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都市同盟軍とハイランドの戦争が終わって約3ヶ月。 元マチルダ騎士団赤騎士団長カミューと同じく元青騎士団長マイクロトフは、カミューの生まれ故郷でもあるグラスランドにきていた。 最近、この辺りで『炎の英雄』と呼ばれる伝説の真の紋章使いを首領とした『炎の運び手』を名乗る盗賊団が出没するという噂を聞いて、マイクロトフが放っておけない、と言い出し、ならば次に出没しそうなところに目星をつけようと、とある小さな村に立ち寄っていた。 村の名前はミリト。ちょうど村では、冬の終わりを祝う「蹄と草笛の宴」と呼ばれるささやかな祭が開かれて、賑わっていた。 2人は人々の楽しそうな顔を見ながら村を探索していた。状況も忘れ、自然、笑みが浮かぶ。 「ずいぶん賑やかだな」 「ああ。こういう宴は大事にされてきたからね。ほら、あっちの露店の菓子もおいしそうだよ」 久しぶりに穏やかな時間を過ごしていたが、それも長くは続かなかった。 突然、噂の『炎の運び手』を名乗る盗賊団が村を襲ってきたのだ。村はあっというまに地獄と化した。あちこちで炎の手が上がり、村人が逃げ惑う。 そんな中、カミューとマイクロトフは同盟軍で共に闘った灯竜山の山賊3兄弟と再会した。ひょんなことで知り合ったナッシュと名乗る男と共に二手に分かれ、盗賊たちを撃退する。 厳しい戦闘をいくつもくぐり抜けてきた彼らに、盗賊ごときがかなうはずもなく、形勢は有利に思えた。 そのとき。 どおおおんっ!! 村の広場あたりで轟音とともに巨大な火柱が上がった。マイクロトフとカミューは顔を見合わせ、その方向に向かって走り出す。 「まさか、本当に『炎の英雄』なのか?!」 「わからない。でも、あれだけの魔法が使える、というだけでも警戒しないと……!」 同じ炎系の紋章を宿すカミューには相手が相当の技量を持っていることがわかる。本物の『炎の英雄』だったら自分の烈火の紋章など比べようもないであろうことも。 2人が広場に着くと先程別れたギジムたち3兄弟とナッシュが先に着いていた。互いに大きな怪我がないことを確認しあい、合流する。 広場に集まった盗賊たちの中心に首領と思われし仮面を被った男がいた。その男との会話に気を取られた隙に、盗賊たちに囲まれる。 「円陣を組め!!」 ナッシュの指示で全員背中合わせになった。敵に背中を見せるのは致命的だということは誰もがわかっている。この円陣が崩れては命がない。 あ…… カミューとマイクロトフは同時に心の中で声を上げた。 とっさのことだったためしかたないが、カミューとマイクロトフの間にナッシュが入った。2人で並び立って闘うことを漠然と当たり前だと思っていた二人にかすかに不安が芽生える。 しっかりしろ! カミューの背中を守ることにはかわりないんだ! 大丈夫。まだマイクを守れる距離だ……! 2人はそれぞれ心の中で叱咤して、闘いに集中する。首領の周りを固める盗賊たちはいままでの雑魚とは違い、それなりの腕を持っていた。 一度に複数を相手するわけにもいかず、常に周りに気を配りながらの闘いとなった。隣の仲間が手こずれば手を貸し、その逆も然り。 剣を振るうのに夢中になっていると、首領がいた辺りの空気が震えた。何事かと首領の方を見ると魔法を発動しようとしている。 「しまった……!!」 全員が盗賊たちと剣を交えていて首領の魔法を阻止できる者がいない。首領の頭上に見る間に火球が膨らんだ。そして、その火球が放たれると、カミューたちがいる辺りをぎりぎりはずし、建物に命中して火柱を上げる。首領がわざとはずしたというのは誰の目から見ても明らかだった。 あんなのをまともにくらったら……! 全員の背中に冷たい汗が流れ落ちる。首領はそんな彼らを嘲笑うかのように部下たちに自分の身を守るよう指示し、次の魔法を発動させた。今度の魔法は先程よりも大掛かりなものだった。 「まずい! 逃げるぞ!!」 呆然と膨らんでいく火球を見つめていた面々はナッシュの声で我に返る。 「散れ!!」 まとまっていれば全員猛火の餌食になる。ナッシュの素早い指示に全員はとっさに従った。ロウエンとコウユウは広場の左側へ、ギジムとマイクロトフは右側へ、そして、カミューとナッシュはまっすぐ走り出す。 ギジムと並んで走りながら、マイクロトフはまたも別れてしまったカミューのことを思う。カミューと一緒にいるのは、正体はよくわからないが、剣の腕もよく、さっきから的確な判断をして自分たちを引っ張ってくれていたナッシュという男。彼と一緒ならばきっと大丈夫だろう。 マイクロトフはそう自分に言い聞かせ、ギジムと共に建物の陰に隠れた。一瞬後、大地を揺るがすような轟音が響き渡る。瓦礫や熱風から顔を庇い、辺りが静かになるのを待った。 そして、みんなと合流するべく広場に戻ったマイクロトフが見たものは、大火傷を負い、完全に意識のないカミューの姿だった……。 マキ、と名乗る女性に、カミューを自分の家に運んでほしい、と頼まれ、いちにもなく従った。カミューの名をしきりに呼ぶこの女性が、何者なのか、どうしてカミューの名前を知っているのか、とか、そういうことを気にする余裕もないくらいマイクロトフは動揺していた。 意識のないカミューは人形のようで、生気を感じさせない。日に焼けた健康的な小麦色の肌に幾重にも巻かれた白い包帯が痛々しかった。 カミュー……カミュー!! 傍に近づいて彼の体温を、鼓動を確かめたかったが、マキがカミューにつきっきりでそれもかなわない。身体が震えないように壁に寄りかかってその様子を見つめることしかできなかった。 「カミューは俺がみていよう。マキさんも足を怪我しているんだし、少し休んだほうがいい」 ナッシュがマキに声をかけた。マイクロトフはその言葉にはっとしてマキの足元を見る。確かに彼女の足首に包帯が巻かれていた。 カミューだったらすぐ気づいたはず。俺はカミューのことにばかり気をとられて……。 マイクロトフはそんなことにも気づかなかった自分に憤りを覚える。 「いえ……。私のせいでカミューがこんなことになったんですもの……」 ナッシュの申し出にマキは消え入るような声で、しかし、きっぱりと断った。マイクロトフはその態度に、ずきり、と胸が痛むのを感じる。 ナッシュからだいたいの事情を聞いていた。盗賊の首領が放った魔法からカミューが彼女を庇って大火傷を負ったのだという。それは騎士として当然の行動だといえよう。しかし……。 彼女は……カミューのなんなんだ……? この村に立ち寄るとき、カミューは知り合いがいるなどとは言ってなかった。忘れていたのか、それとも言えない事情があったのか……。 どういう関係なのか、彼女に聞く勇気がなかった。聞くなら、カミューの口から聞きたい。ばかだな、といつものからかうような笑みを浮かべて自分を安心させてほしい……。 マイクロトフが不安な気持ちを抱え、ぐるぐると思考をめぐらせている先で、カミューの瞼がかすかに動いた。 カミューは意識が浮上するのを感じた。今の自分の状況を思い出そうとする。 ベッドらしき柔らかいものの上に寝かされているらしい、自分の身体。背中が、身体のあちこちがひどく痛んだ。 ……マキに会って……ああ、魔法から庇ったのか…… 自分は魔法をくらって気を失っていたらしい。カミューは状況がだいたいわかり、少し安堵する。 すぐ傍に人の気配を感じた。当然、不器用な恋人だろうと思い、目を開けようとして、気づく。 違う……。マイクじゃない……。 漠然とそう思い、目を閉じたまま意識を辺りにめぐらす。そして、見つけた。 少し顔の角度を変え、そっと目を開ける。 「カミュー?」 傍から女性の声がしたが、かまわずその声の主より少し奥に視線をやる。……そこに青い制服を着込んだ愛しい人の姿があった。 目が合うとかすかに目を細める。心配かけてごめん、というふうに微笑んだつもりだったのが通じたのか、彼は一瞬泣きそうに顔を歪ませた。 ああ……、またあんな顔をさせてしまった……。 カミューは苦く、しかし、それほどまでに心配してくれたことに甘い痺れを感じる。 「カミュー……?」 もう一度名前を呼ばれてカミューは声の主に目をやった。幼なじみだったマキ。こんなところで再会するとは思わなかった。 「マキ……、無事だったんですね……。よかった……」 守れたことに安堵する。マキは泣きそうな顔をした。 「あなたのおかげよ……、カミュー……」 マイクロトフは2人の様子を見て、いたたまれない気持ちになった。2人の間には入り込めない空気がある。 「カミュー……、マキ殿と知り合いなのか……?」 思わず口にして後悔した。2人きりのときに聞けばよかった。そうすればどんな無様な反応をみせてもかまわないのに、いまは周りに人がいる……。 カミューはマイクロトフの方に視線を向け、優しく目を細めた。 「幼なじみ……みたいなもの、ですね」 最後の方はマキに向けた確認のような言葉。マイクロトフはその言葉に少しほっとする。カミューが丁寧語を使うのはなんらかの壁がある相手……。 そのあと、どういう幼なじみかということを語っていたが、マイクロトフの頭にはほとんど入ってこなかった。気になったのは、マキの、カミューに向けられたどこか熱っぽい視線。 マキ殿は……カミューを……? いくら色恋沙汰に鈍いと言われている自分でもそれくらいはわかる。いや、カミューに関しては、というのか。マチルダにいたころから、カミューを慕っている人間に気づくのは敏かった。 「カミューは、マチルダ騎士団で同盟軍と戦ったの?」 マキの声にマイクロトフは我に返る。カミューの方を見るとカミューはマイクロトフを見て微かに苦笑いした。 「いや……、残念ながら、他人をほうっておけない熱血漢のおかげで騎士団を出ることになって、私は同盟軍で騎士団と戦いました」 その言葉にマイクロトフの胸が痛む。カミューは騎士団を出たことを後悔しているのだろうか。 カミューはてっきり「熱血漢とは誰のことだっ!」と顔を真っ赤にして反論してくると思っていたマイクロトフがおとなしいことに、あれ、と思う。久々に軽口をたたきあえると思ったのに。 「え? あなたが同盟軍に……?」 マキの様子が変わった。カミューの言葉に明らかにショックを受けている。その場にいる全員が何事かと口を噤んだ。まるでカミューが同盟軍にいたことが悪いことのような態度だ。 そのとき。 ドンドンッと荒々しく戸を叩く音がその静寂を破った。 マキの家におしかけてきたのは村長だった。村長はマイクロトフたちを見るなり出て行けと怒鳴り散らす。何事かと事情を聞けば、まだ同盟軍とハイランドの戦争が終結してなかった頃、同盟軍を名乗る者たちがこの村で略奪を行ったのだという。何かの間違いだ、とギジムたちも反論したが、その言葉を肯定するように、村人たちが怒りをあらわにマキの家の周りに集結し、口々に出て行けと怒鳴る。 それは、自分たちを正義と信じて疑わなかったアイリたちを深く傷つけた。世の中の様々な面を知っているリィナが静かにみんなを宥める。 マイクロトフも傷ついていた。騎士の誓いを破ってまで同盟軍に参加し、命を賭けてハイランドと戦ったのに。同盟軍を許さないと言われた。しかも、先程の盗賊を追い払ったことすら余計なことをした、と言われた。カミューがこんな重傷を負ったというのに……! マキの話では盗賊がこの村を襲うことはわかっていて、貢物を用意して盗賊たちに従う、ということが決まっていたらしい。 俺の選択はすべて間違っていたというのか…… 胸のエンブレムを捨てたことも、同盟軍に参加したことも、盗賊たちを放っておけないと言ったことも……何もかも。 自分の間違った選択の結果がカミューをこんな目にあわせたのか、と思うと胸が抉られるように痛かった。 心配そうに自分を見ているカミューにも気づかず、マイクロトフは唇を噛んでうつむく。急に自分の道が見えなくなってしまった。 そして、周りでは盗賊たちが貢物をもらったぐらいで立ち去るとは思えない。やはり、退治するべきだ、という話が持ち上がっていた。灯竜山3兄弟が盗賊たちの偵察に行くと言い出し、ナッシュの指示でリィナたち旅芸人3人は人を集めるため村の北側で芸をすることになった。 マイクロトフは慌ててナッシュに自分は何をするべきか問うた。しかし、ナッシュの返事は待機、ということだった。連れのカミューが怪我をしていることに対する心遣いだったのかもしれない。それでもマイクロトフは、自分より年下の仲間が動くのに、と手伝いを申し出ようとした。マキとカミューをこれ以上見ていたくない、という思いと、少しカミューの傍から離れて冷静になりたかったという気持ちもあった。 そのとき。視線を感じたような気がして、マイクロトフはちらり、とカミューを見た。カミューは真っ直ぐマイクロトフの目を捉えていて、行くな、と言っているようだった。……都合のいい解釈かもしれないが。 結局、口を噤んでしまったマイクロトフを残して、それぞれは役目を果たしに外に出ていった。マキが部屋を出るとナッシュも追うように出ていってしまう。 突然2人きりになって、マイクロトフはどうしたらいいのかわからず、床のあたりに視線をさまよわせていた。 「マイク。こっちにきて」 カミューに静かな声で呼ばれて、マイクロトフははじかれたように顔を上げ、ベッドに近づく。やっと傍にいくことができたのに、マイクロトフは先程の葛藤が尾を引いて、カミューをまともに見られない。 「起こしてくれるかい?」 カミューが手を伸ばしてくるのをマイクロトフは慌てて制する。 「傷にさわる……っ」 「大丈夫だよ。それよりマイクと同じ目線で話がしたいんだ」 いつになく真摯な瞳で言うカミューに、マイクロトフは少しためらったあと、カミューの背中に片腕を差し入れた。そして覆い被さるようにもう片方の腕を反対側から腰あたりに回し、抱きしめるような格好で起こそうとする。2人の顔が近づくと、カミューは素早くマイクロトフの顎を捉え、いきなり口付けた。 「んっ……ぅ……!」 マイクロトフがくぐもった声を上げるのにもかまわず深く重ねる。無防備に開かれた唇から舌を侵入させ、奥で縮こまっていたマイクロトフの舌を絡め取った。 マイクロトフは抵抗したくてもカミューの傷を考えるとそれもできず、力が抜けそうになる身体を支えるのに必死だった。倒れ込んだりしたらそれこそ傷にさわる。 散々いいように貪られてからようやく唇が離れ、マイクロトフはなんとか耐えきったと、ほっとした。が、いつのまにかマイクロトフの腰に回されていたカミューの手が敏感なあたりを撫で上げる。 「っあ……っ……」 不意打ちをくらったマイクロトフはたまらず膝から力が抜け、カミューの上に倒れ込んだ。火傷した身に大の男の体重がもろにかかり、さすがにカミューも苦悶の声を上げる。 「いっ、たた……。ひどいよ……、マイクー」 痛みに涙目になりながらカミューが抗議すると、マイクロトフも真っ赤になって反論する。 「おっ、おまえがへんなことをするからだっ!」 「へんなこととはひどいなぁ」 言いながら手を差し伸べるカミューに、マイクロトフはぶつぶつと小言ともつかないことを口にしながらもう一度起こしてやるために身体に手を回す。今度はさすがに懲りたのかカミューもおとなしく起こされた。上半身を起こすとマイクロトフを見上げる。 「さ、今度はマイクの番だよ?」 「は?」 「無事、生還した勇者に恋人からの祝福のキスを」 片目をつぶってみせるカミューをマイクロトフはきょとん、と見つめた。そして、数瞬後、真っ赤になる。 「なっ、なにを言っているんだ……!」 カミューはそのいつもどおりの反応に気をよくしつつ、口を開く。 「えー? だって、俺は気を失う瞬間までおまえのことを考えていたんだよ。目が覚めたときはおまえが目の前にいてくれるって信じて疑わなかったのに、いないし」 「そっ、それは、マキ殿が……」 赤面したままうつむくマイクロトフに、カミューは方眉を上げた。 「ひどいな。おまえの俺に対する愛情はそんなものなのかい? 俺だったら誰を押しのけてもマイクの傍にいるけどね」 「う……、すまない……」 しゅん、とするマイクロトフにカミューはくすくす笑う。 「それとも、色恋沙汰の苦手なおまえが、いっちょまえに彼女とのことを妬いてくれたのかな?」 「カ、カミュー……!」 さすがにからかわれていることに気づいたマイクロトフは抗議の声を上げた。カミューはますます笑いながらマイクロトフの顎に手を伸ばし、自分の方を向かせ、漆黒の瞳を覗き込む。 「いいかい? 彼女はただの幼なじみだ。何年も会ってなかったし、この村にいることも知らなかった。おまえが不安になるようなことはひとつもないんだ」 いいね? と念を押されて、マイクロトフは頷く。カミューの一言で、自分の中のわだかまりが瞬時に溶けていくのがわかった。 カミューの言葉をこんなにも素直に受け入れられるのは付き合いが長いから。悪いが、彼女にはそれがない。 マイクロトフは彼女に対して優越感を覚えている自分に苦笑する。なんて醜い感情なんだろう……。 マイクロトフの自己嫌悪に気づくはずもないカミューは 「じゃあ、一件落着したところで……。さっ、早く」 と言って、口付けを待つ少女のように顔を少し上げて目を閉じた。マイクロトフは再び真っ赤になる。 「さ、さっき、したろう……!」 「あれは俺からのただいまのキス。マイクもちゃんとしてよ」 しれっと受け流されてマイクロトフは、うーっと唸った。しかし、カミューがそのまま動かないことを悟ると、覚悟を決めて唇を寄せる。 そして。 触れるか触れないかのキス。 ぱっと離れて口を覆ってしまったマイクロトフにカミューは目を開けてにやり、と笑う。 「まあ、ものたりないけど、ここでは我慢しておくか」 「!!!」 ここ、と言われて自分がいる場所を改めて思い出したマイクロトフは思わず戸口の方に目をやる。そう。ここはマキの家。いつ誰が入ってきてもおかしくない場所だった。 「大丈夫だよ。せいぜい声が漏れるくらいさ。まあ、マイクも座りなよ」 「こっ、声?!」 マイクロトフはいままでの会話を思い出す。かなり恥ずかしい会話を交わしていたような気がする……。 赤くなったり青くなったりしてるマイクロトフをよそに、カミューは戸口の方に意識を移した。人の気配がかすかにする。マキであればこんなふうに気配を隠せるわけがない。おそらくナッシュだろう、とカミューは推測した。 「しっ。どうやら本当に聞き耳を立てはじめた人がいるようだ。とにかく座って?」 カミューは人差し指を唇にあてて先程までマキが座っていた椅子を促した。マイクロトフは動揺したままとりあえずおとなしく座る。するとカミューが膝の上に置かれた手を握ってきた。 「カミュー……!」 「姿は見えないよ。会話に気をつければ大丈夫」 このまま話をしよう、と言われ、マイクロトフは逡巡したあと頷く。カミューの体温が、彼が生きていることを改めて教えてくれて、心地良かった。 安堵すると同時に、先程の葛藤が甦ってくる。自分の選択の間違いがカミューをこんな目に合わせてしまったんじゃないか、という思い。 自分をじっと見つめてくるマイクロトフに、カミューはだいたいの事情を察する。責任感が強くて不器用な恋人はすぐ自分のせいにしてしまう。たぶん、この村が襲われたことや、自分の怪我にまで責任を感じているのだろう。 べろべろに甘やかして、だまし半分説得するのは簡単だけど……。 カミューはこういうことは自分の考えで立ち直ってほしい、と思った。それが高潔な彼らしい姿だと思うから。 「なぁ、マイクロトフ、俺たちがマチルダ騎士団への忠誠を捨てたことは正しかったのだろうか?」 自分が疑問に思っている、というよりは、マイクロトフの気持ちを聞き出すような口調だった。ぎゅ、と力が込められた手にマイクロトフはカミューの真意を知る。 「………………」 俺は間違っているとは思いたくない……。 マイクロトフの中でカミューの言葉に少し光が見えたような気がした。瞳に力が宿ったのを見て取ったカミューは、じっと目を覗き込んでくる。 「あのとき、騎士の証を……」 「なぁ、カミュー。俺たちがマチルダ騎士団の入団試験を受けた時のこと、覚えているか?」 静かに口を開いたマイクロトフにカミューは目を細める。 「もちろんさ。あんなにガチガチに緊張した男を見たのはあれが初めてだったよ」 かわいかったなぁ、と小声で囁くカミューに、マイクロトフはばっと赤面する。 「茶化すな。俺にとっては夢がかなうかどうかの正念場だったんだからな」 「おまえはいつでも真剣に考えすぎさ。入団試験は一回かぎりってわけじゃないってのに」 「何を言う。失敗したら、翌年まで待たなきゃいけないんだぞ」 「まぁ、俺も自由騎士連合の推薦状をもらってきたんだ。失敗できないのは、同じことだったけどな」 肩をすくめるカミューにマイクロトフもちょっと笑う。自分だって顔に出さないだけで緊張してたくせに、という意味合いだった。それに気づいたカミューは笑って空いていた片手でマイクロトフの頭を叩くふりをする。マイクロトフもふざけ半分頭をガードした。手が触れるとそのまま握り合って両手を絡める。額をくっつけて2人でくすくす笑い合った。 「しかも、模擬戦の相手が気合十分でずいぶんとて手こずったもんさ。剣技をみるだけだから、適当なところで切り上げればいいものを、勝ちにこだわって……」 からかうような口調にマイクロトフも負けじと口を開く。 「それは、おまえもだろう? 誰のせいで入団試験模擬戦の最長記録を作ることになったと思うんだ? 審判もいいかげんあきれていたぞ」 「それはこっちのセリフさ。しかし、あのころの俺たちはずいぶんとガムシャラだったのかもしれんな」 懐かしそうに目を細めるカミューにマイクロトフも頷く。 「たしかにな……。あの頃は、もっと世界が単純に見えていたさ。善行と悪行。価値観としてはそれで十分だった」 「たしかにな……。でも、それも変わってしまった。騎士の証を投げ捨てたあの日……。そうまでして戦った結果がマキの村を……」 最後の一言はカミューの真意ではなかった。マイクロトフがどれだけ自分の中で答えをだしたかという確認。そして。マイクロトフは答えを出していた。 「……くだらぬことを」 「なに?」 「わが胸には騎士の証はなくとも騎士の誇りは残っている。物事には良いところと悪いところがある。なら、おれはできうるかぎり良いところが増えるように生きるだけだ」 自分の胸に手をあてて話すマイクロトフに高潔な魂が戻ってきたことを感じたカミューは、眩しいものを見るように目を細める。もう大丈夫だ。彼はちゃんと立ち直った……。 「おまえは単純でいいな」 からかい半分、安堵半分そう言うと、マイクロトフはちょっと照れくさそうに笑った。 「わるかったな」 そのとき、外で何やら声がした。マキの咎めるような声とナッシュの動揺した声。どうやら盗み聞きをしていたのがばれたらしい。 カミューとマイクロトフは声がした戸口の方を見ていた。そして、薪を割るらしい規則正しい音が聞こえはじめると、どちらともなく顔を見合わせる。そして、くすっと笑った。 「俺はそんなところも好きだよ」 「俺も……口達者なカミューは嫌いじゃない」 「好き、って言ってくれないの?」 「意地悪を言うカミューは嫌いだ」 「意地悪なんか言わないよ。だから、ね?」 カミューが顔を寄せると、マイクロトフもそっと近づける。そして、どちらともなく唇を合わせた……。 2人でならば、どんなところに行っても、どんなことがあっても大丈夫……。 おわり |