つらら




 カミューは城の周りを散策していた。今の時間は執務中なのだが、暖房の暖かさにウトウトしはじめたのを副団長に咎められ、眠気を覚ますために外に出てきたのだ。外の空気は容赦なく冷たいが、今日は久々に太陽が顔を覗かせ、連日の刺すような寒さは少しだけ緩んでいた。
 カミューはあてもなくぶらぶらと歩いていたが、ふと視界に入ったものに足を止めた。それは厩舎の屋根の下に立って上を見上げている青い長衣姿。
 その後ろ姿は見間違うはずのない、我が愛しの青騎士団長である。
 あんなところで何をしているのだろう、と、なんとなく声をかけそびれたカミューの視線の先で、彼が突然右手を上げてその場でジャンプした。伸ばされた手は屋根から下がっていたつららの先端に触れ、短く折れる。着地して掌を見つめ、なぜか残念そうに深くため息をつく彼に、カミューはようやく近づいた。
「マイクロトフ」
「うわっ……って、カミューか」
 突然背後から名を呼ばれてびっくりしたように身体を震わせたマイクロトフは、振り返って親友の姿を見つけると、ほっとしたように息をつく。カミューはマイクロトフの一連の行動の目的がわからず首を傾げた。
「何をしてるんだい、こんなところで」
「あ、いや、その……」
「突然ジャンプしたりしてさ」
「み、見てたのか……?」
 カミューの問いにばつの悪そうな顔をする。しかし、カミューが答えを待っていては答えないわけにはいかず、ぼそぼそと小声で話し出した。
「つららを……」
「つらら?」
「取ろうとしてたんだ」
 マイクロトフは言いながら屋根を見上げた。カミューもつられて視線を上げると連日の雪と寒さで太く頑丈になったつららが軒に連なっている。カミューはようやく先程の行動の目的がわかった。しかし、理由がわからない。
「どうして?」
「……昔、友人と競争したりしたのを思い出して、な」
「競争?」
「ああ。誰がいちばん大きいつららを取るか、とか、取ったつららを剣に見立てて打ち合ったりして競い、遊んだものだ」
 懐かしそうに目を細めるマイクロトフにカミューは少々面白くない。
 カミューがマチルダに来たのは16歳の頃。そして彼に出会い、かけがえのない相手となり、それからの時を共に過ごしてきた。だが、それ以前の彼を知らないのだ……。
 彼の過去すらも独占したいと思っている自分の貪欲さに呆れながらも、今、彼の隣にいるのは自分なのだ、と己に言い聞かせ、宥める。どう頑張っても時は戻らないのだ。
 カミューは気を取り直すと、にやっとからかうような笑みを浮かべた。
「それでつい懐かしくなってつららを取ろうとしたんだ?」
 カミューの指摘にマイクロトフはかぁっと頬を染める。我ながら子供じみた真似をしたという自覚があるのだろう。
「う……、いや、その……」
 カミューに笑われるであろうその行動に今更ながら恥じ入ってしまう。視線を足元に落とし言葉を探していると、向かいに立っていたブーツが宙を蹴った。マイクロトフが驚いて顔を上げるとカミューはひらりとマントをなびかせ着地をするところだった。その手には太くて長いつららが握られている。
「さあ、俺のはこれくらい大きいよ。マイクは?」
 カミューのセリフにマイクロトフは目を瞬いた。そして、ようやく事情を飲み込むと、にやり、と笑ってもう一度自分もジャンプする。今度はつららの根元あたりに手が触れ、上手く折ることができた。
「どうだ?!」
 マイクロトフは手にしたつららをカミューの前に差し出した。するとカミューのつららとほぼ同じくらいの大きさである。
「うーん、引き分けかな。だったら……」
 カミューは言うが早いか、愛剣ユーライアを振るうがごとく、つららをマイクロトフに向けて突き出した。マイクロトフも素早くつららで応戦する。するとバキッという音と共に両方のつららが折れてしまった。
「あーあ」
 一瞬で終わってしまった遊びに、カミューは残念そうに折れたつららを目の前に掲げる。その向かい側でマイクロトフは感慨深げに目を細めた。
「やはり子供の頃とは比べ物にならないくらい力がついているのだな」
 子供の頃は今ほど高く飛べるはずがなく、もっと細いつららを手にしていた。それでも何度か打ち合ってもそうそう折れるものではなかったのに。再び昔に思いを馳せるマイクロトフにカミューはまた取り残されたような気持ちになる。そんなカミューの心境など知るはずもなく、マイクロトフは「なあ?」と同意を求めながら顔を上げた。そして、カミューの複雑そうな顔を見て、ようやく幼少期には彼がいなかったことに気付く。
「そうか。あの頃はまだおまえはマチルダにいなかったか」
「残念ながら」
 肩をすくめるカミューにマイクロトフは首を捻った。
「なんか意外な感じだな」
「……そりゃどうも。でも、俺はマイクロトフが今まで生きてきた半分も一緒に過ごしていないんだよ」
 彼は1歳下だから出会ったのは15歳のとき。そして、今は26歳。まだ、一緒に過ごした時間より出会ってない時間のほうが長い。
 カミューのふてくされたような口調にマイクロトフは軽く目を見張る。
「どうした? 何を怒っているんだ?」
 首を傾げるマイクロトフにカミューは黙っていようかと思ったが、言わずとも悟ってくれる相手ではない、と思い直し苦い笑みを浮かべながら口を開いた。
「俺は心の狭い男だからね。過ぎた時に嫉妬しているのさ」
 皮肉げに、どこか気取ったように応えるとマイクロトフは一瞬きょとんとし、次いで、なぜか照れ臭そうに笑い出した。なぜ笑う、と眉をひそめるカミューにマイクロトフは「馬鹿だな」と言う。
「何を言うかと思えば。どうせあと5年もすれば逆転するだろう?」
 今度はカミューがきょとんとする番だった。

 逆転するって何が?
 出会ってない時と一緒に過ごした時……?

「うわー……」
「どっ、どうした、カミュー! 顔が真っ赤だぞ?!」
「おまえ……、すごいこと言ってる自覚ある?」
 5年後も。一緒に居るのをあたりまえのように言うなんて。
「な、何がだ?」
 面食らったように目を白黒させるマイクロトフの肩にカミューは額を押しつけた。くっくっと咽喉の奥で笑う。
「……かなわないよ、ほんと」


「ところで、仕事中でしょ? どうしてこんなところに居たの?」
「暖房の陽気にあてられてウトウトしていたら追い出された……」
 マイクロトフの憮然としつつも恥ずかしそうな口調にカミューは吹き出した。
「俺たちってほんといいコンビだよね」
「何を言って……。あ! だいたいおまえが夕べ……!」
「はいはい。そろそろ戻らないとね〜」
「カミュー!!」

 本当に。おまえにだけは敵わない。


 おわり





「つらら」を漢字にしたら「氷柱」。
雰囲気が出ないのでひらがなのままにしました。
仕事しろ(笑)


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