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「おーい、マイクロトフー」 マイクロトフは下から聞こえてきた声に気付かないふりをして読書を続けた。しかし、声はしつこく自分の名前を呼び続ける。ついに耐えかね、窓際に近づくと窓を開け、下に向かって叫んだ。 「やかましい! 近所迷惑だ!!」 「昨日のこと、まだ怒ってるの? 反省したから許してよー」 朝から部屋にも入れてもらえなかったカミューは、ようやく見せてくれた姿に嬉しそうに話しかけた。しかし、マイクロトフは厳しい表情を崩さない。 「黙れ! おまえの反省はもう聞き飽きた。もう信用しない!」 「そんなー。今度はちゃんと本気で反省してるよ」 情けない声を出すカミューにマイクロトフは容赦なく突っ込んだ。 「今までは口先だけの反省だったのか?」 まずった、という表情を浮かべたカミューは慌てて首を振る。 「あ、いや、そうじゃなくて……いつも本気で反省してるけど」 「ではなぜ同じことを繰り返す?」 窓枠に手をかけ身を乗り出して見下ろすマイクロトフと、下から仰ぎ見るカミューが会話を交わすさまは、さながらロミオとジュリエットのようであった。が、ロミオというにはあまりにも情けない表情だったし、ジュリエットというには般若のような怒りの表情が浮かんでいる。 「だって……。マイクが誘ってるんだよ?」 「なっ、お、俺がいつ誘ったっていうんだ?!」 「なんていうか、こう、潤んだ瞳で『もう無理……』とか言われると……」 「きっ、貴様! こんなところで何を口走るつもりだ!!」 カミューにしてみれば正直な心境を白状したつもりだが、マイクロトフにしてみればこんな誰が聞いてるともわからないところで言われてはたまらない話題だった。しかも、距離があるため互いの声量もかなり大きい。真っ赤になって遮るマイクロトフにカミューは、だって、と拗ねたように上目遣いでマイクロトフを見た。大の大人がする表情とは思えない情けなさだ。 「これでも我慢してるんだよ? たまには俺が満足いくまでさせてほし……」 「付き合いきれるか、どあほう!!」 マイクロトフの怒声とともに何かが投げつけられた。こぶし大のそれをカミューはよける間もなく額に直撃を食らう。衝撃にたまらず身体がぐらっと傾ぎ、足がたたらを踏んだ。その足がなぜか空を切る。 「「あ」」 ざっぱーん マイクロトフの部屋の真下は池だったのだ……。 「言っておくが、おまえが悪いんだからな」 「うん。ごめんなさい……」 いつになくしおらしい態度で謝ってくるカミューにマイクロトフは大仰にため息をついてみせた。 池に落下したカミューはずぶ濡れになり、次の日、見事に風邪を引いた。ちなみに投げつけられたのは手近にあったペーパーウエイトである。 マイクロトフは自分が落としたという罪悪感も多少はあり、他に面倒を診てくれそうな人もいないため、しょうがなく看病にあたっていた。 「だいたいおまえはひ弱すぎる。騎士たるもの、そんなに簡単に風邪を引いてどうする」 「……真冬に寒中水泳したら、マイクロトフ以外は風邪を引くと思うよ」 布団から半分だけ顔をのぞかせたカミューがぼそっと言うとマイクロトフは目を剥いた。 「俺が馬鹿だと言いたいのか?!」 部屋中に響き渡る大声にカミューは顔をもう5センチほど布団に隠して弁明する。 「丈夫だって言ってるんだよ……」 「だいたい俺だけじゃなく、マクシミリアン殿だって風邪など引かぬと思うぞ。あの方は毎朝完膚摩擦をしてらっしゃるからな!」 普段から尊敬してやまない老騎士の話をまるで自分のことのように自慢げに語るマイクロトフにカミューは半目になった。 「…………マイク」 ちょいちょい、と指で招かれ、マイクロトフはなんだ、と顔を寄せる。すると布団から腕が伸び、首に巻きつくとぐいっと引き寄せ、すばやく口付けられた。 「なっ、何をする!!」 真っ赤になって怒鳴るマイクロトフにカミューは平然と応える。 「だってー。他の男を褒めるんだもん」 「おっ、おまえは馬鹿か?! 相手はご老体だぞ?!」 「それでも」 呆れるほどの独占欲にマイクロトフは言葉が出てこない。代わりに額にごつんと拳骨を見舞った。 「だいたいおまえはいつからこんな色ボケになったんだ」 「ね。俺もびっくりだよ。どっかおかしいんじゃないかって気がする」 「気がする、じゃなくてそうなんだ。自覚があるなら少しは自重したらどうだ?」 「無理無理。俺の理性なんて蜘蛛の糸ごとく、細くて見えないも同然なんだから」 全然悪びれていないカミューのセリフにマイクロトフは盛大にため息をつく。言ってもムダだということはなんとなくわかっていたが、こうもあっさり肯定されるとさすがに疲れる。 「馬鹿なことを言ってないで早く治せ」 「うん。……そうだ」 カミューはいいことを思いついた、というふうにマイクロトフを見た。マイクロトフはカミューがこういう表情をするときは大抵ロクなことを考えていない、ということを経験上、嫌というほどわかっていたため、渋面になる。 「……なんだ?」 「俺にキスして」 「なっ、何を言ってるんだ、おまえは!!」 瞬時に赤面したマイクロトフにカミューはにんまりと目を細めた。 「マイクが俺にキスするでしょ? で、風邪が移ったら俺は治るし、さすがにマイクには手を出せないし」 「……おまえが風邪を引いていればそれでいいんじゃないのか?」 「ふ。甘いね。俺は今でも充分できるよ」 あっさりと紡がれたカミューの言葉に、マイクロトフはがばっとカミューの両肩を掴む。0コンマ何秒の早業だった。 「本当に俺が風邪を引いたらおまえはおとなしくしてるんだな?」 念を押すような口調にカミューはにっこり笑う。 「うん。俺、マイクロトフにはいつもめちゃめちゃ優しいでしょ。弱ってるマイクに手を出したりなんかしないよ」 「……の割には、『無理』とか言ってる俺は誘ってるとか言わなかったか?」 「あ、あはは……そ、それは……」 気まずそうに目を逸らすカミューにマイクロトフは騙されてるような気が嫌というほどしたが、自分から言い出したのだから一応は守るだろうと思うことにした。 ひとつため息を吐くと寝ているカミューの頭の脇に手をつき、ゆっくりと顔を近づける。嬉しそうな顔が間近に迫るとそっと目を閉じて唇を合わせた。いつもより熱い唇に脳がじん、とするような痺れにも似た感覚が走る。熱に浮かされるかのようにマイクロトフは何度も啄ばむように口付けた。そのうちカミューが誘うようにうっすらと唇を開き口内に招く。自然口付けは深くなっていった。舌を戯れるように絡め合っているうちにマイクロトフはだんだん身体が反応してきたのを感じ、慌てて口付けを解こうとした。しかし、いつのまにか首に巻きついていたカミューの腕がそれを許さず口付けは続けられる。 「ちょっ……カミュっ……ぅっ」 唇が離れる隙に言葉を紡ごうとするがすぐ再び重なる。けっきょくマイクロトフが本当にぎりぎりの限界がきたことを知らせる、カミューの髪を引っ張られるまで続けられた。ようやく唇が離れても腰のあたりがむずむずして身体を起こすに起こせない。マイクロトフはしかたなくカミューの頭の隣に顔を伏せ、なんとか静めようと少し荒い呼吸を繰り返す。 「マイクロトフ……」 いつもより熱い吐息が耳元をくすぐった。マイクロトフはその声に含まれた艶に気付き、慌てて離れようとする。しかし、カミューのほうが一瞬早く頭を捉えた。 「ね……マイク……」 ねだるような、誘うような声音に、マイクロトフは背筋がぞくり、としながらも流されまい、と必死に抵抗する。 「だっ、だめだ! おまえは病人だし、まだこんな時間……!」 「ね……、熱い、よ?」 カミューは囁きながら耳に舌を這わせた。マイクロトフはその熱さに思わず首をすくめる。 「カ、ミューっ……!」 ただでさえ反応しかけた身体に弱いところを攻められ、マイクロトフは陥落寸前だった。カミューはしめしめ、と思いつつ、とどめとばかりに頭を抱えていないほうの手で背骨に沿って性感帯を探るように撫で上げた。 「風邪を移すなら……もっと熱を分かち合ったほうがいいと思わない?」 それは。マイクロトフの抵抗の壁を溶かすほど熱く。マイクロトフは敗北を認めざるをえなかった。 「っ! ……あとでこじらせても知らんぞ、馬鹿」 マイクロトフは悔し紛れに噛みつくように口付けた……。 3日後。 ようやく風邪が治ったカミューと、風邪を引いた素振りもないマイクロトフがいた。 「ふん。やはり風邪など不摂生者が引くものだ」 どこか勝ち誇ったように言うマイクロトフに、カミューはうんうん頷く。ちなみにカミューはあのあと高熱を出し、3日間ほとんど寝たきり状態だった。 「そうだね。やっぱり日頃から鍛えているマイクロトフは丈夫だよねー」 カミューは感心したふうに言いながら、マイクロトフの肩をぽんぽんと軽く叩く。 「……カミュー、なんだ? この手は」 肩に置かれたままの手に、不審そうに眉を寄せるマイクロトフ。カミューはにっこり笑って首を傾げた。それは得意のおねだりのポーズ。 「ん? めでたく風邪も引かなかったことだし、ね?」 「は?」 「快気祝い頂戴!!」 「なっ……、んんーっっ!!」 次の日。 「マイクロトフー、俺が悪かったよー。反省してます。許してー」 「黙れ! また池にぶち落とすぞ!!」 マイクロトフの部屋とその下では。ロミオとジュリエットよろしくいつもの会話が繰り広げられていた。 おしまい |