〜賭け・2〜




「カミューは天才なのだな」
 心の底から感心したように言うマイクロトフに、いつものように「そうかい?」となにくわぬ顔で受け流そうとしたカミューは、自分でも思いもかけない言葉を口にしていた。
「本当にそう思う?」
「えっ?
 あ、ああ。だって、今日の戦略シュミレーションの課題だってほとんど手をつけていなかったんだろう。それなのに、3日考え込んだ俺は引き分けるのが精一杯だった」
 ほとんど手をつけていない……それは今朝、自分がマイクロトフに言ったセリフ。なんの疑いもせずに鵜呑みにしている……。
 いつもなら「相変わらず単純なヤツ……」と心の中でせせら笑うのに、今日は得体の知れない寂寥の思いが浮かぶだけだった。そっとため息をつく。
「俺だって努力はしてるんだよ。ただ、それは決して他のやつらに知られてはいけない……」
「……どうしてだ?」
「俺が『異国人』だから」
 マイクロトフは少し目を見開いた。カミューの口から『異国人』という単語を聞くのは初めてだった。カミューが口にすると、妙に生々しい響きを帯びる。
 マイクロトフは言葉が出てこず、ただじっとカミューを見つめた。
「生粋のマチルダ人であるマイクロトフですら、朝練を始めたときは周りが大騒ぎしたろう?
 いいカッコして、とか、わざとらしい、とか。『異国人』である俺が同じことをしたらも
っと反発がくる」
「それは……」
 マイクロトフは言いかけて、そういえば思い当たる節があったのを思い出す。

 入団試験のとき、剣の実力をはかるテストの際に、カミューが圧勝した。マイクロトフはすごい技量だ、と感心していたが、隣にいた友人は舌打ちして、
「なんだ? あいつ……。マチルダ人じゃないやつが騎士団に入ろうってのか?」
 と吐き捨てるように言ったのだ……。

「俺が入団してから真っ先に覚えなければいけなかったのは、剣の技術でも騎士の心得でもない。処世術だった。この国は思っていた以上に排他的なところだった。俺達『異国人』をまったく受け入れてくれなかった。
 俺は必死だったよ。どうすれば『異国人』の俺が周りに認めてもらえるのか……」
「カミュー」
 いつのまにか熱っぽく語っていたカミューはマイクロトフの声に我に返った。見ると、マイクロトフは困ったような顔をしている。
 内心、しまった、と思ったカミューはあわてて取り繕うとした。しかし、マイクロトフの方が先に口を開く。
「その……うまく言えないのだが……」
 こいつに同情されるのだけはまっぴらだ、とマイクロトフの言葉を遮ろうとしたカミューは続けられた言葉に硬直する。
「『異国人』、と言わないでほしい」
「え?」
「その、……カミューが口にすると……痛いんだ……」
「どう……して?」
「わからないけど……。カミューが、すごく遠く感じる……。それが……」
 つらいんだ、とうつむいてぽつりと言う。
「……同情してるの?」
 へんに声が震えた。泣くのをこらえてるような……。

 泣く? この俺が……?

 動揺しているカミューに気づきもせず、マイクロトフはあわてて顔を上げた。
「違う! そんなんじゃない! ……カミューはいつも人の中心にいて笑っていた。そんなふうに感じていたなんて……思いもしなかった……」
 最後はつらそうに言葉を紡ぐ。その様子にカミューは無意識にぎゅっと心臓の上あたりを掴んだ。胸が痛い……。
「あいつらは……俺を友達だなんて思ってない。ものめずらしさが先立っているだけだ。俺がマイクロトフのようになんでも優秀な、真面目な優等生だったら彼らは近づいてすらこない」
 自分だって友達だなんて思ってない。ただ孤立したままだといろいろと都合が悪いからお互い利用しあってるだけだ。
 そう続けようとした。が、またしてもマイクロトフに先手をとられた。
「俺は人の気持ちに鈍いから、他のやつらがカミューをどう思っているかはわからない。
 ……でも、俺はカミューのことを尊敬してるし、友人として誇りに思っている」
「……異国人の俺を……受け入れてくれるの?」
「異国人と言うなと言ってる……。生まれた土地の違いがどれほどのものだというんだ?
 カミューはカミューだ」
 嘘をつくことをしらない真摯な瞳に真正面から射抜かれて、カミューは言葉を失った。瞬きをした拍子に頬になにかが落ちる。それが自分の涙だと気づいたとき、カミューの中で何かが音をたてて崩れていった……。
「カミュー……」
 また困ったような声を出すマイクロトフにカミューはちょっと笑った。涙でゆがんでうまく笑えなかったけど。
「ありがとう……。マイクロトフ」



「賭けをおりる?!」
「いまさら何を言ってるんだよ?」
 賭けを計画した連中が口々に非難の声をあげる。しかし、いまのカミューにはどうでもいいことだった。
「悪いけど。集めた金は俺が返しにいってもいい。とにかく、賭けはなかったことにしてほしい」
 きっぱり言い切ると、仲間たちは顔を見合わせた。いちばん気が短い少年が侮蔑するように口を開く。
「期限3日前にして自信がなくなったのかよ?」
「どう思ってもらってもかまわない。とにかく賭けは無しだ。俺の金は返さなくていいから」
 とりつくしまのないカミューの態度に仲間たちはとまどいを隠せない。いつも浮かべている人あたりのいい笑みも今日は完全に影をひそめていた。
「どうしたんだよ? 急に。最近はいいカンジだったじゃないか」
「これはおまえの勝ちだなってもっぱらの噂だったのに……」
 仲間たちがひきとめようとするが、カミューは迷うそぶりもみせずに、「じゃあ、そういうことだから」とその場を立ち去ろうと踵を返す。と、数人のグループが待ち構えていた。
「カミュー、ちょっと話があるんだけど……」
 そのグループは、マイクロトフの友人たちだった。マイクロトフを羨望し、どうにか仲良くなろうとあれこれつきまとう姿は友人というより取り巻きのようなものだったが。いままでの自分だったら歯牙にもかけない存在。
 しかし、カミューはこれからマイクロトフの友人になるためには、彼らともうまくつきあっていかなければいけない、と思い、とりあえず人当たりのいい笑みを浮かべた。
「なんだい?」
 聞き返すと、彼らは顔を見合わせ、ひそひそと小声で話し合う。その様子に嫌な雰囲気を敏感に感じとったカミューは内心ため息をついた。
「ここで話しにくいなら、場所をかえようか」



 彼らの様子でカミューは何を言われるのかだいたい見当がついた。ここ最近、自分はマイクロトフを頻繁に誘い、よく一緒にいた。彼らにしてみれば「盗られた」というところだろう。
 友達顔をしていて、なかには恋心を抱いているやつも混ざっていることも知ってる。
 男しかいない騎士団の中ではそういう輩も少なくない。マイクロトフの高潔な精神に陶酔する気持ちもわからないではない。
 けれど。
 カミューはそっと乾いた唇を舐めた。

 俺は思ってしまったから。傍にいたいって。



「マイクロトフに近づかないでほしい」
 予想通りの言葉に、カミューはちょっと笑いそうになった。友好的にいこうと思っていたが、どうやら向こうはその気は全然ないらしい。ならば……。
「それはできない」
 多人数に囲まれているというのに、カミューは平然と答えた。
「マイクロトフ本人に言われたらそうするけど、君たちに言われる筋合いはないよ」
 不遜ともとれるカミューの態度にいちばん前にいた少年がいきり立つ。
「! おまえみたいなヤツがマイクロトフに近づいていいわけがない!!」
「へえ。どうして?」
 こいつはマイクロトフに恋愛感情を抱いているヤツだ、とカミューは冷静に見分けながら問い返す。ある意味、自分より彼のそばにいる資格がないくせに。
「余所者のおまえが騎士団に入ること自体まちがっているんだ!」
「でも、騎士団は入団を認めてくれたよ」
 そこまで言って、どうも見覚えのあるヤツだ、と記憶をたどっていったら、入団試験で対戦したことを思い出した。前からずいぶん目の敵にされてる気がしたのはこういうことか。
「実際、きみより強いしね」
 カミューは人の悪い笑みを浮かべて痛烈にあてこすってやる。相手はとっさに言葉が出てこなかったらしく、顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせた。代わりに他の少年が口を開く。
「か、賭けのことだって知ってるんだぞ!」
 今ごろ耳にしたのか、とカミューは内心肩をすくめる。
「あれはもうやめた」
「うそだ!!」
「うそじゃない」
 きっぱりと、即答してくるカミューに少年たちは一瞬顔を見合わせた。が、一人が気をとりなおして怒鳴ってくる。
「し、信じられるか!
 マイクロトフと、キ、キスできるか、なんて下世話な賭けをするやつの言うことなんか!」
「賭けをしたのは事実だ。だけど、信じられない、と言われても」
 信じてもらうよりない、と言葉を続けようとしたカミューの耳に、ぱき、と小枝を踏んだようなかすかな音が聞こえた。反射的に音のしたほうに目をやると……。
「マイクロトフ!!」
 カミューは目を見開いた。マイクロトフは一瞬顔を歪めると踵を返して走っていった。
 まさか、しくまれたのか?! と彼らを見やると彼らも呆然としていた。
 カミューは小さく舌打ちすると、マイクロトフのあとを追いかけた。



「マイクロトフ! 待ってくれ!」
 走りながら声をかけてもマイクロトフの足は止まらない。これで何度めだろうか。マイクロトフは振り返る様子も見せない。
 いま、どんな表情をしてるんだろう、とカミューは不安になった。やっと自分を見てくれる『友』をみつけたのに。こんなことで失ってしまうのか。
 カミューはひとつ頭を振った。

 あきらめない! こんなことで失いたくない!

 ひたすら追いかける。


 ついにマイクロトフの先は行き止まりとなった。さすがに足が止まった。カミューも足を止めて、自分を落ち着けるためゆっくりと歩み寄った。
「マイクロトフ……」
「くるな!!」
 顔を伏せたまま拒絶の言葉を吐き出され、カミューは胸が痛むのを感じた。

 いつのまにか、嫌われることをこんなに恐れていたなんて……。

「マイクロトフ、聞いてほしい」
「なにも聞くことはない!!」
「マイクロトフ……」
 興奮してとりつくしまのないマイクロトフを宥めようと、カミューはそっと腕に手をのばした。このままだと話しもできない。
「さわるな!!」
 バッと腕を振り払われた拍子に見えたその顔は……。
「マイクロトフ、泣いて……?」
 カミューが驚いて手を引くと、マイクロトフはひらきなおったのか、キッと顔を上げてカミューを涙に濡れたままの瞳で睨みつけた。
「俺みたいな鈍いヤツをからかって、さぞかし楽しかったろうな!」
「違……」
「お望みどおり俺はすっかりだまされてた! 俺は……俺は……」
 マイクロトフは何かを言いかけて下を向いた。カミューはいまのうちだと必死に言葉を紡ぐ。
「違うんだ、マイクロト……」
 言いかけたカミューの唇に何かがぶつかってきた。それがマイクロトフの唇だと理解したときにはすでにマイクロトフは離れ、唇を手の甲でごしごしとこすっていた。
「これで賭けはおまえの勝ちだ! これで満足だろう!!」
 言い捨てて、マイクロトフはカミューの傍らをすりぬけて走り去っていった。
 カミューは突然の出来事に呆然と突っ立っていた……。





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