〜大嘘北風と太陽〜




 むかしむかし、あるところに。北風と太陽がいました。
 北風はまたの名をフリックといい、太陽はビクトールといいます。2人(?)は空から地上を眺めているだけの毎日で、とても退屈していました。ある冬の寒い日、2人はいつものごとく退屈していたので、勝負をしようという話で盛り上がります。
 どういう勝負にするか相談していると、地上を一人の旅人が通りかかりました。その旅人は20代半ばの青年のようです。漆黒の髪に漆黒の瞳、腰からは剣を下げた立派な体躯の持ち主でした。寒い風から身を守るように分厚い外套を羽織っています。
 それを見た、太陽・ビクトールがいいことを思いつきました。
「おい、あの男の外套を剥いだほうが勝ち、というのはどうだ?」
「外套を?」
 首を傾げる北風・フリックにビクトールは頷きます。
「ああ。方法はどうでもいい。先に剥いだほうが勝ちだ」
「おもしろそうだな」
 2人はにやり、と顔を見合わせました。
「どっちからやる?」
「俺が一瞬で終わらせてやるよ」
 フリックはそう言うと、強風を起こしはじめました。地上にいる青年は慌てて外套を胸元でかき合わせ、吹き飛ばされないようにします。フリックは負けじと力のかぎり風を強くしました。ですが、体格のいい青年はがっちりと外套を掴んで離しません。
 しばらく我慢比べが続きましたが、とうとうフリックが力尽きてしまいました。
 ぜいぜい言っているフリックをビクトールは、
「だらしねぇなぁ」
 と、笑います。フリックが悔しそうに、
「じゃあおまえがやってみろ!」
 と、言い返しましたが、ビクトールは余裕の笑みを浮かべます。
「頭を使うんだよ。まあ、見ていろ」
 ビクトールはそう言うと、地上にギラギラと厳しい日差しを降り注ぎはじめました。冬だというのに真夏の暑さのようです。それを見たフリックは、やられた! と思いました。この暑さでは青年はたちまち外套を脱いでしまうでしょう。
 しかし、青年はきつい日差しから肌を守るように外套をさらに深く被ったのでした。2人は知る由もありませんでしたが、青年は雪国育ちで肌が白く、日に焼けると赤くなってひりひりしてしまうのです。
 青年は暑いのを我慢して日差しから肌を守ったのでした。
 2人はあっけに取られて青年を見つめていましたが、先に我に返ったフリックが大笑いしはじめました。
「どうやら引き分けのようだぜ」
 フリックの、ざまあみろ、というふうな言い方にビクトールは悔しそうに唸り声を上げます。ですが、フリックもすぐ笑いを止めました。けっきょくは2人とも失敗してしまったのですから。2人はなんともいえない表情で顔を見合わせると、ほぼ同時に手強い青年を見下ろします。
 すると、その青年に一人の男が近づいていくのが見えました。


「ああ、酷い天気だった」
 急に強い風に吹かれたり、真夏のような日差しに晒されたりした旅人は、ようやく落ち着いた天気にほっとしていました。まさか空で北風と太陽が自分の外套を剥ごうと張り合っていたなどということは知る由もありません。ただ、己は運が悪かったのだ、と思うばかりです。
 そんな旅人に声をかける者がいました。
「どうされたのですか?」
 旅人が振り返ると、そこには一人の青年が立っていました。その青年は旅人と同い年くらいで、亜麻色の髪、琥珀色の瞳の持ち主でした。旅人と同様、分厚い外套を羽織っており、腰には剣を下げています。彼も旅をしているふうでした。
 人当たりのいい笑みを浮かべて尋ねてくる青年に、旅人は警戒心を抱く間もなく応えていました。己がたったいま体験した異常気象の話を誰かに聞いてもらいたかったのかもしれません。
「いや、急に吹き飛ばされそうなほど強い風が吹いたかと思ったら、その後に冬とは思えないほどに太陽がカンカンに照り付けてきたのだ。なにか天変地異の前触れだろうか?」
「それは大変だったね」
 旅人の話に青年は大仰に頷いてみせます。どこかわざとらしいしぐさでしたが、旅人は自分の話に少々興奮していて気付きませんでした。
「そうだ。さっき向こうのほうでいい洞穴を見つけたんだよ。そこに避難しよう」
 と、青年は早口にまくしたてると、旅人の腕を引いて突如歩き出します。旅人は突然の展開に目をぱちくりさせながら、とまどったような声を上げました。
「あ、あの? もう風も止んだし、太陽も隠れたし……?」
「またそんな天気になったら大変だろう?」
 さっ、早く、と有無を言わせぬまでの笑顔で言われ、旅人はつられるように頷いてしまいます。2人は歩き始めました。

 青年が見つけたという洞穴に向かいながら、どうしてこんな展開になったんだろう、と旅人は首を捻っていました。すると、旅人の腕を引っ張るように先を歩いていた青年が何かを思い出したかのように振り向きます。
「そういえばまだ名乗ってなかったね。私はカミューと言うんだ。君は?」
「マ、マイクロトフだ……」
「マイクロトフ。いい響きだね」
 青年・カミューが奇麗な笑みを浮かべて言いました。そんなふうに褒められたことがなかった旅人・マイクロトフは照れたようにうつむきます。カミューはそれを見てますます笑みを深くしたのでした……。

 カミューに案内された洞穴は確かに風も日差しも避けられそうな構造になっていました。少し奥に入っていくと岩が複雑に隆起しており、入り口から風が吹きつけてもうまく凌げそうです。
 マイクロトフが物めずらしそうにあちこちを見渡している間に、カミューは自分の外套を脱いで下に敷きました。そしてそれに腰を下ろすと、マイクロトフにも座るように促します。
「しかし、外套を脱いでしまってはカミューが寒いのでは?」
 マイクロトフがためらいながら問うと、カミューは満面の笑みを浮かべました。
「大丈夫。こうしないと背中を傷つけてしまうからね」
「え?」
 マイクロトフが首を傾げた隙にカミューは少々強引に腕を引いて隣に座らせてしまいます。マイクロトフは恐縮しながらも、背中じゃなくて尻の間違いかな、と、カミューが先程言ったセリフの意味を考えていると、カミューがマイクロトフの肩をぎゅっと抱いてきました。
「カミュー? 寒いのか?」
 マイクロトフは自分を座らせるために外套を脱いでしまったカミューを気遣って問いかけます。しかし、カミューから返ってきたのは、質問とまったく関係のないことでした。
「ねえ、運命って信じる?」
「は?」
「ちなみに俺はそんな陳腐なもの、信じたことがなかったんだけど。でも、これが運命なのかなぁって」
「え?」
「陳腐でもいいや。すごいどきどきしてる……」
「カ、カミュー……?」
 マイクロトフはカミューが何を言い出したのかさっぱりわかりませんでした。ただ、なぜかひしひしと身の危険を感じます。肩に回した腕を腰に移動させ、じり、とにじり寄ってきたカミューに、マイクロトフの本能が、逃げろ、と命じました。
 マイクロトフはカミューの腕を振り払って立ち上がると、洞穴の出口に向かって走り出そうとします。しかし、カミューの手が一瞬早くマイクロトフの外套の裾を掴みました。
「うわっ!」
 バランスを崩してしまったマイクロトフにカミューは素早く足払いをくらわせ仰向けに倒します。慌てて起き上がろうとするマイクロトフにカミューは圧し掛かり、軽々と抑えつけました。体格はマイクロトフのほうがいいというのに、どこにそんな力があるのでしょうか。
「さあ、こんなよれよれになってしまった外套など、さっさと脱いでしまったほうがいいよ」
 カミューはとてもとても優しげな笑みを浮かべ、それに負けないくらい優しい声音で言いました。マイクロトフの外套は、先程の強風によって千切れそうなほど弄られ、その後に強烈な日差しに照らされたせいで大量に汗をかき、確かによれよれになっていました。しかし、こんな体勢で言われても親切心で言ってるようにはとても思えません。
「い、いや、遠慮する……! こんなに寒いのに脱いだりしたら風邪を引くからな……!」
 マイクロトフは顔中に汗をかきながら必死に言い募りました。ですが、にい、と笑みを深くしたカミューを見て、墓穴を掘ってしまったことを悟ります。
「大丈夫。すぐ寒くなんかなくなるからね……」
 カミューの手が、マイクロトフの外套にかかりました……。


 空の上では。
 北風と太陽が石のように固まっていました。彼等は勝負のターゲットになった旅人をなんとはなしに観察していたのです。ですが、目下で繰り広げられた、あまりにも予想範囲を越えた光景に、すっかり凍ってしまったのでした。
 そうしてる間にも、あれよあれよと自分たちがあれほどてこずった旅人の外套が脱がされていきます。
「あの男の勝ちだな……」
「ああ……」
 どうでもいいことを2人はつぶやきました。


 一方、地上では。
「カッ、カミュー! 離せ! 何をする!!」
「マイクロトフっ! 俺の運命の人になってくれ!!」
「こんな体勢で何を言うかーっっ!!!」
 洞穴から絶叫とも怒声ともつかない大声が響き渡りました。
 哀れな旅人の運命やいかに?!



 つづきません




55555HITしてくださった山口なおこさまのリクエストで
「思いきりギャグで」でした。
太陽を赤にしようかと思ったのですが、
展開が読めてしまうかな、と思い変更。
いや、展開は一緒ですが……(笑)

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