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組織というものは上に立つ人間の影響が少なからず現れる。それはここ、マチルダ騎士団も例外ではなかった。 それはカミューが赤騎士団長の座について間もない頃の話。 カミューは午前中の執務を終え、愛しい恋人を昼食に誘いに行こうと廊下を歩いていた。角を曲がると、タイミングよく数メール先に青騎士団長のみが着ることが許されている青い長衣姿が颯爽と歩いているのを発見する。これも愛の力だよね、とカミューはにんまり微笑むとスキップしながらその背中に近づいていった。後ろから抱きつこうという算段だった。その隣にいる青騎士の姿はすでに目に入っていないらしい。 「マー……」 「団長は赤と白とどちらがお好きなのですか?」 ぴくり。 カミューが声をかけようとしたそのとき、不埒にも(カミュー視点)隣を歩いていた青騎士がマイクロトフに話しかけた。カミューはその内容に思わず動きを止める。なんとなく柱の陰に隠れた。 マイクがあの高慢ちきな連中より俺を選ばないわけがないだろうが。 燃やすぞ、こら。 右手にちょっと集中しながらマイクロトフの答えを待つと、マイクロトフが口を開く。 「ああ、俺は白が好きだ」 あっさりと紡がれた言葉にカミューは一瞬意識が飛んだ。 「え? そうなんですか? てっきり赤がお好きだと思ってました」 「食堂とかでいつも見られているからな。よくそう誤解されているようだが、どうも赤は合わなくてな……」 なんだって……? 赤騎士が……嫌い……? 自分はその赤騎士団の筆頭だ。つまり自分=赤騎士。 カミューは鈍器で頭を殴られたようなショックを受けた。いや、実際には柱の角に頭をぶつけたのだが。 「その点、白は品がある感じで好ましいのだ」 「なるほど。そうだったんですか……」 二人の会話はなお続いていたが、カミューはその場に立ち尽くしていた……。 赤騎士団は先代の赤騎士団長の影響で、よく言えば大らか、あからさまに言えば大雑把な連中の集まりだった。団長の座を引き継いだカミューも、口の悪い連中には蛮族などと言われることもある、西の出身だけあって、あまり細かいことにはこだわらない、自由奔放な性格だった。身なりも、不精で伸ばした髪を無造作に束ね、ときどき髭の剃り残しもあったりする。 マイクロトフに見つかるとたまに眉をひそめられたりしていたのだが……。 まさか……、そんなに嫌っていたなんて……。 カミューはかなりダメージを受けていた。午後からの仕事もさっぱり手につかないほどに。 ゴルドーみたいなぶよぶよが好きなのだろうか……。そういえば雪国は脂肪を溜めやすい体質が多いようだしな……。好みの基準がちょっと違うのかも。 ああ! ということはマイクロトフもあと10年もすればあのオヤジ体型になるのか?! いや、まさか。あのマイクロトフに限って……! 恐ろしい想像にかき立てられていると、目の前にいつのまにかマイクロトフが立っていた。 「マイク!」 「カミュー。前々から言っておこうと思っていたんだがな。おまえと一緒にいるせいで俺は赤騎士寄りだと思われているらしいが、とんだ迷惑だ。 もう一緒に行動するのはやめてくれ。あんなだらしない連中と一緒にされるのは辛抱ならん」 冷たく宣言されて、カミューは地の底に突き落とされるような衝撃を受ける。 「ち、違うんだよ、マイク……」 「団長」 「俺じゃない! 赤騎士団がああなのは俺のせいじゃなくて前の団長が……! って、あれ?」 「はい?」 目の前にいるのは自分の部下。カミューはきょとん、と瞬きを繰り返した。 「うなされていたようですので、お起こししたのですが、余計なことでしたでしょうか?」 「うなされてた?」 なんだ、夢か……とカミューはため息をついた。 しかし、あれが夢で終わるという保証はどこにもない。いや、実現する可能性のほうが高いに決まってる! させてなるものか! と、カミューは恐ろしい形相で部下を振り返った。 「今日から赤騎士団は華麗に生まれ変わるぞ! 品良く優雅に行動するよう通達しろ!」 「は?」 「今日から自分のことを『俺』というヤツは燃やす! 全員居残りでマナーの特訓だ!」 カミューは叫ぶなり椅子から勢いよく立ち上がった。すたすたとドアへ向かうカミューに慌てて部下が声をかける。 「だ、団長! どこへ……?」 くるり、と振り返ったその目は怪しく座っていた。 「……床屋だ」 「カミュー! 髪を切ったのか?! 一瞬誰かと思ったぞ……」 マイクロトフの驚いた顔にカミューはにっこりと微笑んだ。 背中あたりまで伸びていた髪は襟足のあたりで切られ、柔らかいくせっ毛が緩くカーブを描いている。髭も丁寧にあてられたので、今朝の剃り残しはきれいになくなっていた。元々顔立ちが綺麗なだけに、こういう出で立ちになると貴公子のようだった。 「どうかな? 似合うかい?」 可能な限り優雅と思える笑みを浮かべるとマイクロトフはうつむいてしまう。 「マイク?」 似合わなかっただろうか、とカミューは不安になった。満面の笑みを浮かべて「お似合いですよ!」と褒めちぎっていた床屋の店主の顔を思い出し、右手にこっそりと報復を誓う。 「いや……、その、かっこいい、と思うぞ……」 ぼそ、とつぶやかれた言葉にカミューがマイクロトフを凝視すると、わずかに耳が赤く染まっていた。 こ、これって……。 カミューはあまりのかわいさに抱きつきたい衝動に駆られたが、ぐっと拳を握って耐える。そんな品のない真似はできないのだ。 「ふふ。惚れなおした?」 「ば、ばか……」 ああ、もう! 押し倒してぇ!! カミューはうずうずする身体をなんとかこらえ、マイクロトフを夕食に誘った。今日から華麗にスマートに生きていくのだ。 ……マイクロトフのためなら努力を惜しまないカミューであった。 「そういえば、やっぱり肉料理に白ワインはおかしいだろうか?」 マイクロトフは肉を切る手をちょっと休め、首を傾げた。 「ん? どうしたの? 急に」 「俺は肉料理を食べることが多いだろう? だから、赤が好きだろうと言われた」 「ああ、確かにマイクは白が多いね」 現に今もマイクロトフのグラスには白ワインが注がれている。 「うむ……。どうも赤ワインは渋みが苦手で……」 子供のように口をへの字に曲げるマイクロトフにカミューは自然、笑みが浮かんでしまう。マイクロトフは笑われたことにムッと眉を寄せた。 「子供みたいだ、とか思ったんだろう?」 「いや、嗜好の問題だから気にしなくていいんじゃないかな?」 「だいたいどうして肉は赤、魚は白と決まっているのだ?!」 憮然としたように口を開くマイクロトフをカミューはかわいいなぁ、とうっとりと眺める。 ……肝心なところで鈍い男であった。 こうして、赤騎士団はカミュー団長の猛特訓のおかげで城下でも話題の華麗な騎士さま集団へと生まれ変わったのである。 おわり |