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「ねえねえ、俺ってかっこいい?」 机を挟んで向かい合い、目線を同じくするために膝立ちしているカミューが頬杖をついた格好で聞いてきた。マイクロトフはちょっと顔を上げたが、すぐ書類に視線を戻すと、 「……顔はな」 と、そっけなく応える。カミューはともかくマイクロトフは執務中である。一瞬、無視しようかと思ったが、後がうるさそうなので、とりあえず相手をしてやったのだ。すると、カミューは手の甲を口にあてて、 「がーん。顔だけ?!」 と、ショックを受けたように言う。マイクロトフは相手したことを後悔し、今度はさっくり無視した。これくらいのことでいちいち怒っていてはカミューの相手は務まらない。しかし、カミューが立ち上がって机から身を乗り出し、 「ひょっとしてマイクって俺の身体目当て?!」 と、問い詰めてくると、マイクロトフもつられて立ち上がり、バンっと机を叩くと、 「それはこっちのセリフだ!! 3日もあけずに夜這いしてくるくせに!!」 と、怒鳴り返してしまう。頭では、相手をするだけ時間の無駄、と、わかっているのだが、カミューはマイクロトフの感情を逆撫ですることに関しては天才的だった。いや、マイクロトフに関することなら何においても天才なのだろうが……。 カミューはといえば怒鳴られたところでこたえるはずもなく。寧ろ、相手をしてほしかっただけなので、内心しめしめと思いつつ、再びしゃがみ込んで机に顎を乗せ、のほほんと応える。 「えー? だって、マイクが誘惑するんだもーん」 「おっ、俺がいつそんな真似をした?!」 誘惑している、などと言われて、マイクロトフは少し赤くなりつつ反論する。カミューはその様子に目を細めて、 「いつも」 と、応えるともう一度立ち上がり、立ったままのマイクロトフの顎を掬った。間近に瞳を除き込む。 「その、黒曜石のような瞳で俺を虜にするんだ……。俺はおまえを見ていると、いつも鼻血が出そうだよ」 「…………俺はおまえを見ているといつか吐血しそうだ……」 うっとりとした様子でこっぱずかしいセリフを紡ぐカミューにマイクロトフはげんなりと応えた。普段は憎らしいくらい冷静沈着な男なのに、自分の前ではこの低落。この落差はなんなんだ、と思わずにいられない。 「そんな……。血を吐くほどいい男かい?」 「あほか、おまえは」 どう見ても本気で言ってるふうなカミューをマイクロトフは半目になって睨みつけた。そして、顎を捉えているカミューの手を引き剥がそうと手首を掴もうとするが、カミューの行動のほうが一瞬早かった。 「俺の感謝の気持ちだよっ」 カミューは言うなり机に片膝をついて乗り上がり、マイクロトフに口付ける。避ける間もない、見事なまでの早業だった。……これほどまでの素早い動きならば、ぜひとも他に向けてほしいものである。 カミューは、咄嗟に反応することができなかったマイクロトフの口腔にやすやすと侵入を果たした。嫌がって首を振ろうとするマイクロトフの顔を両手で挟み、口内を隈なく貪る。そして、舌を絡めようと奥に伸ばすとマイクロトフは必死に逃げに出た。しかし、こういうことでマイクロトフがカミューにかなうはずもなく。短い攻防の末、カミューは強情に逃げようとするマイクロトフの舌を捉えることに成功し、絡め取ると強く吸った。 「……んっ…………!」 くぐもった声を漏らし、肩を押しやろうとしていた手から力が抜ける。カミューは背中に手を回し、引き寄せて深く抱き込んだ。 こうなってしまうと性とは悲しいもので、長年カミューに培われてきたマイクロトフの官能は理性とは関係なく、応えて更なる快感を得ようとしてしまう。マイクロトフはなんとか抑え込もうと頑張ったが、カミューの手が背骨をなぞるように動きはじめると白旗を上げざるを得なかった。悔しそうに間近の琥珀色の瞳を睨みつけるが、その瞳が、してやったり、といわんばかりに細められると、きつく目を閉じてカミューの口付けに応えていった。 濡れた音を立てながら互いの呼気を奪わんばかりに深く激しく貪り合う。それはマイクロトフが根を上げるまで続けられ、背中に回った手がドン、と叩くのを合図に口付けは解かれた。はあ、と互いに深い吐息を漏らして唇が離れる。飲みきれなかった唾液がマイクロトフの顎を伝い落ちた。何気なく2人の視線がその雫を追う。 「「あ」」 ポタ、と滴り落ちた先は……書類の上だった……。 提出された書類を手にしたシュウは、文章内にインクが激しく滲んでいる個所があるのに気付いた。それは明らかに何かを零したような跡。 この書類は軍の編成案を書いたもので、まず騎馬隊頭領たちに見せ、意見を聞いてから城主たちに報告するつもりだった。同盟軍のリーダーはもちろん城主だが、彼はまだ戦場の経験が少なく、こういう軍事に関することにまだ通じていない。それよりは都市同盟の軍事を担っていたマチルダ騎士団の筆頭であったこの2人に相談するのが妥当といえた。 それが……。 「……これは、大事な書類だと言ってあったと思うが?」 シュウがはっきりと怒りを含んだ口調で言いながら顔を上げると、書類を持ってきた元マチルダ騎士団・青騎士団長はうつむいたまま口を開いた。 「も、もうしわけない……。そ、その、昼寝をしてて、涎を垂らしてしまったのです……」 赤くなってしどろもどろに謝罪する姿は、粗相してしまったことを恥じているように見えた。しかし。 「マイクロトフ! おまえが罪を被ることはない! 軍師殿、実は私が、目の前でうまそうに昼食を食べるマイクロトフを見て、つい涎を垂らしてしまったのです!」 背後にいた同じく元・赤騎士団長が慌ててマイクロトフを庇うように前に出る。すると今度はマイクロトフが驚いたように腕を引いた。 「何を言うんだ、カミュー! 軍師殿、俺が垂らしたんです!」 「いいや、私です!」 互いを庇うように「俺です!」「私です!」と叫び合う2人を見て、シュウはなんとなく事情がわかってしまった。何があったかはあえて聞くまい。だが……。 つまりは紛れもなく涎なんだな……。 「もういい……。わかった……」 うんざりした様子で口を開く。できることなら今すぐにでもこの書類は焼いてしまいたい衝動に駆られたが、生憎シュウにはその術がなかった……。 おわり |