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パチパチと火のはぜる音が方々から聞こえる。 カミューは目の前の火が弱くなったような気がして脇に置いてある薪を火の中に放った。 「カミュー、薪を粗末にするな」 とたん、一緒に火の番をしていた先輩騎士の1人に注意され、カミューは慌てて「すみません」と謝る。どうやら火が弱まったように見えたのは気のせいのようだった。 弱くなっているのは俺の気持ちか……。 カミューは内心苦笑いする。 生まれ育ったグラスランドで自然と共存する術を体得していたカミューは暗闇を怖いと思ったことがなかった。太陽の恵みと夜の安らぎの大切さを、物心がつくと同時におしえられるからだ。だが、火が弱まったような気がしたのも、そのせいで薪をくべたのも、闇を恐れているからだと認めざるを得ない。 戦場で野営をするのは初めてだった。ハイランドとの小競り合い程度と思われた戦闘は激しいものとなり、日が暮れて両軍がいったん引いた、というかたちになって今に至る。 遠くに目をやればハイランド軍の篝火が煌煌と燃えているのが見える。暗闇に浮かぶいくつもの炎。それは幻想的であるようで、禍禍しいまでの美しい光景だった。 カミューは目を伏せると、膝を抱えなおしてそこに顎を乗せ、昼間の激しかった戦闘を思い出す。倒れる敵。倒れる味方。今日だけでいったいいくつの命が散ったのだろうか。 カミューが物思いにふけっていると、火を挟んで向かい側に座っている赤騎士が、ふと思いついたように口を開いた。 「そういえば、おまえ、野営は初めてか?」 「ええ。訓練以外では初めてです」 「そうか。あんまり落ち着いているから気付かなかった」 カミューの返答にもう1人の赤騎士が豪快に笑う。カミューは曖昧な笑みを浮かべながら、落ち着いてなどいない、と苦い思いを抱かずにはいられなかった。たった今、己の気弱な心に気付かされたばかりではないか。だが、不幸か幸いか、むやみに不安を表に出すタイプではなかった。 「そんなことないですよ」 と、答える姿は表面上は落ち着き払っていて、赤騎士たちは目を細める。もちろん経験豊かな騎士たちはカミューの不安をちゃんと感じ取っていた。しかし、虚勢とはいえ、こういう態度をとれるということは、まだ精神的に余裕が残されているということだ。 カミューが正騎士になってまだ数ヶ月しか経っていない。こんな大掛かりな戦闘では戦に慣れぬ新人騎士は平常心を保つのが難しく、指示を取り違えたりして足手まといになる者も少なくない。それが命取りとなることもある。皆、そういう経験をして子供たちが憧れる『立派な騎士』となっていくのだ。 「今年は例の青騎士といい、頼もしいのが揃ったな」 青騎士、という言葉にカミューの胸がかすかに跳ねる。誰のこと、などと聞く必要もなかった。 自分と同じ日に騎士になった『彼』。所属は赤騎士団と青騎士団に別れたが、従騎士時代に築いた親友という地位は揺るぐことがなかった。そして、今では唯一無二の親友であるだけでなく……。 『彼』のことを思い出したとたん、今、どのへんにいるのだろう、と気になりはじめた。彼の所属する部隊もこの戦闘に参加しており、無事なのはわかっている。だが、団が違うため待機している場所はかなり離れてしまったようだ。思わず辺りに首をめぐらすと……。 そこに。信じられない姿を見つけた。 「マイクロトフ……」 『彼』・マイクロトフが自分のほうに向かって歩いてくる。青い制服が方々の炎に照らされて燃えているかのようだった。 カミューの呟きに他の赤騎士も気付いてそちらに視線をやる。 「おお、噂をすればなんとやら、だな。どうした? 何か用か?」 赤騎士の問いかけにマイクロトフはわずかに俯いて、「いえ、ちょっと……」と歯切れの悪い答えを返した。そのおおよそ彼らしくない態度に、カミューは何かあったのか、と慌てて立ち上がる。安心させるようにマイクロトフの肩に手を置いて、 「あの、少し向こうに行ってきてもいいですか?」 と、赤騎士たちを振り返った。すると、赤騎士たちは互いに目配せを交わし、ゆっくりと立ち上がりはじめる。 「いや、ちょうど用を思い出したから俺たちが席を外そう」 「え? そ、そんな……」 恐縮するカミューとマイクロトフに2人の赤騎士は軽く手を上げると、他の篝火の所へ向かった。先輩たちが気を使ってくれたのは明らかで、2人きりになるとカミューがひとつため息を吐く。 「ほら、とりあえず座ったら」 自分も再び腰を下ろして促すと、マイクロトフは黙ってそれに従った。しかし、カミューを避けるようにわずかに身体をずらし、視線を合わせないようにする。マイクロトフの釈然としない態度にカミューはとりあえず穏やかに尋ねてみた。 「どうしたの? 何かあった?」 「…………だ」 「え?」 もごもごと呟かれた言葉が聞き取れなくてカミューが聞き返す。すると、マイクロトフはどこか怒ったようにもう一度繰り返した。 「少し、仲のいいヤツのところへ行って来いと言われたんだっ」 マイクロトフの言葉にカミューは思わず目を瞬く。その反応が恥ずかしくてマイクロトフは言い訳めいた口調で補足した。 「俺はっ、平然としているつもりだったが、先輩方に気付かれて……。騎士として情けないことだ……」 不安を読み取られたことへの恥ずかしさと情けなさで顔を赤らめるマイクロトフをカミューは茫然と見ていたが、不意に破顔すると肩をぎゅっと抱き寄せた。 「う、わ! 何をするっ?!」 こんなところで、と声を潜めて抗議するマイクロトフにカミューは「別にこれくらいあやしまれないよ」と平然と応える。 「嬉しいよ。『仲のいいヤツのところへ』って言われて俺のところに来てくれるなんて」 耳元でそっと囁けばマイクロトフはさらに赤くなった。吐息が触れるくらいの近距離に、マイクロトフの脳裏に日暮れ直後の出来事が甦り、どきっとする。 日が暮れてもハイランド軍は撤退しなかった。それはマチルダ騎士団にとって予想外の展開だった。双方が日没とともに一旦引き上げ、野営の準備に取りかかることになる。まだ騎士に昇格したばかりのマイクロトフは雑用係として戦で疲れた身体に鞭を打って走り回っていた。立ち止まれば余計なことを考えてしまいそうで忙しいのが却ってありがたかった。出立の前に無事を誓い合った彼が着ていた鮮やかな赤い色が脳裏を離れない。 と、突然、ぐいっと腕を取られたかと思うと茂みに引っ張り込まれた。 「なっ……!」 何事か、と瞬時に振り返ると、琥珀色の瞳にぶつかった。 「カ、……」 名を呼ぼうとした口はカミューのそれによって塞がれる。マイクロトフは大きく目を見開いた。今まさに考えていた人物のいきなりの登場に一瞬頭が真っ白になる。しかし、場所と状況を思い出し慌てて逃れようとするが、カミューはそれを許さなかった。頭を両手で抱え込み、今までにない激しさで唇を貪ってくる。恋人、という関係になってまだ日が浅く、触れるだけの優しいキスにもようやく慣れてきたばかりのマイクロトフはその違いすぎるキスに混乱した。無防備に開いた唇からカミューの舌が侵入してくる。己の舌にカミューのそれが触れた、と思ったとたん、抜けるのではというほどきつく吸われ、その刺激に膝が崩れ落ちてしまった。だが、カミューは解放せず、自分も膝をついてなおも口内を荒らしてくる。どう対応したらいいのかもわからないマイクロトフの顎からどちらのともつかない唾液が溢れ落ちた。 キスの最中の呼吸のしかたなどわかるはずもなく、マイクロトフは酸素不足で頭がくらくらし、気が遠くなってくる。苦し紛れにカミューの肩をぎゅうっと掴むとようやく解放された。 「っは……っ……!」 酸素を取り込んだマイクロトフは荒い呼吸を繰り返す。そして、やっと少し落ち着くとカミューに文句を言おうと口を開いた。だが、言葉を発する前に物凄い力で抱きしめられる。 「…………てる……」 「え?」 「生きてる……生きてる……生きてる……!」 カミューの腕に苦しいほど力がこもった。 「カ、ミュー?」 「みんな死んでいく……身分も歳も関係なく……大勢死んだ……」 カミューは震える声で言いながらますますきくつ抱きしめてくる。マイクロトフは息苦しさを感じつつもカミューの行動の意味をおぼろげに知った。 2人は団が違うため、闘いの最中にお互いを見ることはほとんど皆無だ。今日もそうだった。 カミューは戦闘が終わると、いても立ってもいられず、自分を探しにきたのだろう。 だが……。 「おまえは俺を信じてないのか?」 「え?」 マイクロトフの言葉にカミューは顔を上げる。マイクロトフは間近にある琥珀色の瞳を正面から捉えた。 「必ず生きて戻ろうと出発の前に約束したではないか。俺はカミューが無事だと信じていたぞ」 「マイクロトフ……」 カミューがハッとしたように目を見開き、ばつの悪そうな顔になると、マイクロトフは、くしゃ、と笑った。 「なんてな」 ふわり、とカミューを抱きしめる。 「俺も……心配だった。探しに行っていなかったらどうしよう、と思ったら怖くて任務に没頭するのがやっとだった……」 カミューの体温が無事だったことをようやく実感させて、安堵感からか本音が零れた。 「マイクロトフ……」 「無事で、よかった……」 肩に頬を擦り寄せるマイクロトフにカミューも背中に腕を回してきつく抱きしめ合う。 しかし、穏やかな時間は長くは続かなかった。 マイクロトフを呼ぶ声がして二人はハッとする。今は野営の準備にとりかかっている最中なのだ。入団したての二人にはやることが山ほどあった。 「まずい! 戻らないと!」 「……俺も行かないとな」 カミューは名残惜しげに言うと、離れ際にマイクロトフの手をぎゅっと握った。 「じゃあ、また後で」 「ああ……」 片手を上げて背中を向けるカミューにマイクロトフは一抹の寂しさを感じる。しかし、もう一度己を呼ぶ声に頭をひとつ振ると、大声で返事をしながらその方向に向かった。 マイクロトフが一人で回想して赤くなっていると、ふと地面に置いた手にぬくもりが触れた。 「っ、おい……っ」 「大丈夫。こうすればわからないよ」 カミューは言いながら羽織っていた外套の裾で2人の手を隠すように覆う。 ね、と首を傾げるカミューにマイクロトフはぷい、と横を向いた。その頬が赤いのは炎に照らされているだけではないのは明らかで、カミューは目を細める。何より。握った手が振り解かれないことが拒否ではないことを弁明に語っていた。 2人は何を話すでもなくただ、炎を見つめ、座っていた。昼間の激闘が頭を離れることはなく、奪った命、奪われた命が2人の心を重くする。だが、互いの手のぬくもりがそれを癒してくれるような気がして、2人はほぼ同時に握る手に力を込めた。 そのタイミングの良さに思わず顔を見合わせる。 言葉もなく見つめ合っていると、カミューが口を開いた。 「ねえ、マイク」 「なんだ?」 「無事に……帰ろうね」 ぽつん、と呟かれたセリフにマイクロトフは頷きそうになる。しかし、明日も戦闘があるのに気弱になっている場合ではない、と己を叱咤し、わざとぶっきらぼうに言い返した。 「……それは朝も言っただろう」 マイクロトフの態度にカミューもその意図に気付く。己の弱さに思わず苦笑が漏れた。 「そうか。そうだな。じゃあ……」 カミューはマイクロトフの耳元に唇を寄せる。 「帰ったらキスをしよう」 マイクロトフは真っ赤になってうつむいた。しかし、その首が横に振られることはなかった……。 おわり |