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カミューの朝は遅い。いや、常人と比べれば普通なのだろうが、いかんせん、恋人が早過ぎる。 夜が明けるかどうか、という時間に起きだし、朝練にむかう。朝練は自主参加なのだが、彼は日課としているため、ほぼ毎日行ってしまう。ほぼ、というのは、ときどき自分が抑えがきかなくなって、彼に無茶をさせて起きられない、ということがたまに。そのあと、かなり怒られるので、そうそうできないが。 朝、彼が起こしてくれるのがわかっているから、自力で起きるのがもったいない。だから、浅い眠りを繰り返しているうちに、叩き起こされる、という毎日だ。 恋人に起こされる、というのはもちろん嬉しいが、唯一の不満なのは起こし方に色気がない、ということだ。「カミュー、起きろ」とゆさゆさと乱暴ともいえる手付きで身体を揺すり起こされる。たまには、優しいキスのひとつでもして、「おはよう。そろそろ起きたらどうだ?」なんてはにかんだ笑顔を見せてほしい……。 「カミュー! 起きろ! いつまで寝てるんだ?!」 色気のかけらもない声がカミューの妄想を遠慮なく打ち破った。カミューはぼんやりと目を開ける。 「おはよう……。相変わらず早いね」 「おまえが遅いんだ」 腰に手をあてて呆れたように応えるマイクロトフは、すでに朝練を終え、シャワーを浴びたあとだった。軽装に少し濡れた漆黒の髪。カミューはその髪に触れたくて片手を伸ばす。だが、ベッドに寝転がったままの体勢では届くはずもなく。残念そうにぱたっと手を下ろした。枕に顔を半分埋めた格好でマイクロトフを見上げる。 「今日も可愛いねー」 「なっ、誰がだ!! とっとと起きろ!」 ちょっと頬を赤らめた彼に、再び手を伸ばした。甘えるように小首を傾げてみる。 「引っ張り起こして?」 「甘えるな」 即答。 あまりにもつれない言葉にカミューは思わずため息をついた。 「なんか、俺たち、倦怠期の夫婦みたい……」 「なんだと?」 「たまには『おはよう、カミュー。ちゅ』とか起こしてほしいのに……」 「………………」 カミューは言ってから、しまった、と思った。マイクロトフが、すうっと無表情になってしまったのだ。 やば……。怒らせた……。 「カミュー」 唸るような低い声にカミューは思わず目を閉じる。どんなに愛する人とはいえ、朝から怒鳴られてはへこんでしまう。 と。 ふわり 固く結んだ唇に温かいぬくもりが触れて、カミューは驚いて目を開けた。すでに離れてしまった顔には朱が散っていて。カミューはまじまじとマイクロトフを見つめてしまう。すると、マイクロトフは見るな、というふうに顔を背けて、カミューの亜麻色の髪をわしゃわしゃと少し乱暴に撫でてきた。 「ほら。とっとと起きろ」 口調はぶっきらぼうだが、先程よりは格段優しい。カミューは大きな手のぬくもりに目を細めながら、 「うん」 と、頷いた。 けっこう、幸せかもしれない。 ******* カミューの目覚めは一人ぼっちだ。いや、大抵の人は目が覚めると一人なのだろうが、自分は夜な夜な恋人と共寝をしている。なのに、彼は朝練に行ってしまうため、ほぼ毎日、目を開けたときにその姿はない。ほぼというのは……以下同文。 一緒にベッドで目覚めるシチュエーションに憧れる。いや、一緒に、というか、自分が少し早く起きてマイクロトフの寝顔を堪能していたい。鼻先や頬を突ついたりと悪戯しているうちに、漆黒の瞳がゆっくり開いて。間近に瞳を覗き込んで「おはよう」と二人してどこか照れくさく微笑みあって、口付けを交わし、愛の言葉を囁き合う……。そんな穏やかな朝を迎えてみたい。 しかし、現実は、共に目覚めるときは前の晩、彼に無理させた結果で。起き抜けに文句を言われ、機嫌をなおしてもらうのに相当苦労する。 カミューはどこか虚しくなり、自分の妄想を打ち切って、寝返りを打とうとした。と、手が何かにぶつかる。 あれ? カミューは夢うつつの状態で、思考がまともに働いていなかった。目を閉じたまま、ぶつかったものをさわさわと撫でてみる。 「……くすぐったい」 憮然とした声がして、カミューは心底驚いた。慌てて目を開けると、目の前にちょっと居心地悪そうな顔をしたマイクロトフがいる。 「マ、マイク……?」 どうしてここにいるんだろう、と考え、まだ夜明け前なのか? と辺りに目をやった。すると、夜明け前どころか、すでに陽はかなり高く昇っている。カミューは驚いて上半身を起こした。 「だ、大丈夫? 昨日、無理させちゃった? そりゃ、回数を少なくするためにしつこくしちゃっ……むがっ」 「お、おまえは! 朝っぱらからそんな恥ずかしいことを言うな!!」 顔を真っ赤にして大きな手で口をふさいでくるマイクロトフに、カミューは「はっふぇ……」(だって)とつぶやく。おとなしくなったのを確認して、手が外されると、カミューは首を傾げた。 「昨日の夜、無理させたわけじゃないのなら、どうしてここにいるの……?」 カミューは事情がまったく飲み込めず、マイクロトフをじっと見つめる。すると、マイクロトフの眉根がどんどん寄ってきた。カミューは、怒らせた? と、内心焦りながら、口を開く。 「え、あ、ね、寝坊したの?」 「……………………」 違うらしい。 ますます顔を顰めるマイクロトフに、カミューは恐る恐る問い続ける。 「体調……悪いの?」 「…………もういい!」 マイクロトフは不貞腐れたように応えると、ベッドから降りようとした。カミューが慌ててその腕を取る。振り返ったその顔は、確かにムッとしてはいたが……赤かった。 ひょっとして……。 「待ってて、くれたの?」 自分が起きるのを。 カミューの問いにマイクロトフはますます赤くなる。 「違う!」 言葉では否定しても、それ以上ベッドから降りようとしない態度が、掴まれた腕を振り払おうとしない態度が、それが真意じゃないことを如実に物語る。カミューは嬉しくて、そのままぎゅっと背後から抱きしめた。 「ありがとう……マイク」 休日でも朝練に出てしまう真面目な彼に、昨夜も、明日休みなんだから一緒に起きようよ、とねだっていた。しかし、いつもどおり、「冗談じゃない!」と怒られたので、半ばあきらめていたのに。 「……おまえは頭がいいくせに、へんなところで鈍い」 「ごめん。恋は盲目って言うだろ。マイクのことになるとどうも頭が働かなくて……」 「……ばかもの」 憎まれ口とは裏腹に、胸にもたれるように身体を預けてくる彼が愛しくて。 カミューは幸せそうに微笑んで、マイクロトフの顎にそっと手をかけると、仰向かせる。 「今日も世界でいちばん愛しているよ」 「ばか……」 恥ずかしそうに目を伏せたマイクロトフに、カミューはゆっくり口付けた……。 かなり、幸せかもしれない……。 |