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マイクロトフに聞きたいことがある。 おまえにとって俺はなんなんだろう……と。 カミューは手すりに腕を乗せ、その上に顎を乗せた格好で、ふう、とため息をついた。吐いた息が白い煙となって空に舞っていく。 季節はまもなく春を迎える。だが、まだ冬の気配が濃く、外に出るには厚い上着が手放せない。こんな寒い日にロックアクス城の屋上に来る物好きはいないだろう、と、この場所を選んだのだ。……一人になりたくて。 ゆうべの出来事が一時も頭を離れない。マイクロトフを傷つけ、そして、自分も傷ついた。 カミューは遠い景色を見ながらぽつん、と呟いた。 「なんで好きだって言っちゃいけなかったんだよ……」 聞いたのはおまえのほうだろう……? 普段はてんで鈍いくせに、なぜか自分のことに関しては妙に鋭くて、俺はマイクロトフの前に出ると丸裸同然なってしまう。切羽詰まった心を押し殺し、普段どおりの何気なさを装っていたつもりが、とうとう問い詰められてしまった。なのに、肝心なところではやはり鈍いままで。仮面を剥ぐだけの目があるなら、俺がどうしておかしくなったのかぐらい悟ってみせろっていうんだ。 カミューはやつあたりのようにマイクロトフを責める。そうでもしないと泣き出しそうなくらい精神的ダメージを受けていた。 態度がおかしいということに気付いたとしても放っておいてくれればよかったのに。「なんでもない」と言ったセリフで納得してくれればよかったのに。 そうすれば。どちらも傷つかずにすんだだろう……? 「ああ、もう!」 カミューはがしがしと頭を掻き毟った。ゆうべのマイクロトフとのやりとりが、ふと頭をよぎる。 『どうしてそんなことを言うんだ!』 『言えと言ったのはおまえだろう!!』 『そ、そんなことを聞きたかったんじゃない……!』 じゃあ、どんなことを聞きたかったんだ? 人間関係で悩んでいるとか? 欲しい物があるのにお金が足りないとか? そんなことで悩む俺じゃないということぐらいわかっているだろう?! いらいらする。 聞きたい、というから。俺を追い詰めるから。俺は観念して告白したというのに、おまえは聞いたとたん、俺の想いを拒否した。それは俺自身を拒否したと同じだということに気付いているか? そんなに邪恋を抱いた俺が許せないなら……。 「じゃあ、殺せよ」 カミューはくるり、と振り返って言った。背後には。カミューを探しにきたのか、マイクロトフが近づいてきていた。カミューがいきなり振り返ったのと、発言に驚いたのか、目を見開いている。 「カ、カミュー……、何を……」 「おまえは俺のすべてを拒否した。なら、俺は存在している理由がない」 カミューは静かに言うと、マイクロトフのほうに1歩踏み出した。マイクロトフは目を見開いたままその分下がる。その、どこか脅えたような雰囲気にカミューは嗜虐心に似た感情が湧き出てくるのを感じた。 「おまえが気付かなければよかったんだよ。おまえが俺の中に踏み込んでこなければよかったんだ」 「カミュー……」 「自分から消えろ、なんて都合のいいこと言うなよ。おまえが壊したんだから」 殺してよ、とカミューは疲れたように笑った。マイクロトフは金縛りにあったようにじっとしている。お互いの吐く白い息がぶつかっては消えていくのを、カミューはまるで自分たちみたいだ、と思った。 正面から向き合ってしまえば、消えてしまうほど脆い関係だったのだ。 多少のことでは壊れない、と思っていたのは過信以外の何者でもなかった。いや、自分だけがそう思っていたのかもしれない。 カミューは唇を噛みしめながらマイクロトフの反応を待った。マイクロトフもそれを悟ったのか、逡巡しながらも口を開く。 「俺は……」 緊張のあまりか、いつもはきはきと明瞭に話す彼らしくもなく、声が掠れていた。カミューは胸の奥がちくり、とするのを感じながら続きを待つ。 「俺は……カミューの気持ちがわからない……」 「わからない、じゃなくて、気持ち悪い、だろう?」 「ち、違う……!」 「ずっと親友だと思っていた男に性欲の対象として見られていたなんて、吐き気がするほどおぞましいだろう?」 「違う! カミュー!!」 マイクロトフは怒鳴ると、カミューの頭を引き寄せた。 「おまえは……っ、泣くくらいなら、自分を傷つけるようなことを言うな!」 引き寄せられた拍子に頬を何か温かいものが伝って、カミューはようやく自分が泣いていることに気付いた。泣こうだなんてこれっぽっちも思っていなかったのに、とカミューは驚きに目を見張る。 「……なんで俺が泣いてるんだ?」 「しるか。俺が聞きたい」 マイクロトフは困惑しつつもカミューの頭を自分の肩口に強く押しつけた。 「どう考えても泣くのはおまえのほうだろう?」 俺に傷つけられたのだから。俺に裏切られたのだから。 カミューが釈然としなくて呟くと、マイクロトフは渋面になる。 「どうして俺が泣かなくてはいけないのだ」 「……薄情だな」 俺なんかいなくてもどうってことないということか、と、カミューは先程の憶測が正しかったことに自嘲した。涙があとからあとから溢れてきて、一向に止まる気配がない。こんなに泣いたのは初めてで、カミューは止める術を知らなかった。 「……やっぱりおまえの前では丸裸だ」 「え?」 「マイクロトフは俺の心の壁もずっと隠してきた気持ちもすべてぶち壊した。おまえが悪いんだ」 「カミュー……」 責める、というよりは泣き言のように言うカミューに、マイクロトフはしばし黙り込んだが、ようやく口を開いた。 「俺は……どうすればいい?」 「っ!」 カミューは、マイクロトフがこんな状況でも自分に頼ろうとしているのか、とカッとなって顔を上げた。だが、マイクロトフの視線にぶつかって息を飲む。その表情は、逃げるものではなく、真正面から向き合うことを決意したものだった。 「俺はおまえが殺せない。ならば、おまえが望むとおりにすれば、それで満足なのか?」 「マイクロトフ?」 彼らしくもなく静かな口調に、カミューはマイクロトフの心理が読めず、とまどいを隠せない。マイクロトフが怒っているのか、同情しているのか、あきらめたのか……まったくわからなかった。 そんなカミューにかまわず、マイクロトフは表情をまったく消したまま口を開く。 「俺の気持ちがどうあろうと、おまえのものになれば、それでいいのか?」 言いながら指を伸ばし、カミューの目から溢れている涙を少し乱暴な手付きで拭った。カミューは茫然とマイクロトフを見つめながら、心の中で自問した。 マイクロトフが……俺のいいなりになる……? それで気がすむのか、と言われれば、暗い満足感がちらり、と浮かばないわではない。だが……。 まいったな、とカミューは苦笑した。どうあってもこの男にはかなわないらしい。 「降参だよ、マイクロトフ」 「カミュー?」 「おまえの言うとおりだ。おまえが犠牲の精神で俺のものになっても俺が喜べるはずがないな……」 俺が好きになったのはマイクロトフのすべてなのだから。彼らしさを失っては意味がないのだ。 カミューは目を伏せて、ふう、と息をつく。そして、次に顔を上げたときにはどこか吹っ切れたような晴れ晴れとした表情を浮かべていた。 「俺はこれからいろんな努力をするよ。おまえを傷つけないように。 だから、マイクロトフも少しは考えてくれるかい?」 「ああ。おまえの気持ちにちゃんとした答えを出せるよう、努力する」 マイクロトフは琥珀色の瞳を捉え、真剣な面持ちで頷く。カミューは、ああ、この顔も好きなんだよな、と思いながら目を細めた。 「ねえ、マイクロトフ」 「なんだ?」 「おまえにとって俺ってなに?」 「……代わりのいない、大事な……存在だ」 少しためらったのは、『友人』という単語を使えなかったからだろうか。カミューは、1歩前進かな、と嬉しく思う。 もうすぐ雪が溶け、春が来る。 彼の真っ白だった心に、少しは自分の色を混ぜてくれるだろうか……。 おわり |