〜保健室の秘密〜




「んっ……あぁ……っ……」
「ねえ、マイクロトフ、ここはどう?」
「ぁっ……、や、めっ……かみゅっ……」
「ふふ。そんなに気持ちイイ……?」

 ここはマチルダ高校の保健室。ベッドの上では一人の男子生徒が横たわり、その上には白衣を着た男が跨っていた。
 それは今年この高校に入学したばかりのマイクロトフと、今年この高校の保健医に就任したばかりのカミュー。2人は幼なじみだった。10年前にカミューの一家がマイクロトフ家の隣に引っ越してきてからの付き合いである。当時、カミュー13歳、マイクロトフ6歳。普通、7歳も年の差があると年下はともかく年上のほうはあまり相手にしないものだろうが、なぜかカミューはマイクロトフの面倒をよくみた。そして、2人は兄弟のように仲良く育った……とお互いの両親は思っている。
 仲が良かったのは疑うべくもない。カミューが大学に進学する際に家を出ることを知ると、マイクロトフ(当時12歳)はぼろぼろと涙を零して嫌がったのだから。
 しかし、その2人の関係は……。

「はい、おしまい」
 カミューは軽く両手を上げると、ベッドから降りた。ベッドにうつ伏せになって寝ていたマイクロトフはふう、と息をついて身体を起こす。
「ああ、カミューのマッサージはよく効くなぁ」
 ベッドの上で気持ち良さげにこきこきと肩を回すマイクロトフの背後でカミューはにんまりといやらしい笑みを浮かべた。
「効くのはマッサージだけじゃないんだけどな〜」
「え? 他に何ができるんだ? 鍼か?」
 背中を向けているためカミューの笑みに気付かなかったマイクロトフが首を傾げると、カミューは目を細めたままそっと背後から近づき、耳元に唇を寄せる。
「そう。俺のぶっとい注射で天国にイカせてやるよ」
 耳の中に吐息を吹き込むように囁くと、マイクロトフが耳を押さえて飛びさすった。
「なっ……! こっ、この、セクハラ保健医!! そんなAVのオヤジのようなセリフを言うな!!」
 マイクロトフの叫びにカミューは目を剥く。てっきり真っ赤になっておろおろすると思っていたのに、『AV』なんて単語がマイクロトフの口から出てくるとは思わなかったのだ。
「マ、マイクロトフ!! なんで、おまえがAVのオヤジのセリフを知っているんだ?!」
 ショックを受けたように青ざめるカミューに、マイクロトフはぐっと息を飲んだが、ぶつぶつと言い訳するように小声で呟く。
「そんなの……夏の合宿のときに先輩方に無理矢理見せられた……」
「なにぃ?! あの、腐れ外道どもめ!!」
 自分がたったいま何を言ったかなんてすっかり記憶の彼方に押しやり、カミューはマイクロトフの部活の先輩、つまり剣道部の面子を思い浮かべ、憎々しく吐き捨てた。マイクロトフは自分が大事に育ててきたのだ。小学校高学年にもなると興味を持ち始める俗な性関係の知識からも完全に隔離していた。4年のブランクはあったものの、そのまま純粋に育っていたと信じていたのに。
 カミューは怒りのままにマイクロトフの肩をがしっと掴むと、
「マイクロトフ、やっぱりおまえのような純粋培養があのケダモノの集まりの中にいるなんて耐えられないよ。辞めたほうがいい」
 と、恐ろしいほど真面目な顔をして説得を試みた。カミューとしては本気極まりなかったが、マイクロトフにしてみれば、何も知らない、と言われたも同然で、馬鹿にされたと思いカッとする。
「誰が純粋培養だ! 俺を勝手に温室育ちにするな!」
 7歳上の幼なじみと少しでも対等でありたいと思っているのに。勝手に無知な子供と決めつけられるのはおもしろくなかった。
 マイクロトフの反発にカミューは、がーん、というふうに口元に手をあてて、ふらり、とよろめく。
「な、なんてことを……! おまえは俺のスイートハートエンジェルなのに……! 俺の知らぬところで汚されたのかー!!」
「ばっ、馬鹿者!!」
 マイクロトフは恥ずかしい単語に真っ赤になって怒鳴ると、付き合っていられるか、と、荒い足取りで出口に向かった。カミューが慌てて後ろから抱き止める。
「ごめんごめん。冗談がすぎた」
「カミューは俺をからかってばかりいる」
 憮然、とした口調にカミューは見えないことをいいことに苦笑を浮かべた。

 カミューは7歳年下のマイクロトフに特別な想いを抱いていた。10年前に出会ったその瞬間、恋に落ちたのだ。それ以来、マイクロトフ一筋なのだから見事なショタ……純愛ぶりである。
 無邪気に慕ってくるマイクロトフにカミューは兄のように、それでいて少々過剰にスキンシップをとっていた。好きな人には触れていたい、というのがカミューの言い分だ。
 しかし、成長するにつれ、想うかたちが変わってきたことに、このままではいつかマイクロトフを傷つけてしまうのでは、と思うようになる。カミューはそれを恐れ、大学に進むときに家を出た。マイクロトフのことを手に入れたい、と思う気持ちと同じくらいの強さで傷つけたくない、思っていたのだ。
 綺麗事な理由ばかりではない。どうあっても7歳差は大きく、そして、男同士という不毛さに未来に不安を感じなかったといえば嘘になる。距離をおけばあきらめられるだろうと思っての行動だった。
 だが、その努力は運命の悪戯によりこのマチルダ高校で再会したときに吹き飛んでしまった。再会を心底喜んでくれた彼の笑顔を見たとたん、あきらめることなどできなかったということをまざまざと見せつけられ、それならば、と昔のようにべたべたと触ってみたが、マイクロトフは照れはしたものの、それほど嫌がったりはせず、カミューを喜ばせた。
 しかし、カミューが意図を持って触れても全然気付かない、という致命的な欠点があった。今も後ろから抱きしめているような格好だというのに、マイクロトフは特に緊張してみせる、という様子もない。

 普通気付くだろう……!

 もどかしく思いながらも鈍いことは嫌がおうにも知っている。カミューはマイクロトフを抱きしめた格好のまま、はあ、とせつない溜め息をついた。
「どうした? 腹でも減ったか?」
「……そうだね」
 カミューは見当違いの問いに落胆のままに口を開く。するとマイクロトフはカミューの腕をすり抜け、床に置いてあった部活用のバッグをごそごそと漁りはじめた。そして、目的のものを見つけると、
「俺はもう部活にいかなきゃいけないからな」
 と、言いながら、何かをカミューに向けて放る。咄嗟にそれを受け取ったカミューは手の中の物をきょとん、と見やった。
「それ、やる」
「これはマイクロトフの好きなカツサンドじゃないか!」
 ハッと我に返って慌てて返そうとするカミューだったが、マイクロトフは怒ったように突っぱねる。
「いいから、やる」
 頑固なマイクロトフ相手にカミューは強い態度に出られない。7歳年下相手に情けないことだが、嫌われるのが心底怖かった。
「あ、ありがとう」
 カミューは腹など空いていなかったのにマイクロトフから好物を恵んでもらうようなかたちになってしまったことに後悔の念を覚える。だが、この状況で、違うんだ、と言う勇気がなかった。
「ごめんね」
 彼はこんなに優しいのに。多少鈍くてもいいじゃないか。それすら彼の魅力なのだから。
 カミューがマイクロトフへの想いを再認識しているとマイクロトフがぽつりと言った。
「……牛丼が食べたい」
「え?」
「牛丼が食べたいと言ったんだ!」
 顔を赤らめて繰り返すマイクロトフにカミューはようやく合点がいった。申し訳なく思っている自分に挽回の機会を設けてくれたのだ。
「う、うん、わかった。牛丼でいいの?」
 首を傾げて確認してくるカミューにマイクロトフはぶっきらぼうに応える。
「べつに今日じゃなくて、いい……。暇なときに……」
「いや。今日の恩は今日返すよ」
 カミューはマイクロトフの言葉を遮るようににっこりと笑みを浮かべた。マイクロトフはそれをちらり、と上目遣いで見たが、目が合うと慌てて背中を向ける。
「じゃ、じゃあ部活に行ってくる……」
「ああ。頑張ってね」
 カミューは優しい声をかけ、ひらひらと手を振った。振り返りもしないで保健室を出ていったマイクロトフだが、そっけない態度は照れているのだということはわかりすぎるくらいわかる。
「まったく……。かなわないなぁ……」
 カミューは嬉しそうに呟くと、手の中のカツサンドの袋に軽くキスした。


 マイクロトフは保健室のドアを閉めるとそのドアにもたれかかって、ふう、と息を吐いた。赤くなっている顔をパタパタと手で扇ぐ。

 向こうだって子供扱いしているんだから、こっちも気付かないフリをしてもいいだろう。

 マイクロトフはひとつ頷くと、気を取り直したように顔を上げ、部活に向かうべく廊下を歩き出した。

 せめて、もう少し対等になるまでは……。



 おわり




66000HITしてくださったてくのさまのリクエストで
「パラレル学園もの。赤が保健医で青が生徒」でした。
いろいろ不発……。


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