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まーったく。何が悲しくてクリスマスイヴの夜だというのに、一人で働いていなくちゃいけないってんだ。 カミューはぶちぶち心の中で文句を垂れながら花の手入れをしていた。 高校卒業後、県外のそれなりの大学に進み、それなりの企業に就職したカミューだったが、上司に恵まれず、5年経ったところでとうとう辞めてしまった。しかし、この不景気では再就職先などそう簡単に見つかるはずもなく、3ヶ月ほど退職金などでぶらぶらと過ごしていたのだが、親がこの歳で無職だなどと許すはずもなく、数ヶ月前に地元に呼び戻され、家業の花屋を手伝わされていた。確かにいつまでもぶらぶらとしているわけにもいかないし、親が口にはしないが密かに家業を継いでもらいたいと思っていることをそれとなく気付いていたカミューはひとまずおとなしく働いている。なんだかんだいっても幼い頃から花に囲まれて育ったカミューは、わざわざおしえてもらわなくても花に対する大抵の知識はあった。 地元に帰ってきたカミューは親と同居せず、近くのアパートを借りている。一人暮らしするにはギリギリな給料しか出なかったが、働き口を与えてもらっただけでもありがたいというのに、この歳になってこれ以上親に甘えるのも気恥ずかしい、という思いがあるのだ。 それにしても…… 息子だからっていいようにコキ使いやがって……! 身内ということで安い給料で遠慮なくコキ使われている毎日である。今日は今日で、両親はカミューに留守番を押し付け、さっさと予約していたディナーに行ってしまった。まあ、今まではどんな日であろうと店を開いているかぎり夫婦で出かけることなどできなかったのだから、仕方ないという気持ちはある。だが、世の中がクリスマスムード一色で浮かれているというのに、たった一人で店の留守番をしているというのはどうにも寂しいものだった。これで客足が途絶えていない状態ならまだ気が紛れたかもしれない。だが、数日前まではクリスマスならではのポインセチアを買い求める客やクリスマスリースを作る材料を求める客で賑わっていたものの、クリスマスイヴ当日にわざわざ花屋を訪れる者はそう多くはなかった。 こんな日に遅くなってから花を買う客なんてこないよ、と早く店を閉めることを主張したカミューに、母は「プレゼントを買い忘れた彼氏が仕事帰りに彼女のために花束を買いにくることもあるのよ」と笑った。確かにそれらしきサラリーマンは数人来店したが、それも一段落すると暇を持て余す。 あー、早く閉店時間にならないかなー。 クリスマスといえば、大学の頃は大勢の仲間と賑やかに過ごすことか多かった。二次会、三次会とどんちゃん騒ぎをし、その後にこっそり彼女と抜け出したり、新しい恋のきっかけを作ったりと思うままに楽しく過ごしたものだった。就職してからもそれなりに毎年楽しく過ごしてきた。それに比べて今の状況の寂しいことといったら……。 カラン 店のドアの開く音に、しゃがみ込んでいたカミューは「いらっしゃいませ」と声を出しながら立ち上がり、来客に視線を向けた。 あ……。 入ってきたのは背の高い黒髪の青年だった。歳はカミューと同じくらいで、凛々しい顔に昔の面影がわずかに残っていた。 カミューは思わず目を見開いて相手を凝視していたが、きょろきょろとどこか所在なさげに店内を見回していた青年がこちらに視線を向けそうになると、慌てて被っていた帽子を更に深く被り、隠れるように再びしゃがみ込んだ。 まさか……。 心臓が急にバクバクと激しい音を立てはじめた。思いもしない再会に手が震えそうになる。 やってきたのは、カミューにとって一番会いたくて……会いたくない男だった。 彼の名は、マイクロトフ。カミューの高校の同級生だった。 カミューは彼のことが好きだった。女子も普通に好きだったが、同じように、いや、もっと特別に彼のことが好きだったのだ。 だが、そんな気持ちなど伝えられるはずもなく、カミューは彼の親友として振る舞って一番傍に居た。……それしかできなかった。 そんな生活も卒業を迎え、終わりを告げることになった。 カミューは最後の最後に罪を犯した。……彼を裏切ったのだ。 卒業式を終え、カミューは親しい友人たちと居酒屋に打ち上げにいった。カミューたちはこっそりと何度か通っていたが、初めてマイクロトフを誘った。真面目なマイクロトフははじめは「未成年が飲酒なんて絶対ダメだ!」と拒んだが、カミューが「最後だから」と説得すると思ったよりすんなりとついてきてくれた。マイクロトフは地元の大学に進学が決まっていたが、カミューをはじめ何人かは県外に出ていくため、特別に許してくれたのかもしれない。そこでちょっとだけ飲んで他の友人たちと別れ、マイクロトフと2人で帰った。 そして……酔ったふりをして、マイクロトフに……キス、をした……。 そのあと、どうやって帰ったのか覚えていない。ただ、彼の驚いたような顔が脳裏に焼きついて離れなかった。そして、それが最後の別れになってしまったのだ……。 あれから10年近く経つというのに一目でわかってしまった。高校の頃に残っていた幼っぽさはすっかり抜け、精悍な顔つきになったというのに。 あの頃の想いが胸を駆け巡る。それは長い年月が過ぎたとは思えないほど鮮やかなもので。カミューはあの頃の甘くも切なかった時間を思い出していた。 だが、声などかけられるはずもない。あんな酷い真似をして別れてしまったのだから。 正体がバレないように帽子を深く被って息をひそめ、ちらりちらりと彼の様子を窺うのがせいぜいである。 マイクロトフは唇に親指をあて、じっとしていた。それは考え事をするときの彼の癖。姿は大人になってもそういうしぐさは変わっていない。そのことに胸が締めつけられる。 「すみません」 「は、はい!」 突然、声をかけられてカミューは飛び上がらんばかりに驚いた。マイクロトフはどこか照れ臭そうにうつむいて言葉を続ける。 「あの……、適当に花束を見繕っていただけませんか?」 ツキン、とカミューの胸が痛んだ。 クリスマスイヴに花束……誰に……? 考えるだけ野暮である。マイクロトフももういい歳なのだから、恋人がいてもなんらおかしくないではないか。 「え、ええ……。わかりました」 カミューは消沈する心を叱咤しながらゆっくりと立ち上がった。彼に大事な人がいたところで自分には責める資格どころか聞く権利すらない。 「……どのようなものがよろしいですか?」 「そ、その、若い女性向けに……」 その一言は、ひょっとしたら母に、などと都合のいい逃げ道を考えていたカミューの勝手な願いを見事に打ち砕いた。カミューは重い心を抱えたまま、花束を作りはじめる。鮮やかな花の中にそっと一輪の小さな花をしのばせた。 エクレールミカ 黄色に赤の覆輪の小さな花 本来は鉢植え用の花だが、これくらいは許されるだろう。口にしない代わりに少しの間だけでも彼の元へ……。 「こんな感じでどうですか?」 「あ、はい。それでお願いします」 綺麗な花束を作ったところで、昔からこういうのが苦手だったマイクロトフがあれこれ言えるはずもない。わずかに頬を染めてかすかに頷いてみせた。 カミューは花束を透明のフィルムに包みながらこれを受け取る女性のことを考えそうになり、慌てて頭から振り払った。詮索しても虚しいだけである。 花束を渡し、会計を済ませるとマイクロトフは礼を言って店を出た。思わずその後を追ってドアを開け、後ろ姿を見送ったカミューの視線の先で彼は颯爽とした足取りで華やいだ街へと消えていく。こうして冬の奇跡は何事もなく終わってしまった。 最後まで気付かれなかったことにカミューは心底安堵し、ホッと息を吐く。花束を渡すときにほんの少し触れた指がいつまでも熱かった……。 エクレールミカ 初恋草…… おわり |