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カミューには最近楽しみにしていることがあった。 仕事を終え、会社の駐車場へと向かう。すると自分の車の上に…… あった! 車の上に乗っかっているのは小さな雪だるま。両手で丸めて作った程度の大きさのそれは降り続いている雪に今にも埋もれそうだ。 カミューは雪だるまをそっと手に取って目を細める。 「今日もお出迎えごくろうさん」 優しく呟くと壊れないように気を付けながら地面に置いた。そして車に積もった雪を払い落とし車に乗り込む。「じゃあね」と地面の雪だるまに声をかけると、車を発進させた。雪だるまとの短い逢瀬はこれで終わりである。 ハンドルを握るカミューの顔には自然と笑みが浮かんでいた。 これは何日か前から続いている小さな悪戯だった。犯人はわからないが毎日のように車のどこかに小さい雪だるまがちょこんと乗っている。最初はなんだってこんなものが、と怪訝に思ったが、ある日、車のどこにも雪だるまの姿がないことにがっかりしている自分に気付き、苦笑した。知らず、その可愛らしい姿をいつの日か楽しみにするようになっていたらしい。そう思うとここ最近の激務で疲れた心身を癒してくれるような気がした。 雪だるまが乗っていなかったのは残業がなかった日なので、先に帰る社内の誰かなのだろうが、なんとも茶目っけのある真似をするものである。犯人がわかれば自分もお返しをしてやりたいのだが、残念ながら犯人がわかるような手がかりは何もない。 そんなささやかな悪戯が続いたある日。 その日も残業だったにもかかわらず、カミューの足取りは軽かった。 今日は久しぶりに恋人であるマイクロトフに会えるのだ。同じ会社だから毎日顔を見ることはできるのだが、部署が違うためゆっくり話すことはできない。そして、プライベートでも会えない日々が続いていた。自分は仕事が忙しく、マイクロトフは風邪を引いたのだ。 彼は会社を休むまでにはこじらせなかったものの、「うつる」と言って頑として会おうとしてくれなかった。一度、仕事が終わってからお見舞いを兼ねて彼のアパートを強引に訪れたが、とうとう部屋に入れてくれなかった。仕事が忙しい自分に風邪をうつしたくない、という彼の気遣いはよくわかるが、寂しかったのは否めない。 しかし、週末の今日、彼から社内メールで「おまえの部屋で待ってるから」と連絡があり、カミューを驚かせた。もちろんカミューも誘おうと思っていたのだが、私用でメールを使うことに眉をひそめている彼が自分からこんな連絡を寄越したのは初めてである。 それは彼も自分に会いたいと思ってくれているということだろうか。 駐車場に着いたカミューは自分の車を見て、思わず吹き出した。車の屋根にはいつものようにお留守番が居てくれたのだが。その大きさがいつもの倍以上あったのだ。 まるで自分の浮かれた気持ちを現しているようで、カミューは嬉しくなった。雪だるまを優しく手に取ると、 「おまえも喜んでくれてるのかい?」 と目を細める。そして、いつものように地面に置こうとして、ふと、子供のようなことを思いついた。目線の高さに持ち上げると、雪だるまに語りかける。 「今日は俺の恋人に会わせてあげるよ」 数日間の浮気(?)相手を恋人に会わせよう。 おまえに会えない間、毎日この子に会うのを楽しみにしてたんだ、と紹介したら彼は笑うだろうか、呆れるだろうか。 カミューは自分の思いつきにくすくす笑いながら車の後部座席の下に雪だるまをそっと置いた。そして車に積もった雪を払い落とし、車を走らせる。雪だるまが溶けないよう、車に暖房は入れなかったが上機嫌なカミューはそれほど寒く感じなかった。 カミューは自分の部屋の前に着くとチャイムを鳴らす。自分の部屋に鍵を使わないで入れる、ということを自分がどれほど嬉しく思っているか、彼は知っているだろうか。やがて、施錠が外される音と共にドアが開く。 「やあ、ただいま」 「遅かったな……って、なっ、なんでそんなものを持ってきたんだ?!」 驚愕したマイクロトフにカミューは目をぱちくりさせた。確かに驚かせようと思って持ってきたのだが、このリアクションは予想とちょっと違う。雪だるまを持ってきたくらいでこんなに驚くものだろうか。第一、どうして顔が赤い? そう考えて、カミューはピンとくるものがあった。 「あ、これ、ひょっとしてマイクロトフが作ってくれたの?」 なんの根拠もなかったが漠然と思ったことを口にしてみる。すると、マイクロトフは気まずげに視線を逸らし、もごもごと何やら呟いた。なんと言ったのかは聞こえなかったが、否定しないということはYESということだ。 カミューの顔に思わず笑みが浮かぶ。 「なんだ。俺の浮気相手を連れてきたつもりだったのに、犯人がマイクロトフじゃあね」 「浮気だと?」 「そう。おまえに会えない日々、この子に会うのを楽しみにしてたんだ」 カミューのセリフにマイクロトフは一瞬絶句し、次いで赤くなった。カミューはその様を目を細めて見つめていたが、さすがに身体が寒さを訴えはじめ、部屋の中に入ることにする。それに気付いたマイクロトフはカミューを迎えるべく身体を引いたが、カミューの手に抱かれている雪だるまに気付くと再び玄関を塞いだ。 「待て。そいつは置いていけ」 「え? でも、この子は毎日おまえの代わりに俺を待っていてくれたんだよ?」 「……この部屋では俺が待っているのだからいいだろう」 今度はカミューが絶句する番だった。茫然とマイクロトフの顔を見つめているとその頬がみるみる赤く染まっていく。「じろじろ見るな!」と怒られ、ようやく我に返った。 「ああ、うん。わかったよ」 カミューが頷いて雪だるまを玄関の外に置くと、マイクロトフは頬を赤くしたまま部屋の中に戻っていくところだった。カミューはその背中に抱きつく。 「ああ、もう! おまえって本当に可愛い!」 自分で作った雪だるま相手に妬くなんて。 「うわっ! つ、冷たいぞ、カミュー!」 冷え切った身体に抱きつかれ、マイクロトフは照れも合わせてカミューの身体を引き剥がそうとした。しかし、カミューはますます腕に力を込めて離れない。 「マイクが温めて♪」 「はーなーせー!」 「やだー」 じたばたと暴れるマイクロトフにカミューはぎゅうぎゅうとひっつく。 「心配しなくても俺にはマイクロトフだけだから」 カミューは幸せいっぱいに微笑み、マイクロトフは呆れたようにため息を吐いた。 次の日。玄関の脇には小さい水たまりができていた。カミューはそれをほんの少しせつない思いで見つめたが、恋人が自分に続いて部屋を出てくると優しく微笑みかける。 「さあ、今日はどこへ行こうか」 おわり |