〜ホワイト・クリスマス〜




『去年みたいな思いはしたくないからね! 今年は絶対残業を入れちゃダメだよ!!』

「……って言ったのはおまえの方だろうが」
 マイクロトフはソファに身を沈めながら苦笑いを浮かべた。
 去年は自分が残業となり、大遅刻をしてしまったクリスマスイブ。今年はカミューが急なトラブルでいまだ帰ってこない。
 ピルル……と短い着信音が鳴り、マイクロトフはやれやれ、とテーブルの上に置いた携帯電話を手にした。見るまでもなく、またもカミューからのメール。内容はさっきと変わらず、まだ終わらない、できるだけ早く帰るから、待ってて、ごめん、怒らないで、というようなもの。残業が始まってから30分と間隔をあけず会社のパソコンから送ってきているのだが、彼らしくもなくところどころ誤字があるのが彼の焦り具合を示しているようで、どこかおかしい。
 マイクロトフにしてみればメールを打ってる暇があったら仕事しろ、と思うのだが、カミューにしてみるとメールは仕事の妨げになるものではないらしい。しょうがなく返事を打とうと携帯電話と向き合う。メール機能を使うようになってからまだ日が浅く、また、相手がカミューだけ、ということもあり、打つ速度はかなり遅い。本来、こういうものがあまり好きではなく、買い替える際、機能を付ける気もなかったのに、カミューに強引に言いくるめられて使うことになってしまった。しかも、カミューは、他の人にはおしえるな、の一点張りで、まあ、その点は自分もその気がなかったのでいいのだが、どうにも上達しない。
 一度事件があった。メールをはじめた頃、一緒にいるときにメールの着信音が鳴ったのだ。カミューは自分以外の誰が送ってきたんだ、と、血相を変えて追求してき、マイクロトフも心当たりがない、と思いつつ見てみると、それは会社の同僚の女子からだった。「なんでおしえたの?!」と詰め寄るカミューに慌てて、おしえてない、と反論すると、「じゃあ、どうしてメールがくるわけ?!」と言われ、心当たりを探った。そして、ようやく思いついたのが、一緒に飲んでいるときに電話を数秒奪われただけだ、ということだった。カミューは「人に知られたら恥ずかしいようなメアドにしてやる……」と恐ろしげな声でつぶやくと、電話を奪いなにやら操作しはじめた。そして、作業が終わると、「これでどう?」と見せられたメールアドレスにマイクロトフは倒れそうになった……。
 それ以来、電話ごとメールアドレスは死守している。

 バカップルも真っ青だぞ……。

 メールアドレスを思い出すたびにマイクロトフは赤面ものだが、なんだかんだいってそのままにしている自分も充分バカップルの部類に入っているという自覚はまったくない。
 なんとか短い返事を打ち終え、送信すると、ごろっとソファに横になった。なんとなくもの寂しくてつけっぱなしにしてるテレビからはクリスマスにちなんだ賑やかなバラエティーが流れている。外は雨が降っていて、ひょっとしたら、深夜雪に変わる、とのことだった。
 カミューの部屋に着いて、すでに3時間近く経っていた。
 仕事をなんとか定時に切り上げ、帰ろうと思った矢先に届いた社内メール。あれほど「定時に終われ」と言っていた本人が残業となってしまっては笑い話だ。一瞬、向こうが残業するなら自分もしようか、と思ったが、要領のいい彼はとっとと終わらせてしまうかもしれない。それにくらべ、自分は一度はじめてしまえばキリのいいところまで終わらせることができないというのが目に見える。だったらおとなしく先に帰って帰りを待とう、と思い、一人で買い物を済ませ、カミューのマンションに着いたのが7時過ぎ。最初は買ってきた物を冷蔵庫に入れたり、下ごしらえをしたりしていたが、それも終わってしまった。あとはソファの上でごろごろしているよりすることがない。
 気付けば時計を見ている自分に気付き、マイクロトフは苦笑いする。

 カミューも去年はこんな気持ちで待っていたのだろうか……。

 ならば、今、会社で仕事をしているカミューの焦っている気持ちもわかる。去年の自分もそうだったのだから。ただ、自分の場合は何度もかかってきた「まだ終わらないの?」という電話に急き立てられていたという感は否めないが。

 彼の独占欲の強さには慣れてしまった。束縛されるのも心地良いと思うようになってしまった。自分をここまで変えるだけの愛を彼は示してくれたから。

 彼のソファは既に自分の部屋のより馴染んでいるのではないか、というくらい落ち着く。マイクロトフはゆっくり目を閉じた……。


「メリークリスマス、マイクロトフ」
 カミューが艶やかに、どこか浮かれたように微笑む。
「メリークリスマス、カミュー」
 自分も笑みを浮かべるが、少し照れてしまうのはどうすることもできなかった。カミューは「相変わらず可愛いねぇ」とからかうように笑う。可愛いって言うな、と怒ろうかと思ったが、こんな日にくだらないことで怒るのもな、と思い、少しムッとした顔をするだけに留めた。……自分も少し浮かれているのかもしれない。
 カミューはそんな自分の心境を察したのか、くすくす笑いながらグラスを傾けた。
「じゃあ、乾杯」
「……乾杯」
 自分もグラスを傾け、グラスを合わせる。グラスの触れ合う音が響いた……。


「……あれ?」
 ぱち、と目を開けたマイクロトフは一瞬、自分の置かれている状況がわからなかった。とりあえず身体を起こして周りを見渡すが、カミューの姿はない。

 夢か……。

 横になっているうちにうたた寝をしてしまったようだ。時計を見るともうすぐ日付が変わろうとしていた。
「っ?!」
 慌てて携帯電話を手にすると、メールが3通届いていた。1通目と2通目は前に送ってきたものと似たような内容。しかし、いちばん最後のメールは「今から帰る」というものだった。着信履歴を見ると1時間ほど前。会社からカミューのマンションまでは1時間弱。
 そろそろ着く頃かもしれない、と思うと同時に身体が動いていた。玄関に向かい、急いで靴を履く。あんな夢を見てしまったせいもあったのか、1秒でも早く会いたい、と思ってしまっていた。ちょうど降りてきた無人のエレベーターに乗り込み、1階を押す。階段を下りるよりは早いはずのエレベーターが遅く感じた。ようやく1階に着き、ドアが開くと同時に飛び出そうとして、凄い勢いでエレベーターに乗ろうとしていた人物とぶつかりそうになった。持ち前の運動神経で咄嗟に身をかわす。
「マイク?!」
「え?」
 名を呼ばれて相手を見ると、息を切らせたカミューが立っていた。しばし、茫然と見つめ合っていたが、カミューがくす、と笑ってエレベーターのドアの「閉」ボタンを押す。そしてなぜか、カミューの部屋の階数ではなく、屋上を示す「R」を押していた。それに気付いたマイクロトフがカミューにそのことを言おうとすると、ぎゅっと抱きしめられ、柔らかく唇を塞がれる。
 ドアが閉まり、エレベーターが動き出した。
 互いに息が切れていたせいで口付けは長続きせず、離れてはまた塞がれ、塞がれてはまた離れ、と何度も口付けられる。マイクロトフは、こんなところで、とか、誰かに見られたらどうする、とかいろいろ思ったが、結局はカミューのぬくもりを甘受してしまった。先程まで自分の中を占めていた、会いたい、という渇きがカミューの口付けによってみるみる満たされていくのが心地良かったから。
 エレベーターの中は2人の吐き出す少し荒い呼吸音だけがすべてだった。
 そして、エレベーターは屋上まで到着し、チン、という音と共にドアが開く。幸い、そこには誰もいなかった。
 ようやく口付けを解いたカミューは抱きしめる腕はそのままに、マイクロトフの額に自分のを合わせる。
「そんな格好で外に出たら風邪引くよ?」
 どこに行くつもりだったのかな? と、カミューが、着の身着のままで飛び出そうとしたマイクロトフをからかうように言うと、マイクロトフも負けじと言い返した。
「おまえこそ、そんなずぶ濡れになっては風邪引くぞ」
 何をそんなに急いでいたんだ? とわざとすました顔を作る。髪も随分濡れていることから傘も差さずに走ってきたであろうことが容易にわかった。
 至近距離で見つめ合っていた2人は同時に吹き出す。カミューが笑いながら、抱きしめていた手でマイクロトフの背中をばんばん叩いた。
「1秒でも早く会いたかったんだ、マイクロトフ」
「……俺もだ」
 マイクロトフは抱きしめられていたため手があまり自由にならず、代わりに甘えるように胸に頬ずりしてみせる。コートは雨に濡れていたが、全く気にならなかった。
「マイク、今年もぎりぎりだよ」
 ほら、と差し出された腕時計を見ると、日付が変わる1分前。去年と同じ時間にようやく会えたことにますます笑いが込み上げてきた。
「俺たちはよほどクリスマスに嫌われているらしいな」
「そうかな? はらはらさせられるけど、結局は間に合うってことは案外好かれているのかもしれないよ?」
 お互い、どんなに会いたいと思っているか確認できるし、とカミューが嬉しそうに笑う。もう一度口付けようと顔を寄せると、マイクロトフは目を閉じようとして……はた、と自分たちの今の状況に気付いた。慌ててカミューの顔を押しやる。
「あ、あとは部屋に帰ってからだっ!」
「マイクロトフ……」
 恨みがましいカミューの声を聞かないふりをして、マイクロトフはエレベーターのボタンを押そうと手を伸ばした。すると、カミューがその手を掴む。
「帰る前に。ちょっと外に出よう」
「え?」
 首を傾げるマイクロトフに、カミューは、いいから、と手を引っ張り、エレベーターを降りる。そして、屋上に通じる重い金属製のドアを開けた。
 すると。
「雪だ……!」
 空から降ってくる白い結晶にマイクロトフは目を見開いた。
「さっき、みぞれ混じりになっていたからね。ひょっとして、そろそろ雪に変わったかな、と思ったんだけど」
 ちょうどいいタイミングだったみたいだね、と驚いているマイクロトフに満足したようにカミューが目を細める。
「ホワイトクリスマスなんて、ちょっとロマンチックだろ?」
 自分が降らせたわけでもないのに自慢げなカミューにマイクロトフはちょっと笑った。ときどき見せる、こういう子供のようなところがけっこう好きだったりする。
「そうだな」
 穏やかに微笑むマイクロトフにカミューはどきっとした。さっきおあずけをくらったばかりだというのに、凝りもせず、そっと顎に手をかける。
「では、ロマンチックな口付けを……」
 気取った調子で言うカミューにマイクロトフはちょっと笑って素直に目を閉じた。
 わずかに上向いた唇に雪が舞い落ちる。冷たい、と感じる前に暖かなぬくもりが降りてきた。

 聖なる夜。世界は純白に染められていく……。



 holly christmas!!




困ったときのパラレル……というわけではないですが、
またもパラレルですみません(汗)
クリスマスって幻水世界観で書こうとすると
いろいろ考えないといけなくて、つい、現実に逃げてしまいます。
時間なさすぎ(←自分が悪い)
ちょっと今回は自分でも砂を吐きそうになりました。
いいんですかね? こんなバカップルで……(滝汗)


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