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マイクロトフは執務室で書類と睨めっこしていた。 青騎士団の団長に就任してからまだ日が浅く、忙しい日々を送っていたが、部下たちがよくフォローしてくれるし、なにより、いちばん信頼している人物が赤騎士団を束ねているのが心強い。 しかし、慣れない書類整理に時間をとられるのはいささかやむをえなかった。 こんこん。 聞き慣れたノックの音に思考が中断された。反射的に時計を見たが、まだ休憩の時間ではない。 マイクロトフは、またさぼっているのか、とムッとして、どう対応しようか考えているうちにドアが開いた。 「マイクロトフ〜〜〜」 情けない声と共に顔だけ覗かせたその姿は……。 「何をやっているんだ? おまえは……」 マイクロトフは呆れたように眉を寄せて、ざんばら頭になっている赤騎士団長を見やった。今朝きちんと結んでいた亜麻色の髪が肩やら顔やらにまとわりついてしまっている。 「紐が切れちゃって……」 カミューはそう言うと短くなった紐を指でつまんでみせた。マイクロトフはため息をつくと、 「いつまでそこにいるつもりだ? そんな格好、誰かにみられたらどうする」 と、とっとと入れ、というふうに促す。ドアにへばりついていたカミューはパッと顔を輝かせると足取りも軽く執務室に入ってきた。背中あたりまで伸びた髪がその動きに合わせてさらさら揺れる。 マイクロトフは椅子から立ち上がると、代わりにカミューを座らせた。カミューはすとん、と腰を下ろすと顔を上げて、 「えへへ。ごめんね」 と、ちょっと照れくさそうに、しかし、嬉しそうに笑う。 「謝るくらいなら、そろそろ切ったらどうだ?」 「うーん、そうだねぇ……」 カミューは生返事を返しつつ、新しい紐をマイクロトフに手渡した。 カミューの長髪が、実は不精の末の姿だということを知っている人間は少ない。切るのが面倒だから、という理由で伸ばしているだけなのだ。 色素の薄い異国の風貌で、凛々しく髪を束ねている姿は、麗しい長髪美形赤騎士団長様、と女性たちの熱い視線を集めているのだが、自然と共生している種族の出身のせいか、その実はけっこう大雑把にできているのである。社交の場に出るときはもちろん気をつけているが、平日は髭の剃り残しがあるときすらある。 「いつも言っているだろう。戦場では不利なことばかりだと。兜を被るのに邪魔になるし、敵に掴まれると急所となるのだぞ?」 ぶつぶつ言いながらカミューの髪に手をかけるマイクロトフにカミューは内心舌を出した。 髪を切らない本当の理由は、マイクロトフがこうして結んでくれるのが嬉しいからなのだ。伸びてきた髪を放っておいたら、マイクロトフが口うるさくなった。それで、冗談まじりに「じゃあ、結んでよ」と言ったら本当に結んでくれた。 そして、自分じゃうまくできない、と散々ごねた結果、いつのまにか習慣と化して今に至る。毎日のように、切れ、と言われるが、それを差し引いてもこの状況はおいしい。 「櫛は?」 「あ。忘れた。手ぐしでいいよ」 「……………………」 返ってきた沈黙に、機嫌を多少損ねてしまったのを感じ取ったカミューは苦笑する。 豪胆で勇猛な戦士として有名な青騎士団長は意外と几帳面なのだ。 「それでも俺がやるよりはうまいから」 首を後ろにのけぞらせて、ね? とマイクロトフを上目遣いで見ると、マイクロトフはあからさまにため息をついた。そして、顔を元に位置にぐいっと押しやると髪を指で梳きはじめる。態度とは裏腹にその優しい感触にカミューは目を細めた。 もちろん櫛を持ってこなかったのはわざとである。 「そういえば……」 「うん?」 マイクロトフは髪を梳きながら先程睨めっこしていた書類の内容を相談しはじめる。カミューはこんなときに仕事の話しをするなんてマイクロトフらしい、と笑いを噛み殺して話しを聞き、いちばんいいと思うアドバイスを選んで応えた。 「そうか。なるほどな……」 マイクロトフは普段はふざけていても頭の回転の早い相棒に感心したふうに頷いた。そして、くいっと束ねた髪を軽く引っ張る。 「ほら。できたぞ」 「うん。ありがとう」 カミューは礼を言いながら立ち上げると、くるり、と身体を反転させてマイクロトフに向き直った。すばやく「お礼♪」と、軽くキスをする。 あまりの早業によけることができなかったマイクロトフは瞬時に真っ赤になった。 「とっとと仕事に戻れっっ!!」 げしっっ 数日後、カミューが仕事で城を空けて3日が経った。マイクロトフはさすがに一抹の寂しさを覚えつつも、仕事なのだから、と言い聞かせ、今日も早々とベッドにつく。 うつらうつらしはじめた頃、急に胸のあたりが重くなった。何事か、と思い目を開けると琥珀色の瞳が間近に覗き込んでいる。 「カ、カミュー……?! いつ帰ってきたんだ?!」 「たった今だよ。……会いたかった……」 カミューはそう言うと唇を重ねてくる。起き抜けのマイクロトフはまだはっきり状況がわからなかったが、とりあえず待ち望んでいたぬくもりを素直に受けようと口付けに応えはじめた。ひととおり貪り合うとゆっくり唇が離れる。 琥珀色の瞳に嬉しそうな、少し切羽詰ったような色をたたえ、カミューが微笑む。 「ただいま」 「ああ、おかえり 」 マイクロトフも少し照れくさそうに笑んで応えた。 「ね、もう我慢できないよ。抱いていい?」 熱を孕んだ瞳で見つめられて、マイクロトフは赤面して目をそらす。 「そういうことを聞くな……」 こんなふうにあからさまに聞いて素直に頷くような恋人ではなかった。カミューはにっこり笑うと、 「ごめん。抱かせて。お願いだから……」 と、問いかけではなく、懇願に変えて、もう一度唇を塞ぎにかかる。抵抗はなかった。 マイクロトフは、自分の夜着をはだけ、あちこちまさぐるように撫でまわす手の感触を目を閉じて受け入れていた。着替えもせずに自分のところに来てくれたのが嬉しかった。着替えてもいないのだから少し汗臭いのはしかたないとして……。少し……。少し? 「……おい、カミュー……」 「ん……? もうちょっと待ってね……」 いま気持ち良くしてあげるから、と、囁いて愛撫を続けようとするカミューに、マイクロトフは容赦なく髪を引っ張って顔を上げさせた。 「……なに?」 少し不満そうなカミューだったが、マイクロトフがあまりにも恐い顔をしているので、何事? と目を瞬かせる。マイクロトフは低い声で問いかけた。 「……風呂に入ったのはいつだ?」 「えっ?」 ぎくっとしたような様子にマイクロトフはやっぱり……と思う。答えるまでは髪を離さないぞ、という態度がありありのマイクロトフにカミューは観念して、ぼそっと白状した。 「出かけた日の朝……」 それはおそらく「餞別」と称して散々交わした情交の跡をざっと洗い流した程度のものだろう。マイクロトフは瞬時にキレた。 「そんな汚い手で俺に触るな!!」 げしっっ 鳩尾に容赦ない蹴りをくらったカミューは涙目になりながら、情けない声で言い募る。 「だって、待っててくれる? 先に寝ちゃったりしない?」 「わかったから、とっととシャワーを浴びてこい!!」 「ほんとだよ? すぐ上がるから、絶対待っててね?!」 「しつこい!! いいからゆっくり汚れを落としてこい!!」 もう一度、今度は顔に蹴りを入れると、カミューは顔を押さえたまま「絶対だよ?!」と何度も繰り返しながら浴室へと消えていった。 ばたん、というドアが閉まる音にマイクロトフは、ふう、と息をつく。 そんなに神経質なつもりはないが、一度気になってしまったらどうしてもダメだったのだ。ちょっと酷だったかもしれないが、自分だって中途半端にされたままの状態はツライ。 マイクロトフはしばし考え、「たまにはな……」と言い訳がましく独り言をつぶやくと、中途半端に脱がされた夜着に手をかけた。 一方、カミューのほうは全速力で、しかし、マイクロトフのチェックにひっかからない程度に丁寧に、身体を磨きあげて浴室を出る。長い髪をタオルでごしごしと拭き取りながら、足早にベッドへ向かった。 人型に盛り上がった布団の上に覆い被さるように乗り上げ、のぞいてる黒髪に向かって囁く。 「マイク……、これでいいでしょ? もう待てないからね!」 掠れた声に余裕のなさを感じ取ったマイクロトフはやれやれ、といったふうにため息をつくと、布団から腕を伸ばした。 「あまりがっつくな。俺はいなくなったりしないのだから」 伸ばされた腕がむきだしになっているのにカミューはきょとん、とする。夜着の袖がないのはどうしてか。 これって……? 状況を把握するとカミューは破顔した。欲しかったのは自分だけではなかったのだ。 「じゃあ、いただきます」 「ばか」 伸ばされた手を取り、恭しく口付けるカミューにマイクロトフが頬をわずかに朱に染めて笑う。一糸まとっていない身体を抱きしめ、首筋に唇を落としてきたカミューのまだ濡れている頭を、マイクロトフはそっと抱きしめた。 長い髪も本当は嫌いじゃない。さらさらとした感触が好きだし、自分にしか触らせないのが嬉しいから……。 「3日も経つと消えてしまうんだね……」 カミューのセリフが身体に散らした痕のことを指しているのだとわかると、マイクロトフは真っ赤になった。 「どうせ、また、付けるんだろう……?」 「うん。もちろん」 とりあえず、とカミューは引き締まった腹筋のあたりに唇を寄せた。 ぺと。 「ひゃっ!!」 突然の冷たい感触にマイクロトフは思わずすっとんきょうな声を上げた。まだ雫が垂れているカミューの髪の一房が、カミューが動いた拍子に肩から滑り落ち、マイクロトフの胸に張りついたのだ。 「あ……」 状況を把握して気まずそうに顔を上げるカミューに、マイクロトフは自分の上げた声の恥ずかしさも相俟ってきつく睨みつける。 「そのうっとおしい髪を切れ!!!」 げしっっ おしまい。 |