〜デート日和〜




 ここは子供からお年寄りまで、家族連れからカップルに大人気の大型遊園地・ネズミーランド。
 そこに2人の青年がやってきた。

「すごい人だな」
 黒髪の青年が入り口付近の人込みを見て呆気にとられたように言うと、隣の亜麻色の髪の青年が軽く肩をすくめて応えた。
「そうだね。休日だしね」
「入場券を買うのにも並ぶのか……」
 噂では聞いていたが入る前からこんなに混んでいるとは。黒髪の青年・マイクロトフは誘いに乗ってしまったことを今更ながら後悔した。あまり人込みは好きではない。
「じゃあ、とりあえずチケット買ってくるから待ってて」
 亜麻色の髪の青年・カミューはそう言うと、列ができているチケット売り場のほうへ足早に向かった。

 まずったかなぁ……。

 カミューは一番空いている列の最後尾に並びながら、少し消沈していた。ここに来た事がないというマイクロトフを無理矢理説得して連れてきたのはいいが、入る前からかなりの混みように引いているようだ。中は入り口なんかの比ではないのに、大丈夫だろうか。
 彼が人込みを苦手としているのはもちろん知っている。ここが、いい年した男2人で来るには多少浮くところであることも。だが、ここはデートスポットとしてあまりにもメジャーなところであり、晴れて恋人となった今、一度でいいからマイクロトフと来たかったのだ。

 どうしても無理なようだったら早目に切り上げるか……。

 同じ混むなら隣のネズミーシーにすればよかっただろうか。向こうは小さい子供や熟年夫婦向けに、乗り物のアトラクションより雰囲気に重点を置き、酒も飲めるという。だが、マイクロトフが小さい頃ジェットコースターが好きだった、と言っていたので、こちらのランドのほうがいいと思ったのだ。
 入る前から暗くなっていてはいけない、とカミューが自分に言い聞かせていると、ふと後ろに気配を感じた。後ろに並んでいる人にしては近すぎる。振り返ってみるとどこか所在なさげな表情のマイクロトフが立っていた。
「マイクロトフ?」
 最初から並ばせては悪いと思い、向こうで待っていろと言ったのに、とカミューが不思議そうに首を傾げると、マイクロトフはうつむきかげんに、
「そ、その……、1人でいるのが……」
 落ち着かない、と言い訳めいた口調で話した。子供たちのはしゃいだ声、家族連れの楽しそうな会話、女の子たちのグループの華やかな笑い声、カップルのお熱い雰囲気、と、次々と様々な人が押し寄せてくる。1人で立っていると、この世界に自分だけが取り残されてしまったようで、心許なくなったのだ。
 マイクロトフの少ない言葉で心境を察したカミューは、気を使ったつもりが却って裏目に出たか、と己の浅慮に舌打ちしたい気持ちでマイクロトフには優しく微笑む。
「ごめんね。1人で待たせちゃって」
 すると、マイクロトフはなぜか怒ったように眉を顰めた。
「なぜ謝る」
「え?」
「おまえは気を使ってくれたんだろう。謝る必要はない。むしろ、俺のほうが……」
 そこまで言って上手く言葉が出てこないらしく、マイクロトフが口ごもっていると、カミューがチケットを買う番がきた。カミューはさりげなく話の腰を折り、窓口で金を払う。チケットを受け取ると、半額出そうと財布を出したマイクロトフに、とりあえず行こう、と促して入り口に向かった。後からついてきたマイクロトフがお金を払おうとすると今度は、いいから、と言って財布をしまわせようとする。
「カミュー! 俺は女の子じゃないんだから……」
 奢ってもらうわけにはいかない、と食い下がろうとするマイクロトフにカミューは素早く人差し指を唇にあてて言葉を封じた。
「無理を言ったのに付き合ってくれたお礼だよ」
 嬉しそうに、それでいて少し困ったように笑うカミューにマイクロトフは、馬鹿、と思う。確かに人込みは苦手だし、気後れしているところはある。だが、カミューと一緒なら、カミューとならば楽しいだろうと思って来たのだ。

 こいつは全然わかってない。

 そう思いつつも上手い言葉が浮かばず、「無理などしていない」とぶっきらぼうに応えるのがせいぜいで。こんなふうに口下手な自分がもどかしい。自分が気持ちを上手く伝えられないせいで2人の間がすれ違っているようで辛い。カミューはいつも言葉巧みに自分を導いてくれるのに……。
 唇を噛むマイクロトフにカミューは努めて明るく言った。
「よし。じゃあ、園内での飲食代はおまえ持ちだ」
「……そんなに食べるわけないだろう」
 呆れ口調で返すと、カミューは、ちっちっと人差し指を左右に振る。
「甘いね。こういうところの食べ物は高いからね。チケット代なんてあっというまだよ」
「そんなものなのか?」
「そんなもんだよ。さあ、行こう」
 2人はゲートを通り、園内に足を踏み入れた。とたん、華やかな音楽、明るい色彩のオブジェクトなどがどっと視界や聴覚に押し寄せる。
 思わず言葉をなくして立ち尽くすマイクロトフを見て、カミューは自分のものでもないのに自慢したいような気持ちに駆られた。
「すごいだろ」
「ああ……」
 気が済むまで辺りを見回させてやろう、と思ったカミューだったが、ふと、周りの異変に気付く。
 周りの、特に女性の視線が自分たちに集まっていた。カミューもマイクロトフも180センチをゆうに超える体躯の持ち主で、タイプは違えど顔も文句なしに美形の部類に入る。そんな2人が並んで立っているとただでさえ目立つ。ましてや、こういう場所で20代後半の男の二人連れというのは少々浮いてしまうのはわかるのだが……。
「行こう」
 突然腕を引いたカミューにマイクロトフは我に返る。
「え? ああ……」
 子供のように見惚れていたことを恥ずかしく思いながら引っ張られるまま歩き出した。しかし、カミューの様子がおかしいことにふと気付く。
「カミュー」
「なに?」
「何か……怒っているのか?」
 問われてカミューの足が止まる。くるり、と振り返った顔はなんともいえない表情を浮かべていた。
「カミュー?」
 不思議そうに名を呼ばれ、カミューは大きくため息を吐く。何も、あんなふうに注目を集めるのは初めてのことではなかったのだが、今日はなぜか、自分はともかく、マイクロトフに熱い視線を注がれるのが我慢できなかった。
 ようやくカップルに定番のデートスポットに2人でくることができたというのに、それを邪魔されているような気がしてならない。いわゆる、冗談で口にする「見られると減る」というものだろうか。
「ごめん……なんでもないんだ」
 己の心の狭さに嫌気が差す。だが、マイクロトフに関しては自分でも驚くほど独占欲が強くなった。だが、せっかくのデートを己の弱さで台無しにするわけにはいかない。マイクロトフだって自分のために苦手な人込みを我慢して誘いに乗ってくれたのだから、自分だって我慢しなくてはいけない。
 きっとパーク内を回りはじめれば目立たなくなるだろう、と思うことにした。カミューは気を取り直して笑みを浮かべる。
「さあ、とりあえず向こうから回ろうか」
 左手の方を指差すカミューにマイクロトフはとまどったように名を呼んだ。
「……カミュー」
「ん?」
「腕、離せ……。周りが見てる……」
 ぼそっと言われて気付く。さっき、引っ張るように連れ出してから彼の腕を掴んだままだった。
「ご、ごめん!」
 見ればまたも周りの人たちがちらちらとこちらを窺っている。無理もないだろう。
 自分から目立つようなことをしてどうするのか。カミューは自己嫌悪に陥った。



「今の乗り物はすごかったな!」
 少々興奮気味に話すマイクロトフにカミューはご機嫌だった。
 2人が乗ったのは鉱山をモチーフにしたジェットコースター。高低をかなりのスピードで走るアトラクションだが、マイクロトフは無事気に入ってくれたようだ。
「あとでもう1回乗ろうか」
「そうだな!」
 頷き合いながら次の乗り物を目指す。

 人気のある乗り物には優先して乗れる予約チケットがあり、2人はそれを利用しながら園内を回っていた。そのチケットには乗れる時間が指定されている代わりに、普通に待つよりずっと早い待ち時間で乗ることができる。その時間になるまでは他のアトラクションを楽しむ、といった具合にカミューの巧みなリードにより、効率よくあちこちを見て回っていた。マイクロトフは雰囲気にすっかり慣れたのか人込みがあまり気にならなくなったようだし、カミューもマイクロトフの楽しそうな表情を見て、多少視線を感じることはあるが、はじめほど周りが気にならなくなっている。
 楽しい時を過ごしていた。

「チケットの時間まであと1時間くらいあるね。その間にもうひとつくらい乗っておこうか。あ、ここが50分待ちだよ。ちょうどいいからここにしようよ」
 2人は人気アトラクションに乗るため、またも優先チケットを手にしていた。どこかわざとらしく一気にまくしたてたカミューだったが、リードをまかせているマイクロトフは気付くことなく同意する。列のいちばん後ろに並んだ。
 カミューの段取りの良さにマイクロトフの胸がちりり、と痛む。この広い園内をあちこちを効率よく案内してくれるのは助かったが、詳しいのはそれだけここに足を運んだということ。そして、それは彼女とのデートだったはずで……。過去の女性の影を感じずにはいられない。

 俺は馬鹿だ。過去に嫉妬してもしょうがないのに……。

 今のカミューは自分に惜しみない愛情を示してくれる。それになんの不満があるというのだ。
 マイクロトフは己の身勝手な思考に嫌になる。こんなに心の狭い男だと知ったらカミューはどう思うだろう……。
「マイクロトフ?」
 様子がおかしいのを敏感に察したカミューが顔を覗き込んできた。マイクロトフは慌てて軽く首を振ってなんでもないことを伝える。
「ここはどんな乗り物なんだ?」
 誤魔化すように質問するマイクロトフに、
「えーっと……どんなのだったかなぁ。忘れちゃったよ」
 そんなに何回も来たことがあったわけじゃないしね、とカミューは軽く肩をすくめた。そのしぐさがわずかにわざとらしかったことに普段のマイクロトフであれば気付いたかもしれない。だが、少々、動揺していたため、それに気付くことはなかった……。


「……なんか、暗い感じがするな」
 パーク内はどこにいっても明るくて賑やかな雰囲気だった。しかし、今、自分たちが入ろうと並んでいる建物はどこか薄暗い。他のアトラクションのスタッフは、それはにこやかに明るく出迎えるというのに、ここのスタッフは服装が黒基調で、心なしか声が低い。今までとはあまりにも雰囲気が違った。
 訝しむマイクロトフにカミューは、気のせいじゃない? と笑って取り合わなかった。カミューはもちろん、この先で待っているものを知っている。
 ここはいわゆるお化け屋敷。とはいえ、ここは夢の国。他の遊園地にあるようなおどろおどろしいものではなく、どこかユーモラスなものが混じった、あまり恐くない作りになっていた。だが、マイクロトフはお化けとかそういう得体の知れないものを苦手としている。それがわかってて連れてきたのだから、とぼけているのだ。ばれたら絶対入らないと言うだろうから。
 そうこうしているうちに、順番が回ってきた。
「どうぞ〜……」
 スタッフの陰気な声に促されて2人は他の客たちと建物の中に入る。中もやはり薄暗く、外やアトラクションの中で流れている陽気な音楽も全く聴こえない。
「カミュー……」
 嫌な予感がしたのだろうか。不安そうに名を呼んでくるマイクロトフに、カミューは耳元に唇を寄せると「怖いなら手を繋ごうか?」と囁いた。
「な……っ、ふざけるな!」
 こんなに大勢の人がいるところでそんな真似ができようはずもない。真っ赤になって怒るマイクロトフにカミューは「その調子」と笑ってみせる。
 暗い廊下を歩いていくと、広いホールのようなところに案内された。次々と何十人も入れられ、マイクロトフは周りのざわめきに少しほっとしたのか、恐る恐るホールの上部の壁際に飾られている絵を見上げる。西洋画風の絵画は日傘を持つあどけない表情の少女など、一見平凡なものであったが、部屋が暗いせいかどこか不気味に見えた。
「マイク、こっち」
 カミューはマイクロトフを呼ぶと壁際のほうに移動する。ホールの中央のほうにいてはいろいろと都合が悪い。
「カミュー……、このアトラクションは……」
 なんだ、と聞こうとしたマイクロトフだったが、ちょうどそのとき、大きな音を立ててドアが閉まり、照明が落とされた。
「!!」
 隣で息を呑む気配にカミューは内心しめしめ、と思う。暗がりの中、さりげなく距離を詰めると同時に、ホール内にホラー映画のような暗い音楽と不気味な声が流れはじめた。
 硬直しているマイクロトフにカミューがそっと囁く。
「怖い?」
「なっ、だ、誰が!!」
 表立ってこういうのが怖い、と言ったことがなかったため、マイクロトフはムキになったように否定した。だが、そういう態度が肯定しているようなものである。カミューは笑いを噛み殺そうと顔をわずかに背けたが、肩が震えるのをこらえることができなかった。マイクロトフはムッとして口を開きかけたそのとき。
 ガクンッ、という振動と共にホールがエレベーターのように下に降りはじめた。いや、実際には下がっているような振動を起こし、周りの景色を上に動かしていくトリックなのだが、それはとても巧妙に行なわれていて、初めて体験するとあたかも自分たちが下に降りていくかのようである。
「カ、カミュー……」
 マイクロトフは少し震えた声でカミューを呼んだ。マイクロトフの視線が上を向いていたため、カミューも上を見上げる。自分たちが下に降りる動きに合わせて、壁際に飾られた絵が様変わりしていた。絵が伸び、下の部分が見えるようになったのだ。日傘を持った少女の絵は上半身だけ描かれていたものが、全身、そして、その下まで見える、といったふうに。その細い足は一本の綱の上に危うく立っており、その下には大きな口を開けたワニが待っている。平凡だったすべての絵画がこんなふうに残酷なものと様変わりしていた。
 カミューは偶然を装ってそっと手に触れてみる。すると、さすがに握ってはこなかったが、ぎゅっと袖口を掴んできた。

 そう! こうじゃないと!

 カミューは相手の反応に内心ガッツポーズをしつつ、壁際に立つマイクロトフにそっと寄り添う。普段なら人がいるところでこんなに近づくことなど許しはしないのだが、暗がりなので周りからは見えないと思っているのか、今日は何も言わない。それどころか、ほっとしているように見えた。
 周りに人がいなかったらキスのひとつでもするのに、と思いつつ、ホール内に流れる不気味な声を聞いていると、話が終わったらしく、声が高笑いに変わる。そこでカミューは前にここに入ったときの展開を思い出した。
 激しい雷鳴が轟いて、一瞬、部屋に閃光が走ったかと思うと直後に真っ暗になる。カミューはその闇に乗じて素早くマイクロトフの肩に手を回し、頬に唇を押し当てた。
 突然の雷鳴に思わず目を閉じ、首をすくめていたマイクロトフは、一瞬、自分の身に何が起こったかわからない。部屋に再び薄暗い明かりが点いて互いの顔が見えるようになると、カミューの顔がにやけているのを見てようやく状況を飲み込んだ。
「なっ、カ、カミュー!!」
 マイクロトフの叫びは周りのざわめきに掻き消されてそれほど目立たなかった。カミューは、してやったり、という笑みを浮かべて「まあまあ」と宥める。
「誰にも見られちゃいないよ」
「そういう問題か!」
 一喝したマイクロトフはさらに言い募ろうとしたが、ギイ、とホールのドアが開き、スタッフに「どうぞ〜」とやはり陰気な声で促された。人が一斉にドアのほうに移動する。マイクロトフはその波に流されるように歩きながら、
「ま、まだあるのか?」
 と、とまどったように言う。こんな心臓に悪いのはもう充分だ。
「まだって、乗り物に乗ってないじゃん。あれはプロローグみたいなものさ」
 にやり、とからかうように笑うカミューに、マイクロトフはげんなりとしたが、それでも、
「乗り物に乗るのか……」
 と、どこかほっとしたように応える。カミューはマイクロトフが少し安心している理由に目聡く気付いた。
「そ。だから目を瞑っていても勝手に終わるからね」
「う、うるさい!」
 普通のお化け屋敷のように自分の足で歩かなくていいのなら、怖くて先に進めない、ということはない。図星を突かれてマイクロトフは真っ赤になった。
 廊下を進むとようやく乗り場に着く。乗り物は2人から3人掛けの狭いシートが連なったもので、観覧車のように動きっぱなしのシートに自分でタイミングを合わせて乗る、というものだった。乗り物の動きは観覧車とは比較にならないくらい速いスピードで動いている。マイクロトフは少々不安を抱きながら、次々と動く歩道を歩いて難なく乗り込んでいく人々を見送っていたが、あっというまに自分たちの番になった。
「さ、行こうか」
 カミューに軽く背中を押され、動く歩道に足を踏み出そうとしたとき、スタッフの「足元にお気をつけて〜」との声に、思わずつられるように足元に目をやる。その間にカミューは一歩先に歩道に乗ってしまい、マイクロトフは慌てて後を追った。小走りに追いかけるがカミューがひと足先に乗り物に乗ってしまう。
「ほら、マイクロトフ」
 ここで置いていかれては大変だ、と焦ったマイクロトフは、差し出された手を思わず掴んだ。そのまま引っ張られ、なんとか無事に乗り物に乗り込む。どさ、とシートに腰を下ろすと、ふう、と安堵の息を吐いた。
「あぶなかったね」
「ああ……」
 頷いたマイクロトフが何気に目をやると、アトラクションの入り口付近に立っていたスタッフが目をまん丸に見開いてこちらを見ていた。
「あ……!」
 その視線に自分たちがしたことに気付く。マイクロトフが赤くなったり青くなったりしているうちに、乗り物はスタッフの横を通り過ぎていった。カミューはスタッフの横を通り過ぎる際に、ひらひらとのんきに手を振ってみせる。
 乗り物がアトラクションの中に入り、真っ暗になるとマイクロトフは我に返った。
「カ、カミュー! なんてことを……!」
 大の男2人が公然の面前で手を繋ぐような真似などしたのだから、驚くのは当然だ。
「え? ああ、いいじゃん、べつに。出口は別だからあの人にはもう会わないよ」
 しれっとして応えるカミューにマイクロトフは顔を真っ赤にして怒鳴る。
「馬鹿者! そういう問題か!」
「乗るのを手伝っただけじゃん。どうせ、恋人同士なんだし?」
「阿呆! 男女のカップルでもあんな恥ずかしい真似をしていた人はいないぞ!!」
 怒りがヒートアップするマイクロトフにカミューは肩を軽くすくめてみせた。
「元はといえば遅れたマイクが悪いんでしょ」
 弱いところを突かれ、マイクロトフは、ぐっ……と詰まる。カミューはさらに駄目押しした。
「置いていかれるほうが恥ずかしかったと思うよ。小さい子だってちゃんと乗れていたでしょ」
 確かにみんなスムーズに乗っていた。あの場で自分だけが初めてだったはずがない。
 返す言葉がなくなったマイクロトフに、カミューは、にやっと人の悪い笑みを浮かべると、それより、と気を逸らす。
「せっかくなんだから楽しまなくちゃ。ほら」
 と、指差した先にあったものは。暗闇の中に浮かび上がった人の顔だった……。


「ねえ、マイクロトフ。せっかく入ったんだからちゃんと見ないとー」
「うるさい、うるさい!」
 安全バーに掴まった腕の間に顔を伏せ、一向に顔を上げようとしないマイクロトフにカミューは苦笑いした。乗り物は円形に囲われていて、前後ともけっこう離れているため、周りからはほとんど見えない。それをいいことに中に入ってからずっとこの調子なのだ。本当は耳も塞ぎたいらしいのだが、乗り物はブランコのように上下左右に揺れたり、背後のほうに180度回転したりとけっこう動くため、バーから手が放せなかった。
「そんなに怖くないってば」
 周りでは亡霊たちがダンスを踊ったり、ピアノを弾いていたりする。亡霊はリアルに表現されているので少々怖いかもしれないが、どこか陽気だったり、ユニークだったりと、このアトラクションが恐怖を売り物にしているのではないことは明らかだった。
「うるさい。後で覚えておけよ、カミュー!」
 声だけ勇ましいのが可愛くてしょうがない。カミューはくすっと笑うと、
「どうしても顔を上げてくれないんだったら……こうだよ」
 と、無防備に晒されたうなじに素早く唇を押し当てた。さすがにびっくりして顔を上げたマイクロトフに、カミューはにっこりと微笑む。しかし、カミューの背後で、ゾンビのような恐ろしい顔をした人形が井戸から飛び出てくるのを見てしまったマイクロトフは、顔を引きつらせて再び顔を伏せた。
「おい、こら。人の顔を見てその反応とは失礼なヤツだな」
 カミューは笑いながら無理矢理顔を上げさせようと首に手を伸ばしたが、マイクロトフが必死に抵抗する。激しい攻防が繰り広げられていると、突然、ガクンッ、という振動と共に乗り物が止まった。
「止まった……?」
「カミュー、今度はどんなしかけなんだ?」
「いや、しかけじゃないはずだけど……」
 前に乗ったときはこんなことはなかった。しかし、止まったのは乗り物だけで、音楽や亡霊たちは何事もなく動いている。2人はちょうど乗り物が上向いたときに止まってしまい、視界には天井が見えるだけであった。
「トラブルかな?」
「トラブルって……」
 マイクロトフは不安そうに呟くと、天井に吸い込まれるように流れていく不気味な亡霊たちを仕方なしに眺める。さすがにこんな事態に目を瞑ってはいられなかった。
 明かりが点かないということは大したトラブルではないのだろうと判断したカミューは、嫌そうな顔で天井を見上げているマイクロトフに向き直って、
「そんなの、見なくていいよ」
 と、言うが早いか、顎を捉え、おもむろに唇を重ねた。目を見開いた間近な漆黒の瞳に微笑みかけると、慌てて閉じられる。腕がカミューを突き放そうと足掻きはじめた。
「やめ、ろっ、こんなところでっ……!」
「他から見えないからいいじゃん」
「そんな、問題かっ……んっ……」
 逃れようとするのを器用に身体で押さえ込み、再び唇を合わせる。言葉を言いかけていたため開いていた口内に舌を差し入れ、深く貪った。頬を挟んでいる手の指先で耳たぶを優しく愛撫しながら、舌を絡め、己の口腔に導いてはきつく吸う。他ならぬカミューにおしえこまれた身体は簡単に快楽に反応してしまい、あきらめたように腕から力が抜けると同時に、口付けに応えはじめた。スリリングな状況に触発されたのか、さらに不埒な行動に出ようとしたカミューだったが、再び、ガクンッ、という振動と共に乗り物が動き出してしまう。
「あーあー。動いちゃった……」
 口付けを解いて至極残念そうに呟くカミュー。流されそうになっていたマイクロトフはハッと我に返るとカミューの身体を力いっぱい押しのけた。
「どけ! この節操なし男!!」
「なんだよ、マイクロトフだってその気だったくせに……って、嘘! ごめん! ごめんってば!!」
 真っ赤になって殴りかかってきたマイクロトフの拳を必死に押さえ込みながら、カミューは慌てて謝る。揉み合っている2人は気付かなかったが、いつのまにか出口に到着していた。スタッフに、お疲れさまでした、と声をかけられ、出口にきたことを知ったマイクロトフは攻撃を止めてさっさと降りる。降りる際に腹いせにカミューを軽く突き飛ばしてやった。体勢を崩したカミューは対応が遅れる。
「あっ、待ってよ、マイクロトフ!」
 知るか! と無視を決め込んで先に行こうとしたマイクロトフだったが、スタッフの「早く降りてください〜」という焦った声に振り返ると、仕方なしにカミューの乗り物に追いつき、伸ばされた手をぐいっと引いてカミューを降ろしてやった。
「ふー。危なかった。もう1周するところだった」
 後ろからついてくるカミューがおどけたように言うと、
「自業自得だろう」
 と、そっけなく応えたマイクロトフだったが、カミューはなぜかおかしそうに笑い出す。
「ところでマイクロトフ、これ、いいのかな?」
 問いながら、これ、と掲げられたものに、マイクロトフはざあっと青ざめた。カミューを乗り物から降ろした後、恥ずかしいのと腹立たしいのとで、あの場からさっさと立ち去りたくてずんずんと歩いていたのだが、握った手がそのままだったのである。
 建物を出、日差しの下に晒されたマイクロトフの顔は。これ以上ないというほど真っ赤だった。



「楽しかったね。また来ようね〜」
「おまえとはもう二度と来ない!!」



 おわり




94444HITしてくださった瑯那様のリクエストで
「パラレルで女性の注目を浴びながらデート」でした。
デ●ズニーランドに行ったことがない人にはさっぱりわからない話ですか。
いや、行ったことがあっても私のようにマニアじゃないとわからないような内容ですね…。
●ーンテッドマンションに乗ったことがある方はそれをイメージしてください。
ちなみに乗り物が途中で止まることがあるのは本当です。
車椅子の方など、動いているシートに座るのが困難な方が乗ろうとするときに止めるそうです(友人目撃談)
それをその場で見てる方はいいけど、中の事情の知らない人たちはびっくりするだろうなぁ…(笑)


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