突然のいななきがかき消した。 マイクロトフたちは知る由もなかったが、どこからか入り込んできた蜂がマイクロトフがブラッシングしていた馬を刺したのだ。馬は突然の痛みに興奮し、立ち上がって前足をばたつかせた。暴れたせいでマイクロトフに覆い被さるような格好となる。体重500キロを超える馬体に踏まれればただではすまない。 「う、わっ……」 「マイクロトフ!!」 マイクロトフはせまりくる馬の蹄にとっさに動くことができなかった。そのマイクロトフに馬より一瞬早くなにかが覆い被さってくる。暖かい感触を感じた直後、興奮した馬の鳴き声とドスッという鈍い音と衝撃。マイクロトフは覆い被さったものと一緒に床に叩きつけられ、頭と背中を強打した。あまりの衝撃に呼吸が一瞬止まる。 「う……」 「大……丈夫、か?」 マイクロトフがおもわずうめき声を上げると頭上から自分より苦しそうな声がした。はっとして目を開けると視界いっぱいに苦しそうなカミューの顔があった。 「カミュー!!」 庇われた自分がこれだけ衝撃を受けたのだから、あいだに挟まれたカミューは……。 マイクロトフは自分の痛みを忘れて上半身を起こした。 「カミュー!! 大丈夫か?!」 「……えた……」 「え?」 声が小さくて聞き取れなかったマイクロトフはカミューの口元に耳を寄せる。カミューは苦しそうに眉を寄せながらもちょっと笑った。 「やっと……口きいて、くれた……。話、聞いてほし……」 「何を言ってるんだ! いま人を呼んでくるから、待っていろ!!」 立ち上がろうとするマイクロトフの腕をカミューが掴む。まだ全然動けないくらい痛いのに、なぜか腕だけは動かせた。 「大丈夫、だから……話を……聞いて……」 「カミュー……」 心底困ったような顔をするマイクロトフにカミューは笑いかけて、無理矢理上半身を起こした。身体のあちこちが悲鳴をあげたが、無視した。 息を吸い込むと喉のあたりがだいぶ楽になった。 「ほら。なんともないんだよ。こうでもしないとマイクロトフは話を聞いてくれないだろ?」 ほんとだまされやすいよね、マイクロトフは、とくすくす笑ってみせる。マイクロトフは一瞬きょとんとしていたが、すぐ我に返った。 「カ、カミュー、だましたのかっ?!」 「ごめん。頼むから話を聞いてほしい」 身体のあちこちがずきずき痛む。特に馬に蹴られた背中が痛かった。が、それを必死に隠してカミューはマイクロトフの目をじっとみつめた。マイクロトフはだまされたという怒りよりも安堵のほうが大きくて毒気を抜かれた格好となる。ひとつため息をつくと「ああ」と頷いた。カミューは「ありがとう」と微笑んでから真剣な表情に戻す。 「まずは賭けのことを謝りたい。賭けをしたのは本当だ。それでマイクロトフに近づいた。でも、信じてほしい。賭けは放棄したんだ」 「………………」 「……正直言うとね、俺はマイクロトフが嫌いだったんだよ。真面目で真っ直ぐで……騎士にふさわしい、俺にはない奇麗な心と高潔な精神を持っていたから……。騎士の鏡のようなおまえが妬ましかったんだ」 「……俺は、そんなにできた人間じゃない」 誰かに同じようなことを言われたことを思い出し、マイクロトフは苦々しい表情になった。彼はいまだそう思い込んでいて自分のそばにいる。 「うん。近づいてみたら思っていたより子供っぽくて世の中知らなくて……。 ……って、え? あ……『うん』、って、できた人間うんぬんって話じゃないよ。 俺が勝手に思い込んでいたより、ずっと素直で純粋で……ああ、俺と近い歳の普通の人間なんだなって思ったんだ」 あわててフォローするカミューにマイクロトフはちょっと笑った。口達者なカミューでもこういうところもあるんだな、と。こういったところはめったにみせないが、こういうときのカミューこそ年相応にみえる。 「マイクロトフは家柄もいいし、マチルダ騎士団に強い憧れと誇りを抱いていたから、きっと俺のような異国人が入団したことを他の奴等より強く嫌悪していたと思っていたんだ。それが……」 「カミュー、異国人と言うなと何度言わせる? おまえはグラスランドに生まれたことを恥じているのか? 違うだろう? このあいだ、故郷の話をしてくれたカミューはすごい誇らしげだった。ならば、誰に何と言われようと堂々としてればいい」 カミューの言葉を遮って真っ直ぐ目を見て言葉を紡ぐマイクロトフに、カミューは嬉しくて泣きそうになる。以前の自分からは考えられない感情の起伏。自分でも冷めたほうだと思っていたのに、自分の中にこんなに熱い部分があったなんて知らなかった。 「うん、……うん。マイクロトフがそうして俺を受け入れてくれたから、俺は変わろうと思ったんだよ。マイクロトフの隣にいてもマイクロトフが笑われないような、マイクロトフの隣に立つのにふさわしい人間になりたい」 「……俺を買いかぶるな」 「買いかぶってるんじゃなくて。前にマイクロトフが言ってくれただろう? 二人で高みを目指したいって。前のままだと俺が置いていかれるのは明らかだからね」 だから変わる、と言い切ったカミューの顔はいままで見たことがないくらい生き生きしていて、マイクロトフはまぶしいものをみるように目を細めた。 「……俺もカミューと並んで立てる人間になりたい。育った環境のせいだから、となにもかもあきらめて狭い世界に閉じこもるのはもうやめる。だからカミュー、これからもいろんなことをおしえてほしい」 「ロクなことおしえないよ?」 くすり、とカミューは笑いをもらす。マイクロトフもつられて笑った。 「それでも。知らないよりは知ってる方がいいことがたくさんあるはずだ」 「なるほど。じゃあマイクロトフを耳年増にしてあげよう」 「っ!! そういう話はいらん!!」 一気に耳まで真っ赤になるマイクロトフにカミューは爆笑した。 マイクロトフは気づいているだろうか? 自分がこれだけ笑うのはマイクロトフの前だけだと。 「カ、カミュー! 前から言おうと思っていたが、そっ、その、女性とはもっと誠意を持ってだな……」 「やだなぁ、マイクロトフ。過去を忘れてやりなおそうとしてる人間に、過去の過ちを突きつけなくてもいいじゃないか」 「そ、そうか……すまない……」 素直に謝るマイクロトフにカミューは更なる笑いを誘われる。 本当に世の中ってものをおしえてやらないと、どれだけだまされることか……。まあ、これからは俺が守るけど。 マイクロトフをからかっていいのは俺だけだからな、とカミューはかなり勝手なことを考えていた。 「とにかく。これからよろしく頼むよ、マイクロトフ」 カミューが右手を差し出すとマイクロトフも右手を出してしっかりと握る。 「ああ。こちらこそよろしく頼む、カミュー」 マイクロトフはふわり、と奇麗に笑った。 まだ数えるほどしかみせない自然な笑み。 綺麗だな、と思ったとたん、どくん、とカミューの心臓がいきなりはねた。 なっ、なんだ? いままで経験したことのない突然の身体の変化にカミューは動揺する。それは手を握ったままのマイクロトフにも伝わってしまった。 「カミュー?」 ただでさえ至近距離なのに、マイクロトフはさらに顔を覗き込もうとしてくる。カミューはますます動揺した。 な、なんだ……? こ、これってまるで……。 「どうかしたのか?」 「い、いや、なんでもない。そ、そうだ、マイクロトフ。とりあえず友情の証にひとつレクチャーしてやろう」 カミューはそう言うと握ったままの手をぐいっと引っ張り寄せた。 「わっ!」 突然の行動にマイクロトフはバランスを崩しカミューの胸に飛び込むような格好になる。カミューの頭は混乱してるのに、なぜか口と身体が勝手に動いていた。 「キスの仕方。さっきのは痛かったからな。あれでは御婦人は口を切ってしまうぞ」 「なっ……!!」 何か言おうとしたマイクロトフの唇を自分のそれで塞いだ。無防備に開いたままの口から舌を侵入させて口内をまさぐる。あまりのできごとに硬直していた舌にたどりつくと器用に絡めて強く吸った。 「んっ……!」 マイクロトフはくぐもった声を上げるとがくん、と地に膝をついてしまった。初めて味わう強烈な刺激に腰が立たなくなってしまったらしい。カミューはマイクロトフにあわせて自分も膝をつき、なおも夢中で唇を貪る。 マイクロトフはというと状況を把握するどころではなく、ただ呼吸が苦しくなってきたことだけを本能が告げる。振り払おうにも右手はカミューに握られたまま。苦しまぎれに空いている左手でカミューの背中をどんっと叩いた。しかし、それは体勢が悪いままの一撃でたいした力が入らず、効果はほとんどないはずであった。 が、そこはカミューが馬に激しく蹴られたところであった。カミューはあまりの痛みに、「うっ……」とうめき声を上げると、いままで我慢していた全身の痛みが急に襲ってきた。 ヤバイ……。マイクロトフにキスするのが全然いやじゃないなんて、ヤバすぎる……。 俺はマイクロトフを……? 遠のいていく意識の中で思ったのはそんなこと。 カミュー少年の最大の苦難はここからはじまるのである……。 後日談:医務室に運ばれたカミューは肋骨を2本折っていた。それがマイクロトフの一撃がとどめだったかは神のみぞ知る……。 |