〜最高の贈り物〜




 カミューはいつのまにか握り締めていた手をそっと開いた。いつから握っていたのかわからないが、手袋ごしに汗ばんでいるのを感じて、内心苦笑いする。けっこう図太いつもりだったが、いつのまにか雰囲気に飲まれていたらしい。自分ですらこうなのだから、と隣を歩く真面目な男をちらり、と見やった。案の定、凛々しい眉が吊り上がり、唇は真一文字に引き結ばれ、厳しい顔つきをしている。
 カミューはそっと懐中時計を取り出し、日付が変わったのを確認すると、口を開いた。
「マイクロトフ」
「ん?」
「こんなときになんだけど……誕生日おめでとう」
 突然の言葉にマイクロトフは驚いて足を止めた。カミューは一瞬反応が遅れ、数歩先に行ってしまってから立ち止まり、振り返る。マイクロトフは顎に手をあて、考えるそぶりをみせると、
「そうか……。そうだったな……」
 と、独り言のように呟いた。
「やっぱり忘れていたな」
 くすくす笑うカミューにマイクロトフはばつの悪そうな顔をした。
「しょうがないだろう。こんな状況なのだから」


 2人は同盟軍の本拠地の周りを見回りにきていた。
 昼、狂皇子ルカ・ブライト率いるハイランドとの戦闘に破れ、城内に絶望ムードが流れる中、突如飛び込んできた、同盟軍の運命を左右するほどの情報。

 今夜、ルカ・ブライトが同盟軍に夜襲をかける。

 情報の出所が出所だけに、鵜呑みにするのは危険だとか様々な議論を呼んだが、結局はこの噂に賭けるしかなかった。情報の出所、ハイランド側も狂皇子の排除を願っているであろうことを信じて。父・アガレスを暗殺し、ハイランドの王となったルカ・ブライト。彼の凶行ぶりは破壊の一途を辿っていた。ハイランドとて、自分たちの王とはいえ、ルカの凶行をこれ以上許していてはこの先にあるのは破滅のみだということはわかっているのだろう。直接手を下すよりは、敵である同盟軍の手を汚させようという魂胆はわかっていたが、それに乗る以外手はなかった。
 失敗は許されない。今夜、負ければそれはそのまま同盟軍の壊滅に繋がる。夜の帳が降り、緊迫した空気が流れる中、カミューとマイクロトフは城外の見回りを引き受けていた。
そして、先程、日付が変わったのだ。マイクロトフが生まれた日へと。


「だが、本当に、こんなときになんだな」
 苦笑するマイクロトフにカミューは宥めるように微笑んだ。
「そうだね。でも、こんなときだからこそ言っておきたかったんだ」
「そうか……。ありがとう、カミュー」
 マイクロトフがちょっと照れくさそうに笑うと、ようやく張り詰めていた空気が緩んだ。

 何度も死線をくぐり抜けてきたつもりだった2人でも、これほどまでに死を身近に感じたことはなかった。それほどに、あのルカ・ブライトという男は『死』を纏っている。勝たねばならない、と思う反面、本当に勝てるのか、という絶望感のようなものがどうしても振り払えずにいた。口を開くと弱音が出そうで、自然、2人ともほとんど口をきいていなかったのだ。

 空気が緩むとカミューにもいつもの調子が出てくる。おどけた様子で片目を瞑ってみせた。
「さすがにここにプレゼントは用意してないけどね。とりあえず、俺をあげるよ」
「は?」
 目を点にしたマイクロトフがおかしくてカミューはさらにふざける。
「俺を好きにして♪」
 自分を抱きしめて、くねっと身体を捩るカミューにマイクロトフは呆れたようにため息をついた。
「……いらん」
 憮然とした口調にカミューは、あはは、と笑う。
「まあまあ。そんな冷たいこと言わないで。
 ……俺のこれからの未来を、おまえにあげる」
「え?」
 思いもしないセリフにマイクロトフがカミューを見ると、カミューは微笑みつつも琥珀色の瞳に真摯な光をたたえていた。
「一年後も10年後も。俺の未来はおまえのものだ。おまえが望んでくれるなら傍にいるよ」
「カミュー……」
 マイクロトフはカミューの言葉にしばし考え込んだが、やがて口を開いた。
「それは……これから先、勝手に死なない、ということか?」
 今夜も。この先も。
 マイクロトフの真剣な問いにカミューはわずかに目を細める。
「……おまえが望むなら」
「誓えるか?」
 カミューは真剣な表情を崩さないマイクロトフの手を取ると自分の胸に押し当てた。
「俺のいちばん大事なマイクロトフに誓うよ。何があってもおまえだけは裏切らないからね」
「そうか……」
 マイクロトフはひとつ頷くと、
「ならば、しかたない。貰ってやろう」
 と、笑った。カミューは胸に押し当てていた手を口許に持っていき、そっと手袋ごしに口付ける。
「光栄です。ご主人様」
「誰がご主人様だ」
「だって、俺の未来を握ってるわけだから?」
 手の甲から顔を上げたカミューが、にや、と意味ありげに笑うと、マイクロトフは手を奪い返しながら、負けじと意地の悪い笑みを浮かべた。
「そういうことなら、変な真似をしたらすぐ捨ててやるからな」
「変なことだなんて心外だなぁ。こんなに尽くしているのに」
 カミューはわざとらしく肩をすくめると、マイクロトフの腰を抱き寄せた。間近に顔を覗き込んで、
「なんなら、ここでも尽くしましょうか?」
 と、色を含んだ声で囁く。マイクロトフは半目になって、
「おまえの人生は俺のものだったな。……消え失せろ」
 と、冷たく言い放った。てっきり真っ赤になって怒鳴ってくると思っていたカミューは、成長したなぁ、とへんな感心をしながら舌を出す。
「残念ながらまだ契約が済んでいないから、マイクにまだその権利はないんだよ」
「契約?」
 訝しげに眉をひそめるマイクロトフにカミューはにっこり笑った。
「そう。領収書をもらってないからね」
「領収書?」
 カミューは軽く目を閉じて、つんつん、と自分の唇をつついた。
「はい、どうぞ」
 それが何を意味するかわからないほど付き合いは浅くない。マイクロトフは呆れたようにため息をつくと、
「いらん」
 と、そっけなく断った。カミューは、手の甲を口にあてて、がーん、とショックを受けたように言う。
「ええーっ?! 貰ってくれるって言ったじゃない!」
「こんな阿呆な真似に付き合っていられるか!」
「男が前言を撤回するわけ? 貰ってくれるって言ったのにー」
 言った、言った、と子供のようにはやしたてるカミューに、マイクロトフはこめかみを押さえた。さっきまでの真面目な態度との落差に、呆れを通り越して本気で見捨てたくなってくる。しかし、けっきょくはそれをしないのは心底惚れている、ということなのだろうか。悔しいことに。
「まったく……。その姿、ご婦人たちに見せてやりたいものだな」
 マイクロトフは言いながらカミューの顎に手をかけた。カミューが驚いたように目を見開いたが、かまわず目を閉じ、軽く口付ける。
「ほら。これで文句あるか?」
「…………ありません」
 カミューは茫然と自分の口に手をあてて応えた。そして、今、我が身に起こったことを理解すると感極まったように抱き着こうとする。
「マイ……っ」
「契約は済んだな。では、俺の前から消え失せろ」
 なぬーっと硬直するカミューにマイクロトフは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。完璧にカミューの負けである。
「ううう……。手強くなったね……マイク」
「ひとつ歳をとったからな」
 ほら、とっとと行くぞ、と、マイクロトフはがっくりとうなだれたカミューの背中を叩いて歩き始めた。カミューは、こんなはずでは……とぶつぶつ呟いていたが、気を取り直してマイクロトフの後を追う。隣に並ぶとマイクロトフの顔を機嫌を伺うように見上げた。
「明日、じゃないか。今日の夜、お祝いしようね?」
「ああ……そうだな」
 返ってきた視線は思いがけず優しく、少し照れくさそうだった。その表情にどきり、としたカミューはマイクロトフの頭を引き寄せて耳元で囁く。
「キスしたい……」
「さ、さっきしただろう!」
「さっきはマイクから。しかも領収書。今度は俺から。ささやかな誕生日プレゼントを」
 言いながら顔を覗き込めば先程までの優勢ぶりはどこへやら。真っ赤になって視線はさまよい、完全に落ち着きをなくしている。はっきりと拒絶がないのをいいことに、カミューは念のため、と木陰にマイクロトフを引っ張り込むと口付けた。抵抗するかと思われた腕が静かに背中に回ると、口付けは自然深くなっていく。
 ぬくもりを分かち合うとゆっくりと唇が離れる。カミューは離れていく頭を引き寄せ額を合わせた。
「絶対無理はするな」
「おまえこそ。誓いを忘れるなよ」
「承知しました。ご主人様」
「おまえな……!」
 くすくすと笑い合うその表情は死地に向かうものではなかった。それは生きる道を力強く歩むもの。
 2人は一通り笑い合うと、肩が触れそうなくらいの距離で歩き続けた。ときどきはずみで触れる互いの手を握ったり掠めたりして戯れを繰り返す。
 そうしているうちに城回りを一周し、灯りが見えてきた。さりげなく2人の間が広がる。恋人から、戦友の距離へと。

「いくか」
「ああ」

 2人は拳を合わせた。



 おわり




36000HITしてくださった青猫さまからのリクエストで
「赤から青へプレゼント」でした。
センスのかけらもない私が、カミューさんからのプレゼント……と
考えていたらリボンを自分に巻きつけて「もらってー!」とやってる
カミューさんしか浮かびませんでした……。


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