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今までは一人で過ごすことが多かった聖なる夜。 自分はクリスマスイヴ、という日に特別な意味を感じなかったが、女性はそうじゃない、と知ってから、その年に彼女がいても一緒に過ごすのはやめた。自分にその気はないのに、向こうに勘違いされてはかなわないから。 だけど、今年は。 特別な夜だというなら最愛の人と一緒に過ごそうではないか……。 「なんでもう一日遅く生まれてくれないかなぁ……」 カミューはテーブルに肘をついてぼやいていた。 ぼやく相手は生まれた日が祝日となったありがたい人。前は寒い日に祝日が増えたことを単純に喜んでいたが、今年は多少恨めしく思わずにはいられない。 祝日の次の日がクリスマスイヴ、という並びは悪くない。しかし、今年は曜日の並びが悪かった。 今日は金曜日。普通は明日が休みでゆっくり過ごせる、と喜ぶのだろうが、自分たちは。昨日が祝日だったせいで、恋人の仕事が終わらない。なんでも適当にこなす自分と違って、真面目な彼は休み明けのたまった仕事をまともにくらってしまったらしい。しかも、平日ならともかく、週末である。終業時間に会いにいったら、今日中に終わらせなくてはいけない、と少し泣きそうになっていた。自分が手伝えればいいのだが、さすがに部署が違うとそれもできない。 とりあえず準備をするため先に帰ってきたのだが、準備が終わっても彼は帰ってこない。何度か電話をしたが、「すまない」の一点張りでいつ終わるのかもわからなかった。 カミューはため息をつく。準備をしてるときの浮き立った気分はすっかり冷めてしまっていた。 世の中の恋人たちは今日も休みを取って4連休とかしているのに。自分たちもそうしようと言ったら「冗談じゃない!」と言われた。さらに昨夜は「疲れると明日、仕事に支障がでる」と自分にしてみれば脅迫まがいなことを言われて、おあずけまでくらってしまった。 恋人の部署はただでさえ月末は忙しいのに、年の瀬ということもあって、殺人的な忙しさに見舞われているらしい。 確かにこの時期は忙しいとわかっているけど。すでに会社で何度か顔を合わせたけど……。 でも、今日だけは。聖なる夜だから。早く二人で過ごしたい……。 そう思ってカミューはちょっと苦笑いをした。 いままでつきあってきた女の子もこういう心境だったのか、と。 『彼』とは新入社員歓迎会の場で初めて会った。去年入社したばかりの自分は強制参加させられ、渋々と出向いたのだが、最初の新人挨拶の席でステージに釘付けになった。 自分の一目惚れから始まって、相手に考える間も与えないくらい押して押して押しまくって強引に手に入れた恋人という地位。普通、相手が男だという時点で「ふざけるな!」と一蹴してしまうものなのだろうが、幸い、彼は悲しいくらい真っ直ぐな性格で、こっちが真剣に打ち明けると邪険にできなかったらしい。まあ、こっちも男はおろか、異性にだって抱いたことのない激しい感情に翻弄されていて相手を思いやる余裕なんてなかったから、相手にされなくても無理矢理モノにしていたかもしれないが。 向こうにあまり恋愛経験がないのも幸いした。たぶん、訳のわからないまま流され、錯覚しているところもあるのだろう。だましうちのようで申し訳なく思う反面、それでも手放せない自分がいる。 カミューはひとつ頭を振ると電話に手を伸ばした。彼の携帯の番号をダイヤルする。そういうものを持ちたがらない彼に無理矢理持たせたもの。少しの沈黙のあとに流れたのは呼び出し音じゃなくて機械的な音声メッセージ。「電波が届かない所にいるか、電源が入っていないため……」カミューは受話器を置いた。そして、もう一度ダイヤルし、結果が同じだと確認すると今度は会社にかける。あんまりしつこいから電源切られたのかな? と、ちょっと苦笑いしながら。でも、まだ会えないなら声だけでも聞いていたい、という気持ちを抑えることができない。 3度目のコールでつながった。出たのは彼と同じ部署の上司だった。 「もしもし。カミューですけど、お疲れ様です。あの、マイクロトフは……? え? もう帰った? ……あ、ああ、そうですか。わかりました。それじゃあ失礼します」 動揺を押し隠して受話器を置く。上司の話だと50分前には会社を出た、とのこと。えらく急いでいたけど彼女とでも約束があったのかな……云々。などと言っていたが、後半はほとんど耳に入らなかった。 普通に向かえばとっくに着いてもいい時間……。それより。 終わったなら連絡してくれてもいいじゃないか……。 カミューは時計を見た。11時45分。あと15分で聖なる夜は終わってしまう。 携帯が通じないとなれば、彼がどこにいるのかわからない。まさか、と思って、違うダイヤルを押した。でたらどうしよう、と思うとかすかに指が震える。5回目のコールでつながった。「ただいま外出しています。ご用の方は……」カミューはほっと息をついて受話器を置いた。自分との約束をすっぽかして帰っていたら……という不安は危惧に終わったらしい。 なにか事故とかに巻き込まれたのだろうか……。 状況がわからないと不安ばかりが募る。カミューはいらいらと部屋の中を歩きまわり、日付が変わるまで残り5分を切った時点でソファーに投げ出してあったコートを引っつかんで玄関に向かった。 別にクリスマスイヴなんてものに興味はない。でも、恋人たちが幸せに過ごす日だというのなら、マイクロトフと一緒に過ごしたい。それだけなのに……。 そんなささやかな願いもかなわないのか。これは彼を騙している罰なのか? カミューはちょっと唇を噛んでうつむいた。 ……神が味方してくれなくても、自分の足で進んでみせる……! 彼を追いかけ、捕まえてみせる! キッと顔を上げると靴を引っ掛けドアノブに手をかけ、外に勢いよく開く。 「わ!」 急に開いたドアに驚き、とびさすったのは…… 「……マ、イク?」 カミューが呆然としていると、マイクロトフもよほど驚いたのか心臓あたりを抑えながら、 「カ、カミュー……いきなり開けるな……」 と、ちょっと怒った口調で言った。怒ったような口調は大声を出してしまった照れ隠しのようだ。その声で少し落ち着きを取り戻したカミューはマイクロトフの息が切れていることに気づく。 走って……きた? その訳を考えて、さっきの会社の上司の話を思い出す。急ぐ理由はひとつしかない、という結論にたどりつくと、自然、笑みがこぼれた。 なんだ……。自分のひとりよがりじゃなかったんだ……。 そう思うと、あてもないのに飛び出そうとした自分の行動がおかしくて仕方ない。くすくすと笑い声を漏らした。 「カミュー……?」 突然笑い出したカミューに、マイクロトフは訝しげに声をかけてくる。カミューはにっこり笑って、 「そろそろマイクがくるような気がしたから玄関まで出迎えにきたんだよ」 と、言いながら、ちょうどドアの陰となってマイクロトフからは見えなかった、脇に抱えたコートを気づかれないように後ろに放り投げる。 マイクロトフのきょとん、とした顔に、カミューはにやっと笑って 「まさかほんとに来てたとはね。これって愛の力だよね」 と、いけしゃあしゃあと言い放った。マイクロトフは瞬時に頬に朱を散らして 「ばっ、馬鹿なことを言うな!」 と、うつむいてしまう。予想通りの反応にカミューは目を細めた。さっきまでの焦燥感が嘘のように消え、かわりにえもいわれぬ幸福感で満たされていくのがわかる。 「マイク、こんな日に怒らないで。ほら……間に合ったよ」 カミューが自分の腕時計を指すとマイクロトフもつられて覗き込んできた。時計は日付が変わる1分前を表示している。 カミューは時計を覗き込んでいるマイクロトフの首に手を回して、すばやく口づけた。唇を離すと、マイクロトフは真っ赤になって、 「ばっ、こ、こんなところで……!」 と、文句を言いかけたが、カミューにぐいっと腕を引かれバランスを崩しそれもかなわない。カミューの胸に倒れこむ形となった。 「そうだね。続きは中でゆっくりと、ね」 くすくす。 上機嫌なカミューの笑い声を聞いて、マイクロトフは、まあいいか、と、心の中でため息をついた。 手伝う、と言ったマイクロトフを無理矢理座らせて、カミューは手早く料理を温めなおす。テーブルに1品持ってくるたびにマイクロトフのどこかに口づけていく浮かれようだった。最初は何やら文句を言おうとしていたマイクロトフも、片手に余る回数を超えるとさすがにあきらめ、されるがままになっていた。自分が遅れたせいで余計に浮かれているのかもしれない、と思うとあまり強くもでられなかった。 そして料理が並び終わると最後に冷えたワインを片手にカミューもテーブルに着く。座り際にマイクロトフの唇に軽く触れて。 「じゃあはじめようか」 「ああ。……遅くなってすまなかった」 申し訳なさそうに言うマイクロトフにカミューはちょっとため息をついた。 「仕事だから仕方ないよ。それはそうと、仕事が終わったら連絡くらいくれてもいいじゃないか」 「う……、すまない」 ますます申し訳なさそうに謝るマイクロトフに、カミューは少し拗ねた口調になる。 「携帯はつながらないし……。会社に電話したらもうとっくに出たって言われるし。いったい、どこに行ってたんだい?」 「そ、それは……」 口篭もるマイクロトフに、言わなきゃ話を終わらせない、とカミューが睨みつけると、マイクロトフは少し頬を赤らめて脇に置いていたコンビニの袋に手を伸ばした。そしてその中からなにやら包みを出す。 「これを……買っていたんだ……」 赤と緑が基調のこのラッピングは…… 「これって……?」 「すまない。用意していたものを家に忘れてきてしまったんだ……。それで、この時間だとコンビニしか開いてなくて……」 言いながら手渡されたワインボトルぐらいの大きさの包み。カミューはそれを受け取って丁寧に包装を解いた。中からでてきたのは…… 「お菓子の長靴?」 「すまない……。そのくらいしか売ってなくて。あとで持ってくるから……」 しょんぼりと肩を落とすマイクロトフに、カミューはこの大の男がどんな顔をしてこの赤い長靴を買ったんだろう、と想像して思わず吹き出した。 「ありがとう、マイクロトフ。嬉しいよ。 じゃあ、これも広げよう」 「あ、ああ……」 カミューは赤い靴からお菓子を取り出してテーブルに並べた。昔食べたお菓子とかも入っていて、懐かしいね、とか話が盛り上がった。 そしてカミューも赤と緑に彩られた包装紙に包まれたプレゼントを渡す。中身はマイクロトフが普段着ているコートにさりげなくマッチしているマフラーと手袋。マイクロトフもありがとう、と嬉しそうに笑った。 「じゃあ乾杯しよう」 「そうだな。……イヴは終わってしまったがな」 まだちょっと申し訳なさそうに言うマイクロトフにカミューはワインを注ぎながら、 「俺はね、恋人たちがイヴを特別視するのは、イヴからクリスマスにかけてを二人で過ごすから、だと思うんだよね。だって、25日が本番なんだから」 と、応えた。マイクロトフは、そうなのか? と首を傾げる。自分よりさらにこういうイベントに興味のない(もしくは疎い)彼らしい反応に、笑いが漏れた。 二人ともさほど興味がない日を一緒に過ごそうとお互い必死になっていたなんて、少し滑稽かもしれない、と思う。でも…… 恋人たちが過ごす、特別な夜だというなら……。 「メリークリスマス」 二人のグラスが重なった。 Happy Christmas! |