〜刻をこえて〜




 都市同盟軍のリーダーがカミューを連れてマチルダ領の洛帝山に戦闘に行って3日が経った。……実はマイクロトフがこそりと哀願して連れていってもらったのはまた別の話である。
 マイクロトフは一人の時間をゆっくり満喫していた。少し寂寥感を覚えてきたのはなんとも自分勝手なことだが。
 今日は休日だった。読みかけの本を読もうとして、その本が見当たらないことに気付く。あちこち探して、ようやく思い出した。

 カミューの部屋に置きっぱなしだった。

 本拠地の増築が進み、部屋が別れてからも互いの部屋に私物が当然のように置かれていた。自分の部屋で見当たらないと大抵は相手の部屋にある。マイクロトフは部屋の主がいないときに勝手に部屋に入るのを少しためらったが、けっきょくは合鍵を持ってカミューの部屋に向かった。


 マイクロトフはカミューの部屋の前に立つと、鍵をドアの鍵穴に差し入れた。そして、ゆっくりと回す。
「あれ?」
 あるはずの手応えのないことに首を傾げた。ドアノブに手をかけて回すと簡単に開いてしまう。どうやら鍵がかかってなかったらしい。出発前に鍵をかけたのはわかっている。……ということは帰ってきたのだろうか?
 帰ってきたらすぐ自分のところに顔を見せてもいいだろうに、という一抹の不満を抱えつつドアを開いた。
「カミュー……? 帰っているのか?」
「だあ」
「……………………」
 バタン。
 マイクロトフは無言でドアを閉めた。
 今、ベッドの上に見てはいけないものを見たような……。

 見間違いか? それとも白昼夢?

 どちらかであってほしい、と切に願ったが、自分の中の冷静な部分がそれを否定する。マイクロトフはドアに額を押しつけてしばし心の中で葛藤を続けていたが、やがて、思いきったように顔を上げると、もう一度ドアを開いた。
「だあ、だあ」
 ベッドから舌足らずな声が上がる。そこに座っているのは間違いなく、人間の赤ん坊だった。
 マイクロトフは無言でその赤ん坊に近づき、じっと見下ろした。
 赤ん坊には詳しくないが、1歳をちょっと過ぎたぐらいだろうか? 首も腰もちゃんと座り、大きな瞳でマイクロトフを見上げている。そして、興味を持ったのか小さな手をマイクロトフの方に伸ばしてきた。マイクロトフはその手を指で軽く握ってやると、
「待ってろよ。いま、お父さんを連れてきてやるからな」
 と語りかける。声音は優しかった。しかし……目が笑ってなかった。
 マイクロトフは赤ん坊の手を離し、ドアに向かう。その顔は能面のように無表情で、歩き方が心なしか荒っぽかった。
 ……その赤ん坊の髪は亜麻色で、瞳は琥珀色だった。そして何より。顔立ちがカミューそっくりだったのだ……。

 あの野郎! いつの間に隠し子なんて作っていたんだ!!

 マイクロトフは、はらわたが煮えくりかえるとはこのことだ、といわんばかりに怒っていた。昔は何かと女性の噂が絶えなかった男だが、自分と付き合うようになってからはぱったりとやめていたと思っていたのに。すっかり騙されていたのだ!
 怒りのままにドアを物凄い勢いで開けた。とたん、
「うわっ!」
「きゃっ!!」
 2つの悲鳴が上がり、マイクロトフはハッとする。そこには同盟軍のリーダーとその義姉がいた。どうやらちょうどこの部屋に入ろうとしていたらしい。
「ああ、びっくりした」
「あ。マイクロトフさん、ここにいたのねー。探しちゃった」
「す、すみません、大丈夫ですか?」
 あの勢いでぶつかっていたら一大事だった。マイクロトフはまたも感情のままに動いてしまった自分を恥じる。悪い癖だとはわかっているのだが、どうにも抑え切れないのだ。
「大丈夫。びっくりしただけだから」
 リーダーがにこっと笑みを浮かべると、マイクロトフはほっとすると同時に、やっぱり洛帝山から一行が戻ってきていたのか、と思う。そして、安堵が過ぎると再び怒りが沸いてきた。
「すみません。カミューがどこにいるか知りませんか?」
 一刻も早く見つけ出して締め上げないと気がすまない。そんな気迫のこもった眼差しに、リーダーと姉は動じることなく同時に指を差した。……部屋の中を。
「え?」
 マイクロトフは反射的に振り返ったが、そこには先程同様、赤ん坊がいるだけだ。何やら嫌な予感めいたものが胸をよぎったが、とりあえずそれは無視した。
「いえ、それがいないのです」
「えー?」
「どれどれ。……あ、いるじゃん」
 マイクロトフの脇からひょい、と部屋を覗き込んだナナミがあっさりと応える。

 …………なんですと?

 頭の中が真っ白になったマイクロトフは思わずリーダーを見つめた。すると、リーダーは無邪気に、ちょっとだけ困った顔になって応える。
「あれ、カミューさんなんです」
「…………はい?」
 目の前が真っ暗になったような気がした。


 リーダーたちの説明によると帝洛山でピクシーにやられた、とのことだった。以前マイクロトフが子供化してしまったときのように普通のピクシーではなかったらしく、赤ん坊になってしまい、しばらく待ってみたが戻らなかったのだと。ただ、マイクロトフは5歳くらいの子供で、カミューは赤ん坊になってしまったのだから、種類は違うのかもしれない。

 マイクロトフはまじまじとベッドの上の赤ん坊を見つめた。目が合うと赤ん坊はきゃらきゃらと可愛らしい声を上げる。
 カミューに似ているはずだった。カミュー本人なのだから。
「それでですね、カミューさんの世話なんですけど、マイクロトフさんにお願いできませんか?」
 リーダーの言葉にマイクロトフはぎょっとする。
「あ、赤ん坊の世話なんて無理です!」
「でも、マイクロトフさんのときは1日で元に戻ったし、今日、マイクロトフさん、お休みですよね?」
「し、しかし……」
「前にマイクロトフさんが子供になっちゃったときはカミューさんが面倒を見てくれたので、今回はマイクロトフさんにお願いします!」
 両手を合わせて拝むように頼まれると、元々頼み事に弱いマイクロトフにはどうすることもできなくなってしまう。自分のときは記憶にないが、5歳くらいの子供だったらしい。しかし、カミューは言葉の通じない赤ん坊なのだ。不安ばかりが募ってしまうのは仕方なかった。
 困惑顔のマイクロトフに、リーダーは赤ん坊をひょい、と抱き上げると、マイクロトフに突き出した。赤ん坊はマイクロトフの目の前にくると、きゃっきゃっとはしゃいだ声を上げる。
「ほら、カミューさん、マイクロトフさんに懐いているみたいですよ?」
 マイクロトフの顔に触りたいのか、必死に手を伸ばす赤ん坊の様子に、リーダーが手の届く位置まで近づけてやる。すると、
 ちゅ。
 小さな唇がマイクロトフの唇に触れた。マイクロトフがぱちくり、と瞬きをする。リーダーも一瞬、きょとん、としたが、すぐ破顔した。
「マイクロトフさんのこと、すごく気に入っているみたいですね。これならきっと大丈夫ですよ」
 はい、とそのまま赤ん坊を差し出す。マイクロトフは条件反射的に受け取ってしまった。
「じゃあ、僕たち、ちょっと休みますんで。何かあったらホウアン先生のところに連れていってくださいね」
「頑張ってね、マイクロトフさん」
 ひらひら、と手を振って去っていく姉弟を止めるすべもなく。マイクロトフはバタン、と閉まるドアを半ば茫然と見送った。残されるはマチルダ騎士団、元・青騎士団長26歳と同じく元・赤騎士団長推定1歳。
 茫然と突っ立っていたマイクロトフは、もぞ、と腕の中の赤ん坊が身じろぎしはじめたので視線を下ろす。赤ん坊は正面を向いていた身体をマイクロトフ側に向けようとしているようだった。しかし、思い通りに動けないのか、少し泣きそうな顔をしてマイクロトフを見上げる。
「……カミュー……?」
「だあ」
 マイクロトフは深いため息をついて、身体の向きを自分のほうに変えてやった。赤ん坊は胸に顔を寄せ、小さい手でマイクロトフの胸元に掴まる。やっと体勢が安定したようだった。
「これでいいのか?」
「だあ、だあ」
「そうか……」
 上機嫌に笑う赤ん坊に、マイクロトフはもう一度ため息をついた。


 一方、カミューの部屋を出たリーダーは冷や汗を流してドアにへばりついていた。
「さすがカミューさんだ……」
 赤ん坊なのにマイクロトフさんにちゅーするなんて。もはや、執念としかいいようがない。


 1日……1日の辛抱だ……。

 自分に言い聞かせると幾分楽になる。改めて赤ん坊となったカミューの顔を覗き込んだ。元がカミューだと思わなければ、文句なしに愛らしい。
 自分をじっと見つめる琥珀色の大きな瞳に目を細める。
「今日1日よろしくな、カミュー」
「だあ」


「おっ、こいつがカミューか?」
 マイクロトフがカミューを抱っこしたまま廊下を歩いていると、ビクトールが声をかけてきた。その隣にはフリックがいる。
「ええ、そうです」
「ずいぶんかわいくなっちまって。どらどら」
 ビクトールが抱っこしようと手を伸ばすと、マイクロトフはさっと身をかわした。
「申し訳ありませんが、ビクトール殿、手はきれいですか?」
「へ?」
「赤ん坊はデリケートですから、何かあるといけないので……」
 しごく真面目に応えるマイクロトフにビクトールとフリックは顔を見合わせる。
「いや……、その……」
「ここで待ってますから、そこの水汲み場で手を洗ってきてください」
 そこまでしてカミューを抱っこしたいわけではない。しかし、きっぱりと指図されると断れないのが人間の悲しい性だ。ビクトールとフリックは水汲み場に向かった。
「……なんていうか……」
「所詮は似た者同士か……」
 前にマイクロトフが子供になったとき、カミューはそれはもう周りに神経を尖らせていた。ただ、カミューの場合はあまりの可愛らしさに(注:カミュー視点)、他のヤツに触らせるものか! と威嚇していたのだが。マイクロトフは赤ん坊、という確かにデリケートな生き物に対する優しい心配りなのだろうと思う。……思いたい。さすがにそこまで似た者同士だと嫌すぎる。
 ざばざばと手を洗い、なるべくきれいな布で拭くとマイクロトフの元に戻った。
「これでいいか?」
「はい。ありがとうございました。どうぞ」
 マイクロトフは微笑んでカミューを差し出す。しかし、とたん、カミューが火がついたように泣き出してしまった。
「カ、カミュー?」
 ずっと泣いたりしなかったのに、突然の癇癪にマイクロトフは慌ててしまう。よしよし、とぎこちなく宥めにかかった。その様子を心配そうに見ていたフリックがビクトールを肘でつつく。
「ほら、おまえの顔が怖いって泣き出したぜ」
「なんだと!」
「なんたって熊だからな」
「てめぇっ!」
 不毛な言い合いをしているうちに、マイクロトフに宥められたカミューが泣き止んだ。ビクトールが悔し紛れに、じゃあ、今度はてめえがやってみろ、と言うと、フリックはにやっと笑って、受けて立つ、と応える。そして、カミューを脅かさないように「よしよし、いい子だな……」と、そっと手を伸ばした。
 しかし。
 ぎゃーっとまたもカミューが泣き出してしまう。フリックは憮然とし、ビクトールが爆笑する中、マイクロトフはまたもあやしにかからなければならなかった。すると、またも、ぴたっと泣き止む。
「……おまえ以外はだめってことか……」
 ビクトールが呆れたようにため息をついた。顔を赤らめて恐縮するマイクロトフを見て、フリックがひとつ気付く。
「おい、マイクロトフ、その首、どうしたんだ……?」
「え? ああ、カミューが」
 マイクロトフの首筋に小さな赤い斑点がいくつかできていた。
「赤ん坊は吸い癖があると言うので……」
 困ったように、でも、どことなく可愛くてしかたない、というふうに笑うマイクロトフをビクトールとフリックはなんともいえない顔で見つめる。確かに赤ん坊は先の尖ったような物に吸いつく本能があるという。それは母親の母乳を飲むためのものであるのだが、首筋のどこが尖っているのだろう、と疑問が浮かぶ。
 ビクトールは試しにカミューに指を差し出してみた。すると、カミューはぷいっと顔を背けてしまう。
「……………………」
 なんとなく気まずくなったマイクロトフは、日光浴をさせたいので、と逃げるように2人に別れを告げ、立ち去っていった。その後ろ姿を見送りながら、
「さすがだな……」
「赤ん坊になってもカミューはカミューだ……」
 と、2人は恐ろしげにつぶやいた。


 マイクロトフは木にもたれ、カミューを膝の上に乗せた格好で本を読んでいた。本当はカミューを下に寝せておきたかったのだが、むずがって嫌がるので、しょうがなくこういう体勢に落ち着いた。カミューは好奇心いっぱいに、マイクロトフのあちこちを触っていたが、好きにさせていた。
「ああ、マイクロトフさん、ここにいらっしゃったんですね」
 マイクロトフは声をかけられて顔を上げた。そこにはいつもの柔らかい笑みを浮かべたホウアンが立っている。
「これはホウアン殿。俺に何か……?」
「ええ、カミューさんに変化はないかと思いまして」
「変化?」
 きょとん、と聞き返すマイクロトフにホウアンはめずらしく微苦笑をみせた。
「やはり聞いてなかったのですね。まだ、不確定なんですが、どうもカミューさんは……」
 ホウアンが説明しかけたとき、マイクロトフの膝の上にいたカミューが大きく身じろぎし、マイクロトフの膝から滑り落ちてしまった。
「カミュー?」
 マイクロトフが視線を下ろすと、驚くことにカミューの全身の輪郭がぼやけはじめているではないか。
「カ、カミュー?!」
 マイクロトフが慌てて抱き上げようとすると、ホウアンがそれを制した。
「大丈夫です。見ててください」
「え?」
 2人が見つめる中、カミューはむくむくと大きくなっていった。それは喩えるなら、人の成長を何十倍にも早送りしているような光景。あっというまにカミューは5歳くらいの幼児に成長した。
「なっ?! カ、カミュー?!」
「だぁれ……?」
 目を剥くマイクロトフにカミューは無邪気に首を傾げた。
「ど、どういうことですか?! ホウアン殿!」
 パニック状態に陥ったマイクロトフがホウアンに詰め寄ると、ホウアンは「うーん、違いましたかねぇ」と何やら首をひねっていた。そして、カミューの身体をあちこち触って、「とりあえず異常はないですね」とつぶやく。
「ホ、ホウアン殿……?」
 マイクロトフが恐る恐る声をかけると、ホウアンは「ああ、すみません」とにっこり笑って種明かしをした。
「仮説ははずれましたが、とりあえずわかったことがあります。カミューさんは1時間くらい経つと何歳か年をとるみたいなんです」
「…………はい?」
 目の前が真っ暗になったような気がした。


 ホウアンの説明によると、洛帝山でカミューが赤ん坊になったときは生まれたての赤子のようだったらしい。それが、本拠地に帰ってきたら、突然大きくなって、1歳くらいの外見になったのだという。赤子になってからちょうど1時間くらいのことだった。
 身体には特に異常が見られなかったため、とりあえず、1時間に1歳成長するのでは、という仮説を立てて、当分、観察しようということになっていたらしい。


 そういうことは早く言ってくれ……。

 マイクロトフはホウアンの説明を聞きながら、ずきずきと痛むこめかみを押さえた。事情を知っていればもう少し気持ちの準備ができていたかもしれないのに。
「2歳くらいになると思ったんですが。ちょっと成長が早かったですね」
「はあ……」
「もう1時間経ってみればなにかわかるかもしれないのですが。でも、まあ、このまま成長を続けるだけなら大丈夫ですね」
「はあ……」
「よかったですね。仮説通りでしたら27時間かかったところがもっと早く元に戻れそうですよ」
「はあ……」
「何かありましたら、私のところに連れてきていただけますか?」
「はあ……」
「じゃあ、お願いしますね」
「はあ……って、ちょっと待ってください! お、俺にカミューを見てろって言うんですか?!」
 魂が半分抜けた状態で頷いていたマイクロトフは我に返ると慌てて立ち去ろうとしていたホウアンを呼び止めた。呼び止められたホウアンは、なんのことか、と瞬きしたが、すぐにっこり笑うと、
「でも、ほら、カミューさん、あなたに懐いているみたいですよ?」
 と、マイクロトフの足元を指差した。マイクロトフがつられて視線を下ろすとカミューがマイクロトフの足にしがみついて見上げている。目が合うとにこぉと満面の笑みを浮かべた。マイクロトフが「うっ」と金縛りになっている隙にホウアンは診療室に戻る。
「5歳で天然の無敵スマイルとは……さすがですねぇ」


 取り残されたマイクロトフは茫然とカミューを見下ろした。
「だぁれ?」
 またも問うてくるカミューにマイクロトフは疲れたように答える。
「マイクロトフだ」
「まいくろとぉふ?」
 真似してみたものの、舌たらずなため、うまく言えなかったのが悔しいのか、カミューが泣きそうに顔を歪めると、マイクロトフから思わず笑みが零れた。
「マイク、だ。これなら言えるだろう?」
「まいく?」
「そうだ」
「まいく、まいく」
 覚えたての名前を嬉しそうに連呼するカミューにマイクロトフは優しく微笑む。元々、子供はそんなに嫌いではない。「だっこ」と手を伸ばしてくるカミューをひょい、と抱き上げた。
「ほら、高いだろう?」
「うん! たかい、たかい!」
「もっと高くなるぞ。ほら」
 マイクロトフは両手を上に伸ばしてカミューを頭上に掲げる。カミューははしゃいだ声を上げた。そして、それを数回繰り返してから降ろそうとすると、カミューが嫌がった。しょうがないので抱っこしたままとなる。カミューは首に手を回して体勢を安定させた。間近から大きな琥珀色の瞳でマイクロトフを見つめる。
「まいく、かみゅーのことすき?」
「ん? あ、ああ、好きだぞ」
 5歳の子供に聞かれたというのにちょっと赤面してしまったマイクロトフ26歳。もうちょっと頑張りましょう。
「どのくらい?」
「どのくらいって……」
「せかいでいちばんすき?」
 無邪気に首を傾げるカミューにマイクロトフは目を細めた。子供相手だというのに、おざなりに返事をしようとは思わなかった。
「……そうだな。カミューがいちばん好きだ」
「ほんとに?」
「本当だとも。騎士は嘘をつかないぞ」
「やったあ! かみゅーもまいくがいちばんすき!」
 カミューはそう言うとマイクロトフの頬に小さな手を添えて、唇にちゅっとキスをする。
「カッ、カミュー?!」
 不覚にも真っ赤になったマイクロトフに、カミューは
「すきなひとにはこうするんでしょ? はい、まいくもして」
 と、可愛らしく唇を突き出して目をつぶる。マイクロトフは口をぱくぱくさせていたが、まいったな、というようなため息をついたあと、そっと小さい唇に触れた。
「ありがとう! まいく、だいすき!」
 嬉しそうに笑うカミューにマイクロトフも少し照れくさそうに微笑んだ。
 その様子を一部始終覗いている人物がいた。いや、覗いている、というか、自分たちの憩いの場にやってきて目の前で繰り広げるのだから、見てしまった、というほうが正しいだろう。
「さすがカミューさんですねぇ……」
 5歳にしてマイクロトフを陥落させるとは。キニスンの感心したふうの言葉にシロがアオン、と鳴いた……。


 5歳の次は8歳くらいになった。その次は10歳くらい。マイクロトフはそろそろいいだろうと思ってカミューにカミューの身体に何が起こっているのか説明した。カミューはやはり小さい頃から聡明だったらしく、状況をほぼ正しく理解した。このカミューは27年間生きてきたカミューとしての記憶はなかったが、5歳や8歳として過ごした1時間の記憶がおぼろげに残っていた。
 そのあとも1時間ごとに少しずつ成長していったが、記憶に残っているマイクロトフが常に傍にいたために、特にパニックになることはなく状況を受け入れていた。
 そして、夕食を摂る頃には6回目の成長を終え、16歳になっていた。


 食事中に成長がはじまって周りを驚かせてはいけない、と2人はマイクロトフの部屋で食事を摂っていた。
「懐かしいな……」
 カミューを見て目を細めるマイクロトフに、カミューは食事の手を止めて顔を上げる。
「え?」
「俺たちはカミューがこのくらいのときに出会ったんだ」
「そうなんだ? どんな感じだった?」
 カミューの問いに自然、苦笑が漏れた。
「そうだな……。出会った当初は仲が悪くて……というより、互いに近づかなかった。お互い、敬遠していたんだろうな」
「ふーん。どうしてだろうね。マイクのこと、こんなに好きなのに」
 さらっと言われたセリフにマイクロトフはちょっとどきっとした。しかし、我に返ると、10歳も違う相手に何をしてるんだ、と、自嘲の笑みが浮かぶ。
「いまのおまえは俺が知るカミューじゃないからな。俺に対する思いも違ったんだろう」
 マイクロトフは、いまのカミューは1歳の頃から自分がずっと傍にいたのだから、刷り込み状態で自分のことを好きだと思っている、ということはわかっていた。他に頼れる人間がいないのだから、保護者に好意を寄せる当然のことだろうと。
 カミューはマイクロトフの言葉に不満そうに「ふーん」とつぶやくと、「ごちそうさま」とフォークを置いた。
「カミュー? まだ残っているぞ?」
 カミューはマイクロトフの言葉を無視して、ガタッと立ち上がる。
「どうせ今夜中には元に戻るんでしょ? もう風呂に入って寝るよ」
 無機質な、どこか冷たい口調で言われ、マイクロトフがとまどっているうちにカミューは浴室へと消える。
 一人残されたマイクロトフは、出会ったばかりの頃の彼は気まぐれで、扱いづらかったことを思い出す。
「なんだ、あいつ……。反抗期か?」
 記憶が違ってもカミューはカミューなんだな、と変な感心をした。そして何気なく時計を見て、もうすぐ1時間経つことに気付く。
 着実に成長を続けるカミューに、もうすぐ元に戻るんだ、という実感がようやく沸いてきた。


 がちゃ、というドアの開く音に、椅子に座って本を読んでいたマイクロトフは顔を上げた。
 浴室から出てきたカミューは18歳くらいになっていた。なぜか裸のままで、かろうじてタオルを下半身に巻いている、という格好だった。
「どうした?」
「…………服が入らなくなった」
 憮然とした声にマイクロトフは思わず吹き出す。そういえば16歳の途中から成長期に入ったはずなのだ。10センチ以上伸びたのだから、無理もない。
「笑うな!」
 真っ赤になって怒鳴るカミューが可愛くてマイクロトフはますます笑いが止まらなくなる。するとカミューはムッとした表情でずかずかとマイクロトフの目の前まで歩み寄ると、笑っているマイクロトフの両頬を手で挟み、上向かせた。
「でも、これでやっとマイクロトフとそんなに変わらない体格になったね」
 間近に琥珀色の瞳で覗き込まれて、マイクロトフの顔から笑みが消える。顔には幼さが幾分残るが、悪戯っぽく笑うその表情は紛れもなく彼のしぐさで……。
「ん? どうして赤くなっているの?」
「う、うるさい! なんでもない!!」
 服を取ってくる、とマイクロトフはカミューの手を乱暴に払って立ち上がるとクローゼットに向かった。いくつか置いてあるカミューの着替えから夜着を取り出すと、背後で、くくく、と笑っているカミューに思いきり投げつける。カミューは笑ったまま受け取るともう一度脱衣所に消えた。
 マイクロトフは早鐘のように打っている心臓のあたりを服の上からぎゅっと鷲掴みした。自分たちが恋人同士だということは告げていない。必要がないと思ったし……気味悪がられるのが怖かったからだ。
 彼の何気ないしぐさに情けないほど動揺している自分が嫌だった。彼の行動はあくまでも好意の延長なのだから。

 明日……目が覚めれば。

 すべては解決しているはずである。マイクロトフは目を瞑り、自分に言い聞かせると、これ以上動揺しないよう、心を静めた。
 自分もさっさと寝てしまおう、と自分の夜着とタオルを準備して、カミューが出てくるのを待つ。今日はテツが管理している本拠地の風呂に行こうと思った。せっかくの休日だったのに、カミューに1日振りまわされ、さすがに疲れていた。広い浴槽で思いきり身体をほぐしたい。
 濡れた髪をタオルで拭きながら出てきたカミューに、
「俺も風呂に入ったら寝るから。おまえの部屋は隣だ」
 と言うと、部屋を出た。


 広い風呂を満喫したあと、出会う人々にカミューの様子を聞かれ、それに律儀に応えているうちに小1時間経った。マイクロトフは部屋に戻りながら、そろそろまた成長しているんだろうな、と思う。さっきが18歳くらいだから今度は20歳は過ぎているだろう。あと何回で元に戻るのだろうか。
 早く会いたい、と思った。彼であって彼でないカミューをこれ以上見るのはちょっとつらかった。早くあの不敵で優しい笑みを見て安心したい……。


 部屋に戻ると、カミューがいた。その姿はやはり20歳くらいだろうか。カミューはベッドに腰掛けて、本を読んでいた。さっきまでマイクロトフが読んでいた本だ。つい数時間前までは読むことも理解することもできなかったのに、とマイクロトフは奇妙な感慨を覚える。
「遅かったね」
 出迎えた声はどことなく冷たい気がした。マイクロトフは少し胸がざわつくのを感じながら、なにげなさを装って口を開く。
「カミュー、部屋に戻らなかったのか?」
 マイクロトフの言葉にカミューはにっこり笑った。
「一緒に寝ようと思って」
「なっ、何を言っているんだ?! こんな大の男2人が並んで寝られるわけないだろう?!」
 ぎょっとしたようなマイクロトフに、カミューはますます笑みを深めると、ベッドから立ち上がり、ゆっくりマイクロトフに近づく。
「抱き合って寝れば大丈夫だよ」
「なっ……!」
 思いもしない言葉にマイクロトフは混乱したまま、近づいてきたカミューから逃れようと1歩後ろに下がった。しかし、すぐドアに背中があたってしまう。慌てて横に逃げようとしたが、一瞬早くカミューの腕が阻んだ。ドアとカミューの両腕に囲まれたマイクロトフは、ふざけているだけに決まっている、と自分に言い聞かせ、慌てて言葉を紡ぐ。
「お、おまえは知らないだろうがな、俺はとても寝相が悪いんだ! 一緒に寝たりしたら、ベッドから蹴り落とされるぞ!」
「マイクロトフ」
 カミューに名を呼ばれ、どきっとした。いままでは大きくなって舌が回るようになってもマイク、とだけ呼んでいたのに。マイクロトフは金縛りにあったように動けなくなり、間近にある琥珀色の煌きに囚われていた。その瞳には、見慣れた、しかし、いまのカミューなら抱くはずのない色が湛えられている。……欲情という色が。
「カ、ミュー……」
 急に知らない男に思えてマイクロトフは恐怖を覚える。カミューはそんなマイクロトフの顎に手をかけるとおもむろに口付けた。唇を離すと硬直しているマイクロトフの身体を抱き寄せる。マイクロトフはハッとしたように腕を振り解こうとするが、カミューも腕に力をこめて離さなかった。
「俺たちは……こういう関係なんだろう?」
「ちが……っ」
「マイクロトフの部屋に俺の着替えがあるなんてあからさますぎるよ」
 ちょっと笑ったカミューの言葉に、マイクロトフは否定の言葉が出てこなくなる。
「俺にはわかるよ。元の俺もマイクロトフに恋していると。どんな過去を送ってきたかは知らないけど、必ずマイクロトフに惹かれているはずだ」
「カミュー……」
「元の俺はきっと幸せなんだね。
 ……明日になれば今の俺は消える。だから、今夜だけ、今だけ、俺のものになってよ……」
 真摯な、せつない響きにマイクロトフの抗う力が抜けてしまった。どうあってもカミューにかなうはずがないのだ……。
 カミューは抵抗が止んだことに不安を覚え、抱きしめる腕をわずかに緩めて顔を覗き込んだ。その表情はあきらめというには優しくて……カミューは嬉しくなってもう一度きつく抱きしめる。
「ありがとう、マイクロトフ……。愛しているよ……」
 その熱い囁きに、マイクロトフは、ああ、やっぱりカミューだ……と安堵した……。


「ねえ、マイクロトフ……、俺のこと、好き?」
「ああ……。どんなおまえでも……あい、している……」
「マイク……マイクロトフ……」


「マイク! ねえ、マイクったら! 起きてよ!」
 マイクロトフの眠りは無粋な声によって妨げられた。マイクロトフはぼんやりと目を開ける。目の前には見慣れた男が立っていた。
「ああ、カミュー……、元に戻ったのだな……」
 寝ぼけ半分つぶやくと、再び眠りの世界へ旅立とうとする。カミューはそうはさせじ、とゆさゆさとマイクロトフの肩を揺さぶった。
「ひどいよ、マイク! 俺がいない間にいったい誰と浮気したの?!」
「は?」
 カミューのセリフにマイクロトフはぎょっと目を見開く。カミューはこのうえなく怒りつつも、いまにも泣きそうな情けない顔をしていた。
「何を言ってるんだ? おまえは……」
「言い逃れする気?! その格好で?!」
 その格好、と言われてマイクロトフは自分の身体を見下ろす。一糸まとってないのはもちろん、あちこちにそれとわかる痕が散っている。マイクロトフは一瞬で真っ赤になった。
「こ、これはおまえが……」
「俺?! 俺がいつつけたって言うんだよ?! だいたい、そんなところに痕つけたら怒るじゃないか!!」
 そんなところ、とは耳のすぐ下あたりだった。昔、そこが弱いのは知っていたが、服を着ても隠せないので痕を残すのはきつく禁止された箇所だった。
「なっ! こんなところにもつけたのか?!」
「そうだよ! どいつなんだ?! 燃やしてやる!!」
「だからおまえだ!!」
 マイクロトフが怒鳴り返すとカミューはベッドに「うわああああ!」と泣き伏す。
「嘘をつくなら、もっとまともな嘘をついてくれ!!」
 あまりの態度にマイクロトフは怒りより呆れを覚えてしまう。はあ、と大きくため息をつくと、ぽんぽん、とカミューの肩を叩いた。
「とりあえず自分の格好を見てみろ」
「え?」
 カミューは泣き濡れた顔を上げると自分の身体を見下ろす。カミューもまた一糸まとわぬ姿だった。
「え? で、でも、俺には覚えがないんだけど……」
「おまえ、昨日の行動を言ってみろ」
「え? 昨日はリーダー殿たちと洛帝山で……あれ? 俺、いつのまに帰ってきたの?」
「だから、人の話を聞け……」
 首を傾げたカミューにマイクロトフは疲れたようなため息をついた。


 説明が終わるとカミューはようやく納得がいったようだった。
「だいたい、おまえ、隣に寝ていて自分も裸だということをおかしいと思わなかったのか?」
 マイクロトフの呆れたような口調にカミューはちょっと照れくさそうに笑う。
「いや、だって、目を開けたらマイクの裸が目に入って、覚えのない痕があったから、そんなことに気付く余裕なんてなかったし……」
「ばかもの」
 自分のことで我を忘れるくらい取り乱したカミューを少し嬉しく思いながらマイクロトフが照れ隠しに睨みつけると、カミューは、そういえば、と身を乗り出した。
「ねえ、マイク、20歳の俺ってどうだった?」
「は?」
 質問の意図がわからず、聞き返すマイクロトフに、カミューはどこか切羽詰ったような顔で質問を続ける。
「やっぱりいまよりヘタだったよね?」
「なっ、何を……!」
 カミューの言葉に質問の意味を理解したマイクロトフは、かあっと赤くなった。しかし、カミューはそんなことはおかまいなしに真剣な顔で問い詰める。
「どうだった? いまの俺のほうがうまいよね?」
「そ、そんなこと答えられるか!!」
「そんなこと?! 俺は7年間、たゆまぬ努力を積んできたんだよ?! それなのに変わらないっていうのかい?!!」
 この世の終わりとばかりに叫ぶカミューに、マイクロトフは身の危険を感じて逃げ腰になった。
「ばっ、馬鹿なことを言うな!!」
「俺の7年間の成果をみせてやるっ」
 とびかかってきたカミューから逃れようとしたが、すでに遅く。
「わ! こら、やめろって……!」
「だって、いくら自分でも俺が知らないヤツがマイクを抱いたなんて許せないし!」
「屁理屈を言うなっ! んーっっ!」

 カミューはマイクロトフの身体を巧みに翻弄しながら心の中でそっと謝罪する。

 ごめんね。本当は昨日のこと全部覚えているんだ……。

『どんなおまえでも……あい、している……』

 俺もどんなマイクでも愛しているから……。



 ベッドに沈没してるマイクロトフを置いて、あちこちに昨日の詫びに周っていたカミューは腐れ縁コンビを見つけた。
「ああ、ビクトール殿、フリック殿、昨日はご迷惑をおかけしたみたいで申し訳ありませんでした」
 人当たりのいい笑顔で謝罪するカミューの肩を2人は無言で叩いた。
 5歳のカミューに「あ、熊だ」と言われたビクトール、10歳のカミューに「お兄さん、運が悪そうな顔をしているね」と言われたフリック、どちらも素直な子供の言葉だっただけに傷は深かった……。



 終わり




お子様カミューです。
赤青では禁断の(笑)年下攻めです〜vv(こら)
設定めちゃめちゃですみません(汗)
計画性がないもので……。
ちゃらっと読み流していただけると嬉しいです。
書いててちょっと楽しかったです。えへ。


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