〜反省中〜




 カミューは訓練場の固い床に正座させられていた。膝の上にはムササビファイブの紅一点、ミクミクが乗っている。そして、目の前には般若のごとく怒ったマイクロトフの姿があった。その手には訓練用の模造刀が握られている。
「マイクロトフ〜」
「かあああぁぁつ!!!」

 ばきっ

 模造刀がカミューの背中を直撃した。カミューは容赦ない一撃に一瞬息が詰まったが、とりあえずその痛みをこらえ、それより深刻なことを訴える。
「足が痛いよー」
「黙れ! つべこべ言わず、座っていろ!」
 カミューが情けない声を出してもマイクロトフはとりつくしまもない。カミューは口をへの字に曲げてマイクロトフを見つめた。
 マチルダに正座する習慣はない。誰に聞いたのか、怒ったマイクロトフがカミューにこの座り方を強要して、かれこれ1時間も経ったであろうか。カミューは初めての座り方にコツも何もわかるはずがなく、足に全体重+ミクミクの重みがかかり、さっきから足の先が痺れていた。
「悪かったって。何回も謝っただろう?」
「謝って済む問題か!!」
「だってー。しょうがないじゃないか……」
 カミューは情けなくつぶやきながら、痺れている足先を揉み解そうとそっと触れてみる。とたん、何十倍もの痺れとも痛みともつかない感覚が足全体に広がった。地獄に足を突っ込んだような表情で硬直するカミューに、膝の上に乗っている、というよりうっとりと胸にしがみついているミクミクが「ムー」と慰めるかのように鳴いた……。


 時は2時間ほど遡る。
 カミューとマイクロトフは城主の召集によりパーティの一員として、グリンヒルの森にいた。そこでモンスターと遭遇し、戦闘となったのだが、2人で騎士攻撃を行なった際、カミューがバランスを崩してしまい、その隙を突かれて攻撃を受け、気絶してしまった。
「カミュー!!」
 マイクロトフは目の前の敵を斬り伏せると急いでカミューの元に走った。他のメンバーたちも残りのモンスターを片付けて駆け寄る。
「カミュー! カミュー! しっかりしろ!」
 抱き起こしてみると外傷はほとんどなく、命にかかわるような状態ではなかった。少し打ち所が悪かったのだろう。マイクロトフはほっとしつつ、覚醒させようとぺちぺちと頬を叩いた。やがて、うーん、といううめき声と共にカミューがゆっくり目を開ける。
「カミュー……」
 どこか焦点の合わない琥珀色の瞳がマイクロトフを捉えると、ふわり、と笑った。そしてゆっくりとした動作でマイクロトフの首の後ろに手を伸ばし、それを支えに身体を起こす。
 周りに安堵の空気が広がったとき。
「おはよう、マイク」
 カミューは満面の笑みと共にマイクロトフに口付けた……。

「なっ、何をする!!!」
 一瞬、茫然としたマイクロトフは我に返るとカミューの顔面に渾身の一撃を食らわせた。
「いったー。酷いよ、マイク……。毎日のことじゃな……」
「どあほう!! 寝惚けるな!! 周りを見ろ!!」
 マイクロトフに怒鳴られて、カミューはきょとん、と周りを見回した。茫然としている、というか凍っている顔、顔、顔。カミューはようやく状況を思い出す。
「ご、ごめん、つい、いつもの癖で……」
 まだ意識がはっきりしていないのか、全然フォローになってないことを言うカミューに、マイクロトフは憤死しそうな勢いで掴みかかった。
「きっ、貴様、何を血迷ったことを……!!!」
 勢い余って首を締めかねない状態のマイクロトフを尻目に、周りには微妙な空気が流れる。城主は困ったようにぽりぽりと頬を掻いた。

 今更……なんだけどなぁ……。

 このマチルダコンビは普段から目に余るいちゃつきぶりを発揮しているというのに、周りに2人の関係はばれていない、とマイクロトフは本気で思っているらしい。しかし、知ってますから、と言ったところでフォローになるはずもなく、それどころか、このどこまでも真面目一直線の男はショックのあまり倒れてしまうかもしれない。
 城主は助けを求めるように隣に立っているビクトールを見上げた。ビクトールは子供特有の縋るような視線を受けて、うっと詰まる。こういう場面では大人である自分たちがフォローしてやるべきだというのはわかっている。しかし、正直いってこのコンビにはかかわりたくない、というのが本音だった。だが、この状況をこれ以上放っておくわけにもいかない。ビクトールは、うーん、と唸ったあと、仕方なく口を開いた。
「ま、まあ、あれだな、カミューのヤツもどんな美女の夢を見ていたんだか……」
 どうやら『マイク』とはっきりきっぱり名前を呼んでいたことは聞かなかったことにしたらしい。ビクトールの苦し紛れの言葉にカミューは瞬時に意図を悟り、便乗させてもらうことにした。慌ててこくこくと頷く。
「え、ええ、そうなんですよ。絶世の美女が手招きをしていたもので……」
 つい、とわざとらしいまでの笑みを浮かべるカミュー。ビクトールはカミューの頭の回転の早さにほっとしつつ、なんとかこの場はおさまりそうだ、と思った。しかし、
「なんだと、カミュー! 貴様、人の名前を呼んでおいて、そんな不埒な夢を見ていたのか?!!」
 それは咎める、というよりは、浮気を追及する妻のような嫉妬じみた口調だった。周りは、だからぁーっと内心突っ込みを入れながら肩を落とす。
「い、いや、マイクロトフ、だ、だからね……?」
 おろおろするカミューも浮気がばれそうになった夫のようだった。
「おまえみたいな甲斐性なしを信じた俺がバカだった……!」
「違う! 違うよ!! いつも愛してるって言ってるだろう!」
「黙れ! そんな軽々しく愛を口にするヤツなど、信用できるかっ!!」
 目の前で繰り広げられる修羅場に城主はため息を吐く。
「……置いていったらダメかなぁ」
「いや。それが親切ってもんだろ……」
 疲れたようにビクトールが応えた……。


 座った姿勢のまま足を押さえて悶絶するカミューを、マイクロトフは不思議なものを見るように眺めた。マイクロトフも正座、という座り方をしたことがないため、カミューがどのような状態なのかわからないのだ。

 前にガンテツと話をしていたときに、心身共に反省を促すにはこの座り方が一番だ、ということを聞いた。そして、更に厳しくするには、少しでも動いたら「喝!」と言って棒で背中を叩くのだと。それを思い出してやってみたのである。背中を叩く棒が「磬木」と呼ばれる、音は派手だがさほど痛くないように、しなった木でできている棒である、なんてことは知るはずもない。
 そして、その場にたまたま居合わせたタイ・ホーが「膝に重石を乗せるっていうのもあったなぁ」と言っていたので、ついでにそれも実践することにした。タイ・ホーがやけににやにやしていたのが多少気になったが。
 そういうわけで、重石の変わりにミクミクを乗せているのである。ちなみにミクミクはマイクロトフが適度の重石を探しに行ったところ、自ら立候補したのだ。

 苦しそうなカミューを見て、マイクロトフは効果があったようだ、と満足しつつも、さすがにかわいそうになってきた。もう何度「かつ!!」(意味はわからず)と言って叩いたかわからない。カミューの背中は固い模造刀で何度も叩かれ青痣だらけだろう。
「カミュー、充分反省したか?」
「う、うん……。本当に悪かったよ。これからは人前では言動に気をつけるから……」
「絶対だな?」
「はい。誓います」
 しおらしく応えるカミューにマイクロトフはひとつ息を吐くと、
「じゃあ、立て」
 と、腕を差し伸べる。カミューはやっとお許しが出た、と嬉しく思いながらミクミクを丁重に床に下ろし、その手を取った。ぐっと引き寄せられて自分も足に力を込める。しかし、痺れきっていた足に力が入るはずもなく。
「「うわっ!!」」
 2人分の悲鳴と共に再び床に倒れ込んだ。腕を引かれた格好となったマイクロトフがカミューに覆い被さる。
 そのとき。
 ガラッと訓練場の戸が開いた。そこに現れたのは忘れ物を取りにきたフリック。フリックは目の前の光景に石のように硬直してしまった。
 抱き合って床に転がる2人……。
「フ、フリック殿……こ、これは……」
 マイクロトフの声に我に返ったフリックは慌てて背中を向ける。
「すっ、すまない! 邪魔した!!」
「あああっ、違うんです、フリック殿!!」
 マイクロトフの必死の叫びも虚しく、フリックは脱兎のごとく訓練場を飛び出した。訓練場にしらじらしいまでの静寂が流れる。
「…………カミュー」
 低い、怒りを込めた声で名を呼ばれ、カミューは慌てた。
「こっ、これも俺のせいなのかい?!」
 上に乗っかっているのはマイクのほうなのに!
 悲痛な叫びを上げるカミューへのマイクロトフの返事は。痺れている足を容赦ない力で掴み締めたのであった。カミューはあまりの痛みに涙目になって床に転がる。
 カミューの傍らに座っていたミクミクがやはり慰めるかのように「ムー」と鳴いた……。



 おわり




正座している膝の上に重石を乗せたら拷問ですよ、マイクロトフ。


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