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コンコン 聞き慣れたノックの音にカミューは、おや、と思う。ノックの主はよほどのことがないかぎり、こんな時間に自分の部屋にやってくるような男ではない。 カミューは胸がざわめくのを感じながら飲みかけのグラスをテーブルに置いて足早にドアに向かった。 ガチャ。 自分がノブに手をかけるより一瞬早くドアが開く。カミューは驚きに目を見張った。自分ならまだしも、礼儀にうるさい彼が返事も待たずにドアを開けるなど……。 「マイクロトフ?」 「……ワインを持ってきた」 ドアの隙間からマイクロトフが掲げてみせたワインは、昨日、カミューがマイクロトフの部屋に持っていったものだった。昨日は結局手をつけなかったため、その封は切られていない。 マイクロトフはカミューを驚かせることができたことに軽い満足感を得ていた。この調子でリードを取り続け……目的を果たすのだ。 「ああ、そういうこと……。どうぞ」 カミューはようやく状況が掴めたのか、ひとつ頷くと、ドアを大きく開き、マイクロトフを招き入れる。部屋に入ったマイクロトフはカミューが声を殺して笑っているのに気付いた。まさか自分の企みがばれたのか、と、一瞬どきっとする。 「……なんだ?」 マイクロトフの問いに、笑みは微苦笑に変わった。 「いや。何事かと思った自分がおかしくて」 「何事?」 「こんな時間にマイクロトフが訪ねてくるなんて何かあったんじゃないか、と思ったんだよ。なんでもない用事で来てくれて嬉しいよ」 と、笑うカミューにマイクロトフはそっぽを向いた。なんでこの男はときどきこんな可愛いことを言うのだろう、と。 一方、カミューのほうも耳が赤いマイクロトフを、可愛い……と見つめていた。どうしてこの男はいちいち反応が可愛いのだろう、と。だが、それも束の間。こうやって照れているところをじっと見ていると怒り出してしまう。それはあまり歓迎できない状況だった。 カミューは 「とりあえず、飲もうか。せっかくのワインがぬるくなってしまう」 と、軽く腕を引いてソファに座らせた。自分の飲みかけのグラスを寄せ、新たに2つのグラスを持ってくる。今日は昨日の繰り返しにならないよう、向かい側にグラスを置いた。手際良くワインのコルクを抜くと2つのグラスに注ぐ。 「じゃ、乾杯」 カミューがグラスを軽く掲げるとマイクロトフが軽く触れ合わせる。カチリ、という硬質な音が響いた。 「どう?」 「カミューの見立てなら美味いにきまっている」 「嬉しいことを言ってくれるね」 軽いやりとりを交わしながらお互いのグラスにワインを注ぎ合う。マイクロトフは平静を装いつつも、内心はどきどきしながらタイミングを図っていた。 ボトルが空になる頃、さりげない動作でカミューが席を立つ。マイクロトフは他の酒を取りにいったのだろうか、と思いつつ、カミューが戻ってきたときが勝負だ、と自身に気合いを入れていた。 と、 ふわり。 背後から柔らかく抱きしめられる。 しまった! 背後を取られた……!! いささか見当違いなことを焦りながら、マイクロトフは背後を仰ぎ見ようとした。その顎を捉えカミューが口付けてくる。マイクロトフはあまりの早業に動揺しながらも、反射的に引こうとする身体を止めようと今夜の目的を必死に頭で繰り返した。そして、思いきって行動に出る。 触れるだけの口付けを仕掛けていたカミューはふと唇に触れてきたぬくもりに一瞬驚いた。しかし、気のせいではないことを認識すると、折角だから、と、うっすらと唇を開き、自分の口内に導く。少々ぎこちなく侵入してきた舌を柔らかく噛んではきつく吸い上げ、思うように翻弄した。マイクロトフは意識が飛びそうなくらいの巧みなキスに思わず逃げ出しそうになるが、目的のために必死に踏ん張る。今日は引くわけにはいかないのだ。 だが、そんな決意もカミューの舌が器用に自分の舌をぞろり、となぞった瞬間、背筋に走った電流にも似た快感に脆くも打ち崩れた。こんな強烈な刺激を与え続けられてはどうにかなってしまう、と、マイクロトフの自己防衛が働き、顔を背けるようにして振り払う。振り払った拍子に銀糸が頬を横に走った。 「や……。逃げないで」 カミューはその跡を舐めながら耳に辿り着くとそっと耳たぶを甘噛みする。マイクロトフの身体がわななく。 「ま、待、て……、か、みゅぅ……っ……」 「だめ……。酔っちゃったみたいだ……」 と、カミューは熱っぽく囁いて、ソファの上からのしかかるように覆い被さってきた。マイクロトフは腕で突っぱねようとするが、耳への愛撫に力が思うように入らない。 「お、れは……っ、まだっ、素面だ……っ!」 力の入らない抵抗はカミューをその気にさせるだけだとは露とも知らず、マイクロトフは必死に逃げようとする。カミューはそれを押さえ込みながら片手をテーブルに伸ばし、まだワインが半分くらい残っていたグラスを手にすると一気に呷った。そして、おもむろにマイクロトフに口付ける。 「んぅ……っ……」 なに、と思う間もなく咽喉に液体が流し込まれ、ついで、とばかりに口内を荒らされる。最初は冷たかった口内がアルコールのせいか熱くなってくるのを楽しみながらカミューは思うまま堪能し、マイクロトフの腕が押しのけようとするものからすがるようなものに変わる頃、ようやく唇を解放した。 「はっ……ぁ……」 「ほら。これでマイクロトフも酔ったでしょ?」 それとも足りないかな? と意味深に笑われ、マイクロトフは慌てて頭を振る。酔ってない、なんて言おうものならまた酒を流し込まれることぐらいわかりすぎるほどわかっていた。 あまりに勢いよく振ったせいかアルコールが一気に回り、目の前がぐらつく。それをなんとか静めようとしているうちにカミューの端正な顔が近づいてきた。 「じゃあ、いいよね……」 あ、と思ったときには再び唇を塞がれていた……。 互いに快楽を分かち合うように規則的に律動していたものが、だんだん乱暴な動きに変わっていくのはカミューの限界が近いしるし。 マイクロトフは揺さぶられるままにぼんやりとそう思った。おそらくは途中まで自分を気遣ってどこかセーブしていて、最後だけは自らの望むままに快楽を得ようとしているのだろうが、すでに繋がる前に一度達せられた身体はカミューの一部でもあるかのように快感をダイレクトに伝えてくる。 マイクロトフは急にカミューの顔が見たくなって、閉じていた目をゆっくりと開けた。 目の前のカミューは眉根を寄せ、きつく目を閉じて、苦しそうに、だが、恍惚とした表情を浮かべて快楽を追っていた。汗をしたたらせるその姿はこんな状況だというのにとても美しく、マイクロトフは知らず息を飲む。普段はここまでくると目を開ける余裕などないため、見ることのなかった表情。たまに意地の悪いことに最中に無理矢理目を開けさせることがあったが、カミューはいつも情欲にまみれた艶のある笑みを浮かべて待っていて、こんな切羽詰ったような顔を見せることはなかった。 カミューも……余裕がないくらい感じてくれているのだろうか……。 いつも余裕がないのは自分だけだと思っていた。与えられる快楽に溺れているのは自分だけだと思っていた。 「か、みゅ……」 確かめたくなって、揺さぶられる振動でうまく出ない声で名を呼んでみる。すると、動きが少し緩やかになり、琥珀色の瞳がうっすらと開いた。 「マイクロトフ……?」 訝しげに、どこか不機嫌そうに自分を見るカミューに、マイクロトフはどう聞いたものか迷う。何かを言いかけては口を紡ぐマイクロトフに、カミューはふっと視線を緩め、動きを止めた。 「ごめん……、苦しかった?」 名を呼んだのは行為を止めさせるためだと勘違いしたらしい。マイクロトフは慌てて首を振ると、とりあえず単刀直入に聞いてみることにした。 「イイ、か……?」 マイクロトフの言葉にカミューは目を見開く。己を見つめ動かなくなったカミューにマイクロトフが、あまりにも失言だったろうか、と、不安に駆られたとき、カミューが突然抽出を再開した。その動きは先程までの律動より激しく、身体がまったくついていくことができない。頭の奥がチカチカするような感覚に襲われ、意識が飛びそうになった瞬間、身体の奥に熱い奔流が注ぎ込まれた。 「うっ……っ……んっ……!」 その衝撃つられるようににマイクロトフも精を吐き出す。 「マイク……」 荒い息をついたまま軽く触れ合わせてくる唇がマイクロトフの最後の記憶だった。 カミューは吐精と同時に意識を飛ばしたマイクロトフの髪をゆっくりと撫でていた。その顔には微苦笑が浮かんでいた。それは、またも無理をさせてしまった、という申し訳なさと先程の彼のセリフにである。 漆黒の瞳をわずかに潤ませ、頬を上気させたなんともいえぬ艶めいた顔で、『イイか?』だなんて。どうしていきなりそんなことを聞いてきたのかはわからないけれど。 「わかっていないな……」 あれ以上の誘惑があるだろうか。あまりの媚態に一瞬理性が吹き飛んでしまった。 「あんまり誘惑しないでくれよ」 思いのままに蹂躙したい、という思いと、無茶させたくない、という相反する思いで常に葛藤しているというのに。その均衡を破らないでほしい。 カミューは愛しそうに額にキスを落とすと、そのまま頭を抱き込んで眠りについた。 「しまった……!」 マイクロトフは、がばり、と起き上がった。隣ではカミューがマイクロトフの動きに気付く様子もなく、すぴーすぴーと安らかに寝息を立てている。 あれほど……あれほど狙っていたのに! 気がつけば思考など彼方に吹っ飛び、官能の波に溺れていた。またもカミューに最初から最後まで翻弄されて終わったのだ。 「俺は……俺はなんてダメなヤツなんだ!」 快楽に負け、目的を忘れるなんて……! 今夜こそ……リベンジだ!! マイクロトフは固く拳を握った。 つづく |