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「まったくの悪慣習だ!」 カミューは憤慨していた。今日は12月24日。世間で言うクリスマス・イブである。世の中の若いカップルたちは二人きりで幸せな時間を過ごすのだろう。だが、自分たちは……。 「なぜ、クリスマス・イブに忘年会をやらねばならない?!」 「団長、いいかげんにしてください。毎年のことではありませんか」 何を今更、というふうな顔をして部下である赤騎士副団長にたしなめられる。カミューは不機嫌そうに頬杖をついた。 そう。ここマチルダ騎士団では毎年クリスマス・イブに白・赤・青合同の盛大なパーティが行なわれていた。パーティ、などと言えば聞こえがいいが、なんのことはない、ただの飲み会である。年に一度の年忘れの無礼講とあってそれは盛り上がるのだが。 「だいたい去年までは大して嫌がってなかったでしょう」 「人間、状況が変われば変わるものなんだ」 カミューは頬杖をついたまま憮然と応えた。その態度は怒っている、というよりは拗ねているようで、付き合いの長い副団長はピンときたようである。 「イブを恋人と過ごせなくていじけているのはあなただけじゃありませんよ」 「うるさい」 即答するのは肯定しているのと同じで。副団長はくすくす笑う。 「去年も一昨年も恋人はいらっしゃったでしょうに」 彼女たちが気の毒ですね、とからかうように言う副団長にカミューは少しばつの悪そうな顔をした。 「……状況が変わったんだ」 先程の憎まれ口とは正反対のトーンに副団長はますます笑う。 「いいじゃないですか。パーティが終わってからゆっくり会えば。夜は長いんですからね」 すぐ会えるでしょう、と意味ありげな言葉を残すと副団長は退室していった。一瞬、呼吸が止まったカミューはバタン、というドアの閉まる音で我に返る。 「あいつ……知ってるんじゃないだろうな……」 すぐ会えるどころか一緒のパーティに参加することを。 そう。恋人は青騎士団の筆頭なのだから……。 去年まではイブを一緒に過ごしたがる彼女を断るのにいい口実だった。その日を恋人と一緒に過ごすことを特別視する女性たちの気持ちは自分にとって重過ぎるものだったから。 だが、いざ自分がその立場になると、是が非でも一緒に過ごしたいと思うようになった。なんとかならないだろうかと思考錯誤し、いろいろと手を尽くしたが昔からの慣習は覆りそうにないと知ると、今度は悪態が止まらない。 今までの軽薄な付き合いのツケだろうか。 だってしょうがないじゃないか……。 想いが叶う、なんて思いもしなかったのだから。煮詰まって彼を傷つけるのを恐れ劣情を溜め込まないように、そしてひょっとしたら他に夢中になれる相手に会えるかもしれない、というささやかな望み――心のどこかで無理なのはわかっていたが――を持って様々な女性たちと付き合ってきた。しかし、あきらめることも抑えることもできなくなり、自分の異変にいち早く気付いた他ならぬ本人に問い詰められ、想いを打ち明ける羽目になった。 はじめは同情で了承したんだと思う。だが、それでもかまわないほど彼を渇望していた。プライドなど彼の前ではないに等しく、すがるような気持ちで彼の優しさにつけ込んだ。 そしてようやく手に入れた恋人同士という関係。最初はとまどい、どこか我慢していたふうの彼も、続けていくうちに友情の延長とでも思い込むことに成功したのか、次第に自然体になっていった。 「ねえ、二人で風邪引こうよ」 「何を言ってるんだ、おまえは。どうしてわざわざそんなことをしなくてはいけない?」 恋人に一蹴され、カミューは、むう、と唇を尖らせた。 カミューは恋人の執務室に自ら書類を届けに来、そのまま居座っている。机で書類と睨めっこしている恋人に視線を合わせるように机の向かい側にしゃがみこんでいた。 「明日のパーティを欠席する口実だよ」 「馬鹿なことを言うな。おまえは明日のパーティがどんなに大事なものかわかっているのか?」 「そう言うおまえは明日が恋人たちにとってどんなに大事な日かわかっているの?」 恋人、という単語にマイクロトフは息を飲んだかと思うと、みるみる頬が朱に染まっていった。真っ直ぐカミューを捉えていた視線は逸らされ、落ち着かなさげに宙をさまよう。 「ば、馬鹿なことを言うな……。赤騎士団、青騎士団の筆頭である俺たちが欠席できるわけがないだろう」 「だから風邪を引いたことにするんじゃないか」 実際、毎年、若い騎士たちには恋人と過ごしたいあまりに2、3日前から芝居をうっている者もいる。周りは気付いても気付かないふりをしてやるのだ。 「そんなことができるか!!」 何より嘘が嫌いなマイクロトフは案の定大声を出した。顔がわずかに赤いことを抜かせば本気で怒っているのは明らかで、カミューは落胆の溜め息を吐く。 「そう言うのはわかっていたけどさ……」 二人で過ごしたいと思っていたのは俺だけだったようだね、とぽつん、と呟いてカミューは青騎士団長の執務室を出ていった。背後でマイクロトフがどんな顔をしているのかも気付かず……。 「だから出るのが嫌だったんだ」 カミューはグラス方手にぼやいていた。目の前では若き青騎士団長が部下たちに囲まれている。手に握られているジョッキにはあふれんばかりの酒が注がれているというのに、周りはお酌の順番待ちしている状態だ。 カミューとて先程まではマイクロトフと大差ない状態だった。だが、途中で水割りに変えたために周りは注ぎようがなく、短く言葉を交わして次へと場所を移していく。 これくらいの要領の良さがあってもいいだろうに、と思いつつ、あの真っ直ぐで不器用なところも彼の美点なのだ。 しかし、この状況では少しは2人きりになりたいと思っている自分の願望は叶いそうにない。 カミューは酒を注いでいる青騎士にすら嫉妬しそうな気持ちを逸らすため、そっと会場を出た……。 外はひんやりとして気持ちが良かった。普段ならば上着も羽織らずに出られる気温ではないのだが、アルコールのせいか夜風が心地良い。 外には少し飲み過ぎた者や、ああいう賑やかな雰囲気を苦手としている者、静かなところで語り合いたい者たちの姿があった。皆、カミューに気付くと背筋を正そうとするが、カミューは軽く手を上げてそれを制する。今夜は無礼講なのだから気にすることはない。だが、自分が居てはせっかく会場を抜け出した連中もくつろげないだろうと、カミューは人気のない場所まで移動した。 大木に背を預け、ふう、と息をつく。唇から吐き出された真っ白い霧が宙に溶けた。 「冷えると思ったら晴れているのか」 見上げれば星空が広がっている。冬はなぜか晴れた夜が冷え込むのだ。空気が冷えて澄んでいるのか満天の星々がとても綺麗だった。 いつも厄介者扱いの雪だが、今日明日は子供から大人まで降るのを心待ちにしている。今夜にかぎって晴れるなど皮肉なものだ。 カミューは星を見上げながらもう一度ため息をついた。 想いが成就したのだからもう少し余裕ができると思っていたのに。いつも一人で空回りしている。 自分はこんなに心の狭い男だったか? 自分はこんなに独占欲の強い男だったか? 自問して苦く笑う。答えはイエス意外ありえない。この様でどう否定しろというのだ。 無様な男だと思う。だが、それでも彼が自分の傍にいてくれると思うと幸せなのだ。餓える心と満たされる心の距離が縮まらない。 身体が冷え始めると、頭も冷えた頃だろうかと思い、会場に戻ることにする。赤騎士団長たる自分が長く席を外すのはまずいし、傍に居て話せなくても彼の姿を見ていたかった。そろそろ適当なところで助けないと酔いつぶれてしまうかもしれない。 大木から背を離すと、 「カミュー」 背後から信じられない声がした。カミューは驚きを隠せないまま振り返る。 「マイクロトフ……」 「こんなところにいたのか」 わずかに目を細めて歩いてくる姿は少し足元がふらついていて、カミューは思わず顔をしかめる。マイクロトフは酒は弱くない。それなのにこういう状態なのはそれだけ飲んだということだ。 「飲み過ぎだぞ」 マイクロトフは自覚しているのかばつの悪そうな顔をする。 「しかたないだろう。みんなが注いでくれるのだから」 「限度を考えろって言っているんだ。ばか正直に全部飲んでいたら倒れるぞ」 カミューは手を伸ばしてマイクロトフの前髪をくしゃり、と撫ぜた。マイクロトフがくすぐったそうに目を瞑る。 「で、どうしたんだ? ケンカか?」 「え?」 「俺を探しにきたんだろう?」 マイクロトフの第一声から自分を探しにきたことは間違いなく、会場で何かあったのだろうと思う。毎年、度を過ぎて飲んだ若い連中が意見の衝突などで小競り合いになることも少なくない。ケンカの仲裁はマイクロトフより口の達者なカミューのほうが適任だった。 マイクロトフは一瞬きょとんとし、カミューのセリフを理解すると何とも言えない表情を浮かべた。 「あ、いや、そうじゃない……」 「え? じゃあ、そろそろお開きか?」 「いや、まだみんな盛り上がっていて終わりそうにない」 マイクロトフは何を思い出したのか苦笑を浮かべる。カミューはその表情で会場のどんちゃん騒ぎぶりが容易に想像でき、眉を寄せた。 「羽目を外しすぎだ」 「年に一度の無礼講なんだ。いいだろう?」 マイクロトフは自分で言ってからこれではいつもの逆だ、と思い、おかしくなった。いつもは物事を固く考えてしまう自分をカミューが宥めるのに。 カミューとて日頃の固い規律に縛られた騎士生活から羽を伸ばしたいという気持ちはよくわかる。だが、今夜は早く終わってマイクロトフと2人で過ごしたかったのだから恨めしいことこの上ない。 カミューは呆れたようにため息をつくと、気を取り直して、 「なあ、マイク。今夜、パーティが終わったら……」 どうするんだ、と恋人同士なら当然返ってくるであろう返事を期待して問いかけた。するとマイクロトフは、ああ、となんでもないように応える。 「明日は仕事なんだ。早く帰って寝ないとな」 「え?!」 カミューは、ぎょっと目を見開いた。 「仕事だって?!」 明日は祝日である。だが、マチルダを守っている騎士団は24時間体制で警備にあたっているため、何人かの保安要員が出ることになっていた。 「明日の休暇は年配の方を優先したんだ。明日は家族でゆっくり過ごしたいだろうからな」 それは赤騎士団も同じだった。しかし、カミューはちゃっかり自分の休暇も確保していたのだ。……もちろんマイクロトフと過ごすために。 ショックを受けたように硬直しているカミューをマイクロトフは不思議そうに見つめていたが、やがて何か思い当たったのか、小さく「あ」と呟くとわずかに上目遣いにカミューを見やった。カミューに対して言い訳するときの癖だ。 「そうしたら人手が足りなくて、俺も出ることにした。……すまない」 謝られては責めるわけにいかない。恋愛沙汰の苦手な彼が約束をしなくても当然休みを取るだろうと過信していた自分が悪い。 カミューは怒りのままに自分の頭をがしがしと掻き回した。いつもきっちりまとめられている亜麻色の髪が乱れる。 「ああ、もう! だからこんな日に忘年会なんて嫌だったんだ」 駄々っ子のように文句を言うカミューに、マイクロトフは悪いとは思いつつ笑いが込み上げてくるのを止められなかった。 自分に対してだけこんな姿を見せるのを嬉しく思う。普段は涼しい顔を崩さない彼だが、実は感情豊かで気分屋である。自分の前では素の姿を見せてくれるのが好きだった。 マイクロトフは一歩足を踏み出してカミューに近づく。 「そう言うな。こんな日だから……」 ふわり 「羽目を外せる。……違うか?」 マイクロトフは照れ臭そうに笑うと、唇に触れたぬくもりに茫然と目を見開いているカミューに、「そろそろ戻るぞ」と背中を向けた。カミューは咄嗟に腕を掴むと振り返ったマイクロトフを木に押しつける。 「……俺にも……羽目を外させて……」 吐息が触れるくらい間近で囁くとカミューはゆっくりと唇を重ねる。……抵抗はなかった。 「マイクの唇、熱い」 「……おまえのが冷たいんだ」 「じゃあ、温めてよ。酒臭いのは我慢するから」 「一言多いぞ」 くすくす。 啄ばむような口付けの合間に睦言を交わす。互いの唇の温度が同じくらいになる頃、一度深く重ね合わせ、ようやく名残惜しげに唇が離れた。 「戻ろうか」 「……そうだな」 頷くマイクロトフの頬が朱に染まっているのを愛しげに見つめたカミューは会場に戻るべく歩き始めた。背後からマイクロトフが名を呼ぶ。 「カミュー」 「ん?」 「来年は……その、休みを取るようにするから……」 立ち止まり振り返ったその顔が驚愕に固まっているのを見て、マイクロトフは変なことを言っただろうか、と内心焦る。 「カ、カミュー……?」 カミューはじっとマイクロトフを見つめていたかと思うと、突然、ぶっと吹き出した。 「おまえ……やっぱりサイコー」 「え?」 ばしばしと肩を叩かれ、マイクロトフは目を白黒させる。だが、カミューはそんなことにはおかまいなしで肩を叩き続け、終いにはぎゅっと抱きついた。 来年は、だなんて、来年も恋人同士でいることになんの疑問も持っていないということ。 「やっぱりおまえにはかなわないな」 幸せで胸が満たされていくのを感じながらカミューはマイクロトフの頬に自分の頬を擦りつけた。その頬にひらり、と冷たいものが舞い降りる。 「雪だよ、マイクロトフ」 「ああ……」 来年こそは、2人で過ごそう。 merry christmas |