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朝 月曜日といえば大抵の人は憂鬱な思いで朝を迎えるであろう。起きる時間がきても、また1週間が始まるのか、と思うと、布団から出たくない、という一種の現実逃避に似た心境に駆られることも少なくない。 カミューも例外ではなかった。目覚まし時計代わりにしている携帯電話のアラームが鳴ると、目を開けずに手探りで探し出し、音を止める。もう少しこのまどろみの中に留まっていたかった。だが、隣では、むく、と起き上がる気配がする。それは、昨夜、ベッドを共にした恋人のマイクロトフであった。普段は寝起きのいい彼だが、今日はまだ眠いのか上半身を起こした格好で2、3瞬きをし、目をこする。そして、ひとつあくびをすると、意を決したようにベッドから降りてカミューを揺さぶった。 「おい、カミュー、起きろ。時間だぞ」 「う……ん……」 多少のことでは起きないのはいつものことである。マイクロトフは軽く肩をすくめると先にシャワーを浴びてこようと、クローゼットを開けバスタオルと着替えを取り出した。そして、ベッドの下に脱ぎ散らかしてあった2人分の服を適当に拾うと浴室に向かった。 拾った服を洗濯機の中に放り込んで洗剤を入れて回す。そして、熱いお湯でざっと身体を洗い流して目を覚ますと、髪を拭きながら寝室に戻った。寝室では相変わらず眠りの住人になっているカミューがいる。 「カミュー! いいかげんに起きないと遅刻だぞ!」 「うーん……、だって、マイクロトフが……寝かせてくれないから……」 「なっ、寝かせなかったのはどっちだ!! おまえのせいで月曜から寝不足ではないか!!」 マイクロトフは真っ赤になってカミューの耳を容赦なく引っ張った。さすがにカミューは目を開ける。 「いたたたっ……耳が伸びるよー」 耳を押さえて上半身を起こすカミューにマイクロトフは着替えを投げつけた。 「とっととシャワーを浴びてこい!!」 カミューがようやくシャワーを浴びて浴室を出ると、ちょうど洗濯機が止まったところだった。カミューは洗濯物を取り出し、乾燥機に入れる。そして、キッチンに向かうといい匂いがしてきた。鍋をかき混ぜているマイクロトフの肩に顎を乗せて中を覗き込む。 「今日の味噌汁はなにー?」 「豆腐と納豆だ」 「おおお。朝から精力をつけさせてどうするつもり?」 ふざけた口調で言うカミューにマイクロトフはおたまの柄で額を小突いた。なかなか痛い攻撃にカミューはたまらず額を押さえて後退する。さっきからかったせいか少々機嫌が悪いらしい。 カミューは微苦笑を漏らすと冷蔵庫を開け、卵と野菜を取り出した。野菜を切りながら口を開く。 「醤油、塩、マヨネーズ」 「……塩」 「了解」 調味料の名前を挙げるだけで答えが返ってくる。それくらいこんなやりとりは日常的なことだった。カミューはなんとなく嬉しくなって笑みを浮かべた。 「あー、今週はもう月末かー」 嫌だなーと卵を箸でいじりながらぼやくカミューに、マイクロトフは、行儀が悪い、と眉を寄せつつも同意する。 「早いものだな」 「ほんとだよ。ついこの間、やっと終わったと思ったのに、また決算かー」 カミューは突ついていた卵を口に放った。 今週は月末から月初にかかる週だった。月末はカミューが忙しく、月初めはマイクロトフが忙しい。つまり、今週は2人とも忙しいのだ。 仕事が忙しくなると、当然、2人で過ごす時間も減る。それどころか、マイクロトフが部屋に来てくれなくなるため、カミューにとっては面白くないことこの上ない時期なのだ。 「ねえ、やっぱり一緒に住もうよー」 「だめだ。そんなけじめのない真似ができるか」 もう何十回繰り返したかわからない会話。カミューは、ちぇー、と唇を尖らす。 部屋には日常生活に支障がないほど彼の物が揃っているのに。泊まっていくことにはもう抵抗がないのに、一緒に住もう、と言えば頑なに拒まれる。 「いつまでもこんな通い妻みたいなことしなくてもさー……」 ぶちぶちと呟いた言葉をマイクロトフが耳聡く聞きつけた。 「……なんて言った?」 低い声に己の失言を悟ったカミューは慌てて、なんでもない、と首を振る。『妻』という単語が彼の怒りに触れたらしい。身体を重ねるときに受ける側となる彼が女扱いされるのを非常に嫌がっているのはもちろん承知していた。 カミューは、軽はずみだった、と反省しつつ、睨むような視線から逃れるように急いで残りのご飯を平らげはじめると、マイクロトフもムッとしたまま食事を再開する。 「ああ、おいしかった。ごちそうさまー」 カミューは箸を置いて両手を合わせた。ちょうど同タイミングで食べ終わったマイクロトフの茶碗も下げ、洗いはじめる。すると、いつもだったら隣に立って食器を拭きはじめるマイクロトフがキッチンを出ていってしまった。 本格的に怒らせてしまったか、とカミューは落ち込みつつ、食器を片付ける。そして、リビングに戻ると、マイクロトフが今朝洗濯したものを畳んでいた。その光景の違和感のなさに、カミューは内心ため息をつく。 ほら……。こんなふうに自然に家事の分担ができるのに……。 一緒に住んでもいいじゃないか、とカミューは思う。彼の言う『けじめ』がなんなのかわからない。 あとでじっくり聞いてみようと思いつつ、カミューは出かける準備をはじめた。 月曜日の仕事は、金曜日に早く帰りたいがために残していったものや、土日にたまったもので大抵忙しくなる。まして、締めが入る月末ならばなおさらだ。 カミューは書類が散乱している机でパソコンと向き合っていた。キーボードを叩くその表情は真剣そのものだったが、やっていることといえばマイクロトフへの謝りの社内メールだった。打ち終わると送信をクリックして一息つく。コーヒーを一口口にしたそのとき、 「カミューさん、1番に電話でーす」 女子社員に呼ばれ、カップを置いて電話を取った。相手先には月末の締めなどは関係ない。いつでも電話をかけてくるのは仕方ないといえた。 電話を頬と肩の間に器用に挟みながら両手でキーボードを打ち込む。カミューは仕事が忙しいのは別に嫌いではなかった。ただ、恋人との時間が減るのが嫌なだけであり、忙しければ忙しいほど、どうやって早く終わらせようか、と考えるのはけっこう好きだと思う。逆境に立つと燃えるタイプなのかもしれなかった。 マイクロトフは本日何度目かの生あくびを噛み殺した。椅子に座っていると腰のあたりがだるくてしょうがない。 くそう……、カミューめ。 明日は仕事だから、とあれほど言ったのにもかかわらず、あの底無し欲情男は加減というものを覚えそうにない。 ひとり眉を寄せていると、ぽん、と後ろから肩を叩かれ振り返る。 「よお、眠そうだな」 同僚のからかいの声に苦笑で返し、マイクロトフはパソコンに向き直った。すると画面に新着メールが届いているというメッセージが表示される。送り主にはだいたい見当がついたが、とりあえず開いてみた。すると、相手は案の定、今朝別れたばかりの恋人。今朝は失言した、と、しきりに謝っている内容だった。もう気にしていなかったマイクロトフは短く嘆息すると返信ボタンを押して「わかった」とだけ入力し、送信する。と、即座に相手がメールを開いたという通知が届いた。あまりの早さに思わず渋面になる。この調子では自分が万一コンピューターウイルスに感染し、感染メールが送られたとしても即開いてしまうのではないか、などという考えに及び、後で注意しなくては、と、思いながら仕事を再開する。すると、数分後にまたメールが入った。 今度はなんだ、とメールを開くと今度はさっきまでの殊勝な態度はどこへやら。昼食はどうする、今日は何が食べたい、美味いと聞いた店があるんだけど、などと、日常的な誘いがつらつらと書かれていた。 忙しいくせに何をやってるんだ……! マイクロトフはメールのやりとりがそんなに得意ではなく、こちらから送ることはほとんどなかった。言いたいことがうまく文章にならないのだ。それに比べてカミューは話すのと同じくらい滑らかな文章でまめに送って寄越す。カミューからメールがきても返事は2、3行書いて送るのがせいぜいだった。それなのにカミューは返事を出せば必ずその何倍も長い文章を返してくる。 「仕事しろ、まったく……」 思わず小声で呟いて、返事はしばらく送らないことにした。送ればまた長い返事がくるのは目に見えている。お昼ぎりぎりに返そうと思い、仕事に取りかかった。 つづく |