悪魔と修道士見習い3
〜それぞれの変化〜




「何しにきたの?」
「え?」
 マイクロトフは目が合ったとたん言われた言葉に目を瞬いた。頭の中で反芻してみてもどうしてそんなことを言われたのかわからず、頭上の木の枝に腰をかけている悪魔・カミューに不思議そうに問い返す。
「何って、食事だろう?」

 カミューに毎日食事……マイクロトフの生気を与える、という約束を交わしてから、マイクロトフは雨の日も風の日もこの木に通い続けていた。すでに3ヵ月が経とうとしている。はじめのうちは、自分が来ないと村を襲う、という脅しと、いつか命を奪われるのでは、という恐怖心でカミューの元に赴くのが怖かったマイクロトフも、カミューが約束どおり村には近寄っていないらしい、ということ、毎日確かに生気を吸われているがそれ以上のことはない、ということに日に日に警戒心は薄れ、どこか友人に会いに来るような気安さまで覚えるようになっていた。

「そんな身体でのこのこ来たってわけ?」
 カミューがため息混じりに言うと、
「え?」
 マイクロトフはわけがわからない、というふうに首を傾げる。随分と不機嫌そうだが、自分が何かしたのだろうか、と、焦りと恐怖心が生じてきた。見た目は自分と同年代くらいの少年だが、正体は悪魔なのだ。
 そんなマイクロトフの心境をたやすく読み取ったカミューはわずかにしかめ面になると、ひょい、と木の枝から飛び降りた。通常の人間が真似をすれば足の骨の一本や二本は折ってしまいそうな高さだが、カミューは体重を感じさせない身軽さでふわりと降りてくる。マイクロトフは、やっぱり悪魔なんだな、とへんな感心をしつつそれらの動作を眺めていた。
 マイクロトフと同じ目線になったカミューは、ずい、とそばに歩み寄ると手を伸ばしマイクロトフの額に触れる。
「冷たい……」
 思わず漏れた声に、
「俺の手が冷たいんじゃなくてマイクロトフの額が熱いんだよ」
 と、カミューが呆れたように応えた。
「え?」
 マイクロトフはカミューに言われて初めて身体の不調に気付く。朝からなんとなく身体がだるく、寒気がするような気がしていたが、あまり体調を崩したことがなかったため、冷え込んできた気候のせいだと思い、頓着していなかったのだ。
 カミューは、ようやく自分の体調が悪いことに気付いたふうのマイクロトフの顔を覗き込んだ。
「わかったらとっとと帰って寝たら?」
「だ、だが、カミューの食事が……」
「俺に病人の生気を吸えって言うの?」
「あ……!」
 マイクロトフはカミューの不機嫌そうな訳にようやく気付く。誰が病人に触れたいと思うだろう。
 マイクロトフは己の迂闊さに恥ずかしくなってうつむいた。
「す、すまない……」
 しゅん、としたマイクロトフにカミューはため息を吐くと、一歩近づいた。そして、うつむいたままのマイクロトフの頬を両手で包むとわずかに仰向けて、ふわり、と唇を重ねる。少し冷たいぬくもりは一瞬で離れていった。
 カミューは、目を見開いているマイクロトフの髪をくちゃっと撫でる。
「ほら、今日の分はもらったから早くお帰り。そして早く治してゆっくり食事させてくれよ」
 飢え死にする前にさ、と悪戯っぽく笑うカミューに、マイクロトフは怒っていないことにほっとしつつ頷いた。
「俺は丈夫だから、一晩寝ればすぐ治る」
 だが、カミューは頭を緩く振る。
「ちゃんと治るまでここには来なくていい。
 具合が悪いのに出かけていたら周りにあやしまれるだろう?」
 もっともな言葉にマイクロトフはもう一度頷きつつ、何やら胸の奥がもやもやするのを感じた。なんだろう、と目の前の少年を見つめながらその原因を考える。

 カミューの『食事』とは人間の体液を摂ることだった。毎日、人間で言う、接吻によってそれは行なわれる。体液を摂るのだから、単に唇を重ねるだけのそれではなく、カミューは口内に舌をのばし唾液を貪る。その行為は非常に恥ずかしいのだが、それ以外は少々疲労感を覚えるだけで少し休めば回復するし、特に身体には支障がなかった。
 マイクロトフが休んでいる間、カミューは用済みとばかりにいなくなったりせず、回復するまで傍にいた。腕の中に囲ってきたのには仰天したが、何度訴えても聞き入れてもらえず、けっきょくはマイクロトフが折れるしかなかった。生気を吸われた後の気だるくなった身体を支えてもらえるのは助かる、ということもあったのだが。
 しかし、その『食事』を除けばカミューは普通の少年と変わらないように思えた。そのせいか、周りに同じ年頃の友人がいないマイクロトフは、実際のところは何歳なのかはわからないが見た目は自分と同い年くらいのカミューに、いつの間にか友情に似た親近感を持つようになっていたのかもしれない。今では彼が『食事』の後に聞かせてくれるいろいろな話を楽しみにするようにまでなっていたのだから。

 毎日会うのがあたりまえとなっていた彼に体調が戻るまで会えない、ということを、寂しい、と思っていることに気付くとマイクロトフは愕然とした。
「どうしたの? 俺に会えないのが寂しいって顔をしてるよ?」
「なっ……!」
 知らず、顔に出ていたらしい。元々、素直な性格の少年は感情が表に出やすいタイプだった。カミューのからかいにマイクロトフは慌てて首を振る。
「そ、そんなことはないぞ!」
 ムキになる姿がおかしくてカミューはしらじらしく口を開いた。
「やっぱり体調を崩したのは昨日のアレのせいかな。けっこう寒かったからねー」
 にやにやと人の悪い笑みを浮かべると、マイクロトフは昨日の出来事を思い出したのか真っ赤になる。
「う、うるさい! 言うな!!」
 昨日の『食事』はいつもの接吻ではなかった。

 マイクロトフは、自分にとっては口付け以外の何者でもない『食事』があまりにも恥ずかしくて「他に方法がないのか」、と尋ねたことがことがあった。そのとき、「他にも方法がある」と言われ、いちにもなくそれにしてくれと言ったのだが……それはさらに羞恥を誘うものだった。下半身を剥かれ、自分でも意図を持って触れたことがなかった箇所をカミューの唇が包み込み、わけのわからないうちに追い立てられ、精液を吐き出してしまった。カミューはそれを飲み、「美味い」と言ったのだ。

 昨日、カミューがそっちがいい、と言った。マイクロトフは当然、猛烈に抗議したのだが、相手は悪魔。聞き入れてくれるはずもなく、あっというまにズボンを下着ごと剥ぎ取られ、露わになった下半身に生温かいものが絡みつき……マイクロトフは成す術もなく精を吐き出した。その解放のショックと羞恥のあまりにか気を失ってしまい、気が付いたときには日が傾いていた。カミューはいつものようにマイクロトフを抱いてはいたものの、下半身は曝け出したままで、マイクロトフは真っ赤になって慌てて下着とズボンを身につけたのだった。
「ごめんね。今度はちゃんと履かせておくから」
「うるさい、うるさい!! 誰があんな真似、二度とさせるか!!」
 マイクロトフはカミューの口を塞ごうと手を伸ばした。だが、ぐらり、と視界が揺れて足がもつれる。興奮したせいで熱が一気に上がったようだった。
「おっと」
 カミューはふらついたマイクロトフを軽く支えると顔を覗き込む。
「これじゃあ一人で帰るのは無理かな。送っていってあげるよ」
「い、いらん! 第一、おまえが村に来たりしたら……!」
「村の入り口までだよ。それに、見た目でわかるわけがないだろう?」
 確かに見た目はマイクロトフと同い年くらいの少年にしか見えない。……少々顔立ちが整いすぎてることを除けば。
「だ、だが……」
 なおも躊躇するマイクロトフにカミューは、正体が知らぬ者が見たら見惚れそうなほどの綺麗な笑みを浮かべて、
「おまえが途中で倒れたりして、のたれ死にでもしたら村は全滅だよ?」
 と、なんでもないことのようにさらりと言った。マイクロトフはそのセリフに目を見開いたが、彼の言っていることを理解すると、わかった、と小さく呟く。
 普段は一部を除けば普通の少年のように振る舞っているためか失念しがちだが、彼は機嫌を損ねればたちまち恐怖の代名詞になるのだ、ということをマイクロトフは思いのほか冷静に受け止めていた。
 カミューは鷹揚に「わかればいいんだよ」と目を細めるとマイクロトフの腕を自分の肩に回し、自分の腕をマイクロトフの腰に巻きつける。2人の身体が互いの息遣いがわかるくらいに密着した。その距離の近さにマイクロトフはぎょっと目を見開く。
「こ、ここまで支えてくれなくても大丈夫だ!」
 耳元で怒鳴るように抗議するマイクロトフにカミューはわずかに眉をしかめた。
「うるさいなぁ。あんまり文句を言うと抱き上げていくよ?」
 体格は同じくらいだが、悪魔の彼にとってはなんでもないことなのだろう。マイクロトフは口を噤むしかなかった。


 寄り添うように村へと続く街道を歩いている2人組を見ている少女がいた。最初は何をしているんだろう、と不思議に思って見ていたのだが、漆黒の髪の少年のほうが少しふらついているのに気付くと、どこか具合が悪いのだろうか、とその2人を心配そうに見守る。
 少女の立つ位置からは2人の顔は見えなかったが、漆黒の髪の少年はその背格好で、同じ村の教会で働いている見習い修道士だとすぐわかった。しかし、もう一人の亜麻色の髪の少年は見覚えがないように思う。彼女は顔を見なくてはわからない、と、遠巻きながら少年の顔が見えるところまで移動した。そして、その顔を一目見たとたん、思わず息を飲む。

 その少年は。見たことがないくらい秀麗な顔立ちをしていた。
 一度目にしたら二度と忘れないような……。

 漆黒の髪の少年、マイクロトフも凛々しく整った顔立ちをしていた。同年代のかっこいい異性と話をしてみたい、とは年頃の少女なら誰もが思うことだが、彼は、修道士見習い、という聖職者に近い立場のせいか、なかなか近寄り難い存在だった。
 だが、亜麻色の髪の少年は、どこか危うい雰囲気を纏っていながらも、近づかずにはいられないような惹き込まれる魅力を持っている。
 一目見て、亜麻色の髪の少年の虜になってしまった少女は2人の歩く姿を遠くからじっと見つめていた。その頬は上気し、目は潤んでいる。
 やがて、村の入り口に到着すると2人は別れた。離れた際、何か短いやりとりがあった後、マイクロトフが少年に何かを怒っているようだったが、離れていたため詳細はわからない。少女は、軽く手を振って今来た道を戻っていく亜麻色の髪の少年に、姿が見えなくなるまで熱い視線を向けていた……。


 村の入り口でカミューと別れたマイクロトフは唇をごしごしと手の甲で拭っていた。別れる際、「じゃあお駄賃」という言葉と共に素早く唇を奪われたのだ。
 マイクロトフは憮然と唇を擦っていたが、ふと、あんな一瞬の口付けでも彼にとってはおやつぐらいにはなるのだろうか、と考えた。そして、その程度でも欲しかったということは彼は空腹を我慢しているのかもしれない、という結論に達する。
 マイクロトフはその考えに青ざめた。

 一刻も早く身体を休めて回復しなくては……!

 悪魔に、我慢する、という概念があるのかはわからないが、カミューが我慢しきれなくなったら、この村を襲うだろう。そんなこと、させるわけにはいかなかった。
 マイクロトフは教会に向かう足を早めた。

 教会の外では神父が玄関の周りを掃除していた。掃除は本来、見習いであるマイクロトフの仕事だが、神父は時間があるとあちこちを掃除するのが趣味だった。教会内はマイクロトフが几帳面に掃除するため、神父は主に外を掃除する。外は朝にマイクロトフが綺麗にしても風が吹けば落ち葉などで散らかってしまうため、掃除のしがいがあるようだ。はじめは恐縮していたマイクロトフだが、掃除が神父の楽しみだと知ってからはあまり気にしないようにしていた。
 神父はこちらに歩いてくるマイクロトフに気付き、箒を動かす手を止めた。
「おや、マイクロトフ、どうしました?」
 今日は早いですね、と穏やかに笑う神父に、マイクロトフは心配させるだろうな、と少し申し訳なく思いながら応える。
「少し……熱があるようでして……」
 マイクロトフの言葉に神父は目を見開くと慌ててマイクロトフに駆け寄り、額に手を伸ばした。その額は驚くほど熱い。
「これはいけない……。早く暖かくして寝なくては。今、薬を持ってくるから、部屋に行きなさい」
「すみません……」
「謝ることはない。ただ、おまえは我慢しすぎるところがあるから、もう少し早く言いなさい。さあ、早く中へ」
 神父に促されてマイクロトフは教会の中に入り、生活している建物に続くドアを開けた。渡り廊下を通り、自分の部屋に向かう。石畳の部屋は少々薄暗いが、マイクロトフは厳かな雰囲気が好きだった。しかし、今日は熱があるせいか、少し寒々しく感じてしまう……。
 マイクロトフはぶるっと身を震わせると気を取り直して夜着に着替えるべく服を脱いだ。ちゃり、と胸元で音がし、視線を向ける。それはいつも身につけている銀の十字架だった。

 そういえば。今日はこれを外さなかったのにカミューは平気だったな……。

 やはり、初めて会ったときに彼が言ったように、自分のような見習いが持っていても悪に対してなんの効力もないのだ。カミューはいつも目障りだから外してから木に登れ、と言うが、本当にその程度なのだろう。
 マイクロトフは少々自分に不甲斐なさを覚えつつ、ベッドに潜り込んだ。
 そのとき、ドアがノックとともに開かれる。神父が薬と水をのせた盆を持って部屋に入ってきた。
「今夜は冷えそうだから毛布をもう一枚用意しよう」
「あ、いえ、俺は大丈夫です……」
 慌てて首を振るマイクロトフに神父は優しい、それでいてたしなめるような笑みを浮かべる。
「マイクロトフ。さっきも言ったようにおまえは少し我慢しすぎる。もう少し自分を大事にしなさい」
 今年の風邪は性質が悪いらしいからね、と神父はマイクロトフの頭を優しく撫で、毛布を取りに行くべく部屋を出ていった。ほどなく暖かそうな毛布を手に戻ってくる。自分でやろうとするマイクロトフを「横になっていなさい」と制し、寝ているマイクロトフに毛布をかけてやると神父は、
「早く良くなりなさい。友達が寂しがるだろう?」
 と、毛布の上からぽんぽんと軽く叩く。「友達」とはカミューのことだった。もちろん本当のことは言っていないが、毎日村の外に出ていくため、隣の村に友人ができた、と言っていたのだ。

 そうだ。早く体調を治さなくては……。

 マイクロトフは「ありがとうございます」と礼を述べると目を閉じた。それを確認して神父は部屋を出て行く。パタン、というドアの閉まる音を聞いたマイクロトフはゆっくり目を開けた。
 そっと胸に下げている十字架に触れると、カミューのことが頭に浮かぶ。先程の不甲斐ない気持ちが再び胸を占めた。早く一人前になりたい、と思ってから、一人前の修道士になったらどうしたいのか、という疑問にぶつかる。

 カミューを……退治するのか……?

「……………………」
 マイクロトフは胸に押し寄せた様々な感情の奔流を頭を振って追いやると、毛布を頭から被った。


「くそっ」
 カミューは一人、毒づいていた。いつも『食事』をおこなう木の上で枝に力なく寄りかかる。
 身体が、鉛のように重かった。先程、マイクロトフを村の入り口まで送った際、マイクロトフが身につけていた十字架の力がカミューを蝕んでいたのだ。マイクロトフ自身にまだそれほどの力がないためこの程度ですんでいるが、それでも聖水で清められた十字架は長時間触れていると、自分たち闇の眷属には熱した火かき棒のような凶器となる。
 これくらいの不調なら、人を食らえば簡単に回復するのだが、それはしたくないと思った。別に、マイクロトフと約束したからというわけではない。離れた村を襲えばマイクロトフが気付くこともないのもわかっている。だが、漠然と、したくない、と思うのだ。人を食らってしまえば、あの真っ直ぐ自分を見つめてくる闇色の瞳を見返すことができないような気がした。
 こんな自分の曖昧な心境にもいらいらしていた。マイクロトフと会ってから知らない感情ばかり芽生えている。
 毎日、生気をもらってもどこか物足りないような気がするのは、直接血肉を食らいたい、という本能とは違っていた。彼の生気には満足しているのだ。……おそらく。
 生気を奪われてぐったりしている彼を腕の中に抱いていると何かを望んでいる自分に気付く。だが、それが何かわからない。
 退屈だった日々が彼と会ってから変わったのは認めざるを得ない。毎日、彼が来るのを楽しみにしてるのだから。それは毎日労力を使わずして『食事』にありつける、という理由だけではない。単純に、彼といると楽しいのだ。自分に脅えているはずなのに、ちょっとからかってやるとムキになってかかってくる。自分が見てきたいろいろな国の話をすると目を輝かせて聞き入る。様々な表情を素直に見せる彼を見ているのがおもしろいのだ。
 今日だって十字架を身につけた彼に触れれば苦痛を与えられることはわかっていた。それでも……。

 それでも。なんだ……?

 カミューは自問してみたが答えは出なかった。それは、カミューたち魔族が持つはずのない感情だったのだから……。


 マイクロトフは夜になるとさらに熱が上がった。様子を見に来た神父が驚いて、薬師のところに薬をもらいに行く、と言ってから10分も経っただろうか。夢うつつに目を閉じていると、額にひんやりとしたものが触れた。マイクロトフは神父が帰ってきたのだろうか、と思い、かすかに目を開ける。そこには、いるはずのない人物が立っていた。
「カ、ミュー……?」
 額に触れていたのがカミューの手だと知るとマイクロトフはまた目を閉じる。
「冷たくて……気持ちいい……」
 マイクロトフはどこか安心したように呟くと、カミューの手に自分の手をそっと重ねた。そのおぼつかない口調は、これが夢なのか現実なのかという区別がついているかもあやしいものだった。
 マイクロトフが普通であれば、カミューがどうしてここにいるのだろう、という疑問を持っただろう。そして、カミューの顔色の悪さにも、どことなく苦しそうな様子にも気付いただろう。が、今のマイクロトフは目を開けているのも億劫なほど熱に冒されていた。まともな思考など働くはずがなかった。
「マイクロトフ……」
 カミューはそっと名前を呼ぶと、熱い吐息を漏らしている唇に己の唇を寄せる。かすかに触れただけで離れていったぬくもりにマイクロトフが薄く目を開けた。吐息が触れるほど間近にある琥珀色の瞳を真っ直ぐ捉える。
「腹が……減っているのか……?」
「…………そうだね」
 マイクロトフの問いかけにカミューは少し間をおいて答える。その顔に浮かんでいるのはセリフには似つかわしくないほどの穏やかな笑みだった。
 再び唇を寄せようとするカミューにマイクロトフはわずかに顔を背けて逃れる。
「すまない。だが、風邪が移る……」
 熱のせいで潤んだ瞳を苦しそうに歪めるマイクロトフにカミューは笑みを深くした。
「馬鹿だね。悪魔に人間の風邪が移るわけがないだろう?」
 そうか、とマイクロトフがつられたようにかすかに笑う。
「こんな……状態でも生気を取れるなら取っていってく……」
 マイクロトフの言葉が言い終わらないうちにカミューの唇が被さってきた。ゆっくりと角度を変えるように唇が動き、深く重ね合わせるとカミューの舌がマイクロトフの口内に侵入してくる。熱のせいか普段より冷たく感じる感触が心地良くてマイクロトフはされるがままになっていた。カミューはゆっくりとマイクロトフの舌を絡め取ると軽く吸って口付けを解く。
「カミュー……?」
 普段より全然短い行為にマイクロトフがうっすらと目を開けると、カミューは淡く微笑んでいた。
「もう行かなきゃ……」
 おやすみ、とカミューはマイクロトフの前髪を優しく撫で、ふっとその場から姿を消す。マイクロトフはカミューが空中に姿を消す姿など初めて見たというのに不思議と落ち着いた気分で、ぼんやりとカミューが消えたあたりを見ていた。
 そのとき、突然、荒々しくドアが開く。
「マイクロトフ! 無事か?!」
 部屋に入ってきたのは神父だった。普段の穏やかな表情はかけらもなく、青ざめた様子でマイクロトフのベッドに駆け寄ってくる。
「神父……様?」
「教会のほうから恐ろしい気配を感じたのだ。何か起こらなかったか?」
 息が切れているのはその『気配』を感じて走ってきたからなのか。マイクロトフはぼんやりと神父の言葉を反芻した。
「恐ろしい……?」

 オソロシイ、コト? ソレハ……?

 マイクロトフはゆっくりと目を閉じる。それは高熱が苦しいためのようでもあり、己を心配そうに見つめる神父の視線から逃れるようでもあった。
「いいえ……何も……」
 マイクロトフの答えに神父は安堵の息を吐く。小さな声で「神よ、感謝します」とつぶやいたのが聞こえた。そして、薬師からもらってきた薬を枕元に置く。
「そうか……。さあ、この薬を飲んでゆっくり寝なさい」
「はい。ありがとうございます」
「早く良くなるようにな」
「はい……」
 神父が部屋を出ていくと、マイクロトフはそっと己の唇に触れた。少し冷たいぬくもりが残っているような気がした……。


 カミューはぐったりと木の枝にもたれかかっていた。
 ただでさえ『あの建物』は苦手だというのに、あそこに住む『神の遣い』を名乗る人間は信心深かった。信じる心が強ければそれなりの力が宿る。あの村はあの男の祈りにより、低級の魔族などは近づけないほど守られていた。
 カミューはその力の中心に行ったのだ。いくら魔族の中でも最強の部類に入るとはいえ、ただで済むはずがなかった。
 何もかも凍らせてしまう氷河の中に立っているような苦しみ。灰も残らないほどの業火の中に立っているような痛み。
 それらに耐えてまで何をしたかったのか。

 ただ……会いたかった……。

 あの、闇色の瞳と髪を持ちながら、強烈な『光』を纏う少年に。



 おわり




久々に「悪魔と修道士見習い」です。
とある方に、ぜひ続きを! なんて言われてその気になって書きました。
あと1話くらいで完結すると思うので、そのうち書きたいと思います。


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