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マチルダに長く厳しい冬の訪れを告げる木枯らしが吹き荒れる中、15歳になったばかりのマイクロトフはひとり、小高い丘に向かって歩いていた。 強い風はコートを着ていないマイクロトフの体温を容赦なく奪っていく。しかし、マイクロトフはひるむことなく、風に向かうようになだらかな丘を登っていった。その表情は真剣そのもので、しかし、どこか抑え切れない期待に満ちたものだった。 ひときわ強い風が吹きつけ、枯れ葉が激しく舞う。マイクロトフはとっさに腕で顔を庇った。さすがに歩みが止まる。 「う、わっっ!」 腕や髪、身体に枯れ葉があたる。風がおさまるのを待って、マイクロトフは腕を解いた。 そして、目の前には…… 「大丈夫かい?」 見たことのない色彩をまとった、自分と同じくらいの年頃の少年が立っていた。 柔らかそうな亜麻色の髪、角度によっては金にみえる琥珀色の瞳。雪国のため色白が多いこの土地ではめずらしい健康そうな小麦色の肌。 マイクロトフは一瞬で目と心を奪われ、呆然と目の前の少年を見つめた。 まるで、風の中から現れたみたいだ……。 「なに? どうかしたの?」 幾分、刺のある口調で相手に言われ、マイクロトフは我に返った。瞬きもせず相手を凝視していたことに気づいて、頬を紅潮させてうつむいた。 「ご、ごめん、その……奇麗だと思って……」 「きれい?」 少年は意外そうに片眉を上げた。マイクロトフはうつむいたまま頷く。少年は、ふうん、と言うと軽く髪をかきあげた。 「ここにきてそう言われたの、初めてだな」 「え?」 思わぬ言葉にマイクロトフが顔を上げると少年はちょっと笑った。子供らしからぬ、どこか大人びた笑みだった。 「めずらしい、とか、気味が悪い、としか言われたことがない」 「気味が……悪い?」 こんなに奇麗な色なのに? マイクロトフは信じられない、といったふうに聞き返した。少年は自分の琥珀色の瞳を指差す。 「ほら、この色。マチルダでは魔性の色だろ?」 金の瞳は魔性を現すんだよ、とは祖母の言葉だったか。 大好きな祖母の言葉ではあったけれど……。 マイクロトフはひとつ頭を振ると 「魔性なんかじゃない。とても奇麗だ」 と、はっきり言った。その言葉に少年は驚いたように目を見開いた。そして、ゆっくり笑う。今度は年相応な、影のない嬉しそうな笑みだった。 「ありがとう。実は自分では気に入っているんだ」 その笑みを見て、マイクロトフの胸が、とくん、と鳴る。その初めての感触がなんなのかわからず、マイクロトフがどぎまぎしてると、ところで……と少年は肩をすくめた。 「マチルダの人ってみんな寒さに強いのかい? こんな寒い中、上着も着ないで外にいるなんて」 「え?」 言われて、マイクロトフはようやく自分の姿をかえりみた。確かにこの強風の中では薄いセーター一枚で出歩く人はまずいないだろう。 「あ……。ちょっと夢中になっていたから……」 急に気恥ずかしくなって赤面して答えるマイクロトフに、少年は小首をかしげる。 「夢中? 何に?」 「あ、いや、その……」 うまく言葉が出てこず、口篭もるマイクロトフに、少年は助け船を出すかのように笑みを浮かべて質問を重ねる。 「どこに行こうとしてたの?」 「……秘密の場所だ。一緒にくるか?」 少年の笑顔に惹き込まれるようにマイクロトフは言葉を紡いでいた。少年はちょっと目を見開く。 「いいのかい? だって秘密の場所なんだろう?」 「ああ……、でも……」 再び口篭もるマイクロトフに、少年は慌てて嬉しそうに微笑んだ。 「ありがとう。ぜひ連れてってほしい」 「ああ……」 知らず、自分も笑い返していた。 「うわ……すごいな」 二人がたどりついた場所は、小高い丘の見晴らしのいい一角だった。強い風が少年の柔らかそうな髪をなぶっていく。しかし、少年はそんなことは全く気にも止めずに、目の前に広がる景色にただ魅入っていた。 「俺の……一番好きな景色なんだ……。マチルダの街が一望できる……」 少し後ろに立ったマイクロトフが言う。少年は振り返ると奇麗に笑った。マイクロトフの鼓動がまた跳ねる。 「うん。素敵な場所だね。僕も好きになったよ」 「そ、そうか……」 マイクロトフは頬を赤らめうつむいてしまう。どうも、少年の笑顔はくすぐったかった。 「ところで、どうしてここに来たの?」 この寒いのにコートも着ないでさ、と少年はくすくす笑う。マイクロトフはさっきのことをからかわれてることにも気づかず、真剣な表情に戻ると顔を上げてまっすぐ少年を見た。 「報告にきたんだ」 「報告?」 少年が首を傾げるとマイクロトフはひとつ頷き、くるりと背を向けた。そこには大きな木が一本そびえたっている。その木に歩み寄ると、そっと手を添えた。そのしぐさはどこか神聖めいていた。 「この木に誓ったんだ……。騎士団への入団テストに合格してみせると。今日、合格の通知がきた。それで一刻も早く報告したくて……」 「騎士団に入団だって?!」 少年の驚いた声にマイクロトフは振り返って少し照れくさそうに笑った。 「ああ。立派な騎士になるのが幼い頃からの夢だったんだ……。今度はそれを誓いにきた。騎士団に入団すると寮に入るから、とうぶんここへは来られなくなるだろうし……」 と、最後のほうは寂しげな表情になっていく。小さい頃からこの木にはいろんな思い出があった。それがいま、次々と脳裏によみがえる。 そんなマイクロトフを見て、少年は神妙な顔で、そうか、とつぶやくとうつむき、何やらしばらく思案していたが、やがて顔を上げて口を開いた。 「そういえば、まだ名前を聞いてなかったね。僕はカミュー。君は?」 「あ……。俺はマイクロトフ」 「マイクロトフか。いい名前だね。 ねえ、マイクロトフ、君が誓うところに立ち会ってもいいかな?」 「あ、ああ……」 ここに連れてきた、ということは自分がこの木に誓うところを少年に見られることになる、ということをマイクロトフはすっかり失念していた。ただ、この場所を、この木を彼に見せたかったのだ。だが、改めて向こうから聞かれると、自分が少しも恥ずかしがっていないことに気づいた。親にすら内緒にしていたのに……。 「では、カミュー、立会人になってくれるか?」 「謹んで、お受け致します」 至極真面目なマイクロトフに、カミューはくすくす笑って、片手を胸にあて、かしこまったように礼をしてみせる。おどけているのに妙にさまになっていた。 その様子にマイクロトフもちょっと笑うと、すっと顔をひきしめ、改めて木に向き直った。 右手をまっすぐ伸ばして木にあて、左手は胸の前でこぶしを握る。そして目を閉じた。 「俺はカミューの立ち会いのもと、誓う。これよりどんな困難があろうとも、幼い頃より夢見、目指していた、立派な騎士になってみせる、と」 「マイクロトフの誓い、カミューが確かに聞き届けた」 隣で凛とした声が宣言する。マイクロトフはゆっくり目を開けて、隣を見た。カミューもこちらを見る。二人とも真剣な表情だった。 見つめ合ったまま、カミューが口を開く。 「マイクロトフ、僕もこの木に誓いを立てていいかい?」 「え?」 「君に立会人になってほしいんだけど……」 「あ、ああ。わかった」 カミューの突然の申し出にとまどいながらも、マイクロトフは頷いた。カミューはありがとう、と言うとさきほどのマイクロトフを真似て右手を木に、左手を胸にあてて、目を閉じた。 「僕はマイクロトフの立ち会いのもと、誓う。この先、どんな困難があろうとも、僕もマイクロトフに負けないくらい立派な騎士を志すと」 「えっ?!」 思わず大声をだしてしまったマイクロトフを、片目だけ開けてカミューが諌める。 「マイクロトフ、立会人の宣言は?」 「え? あ、ああ……。カミューの誓い、確かにマイクロトフが聞き届けた」 マイクロトフが宣言すると、カミューはふう、と息をついた。そしてマイクロトフの方を振り返って、 「これで、お互いの誓いは成立したね」 と、にっこり笑う。それは悪戯に成功したときような、どこか得意げな笑みだった。 「あ、あの、カミュー、いまの誓いは……」 混乱したまま、マイクロトフが口を開くと、カミューはますます笑みを深める。 「聞いたままだよ。お互いが誓いの証人だね。誓いを違わないようがんばろう」 「カ、カミュー?」 目を白黒させているマイクロトフがおかしいのか、カミューはくすくす笑い声をもらしはじめると、やっと種あかしをした。 「僕も入団テストに受かったんだ。僕らは同期になるんだよ」 「えっ?!」 マイクロトフの心底驚いた様子に満足げに微笑むと、カミューは右手を差し出した。 「これからよろしく。マイクロトフ」 「ああ……。こちらこそ、よろしく」 マイクロトフは手をしっかりと握り返した。 それがマイクロトフが恋に落ちた瞬間だった…… 月日は流れ、二人が騎士団に入団してから初めての冬が訪れようとしていた。 マチルダ騎士団の入団資格は15歳から、となっているが、実際は18歳前後に入団テストに受かるのが通常である。マイクロトフ15歳、カミュー16歳と、二人は異例ともいえる早さだった。そのせいか、二人で行動することが多く、いつのまにか自他ともに認める親友となっていた。 手を抜くことをしらない、どこまでも不器用なほど真面目なマイクロトフと、要領が良く、何事も器用にこなすカミュー。 おもしろいほど対照的な二人はどこにいても目立つ存在だった。 馬の世話をするため、厩舎に向かっていたマイクロトフはカミューが自分の知らない従騎士と楽しげに話しているのを見かけて、ズキン、と胸が痛むのを感じた。 俺はこんなに独占欲が強かったのか…… そっとため息をつく。 入団当初は、二人が異例の若さで入団したこと、カミューが異国人であることなどにより、やっかんだ連中といろいろあった。嫌な目にもあわされた。 それでも、とマイクロトフは思いをめぐらし、空を見上げる。 その分二人でいる時間が長かった……。 同期たちからの嫌がらせも、先輩たちからの嫌味もなにもかも気にならなかった。カミューと一緒だったから。いや、最初は初めて受ける悪意の固まりにとまどい、恐怖した。しかし、カミューは「気にするな。すぐに慣れる」と自分を励まし続けてくれた。その慣れた様子にカミューがマチルダにきてから同様な目にあっていたことは想像に難くない。 彼のいうとおり、普段どおり振る舞っていたらだんだんと周りに認められはじめ、そういった類はなくなった。完全に、ではないけれど。 カミューは厳格な家に育った自分と違っていろいろな事を知っていた。彼の、何事にもとらわれない、風のような強さと自由に憧れた。 そういった気持ちが、いつしかこんな、独占欲、というかたちをとるなんて……。 こんな気持ちは初めてだ、とマイクロトフはわけもなく泣きたくなる。 「マイクロトフってば!」 「わっっ!」 耳元で突然叫ばれて、マイクロトフは我に返った。目の前にはつい今まで思いをめぐらせていたカミューが立っていた。 透き通るような琥珀色の瞳にからかいの色をにじませて、マイクロトフの顔を覗き込んでくる。成長期に一足早く突入したカミューはマイクロトフより頭ひとつ高い。マイクロトフは心の中を見透かされてるような気がして、心持ち身を引いた。 「カ、カミュー! 驚かすな!」 「マイクロトフが何度呼んでも気づかないんじゃないか。立ったまま気絶してるのかと思ったよ」 「……そんなわけないだろう」 照れ隠し半分、ぶっきらぼうに答えると、カミューはあはは、と笑った。 「ところで、こんなところで何してたの?」 「カ、カミューこそ誰かと話をしていただろう」 さっきまであっちで話をしていたのに、いつのまにここにきたんだ? とマイクロトフは跳ねる心臓を落ち着かせようと胸あたりの服をぎゅっと掴んだ。カミューはひょいと肩をすくめてみせる。 「え? ああ、なんだ。見てたなら声をかけてくれればよかったのに。マイクロトフが見えたから逃げてきたんだ」 「え? 楽しそうに話していたのに?」 「そんなのフリに決まってるだろう。俺はマイクロトフと一緒にいるときがいちばん楽なんだよ」 あっさりと、心臓に悪いことを言われ、マイクロトフは一瞬言葉がでない。 「マイクロトフ?」 「そ、そうなのか?」 「え? なにが?」 「そ、その、俺といるのが楽って……」 マイクロトフが少し赤面して言うと、カミューは、ああ、とふわりと笑った。マイクロトフの好きな笑顔。それは他の人に向けてる笑みとはどこか違うように見えた。 「マイクロトフはまっすぐだからね。思ったことを言ってくれるし、こちらも言える。へたな腹の探りあいもしなくていいし、気を遣わなくてもいい。……考えてることはすぐわかるしね」 最後の一言は片目をつむってみせる。マイクロトフは憮然とした顔で答えた。 「……それは単純だということか?」 「あはは。それがマイクロトフの長所なんだって。俺は好きだよ」 何気なく言われた言葉にどきん、と律義に反応してしまうおのれの心臓が恨めしい。マイクロトフはこれ以上ここにいたら何を口走るかわからない、と判断し、この場を離れることにした。 「じゃ、じゃあ、俺は行くから……」 「厩舎かい? 気をつけてね」 「ああ……」 ひらひらと手を振るカミューにマイクロトフは少し頷くとぎくしゃくしたまま足を目的地に向けた。 カミューから見えないところまで一気に歩くと、マイクロトフは歩みを止めた。 カミューの一挙一動が、こんなにも嬉しくて、苦しい……。自分を難なく追いつめる。 マイクロトフは涙が零れないように、ぎゅっと目を瞑った。 こんな弱い自分は知らない……。 いっそのことすべてを忘れてしまいたい……。 すべてを……。 できるわけがない、とマイクロトフは緩く頭を振る。 自分もカミューも確かにここにいるのだから……。 深くため息をついたマイクロトフの身体を冬の訪れを告げる木枯らしが吹き抜けていった……。 せつない片想い。あなたは気づかない……。 FIN |