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後ろにきっちりと束ねられている髪を解くしぐさが好きだ。 ちょっと首を傾げ、うなじのあたりに手を伸ばし、革紐を一気に引き抜く。艶のある亜麻色の髪は、するり、と紐を滑らせ、背中にさらさらと広がっていく。そのさまを見るのが好きだった。 髪を解くのは夜。そして、自分の前でそれをするのは……。 そのしぐさを見ることができるのは自分だけの特権のはずだった。好き勝手に髪に触れていいのも……。 キスの最中にマイクロトフの腕が動いた。カミューはてっきり背中に回してくるのか、と思ったが、その腕は背中を通り過ぎ、首のあたりに止まる。そして、指先がカミューの髪を束ねている革紐に触れたかと思うと、するり、と引き抜かれた。長い髪がはらはらと背中に流れ落ちる。 「マイク?」 初めての行動にカミューが思わず口付けを解くと、マイクロトフは、ふいっと視線を逸らし、 「……俺が結んでいるのだから、解く権利だってあるだろう?」 と、どこか不機嫌そうにマイクロトフが応えた。 「え?」 わけがわからず目をぱちくりさせるカミューにかまわず、マイクロトフは顔を上げ、手を伸ばしてカミューの髪に触れると、こめかみのあたりから毛先まで指を滑らせる。指の間を髪が滑る感触が気に入ったのか何度かそれを繰り返すと、ひと房を手に取り、毛先に口付けた。そして、硬直したように動けないでいるカミューを見上げると、 「これは俺のものだ。……違うか?」 と、漆黒の瞳に挑戦的な光を浮かべて問う。カミューはわずかに目を見開いたが、その光に惹き込まれるようにゆっくりと頷いた。 「うん。俺の毛先から爪先まで、すべてがおまえのものだよ」 おまえだけのものだ、とカミューは恍惚とした表情を浮かべ、マイクロトフの頭を捉えると、再び口付ける。わずかに口を開いて迎え入れた口腔に舌を滑り込ませると、触れたきた舌先を強く絡め取った。 「……んっ……」 くぐもった声に触発されてカミューは口付けをますます深め、その身体を静かに横たえていく。マイクロトフはのしかかってくる身体に身を委ねながら、昼間の出来事を思い出していた……。 「このあいだはカミュー様がお見えになっていましたよ」 散髪屋で働いている若い女性は無邪気にそう言って笑った。椅子に腰掛けたまま思わず女性を振り返るマイクロトフに、店の主人も笑って頷く。 「マイクロトフ様に『邪魔になるから切れ』って言われているんだ、と、悩まれておいででしたが、あまりにももったいないので、毛先だけ揃えさせていただきました」 「綺麗な髪ですよねー。すごくさらさらしていて」 2人の会話にマイクロトフはわずかに赤面しながらも、なんとなくおもしろくない気持ちになった。 この2人は、カミューの髪に触れたのだ……。 仕事上、あたりまえなのだが、それでも自分以外の人間があの大地のような見事な髪に触れたのだと思うと、どこか自分だけの特権を奪われたようで腹立たしい。 そんなマイクロトフの心境になど気付くはずもなく、女性は冗談混じりの口調で言った。 「マイクロトフ様、どうか、切れなんておっしゃらないでください。華麗なお姿に、あの長い髪はとても似合っておいでではないですか」 切ってしまわれたら大勢の女性が泣きますよ、と笑う女性にマイクロトフは困ったような笑みを浮かべ、曖昧な返事を返すにとどまった。 カミューの本性を知らないからそんなふうに思うのだ。華麗? あの男はそんなかわいいものではない。そこいらの騎士よりずっとがさつで、野性的で……。あの獣のような煌きを見ても華麗などと評せるか? 「何考えているの?」 ふと、目を覗き込まれ、マイクロトフは我に返った。覗き込む琥珀色の瞳はわずかに苛立った光を宿しつつ、この上なく艶めいている。マイクロトフは、この瞳だ……と思いつつ、わざとぶっきらぼうに「べつに……」と返した。 「俺と愛を交わす以上に大切なものがあるの? そんなの許さないよ」 浮かべた笑みは優しくもどこか好戦的で。マイクロトフの背筋に、ぞくり、と電流に似た感覚が走る。それをあえて隠しながら、マイクロトフはカミューの頭を引き寄せた。 「だったら……夢中にさせてみろ……」 返事は首筋への甘い噛みつきだった……。 少し乱暴な手付きで施す愛撫はカミューの本来の抱き方のようだ、とマイクロトフは思った。いつもの優しい愛撫も嫌いではないが、こんなふうにどこか切羽詰ったように求められるのも悪くない。だいたい、繊細とは程遠いこの男があんなふうに優しく抱くほうが猫を被っているのだろう。偽りの姿など見せられても嬉しくともなんともない。 いつもは甘い睦言を囁いてくる唇からは熱い吐息と、時折獣のような呻き声が漏れるだけで、それが余裕のなさを表しているようで心地良い。 夢中にさせてみろ 相手を夢中にさせるなら、自分も夢中にならなくては不公平というもの。無我夢中で貪ってくるカミューが与える快楽はいつも以上で。マイクロトフは溺れそうになる理性を手放さないように唇を噛み締めた……。 「どうだった? 夢中になれた?」 熱を交し合い、抱き合う格好で互いに息を整えていると、カミューが軽く唇を触れ合わせながら問うてきた。マイクロトフはいまだ消えない快楽の余韻からか、わずかに潤んだままの漆黒の瞳で見上げる。 「おまえは随分夢中になっていたようだがな」 にや、と意地の悪い笑みを浮かべるとカミューは、むう、眉を寄せた。 「俺はいつでもマイクに夢中だよ」 「どうだかな……。今日のがいつもと同じだというのか?」 全身を揺さぶるような荒々しい抽出を繰り返されたせいで腰のあたりがだるくて仕方ない。 マイクロトフのセリフにカミューも心当たりがありすぎるのだろう。わずかに赤面して頬に触れてきた。 「ご、ごめん……大丈夫?」 「阿呆。そんなヤワじゃない」 わずかに笑みを浮かべ、こつん、と額を小突くマイクロトフをカミューはいじけたように上目遣いで見遣る。なんだか今日はやられっぱなしだ。 「だって……。マイクロトフがあんまり挑発するから……」 「俺のせいか? まあ、いい。……俺だけだろう?」 おまえの本性を暴くのは。おまえのすべてを見るのは。……おまえを夢中にさせるのは。 挑発的な笑みへと変えるマイクロトフに、カミューは「ああ、もう!」と、がしがしと頭を掻く。長い髪が蔦のように波打った。 「そうだよ! 言ったでしょ、俺はおまえだけのものだって」 カミューがどこかヤケになったように言うと、マイクロトフはくすくす笑いながらカミューの頭に手を伸ばし、髪に指を絡ませながら引き寄せた。吐息が触れるほどの距離で囁く。 「不満か?」 「とんでもない。これ以上ないほど満足してるさ」 ……それは俺だけの特権だから。 おわり |