〜知らぬが仏〜




 マイクロトフは部屋に戻ると、ベッドに腰掛けて本を読んでいたカミューに声をかけた。
「カミュー、その、頼みがあるんだが……」
「んー? なあに?」
 本が面白いのか生返事をするカミューにマイクロトフは逡巡したが、ぼそり、と呟く。
「……女性に……嫌われない方法をおしえてくれ」
「はあ?!」
 カミューは間の抜けた声を出して顔を上げた。その拍子に本が膝から滑り落ちたが、そんなことは気付きもしない様子で立ち上がると、マイクロトフの顔を凝視する。そしてゆっくり歩み寄るとマイクロトフの首に手を伸ばした。顔には氷を思わせるような酷薄な笑みが浮かぶ。
「……誰なんだい? おまえにそんなことを思わせるレディは……」
「カ、カミュー、首をしめるな……!」
「浮気されるくらいならおまえを殺して俺も死ぬ!」
「落ち着け、どあほう!!」
 マイクロトフは首をしめていた手を無理矢理引っぺがした。その勢いのまま怒鳴りつける。
「誰が浮気の話をしている!!」
「だって、おまえみたいな朴念仁が女のことを気にするなんて!!」
「女性のことを気にしたら即浮気か?! では、おまえは今まで何十回浮気をしてきたんだ!!」
「俺が浮気するはずないだろう! 俺は今までもこれからもマイク一筋だよ!! それ以外にありえない!!」
「いや……そういう話じゃなくてな……」
 勢いまかせに熱烈な告白を受けたマイクロトフは気が削がれたように赤面すると口を片手で覆った。カミューはその様子を、可愛い……、と、うっとりしつつ腰に手を回し、顔を覗き込む。
「一体、何があったの?」
「実は……」


「ねーねー、マイクロトフさんって、ああ見えて、実はかっこかわいいと思わない?」
 マイクロトフは突然耳に飛び込んできた自分の名前に思わず足を止めた。声のしたほうを見ると、ナナミ、ニナ、メグなど、歳の近い少女たちが何人か集まって、なにやら盛り上がっている。マイクロトフは、盗み聞きなど、とは思いつつ、出て行くタイミングを逃したことは間違いなく、しょうがなくその場に身を潜めた。
「あー、あたしも思ってた。絶対かっこかわいいよね!」
「わかるわかる。普段はなんとなく近寄り難い雰囲気だけどさ。突然、かっこかわいい姿なんか見せられると、ヤラれたって感じ」
「うん。たまんないよね〜。どうしてあんなにかっこかわいいんだろ」
「ねー。カミューさんとは大違い」


「……というわけなんだ」
 神妙に話すマイクロトフをカミューは奇妙なものを見る目で見つめていた。しかし、目を伏せていたマイクロトフはそんなカミューの様子に気付かず、
「きっと彼女たちに何か不快な思いをさせてしまったに違いない。『かっこかわいい』というのは何かの悪口なんだろう。
 仮にも同じ宿星として、好かれるとまではいかなくても、嫌われるのは決してよくない。なんとか汚名返上をしたいのだ」
 と、必死に力説する。カミューは、どうしたもんかな、と思いつつ念のためと顔を上げさせようと名を呼んでみた。
「…………マイクロトフさー」
「なんだ?」
 顔を上げたマイクロトフは真剣そのもので、やはり冗談で言っているわけではないことが嫌というほどわかる。
「……どうして悪口だと思ったわけ?」
「女性に『カミューとは違う』と言われたら悪く思われているに決まっているだろう」
 マイクロトフのあっさりとした返事にカミューは口の中で、そりゃどうも、と呟いた。褒められたのか、女たらしと言われたのか、なんとも複雑な気分である。
 それにしても、マイクロトフのこんな可愛い姿をいつの間に見せてしまったんだろう、とカミューは思う。周りにはそれとなく気を配っていたはずなのに。四六時中一緒にいるわけではないのだから、完璧に隠すことは無理だとしても。自分だけの特権でありたかった、というのが本音である。
「放っておけばいいんじゃないの?」
「い、いや、しかし……」
 食い下がろうとするマイクロトフにカミューは間近に顔を寄せた。
 嫌われないためのアドバイス、なんて冗談じゃない。そんなことをしたら、目障りな連中が倍以上に膨れ上がってしまう。自分は10歳近く離れている少女たちにすら嫉妬してしまうほど狭量なのだから。
「誰に嫌われていようと、俺は大好きだから、それでいいだろう?」
 それとも俺ひとりじゃ不満? と、カミューはマイクロトフの鼻に自分の鼻をぶつける。マイクロトフは真っ赤になってわずかに顔を引いた。
「し、しかし、俺が周りに嫌われていると、カミューにも迷惑が……」
「迷惑なんてかかるわけがないだろう? マイクが人付き合いが苦手な分、俺がフォローしてみせるよ」
 片目を瞑ってみせるカミューにマイクロトフは少し照れたように笑った。
「そうか……。俺の足りないところはカミューが補ってくれるんだな」
「そう。その逆も然り。俺の足りないところはマイクがフォローしてくれているんだから」
「朝練とか?」
「そう。朝練とか」
 くすくす。
 二人で顔を見合わせて笑う。カミューはそっと耳に唇を寄せた。
「だから、嫌われてる人の傍にいっちゃダメだよ。ロクなことがないからね」
 心の中で、俺が、と付け加える。素直に頷くマイクロトフに軽くキスをした。


 髪を撫でられる感触に気持ち良さそうに目を閉じていたマイクロトフがふと目を開け、カミューを見上げた。
「なあ、カミューは……『かっこかわいい』ってなんのことだかわかるのか?」
 カミューは、まだ気にしていたのか、と、苦笑いし、髪を撫でるのをやめて顎を軽く持ち上げた。こんなに気にしているのはかわいそうだが、正直におしえてやるのもなんとなく癪なので、わざと遠回しな言い方をする。
「……俺も、マイクのことをそう思ってる、と言ったらわかるかい?」
 カミューのセリフにマイクロトフは一瞬、目を見開いた。そして、しばし考え込んだ後、眉をわずかに寄せる。
「………………悪口じゃなかったのか?」
 カミューは『実はカミューに嫌われていた』などというふざけた結論に達しなかったことに満足げに目を細めた。
「おまえが嫌われるような人間なわけがないだろう」
「それは……どうなのかはわからないが……」
 面と向かって褒められ、恥ずかしそうに目を伏せたマイクロトフの頬が薄紅色に染まったのを見て、カミューはそこに軽く口付けた。
「できれば俺ひとりがそう思っていたかったんだけどね。レディの観察力には適わなかったみたいだよ」
「ばか。周りがどう思っていてくれていようと、俺が好きなのは……」
 マイクロトフはカミューの耳元に唇を寄せると、ぼそっと呟く。カミューはそのセリフに満面の笑みを浮かべると、お返し、とマイクロトフの耳元で睦言を囁いた。


「そうか! わかったぞ! 『かっこかわいい』とはひょっとして、かっこいいとかわいいが一緒になった言葉だな!!」
「………………マイク」
「カミュー! やっとすっきりしたぞ!」
 ばたん。
 ぐー。
「………………マイク」
 ……午前3時のことであった。



 おわり




旅行に行ったときにホテルのトイレで思いついた話
ただのノロケ話?


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