〜ボク ノ コイビト〜




「聞いたか? マイクロトフのやつ、また別れたらしいぜ」
「え? またかよ……。今度こそは続くと思ったんだがなぁ」
 隣に座った青騎士たちの話にカミューは、ぎくり、と身体を震わせた。だが、それは一瞬のことで、すぐ何事もなかったかのように知らぬ顔で酒を呷る。
「なんであいつばっかりモテるかなぁ」
「ばか。ひがんでいる場合じゃないだろ。このままじゃ、あいつ、街中に悪評が広まるぞ」
「だってなぁ……」
 ふと、隣に座っている青騎士がカミューのほうを見ている気配がした。カミューは嫌な予感がしたが気付かないふりをして酒を飲み続ける。
「なあ、カミュー、どう思う? おまえからもマイクロトフに言ってやれよ。このままじゃおまえは街中の女の子を敵に回すぞって」
「……そうだね」
 案の定、話を振られ、カミューは酒が入ったグラスをテーブルに置いて曖昧に笑った。一見穏やかで、その実内面をまったく見せない笑みに友人たちは気付かない。
 ここはロックアックス城の近くにある大衆酒場。今日はカミューと同期の青騎士2人、赤騎士の4人で飲みにきていた。
「そうだね、じゃなくてさ、なんとかしてやれよ」
「そうそう。おまえみたいな『たらし』ならまだしも、あいつは何もわかっていないだけなんだろう? 忠告してやれよ」
「おまえみたいな、は余計だ」
 カミューは友人の軽口に苦笑を浮かべつつ、内心では深いため息を吐いた。

 そう、マイクロトフは本当に何もわかっていないのだ。女の子と付き合うというのがどういうことなのかを。ただ、付き合ってください、と言われれば頷き、別れましょう、と言われれば頷く。それだけのこと。
 そこにはマイクロトフの意思は何もない。単に女性からの申し出を断るのは悪いと思っているのか、付き合ってみれば何かが変わるのではと思っているのかはわからない。だが、それは繰り返されていた。
 それでも何人かと付き合い、場数を踏めばわかってくるのではないかと思い、静観していた。だが、彼の恋愛音痴は予想以上だったようで、発展する気配がまったくない……。

「けどなぁ、あの天然は俺の手にも負えるとは思えないぞ?」
 カミューが内心の苛立ちをきれいに隠しながら、肩をすくめてわざと見捨てるように言うと、友人たちは、あはは、と笑った。彼の朴念仁ぶりは同期では有名すぎるほど有名である。今年、正騎士になったばかりだというのに、すでに先輩たちのあいだにも広まりつつあった。
「冷たいこと言うなよ。親友だろ?」
 赤騎士の言葉がカミューの胸に突き刺さる。そう、自分とマイクロトフは自他共に認める親友だった。だが……。
「そうだ。とりあえずは恋愛とはどういうものかおしえてやるのが一番なんじゃないか?」
 物思いに沈みかけたカミューだったが、青騎士の言葉に弾かれたように顔を上げる。
「え?」
 とまどったように眉を寄せたカミューがおかしかったのか、もうひとりの青騎士も悪ノリした笑みを浮かべた。
「そうそう。おまえが手取り足取りおしえてやれよ」
「あのなぁ、俺がどうやってマイクロトフに恋愛ごとを手取り足取りおしえるんだ」
 思わぬ展開に、内心、心臓をばくばくいわせながら呆れた口調を装うカミューに、友人たちはますますおもしろがる。
「そりゃあ、おまえが恋人同士っていうのはどういうものかおしえてやるんだよ」
「……男同士でか?」
 カミューの突っ込みに友人たちは的を得たりとばかりに大笑いした。赤騎士が、まあまあ、と宥めるように肩を叩く。
「俺たちも口添えしてやるからさ」
「おまえだってマイクロトフの評判が悪くなるのは嫌だろう?」
「それはそうだけど……」
「なっ、だったら、取り返しのつかないことが起こる前に成長させてやろうぜ」
 3人がかりで説得にあたる姿はおもしろがっている以外の何者でもない。最初はその場かぎりのくだらない冗談のつもりだった。だが、浮名を流しているカミューと、恋愛ごとを苦手としているマイクロトフ。こんな対照的な2人に恋人同士ごっこをさせたら、傍から見ていておもしろくないはずがない。そして、いつも取り澄ましているカミューがこんなふうに困った表情を見せるのも同期たちの悪ノリに拍車をかけた。
 引っ込みがつかない状況にまで盛り上がってしまった場に、カミューは仕方なさそうにため息を吐く。
「知らないぞ、俺は……」
 どうなっても……。


 カミューはその晩、なかなか寝付けなかった。酒を飲んだ日はけっこう寝つきがいいはずなのに、心臓が早鐘を打っていて、意識が冴えてしまっている。
 酒場での話題が頭を離れない。

 マイクロトフの、恋人に。

 思わぬ展開になった。それは傍から見れば滑稽以外の何者でもないお遊び。だが、カミューにとっては……。
 カミューはごろり、と寝返りをうつ。
 今夜はみんな酔っていた。だからあんな馬鹿げた話で盛り上がったのだ。明日になれば笑い話の種ぐらいにしかならないだろう……。
 酔っ払いの戯言を真に受けて期待するのは愚かだ。
 カミューは自分にそう言い聞かせると無理矢理目を閉じた。眠ってしまえば自分も忘れるだろう。だが、眠りの波はなかなかやってこなかった……。



 しかし、カミューの予想ははずれ、昨夜の話は酒の場の戯言に終わらなかった。
 次の日、友人たちはカミューを連れ、マイクロトフを呼び出し、カミューと恋人として付き合ってみろ、と進言したのだ。後ろのほうで成り行きを見守っていたカミューは、てっきり顔を真っ赤にして「なぜそんな馬鹿げたことをしなくてはいけない!」とでも罵声が返ってくるかと思ったが、マイクロトフは、ぽかん、としたように口を開けただけだった。
「……なぜだ?」
 問う声もいつもの凛としたものとはかけ離れていて。いつも年に見合わないほどの毅然とした態度ばかり見ていた友人たちは、こちらの反応もおもしろい、と顔を見合わせて笑った。
「なぜって、おまえ、また女の子と別れたんだろ?」
 目を見開く姿は、なぜ知っている、と言いたげだった。しかし、騎士団とて人の集団。噂話は陰から陰へ広まっていくものである。
「おまえ、告白されたときに断るのは相手を傷つけると思っているかもしれないが、そのあとのおまえの態度のほうが傷つけているんじゃないのか?」
 友人に問われ、マイクロトフは気まずそうにうつむいた。それはその指摘が図星であることを指している。友人たちはあと一歩だ、と説得にあたった。
「どうすればいいのかわからなかった、なんて俺たちの間では通用しても、女の子たちには通用しないだろ」
「おまえももうすぐ17歳になるんだから、そろそろ女の子の扱い方も覚えないとな」
「言わば、おまえののための擬似恋愛だ。言葉でおしえるのと実践では全然違うもんだろ?」
 矢継ぎ早に責め立てられ、マイクロトフはとまどったように後ろに立っているカミューを見た。
「し、しかし、カミューはそれでいいのか……?」
 突然話を振られ、カミューは、え? と顔を上げる。友人たちは、手ごたえアリ、と一斉に頷いた。
「カミューが親友であるおまえが困っているのを見捨てるわけが……」
「マイクロトフが」
 友人が言いかけたのを遮るようにカミューが口を開く。静かな、それでいて感情を読ませない視線でマイクロトフを正面から捉える。
「いいと思うなら協力するよ」
 カミューはそう言いながら当然断ってくるだろうと思った。こんなふうに困った顔をしているのはどうやって断ればいいのか言葉を探しているのだろう。
 しかし。じっとカミューの視線を受け止めていたマイクロトフはやがて、こくり、と頷いてみせた。
「わかった。じゃあ、カミュー、よろしく頼む」



「おまえ、冗談と本気の区別ぐらいつけろよな! そんなんだからいいようにからかわれるんだぞ!」
 ずんずんと先を歩くカミューの憤然とした口調に、後からついていくマイクロトフは首を傾げた。
「あれは……からかわれていたのか?」
「普通、そう思うだろう!!」
 男同士で恋人になってみろと言われたんだぞ。
 カミューは立ち止まると振り返り、マイクロトフを睨みつけた。自分の望んでいたとおりの展開になったというのになぜかイライラが収まらない。マイクロトフはとまどったように眉を寄せる。
「カミュー……、やっぱり嫌だったのか? だったらさっき断ればよかったではないか……」
「え? い、いや……」
 今度はカミューがとまどう番だった。マイクロトフの反応は何かが違う。
「おまえは……嫌じゃなかったのか?」
「俺は……カミューならかまわなかった」
「え?」
 カミューの心臓が跳ねた。それって……。
「カミューは信用しているから。2人でだったらどんなことになろうとかまわなかった」
 穏やかな笑みを浮かべて言うマイクロトフの姿は何も知らずに騙された少年には見えなくて。カミューは一瞬どきり、とする。
「マイクロトフ……」
「カミューにはいい迷惑だろうがな。あいつらに言われたことは事実だし、よかったら少しの間、面倒を見てくれないか?」
 らしくない笑みを浮かべるマイクロトフにカミューの中で何かが切れた。一歩踏み出して近づくと、マイクロトフの顎を捉える。
「言っておくけど。恋人同士になるってどういうことなのかわかっているんだろうね?」
 挑発的な視線でマイクロトフの顔を覗き込む。だが、
「……わからないからおまえと付き合ってみることになったんじゃないか」
 きょとん、として応えるマイクロトフにカミューは一気に脱力した……。



 カミューはとある部屋の前で立ち止まり、一呼吸おくと軽くドアをノックした。中から出てきたのは私服姿のマイクロトフ。
「ああ、カミュー、どうしたのだ?」
 何か用か、と聞くマイクロトフにカミューはわざとらしくため息を吐いた。
「用がなくちゃ来ちゃいけない?」
「え?」
「じゃあ、恋人同士の語らいに来たということで」
 そう言って浮かべた笑みはマイクロトフが知るいつもの笑みではなく。マイクロトフは、どきっとする。普段から大人びた表情を見せることはあるが、こんな笑みは初めて見た。夜にふさわしいというか、どこか色めいた笑み……。
 カミューが恋人といるときはこんな笑みを浮かべているのだろうか、と思ったマイクロトフの胸にちくり、と棘が刺さったかのような痛みが走る。
 カミューはマイクロトフが動かないのをいいことに、ドアを押してさっさと部屋の中に入り込んだ。
 ここは寮の私室。2人部屋なのだが、中に同室の人間はいなかった。それは偶然ではない。マイクロトフの同室は例の友人の1人で、今日はカミューの部屋に行っているのだ。今夜は、手始め、ということで消灯時間まで帰ってこない。……もちろんマイクロトフは知る由もないが。
 カミューはすたすたと部屋の中を歩くと、勝手知ったる、とばかりにマイクロトフのベッドに腰をかけた。そして、ドアのところに突っ立ったままのマイクロトフを手招きする。我に返ったマイクロトフはベッドの側まで歩いたが、それからどうすればいいのかわからず、困ったようにカミューを見つめた。カミューは当然のように自分の隣をぽんぽん、と叩く。
「まあ、遠慮せずに座れよ」
「……ここは俺のベッドだ」
 憮然と返すマイクロトフにカミューは、あはは、と腹を抱えて笑った。その姿はいつものカミューで。マイクロトフは少しほっとしつつも、どこかぎこちないしぐさで隣に座った。いつもならあたりまえのように座る位置だというのに、今夜はカミューの『恋人』発言のせいか妙に落ち着かない。
 どこか固くなっているマイクロトフを見て、カミューは作戦成功、と思う。いくら周りにお膳立てされた偽りの関係とはいえ、あまりにも平然とされていてはかなわないと思っていたのだ。
 カミューは穏やかな笑みを浮かべてマイクロトフの顔を覗き込むように首を傾げた。
「とりあえず、今夜はおまえの話をしようか」
「え?」
 顔を上げるマイクロトフの目をカミューは真正面から捉える。笑みを浮かべているというのに、その眼差しは思いがけず真剣なものだった。
「どうしておまえは女の子に告白されると断らずに付き合っていたんだい?」
 それはずっと抱えていた疑問だった。しかし、カミューにはそれを聞くことができなかった。それは、マイクロトフが女性関係のことで、自分には全く相談してこなかったためだ。初めて告白されたときも、である。
 親友なのだから何でも話してくれると思っていた、と傷つく一方で、もしそんな相談をされていたらどう答えていただろうかという思いがある。穏やかに微笑んで、付き合ってみればいい、なんて言っただろうか? きっと打ち明けられたとたん頭の中が真っ白になり、気付けば口先三寸で無理矢理丸め込み、断らせていたのではないか。
 そんな矛盾した感情がカミューをためらわせていた。だが、今はマイクロトフに恋愛ごとを手ほどきする立場にあるのだ。少しくらい詮索してもいいだろう。
 答えを待つカミューの前でマイクロトフは困ったように眉を寄せたが、視線ははずせないようだった。心境は蛇に睨まれた蛙というところだろうか。
「マイクロトフ?」
「……俺がしてたことは酷いことなんだろうか」
 ぽつり、とつぶやいた言葉は聞き逃しそうになるほどか細いものだった。カミューが何か言うより早く、マイクロトフは自嘲めいた笑みを浮かべ、視線を逸らせる。
「いや、酷いことに決まっているな。だから、こうしてカミューに迷惑をかけているのだしな……」
「マイクロトフ……、女の子が苦手だと言っていたおまえがどうして告白を受けたりした?」
 カミューのもう一度問う口調はいささか切羽詰ったものになってしまった。マイクロトフの常らしからぬ様子に胸騒ぎがしたのだ。マイクロトフは逡巡していたが、やがて観念したのかゆっくりと口を開く。
「おまえに……近づけるかと思って……」
「はあ?!」
 すっとんきょうな声が上がった。マイクロトフは、さすがにその反応はないだろう、とムッとしたように顔を上げる。しかし、カミューは馬鹿みたいに口を開いているだけだった。
「俺に……なんだって?」
 呆然とした口調にマイクロトフは自棄になったように叫ぶ。
「だから! おまえみたいに何事も器用にこなして、気配りもできて、落ち着いていられるようになるには、こういうことも必要なのかと思ったんだ!!」
 カミューは唖然とマイクロトフの言葉を聞いていた。
「それで女の子をとっかえひっかえしていたのか?」
 それは随分と自分を貶める発言だったが、混乱しているカミューは気付かない。マイクロトフはムキになったように反論した。
「好きでとっかえひっかえしていたわけではない! 1人でもよかったんだ。だが、俺が至らないばかりに……」
 もごもごと語尾を濁すマイクロトフにカミューはわかったとばかりに肩を宥めるように叩く。
 若手騎士の中でも間違いなく将来有望な青騎士に勇気を出して告白したのはいいが、何もしない(発展しない)ことに焦れた女性が別れを告げる。その繰り返しだったのだろう。女性にもマイクロトフにも災難なことではあったが……。
「そんなに悩んでいたなら相談してくればよかっただろう?」
 そうすればすっぱりと断らせていたのに。
 やはりそういう結論に達することにカミューはすでにあきらめを覚えた。どんなに取り繕っても無駄なのだ。マイクロトフが女の子と付き合うなんて我慢できない。そう思うとこの悶々と過ごしてきたこの数ヶ月はなんだったんだ、と己の不甲斐なさに憤りすら感じてしまう。そんなカミューの前でマイクロトフは顔をうつむけてつぶやいた。
「そんなこと……できるわけないだろう……」
「え?」
「お、おまえに近づきたいと思っているのに、おまえに相談できるわけが……」
 消え入りそうな声でつぶやくマイクロトフの様子は常の彼とはあまりにも違っていて。カミューは、まさか、と思う。
「マイクロトフ……、それって、おまえ……俺のことを……?」
 カミューのセリフにマイクロトフがぼんっと火がついたかのように赤くなった。カミューはその反応にさらに驚く。

 まさか……マイクロトフも俺と同じ気持ちだったのか……?

 都合のいい解釈だとは心のどこかで思ったがこの反応はどうだ。まるで好きな子がばれたときのような……。
 カミューはごくり、と咽喉を鳴らすとマイクロトフの両肩を掴み、自分のほうに向けさせた。間近に顔を覗き込む。
「マイクロトフ……おしえてほしい。おまえの気持ちを……」
「カミュー……」
 マイクロトフはうつむけていた顔をわずかに上げると上目遣いにカミューを見た。
「……笑わないか?」
 恥ずかしそうな視線を向けるマイクロトフの表情がカミューの心臓を直撃する。
「わ、笑うわけないだろう?」
 安心させようと笑った顔は自分でもわかるほど強張っていた。マイクロトフは目を閉じてしばし沈黙すると、思い切ったように顔を上げる。
「俺は……」
 カミューは息を飲んで次の言葉を待った。俺も、と言って一気に相思相愛になってしまえばいいのか、そうだったのか、と年上ぶって余裕たっぷりに接してやればいいのか、頭の中でめまぐるしく計算する。しかし、結論は出ず、ええい、ままよ、と本能に従うことにした。
「おまえに『憧れて』いるんだ!!」
「………………え?」
 ああ、言ってしまった、とマイクロトフは恥ずかしそうにベッドに顔を押し付ける。カミューは、燃え尽きた灰のように真っ白になりしばらく動けなかった。

 だめだ……コイツは鈍すぎる……。

 カミューの苦難はまだまだ続く。



 つづく(?)




110011HITしてくださった夏月様のリクエストで
「カミューのあらゆるアプローチに気づかない激鈍のマイクロトフと、
その行く末を見守る青騎士たち」でした。
本当はここからが本番なんですが、長くなってしまったので区切りをつけました。
機会があったら続きを書きたいと思います。
それにしても2人がくっつく話(まだくっついてないけど)、何本目だ……(笑)



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