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「カミュー、昇進おめでとう」 目の前に差し出されたグラスに、カミューは自分のグラスをそっと傾ける。ちん、と透き通る硬質な音が部屋に響いた。 「ありがとう、マイクロトフ」 カミューは微笑んでグラスのワインを一口含む。マイクロトフも目を細めてワインを口にした。 今日、カミューは赤騎士団のナンバー2になった。赤騎士団副団長の任を拝命したのだ。 周りから何十、何百と受けた祝いの言葉。 しかし。彼から、最愛の人から言われるのがこんなに嬉しいなんて。 カミューは胸が熱くなるのを感じながら口を開く。 「嬉しいよ。おまえがこうして祝ってくれるなんて」 想いを込めて嬉しそうに微笑むと、マイクロトフは少し赤面してうつむいた。 「おまえと俺は……その…………同士だろう」 小声でつぶやかれた言葉はかすかに聞き取れなくて。カミューは『親友』と言ったのかそれとも……と、かなり気になったが、ここで突っ込むと照れ隠しに怒りだしそうなのでやめた。いまの、この雰囲気を壊したくなかった。 ありがとう、と、もう一度囁くとマイクロトフは顔を上げた。まだ赤みの残った頬がカミューにはほのかな色香を感じさせる。 「それにしても、よかったのか? 今夜はアルス様たちが祝いの席を設けてくれる予定だったのだろう?」 マイクロトフの思いもしない言葉にカミューは目を見開いた。 「マイク……、なんで知ってるの?」 「アルス様に聞いた」 マイクロトフの答えにカミューは眉をひそめる。 「なんだって?」 「『カミューは上司よりおまえの方が大事みたいだな』とおっしゃっていた。ご立腹のようだったが……」 カミューはわずかに舌打ちした。 団長め……。わざわざ嫌がらせするなんて……! 確かに赤騎士団長たちに昇格を祝ってやる、と、誘われた。しかし、カミューにはマイクロトフの誘いより大事なものがあるはずもなく、懇切丁寧に断ったのだ。そして明日に延期になった。自分は「先約があるので」としか言わなかったはずだが、あのとき「ふうん」と意味ありげに笑っていたのはこういうことだったのか! 「すまない。こっちを断ってくれてかまわなかったのに」 申し訳なさそうなマイクロトフに、カミューはばんっとテーブルを叩く。 「冗談! 団長の言葉はただの嫌味だから気にしなくていいよ。だいたい、飲む口実がほしいだけの人なんだから」 「カ、カミュー……、そういう言い方は……」 「あの人の下で何年働いていると思っているんだい? あの人はこうやっておまえが困ることをわかってて言ったんだから」 「な、なんのために?」 「おもしろいから」 きっぱりと言い切ったカミューにマイクロトフは目を点にする。 「は?」 「真面目なおまえがそういう言い方をされて気にしないわけがないだろう。それを俺が慌ててフォローするであろうことを想定して、おもしろがってるんだよ。そういう人なんだ」 「………………」 沈黙するマイクロトフを見やって、カミューはため息をつきながら髪をかきあげた。 「たのむから気にしないでくれ。せっかくの席がだいなしだ」 「し、しかし……」 「マイクロトフ」 カミューは椅子から立ち上がってテーブル越しに顔を寄せた。突然の行動につられて顔を上げたマイクロトフの唇にそっと触れるだけのキスをする。わずかにワインの香りがした。少し顔を離すと、マイクロトフはかぁっと赤くなり、顔を伏せる。その赤く染まった耳にそっと囁いた。 「俺はおまえといるときがいちばん大事なんだよ?」 「カ、カミュー……」 マイクロトフはしばし逡巡したのち、赤面したままの顔を上げた。その漆黒の瞳は恥ずかしさのためか、わずかに潤んでいて、カミューはどきり、とする。 「お、俺もだ……」 と、小声で応えるマイクロトフにカミューの理性がぐらり、と揺れる。思わずその頬に手を伸ばしかけるが、慌てて引っ込めると椅子に戻った。 せめて。マイクロトフが用意してくれたワインくらいは空けるまで我慢しよう……。 ……理性が持てば、の話だけど。 かなりアテにならないことを思いながら、カミューは再びワインを口に含む。 「今度はマイクロトフの番だね。待ってるから」 「お、俺はそんな器じゃない……」 「何言ってるんだい。昔、誓っただろう。2人で高みを極めようって。まだ上は残っているよ」 団長、という椅子が。 カミューの言葉にマイクロトフは苦笑いする。 「あの頃は無邪気だったな。何も知らないから、なんでもできると思っていた」 「そうだね。でも、俺たちは順調に昇ってきてるじゃないか」 マイクロトフは今は青騎士団の第一部隊の部隊長。部隊長の中の筆頭だ。次の戦で手柄を立てれば副団長に昇進できるだろう。 「順調に……か。人を斬って手に入れる肩書きにどれほどの価値があるのだろうな……」 「マイクロトフ?」 ぽつり、とつぶやかれた言葉にカミューは目を見開く。いつも熱心に剣の腕を磨き、ひとたび戦場に出れば比類なき剛剣で活躍を重ねるマイクロトフの言葉とは思えないセリフだった。 マイクロトフはハッと顔を上げると、口元を手で覆った。 「あ、ああ、すまない。おまえの祝いの席なのに……。少し酔ったようだ……」 「マイクロトフ」 カミューはテーブル越しに手を伸ばし、マイクロトフの手を握った。マイクロトフが自分を見るのを待って口を開く。 「マイクロトフ。おまえが正義のためじゃなく剣を振るったのを、俺はしらない。それは、おまえはおまえの騎士道をつらぬいている、ということではないのか?」 「カミュー……」 「俺はおまえに出会わなかったら、今頃はマチルダにいなかったよ。適当に手柄を立てて、ある程度昇進したらグラスランドに帰るつもりだったからね。 でも、おまえに会って、それは変わった。俺はおまえの隣にいられるように努力してきたつもりだし、これからもする。俺にとっての肩書きなんてそんなものだ。おまえがいらないっていうなら、俺もいつでも投げ出せるよ。 でもね、贔屓目抜きにしても、マイクロトフほど騎士らしい騎士は他にしらない。 ……俺は、おまえの隣に立つことを誇りに思っているよ」 真摯な瞳に射抜かれて、マイクロトフは言葉がでない。ただ、握られていた手をぎゅ、と握り返した。 「すまなかった……」 「マイクは少し疲れているんだよ。最近、戦争続きだったからね。たまには忘れて、息抜きをしないと」 優しく微笑むカミューにマイクロトフはちょっと笑った。 「そうだな……」 「じゃあ、とりあえず……」 カミューは言いながら席を立ち、マイクロトフの傍に行くと握っていた手を引っぱってマイクロトフを立ち上がらせ、腰を抱き寄せた。 「なっ、なにをする?!」 密着した腰からカミューの熱が伝わってきて、マイクロトフは慌てた声を上げる。カミューはにっこりと微笑んだ。 「とりあえず、俺が全部忘れさせてあげるよ。俺でいっぱいにしてあげる」 「な、なに……」 「お祝いちょうだいっっ♪」 「まっ、待て!!」 心の準備が……と引き剥がそうとするマイクロトフをやすやすと抱き込みながら、カミューはテーブルにちらり、と視線をやった。ワインボトルにまだグラス半分程度残っている。カミューは片手を伸ばしてボトルを手にすると、そのままぐい、と呷った。そしておもむろにマイクロトフに口付ける。 「んっ、……んーーっっ」 流れ込んできた強いアルコールに喉を焼かれるような刺激を受けながら、マイクロトフはカミューの胸をどんどんと叩く。カミューはワインを全部流し込むと、ついでに口内を好き放題味わって、マイクロトフの力が抜けた頃、ようやく唇を離す。カミューの腕に支えられた格好になったマイクロトフは、いきなりの強いアルコールとカミューの巧みなキスで、目を潤ませ、ぼうっとカミューをみつめていた。 マイクロトフのアルコール漬け、完成である。 「ふふ。マイク、おいしそうだよ」 「ばか、かみゅー……」 目元をほんのり桜色に染めて睨んだところで効果があるわけもなく、カミューは艶然と微笑んだ。 「じゃあ、いっただきまーす♪」 次の日、赤騎士団新副団長カミューと青騎士団第一部隊・部隊長マイクロトフは休暇届が出された。 『理由:体調不良(二日酔い)』 ……真相は定かでない。 |