〜異国文化を学ぼう!〜




「カミュー、なんだ、それは?」
 マイクロトフは部屋に入ってきたカミューが手に抱えているものを指差した。カミューはにっこり笑うと手に持っていたものをばさっとベッドに広げる。それは、T字の形をした大きな布だった。色は深い群青。
「着物、というものだそうだよ。ほら、タイ・ホー殿とヤム・クー殿が着ているだろう?」
 2人の名前を出され、マイクロトフは2人の姿を思い出す。変わった格好をしているとは思ったが、これを着ていたのか、と着物をしげしげと見つめた。ここ、同盟軍にはいろんな出身地の人間が集まっているから、服装や生活習慣もさまざまだ。生まれも育ちもマチルダのマイクロトフには物珍しいものがたくさんある。
「なるほど……。で、これはどうしたんだ?」
「え? マイクロトフに似合うと思って一着借りてきたんだ」
 にこにこ。
 なにやら上機嫌に応えたカミューにマイクロトフは嫌な予感がした。確かにマチルダにはない服に興味がないわけではないが、カミューがこういう顔をするときは大抵なにか裏がある。
「俺が……着るのか?」
 わずかに眉を寄せたマイクロトフに、カミューはスマイル全開で用意していたセリフを口にした。
「ヤム・クー殿の話だとね、着物ってぴんと背筋が伸びた人が着ると、さまになるんだって。マイクロトフなら上背もあるし、きっと似合うと思うって言ってたよ」
 さあさあ、とカミューは着物を手にするとマイクロトフのほうに差し出した。マイクロトフは反射的に受け取ってしまってから、布地が随分薄いことに気付く。マチルダ騎士団の制服は騎士団、という性質上、布地は厚い丈夫なものを使っている。そして、肌が剥き出しになる部分がないよう、かっちりと着込む。肌が見える部分があると戦闘中にどうしても狙われるからだ。それに比べて、この着物という服は薄い布1枚で、タイ・ホーやヤム・クーを見るかぎり、胴体を1本の幅の広い紐のようなものでくくってあるだけである。
「ね? 着てみてよ」
 カミューはおねだりするように首を傾げ、「これは帯っていうんだって。これで着物を縛ってね」と長い布地を渡す。マイクロトフは帯を受け取りながら、じと、と疑いの視線を向けた。
「何か企んでいるんじゃないだろうな……?」
「え? 企むって何を?」
 わざとらしいまでの笑顔で即答するカミューにマイクロトフはますます不信感を募らせる。
「……おまえが着ればいいだろう?」
「俺よりマイクのほうが似合うって! ね、ちょっとだけでいいからさ。この服、どんな構造になってるか興味ない?」
 気になっていたことを突かれ、マイクロトフは言葉に詰まった。興味はあるのだ。ただ、カミューの態度が気になるだけで……。
マイクロトフは逡巡したが、けっきょくは好奇心に負けた。
「わかった」
 着てみて、カミューが何かしようとしたらさっさと脱げばいいだけだ、とマイクロトフは着物を着ようと広げてみた。そして、そのまま羽織ろうとして、着物を着ている2人の姿を思い出し、着物の下は何も着てないのでは、ということに気付く。
「ひょっとして……脱ぐのか?」
「そう。あ、さすがに下着は履いてるみたいだけど」
「あたりまえだろう……」
 マイクロトフは、嫌な予感はこれだったのか? と思いつつ、カミューに「後ろを向いていろ」と言うと、カミューはあっさり従った。ここで何かしかけてくる、と内心身構えていたマイクロトフは少々拍子抜けしながらカミューが背中を向けたのを確認して、服を脱ぎはじめる。そして、下着1枚になると着物に袖を通した。布地がひんやりと冷たくて、一瞬、鳥肌が立ったが、滑らかな肌触りが思っていたより心地良い。両袖を通してみても肩に少し布の重みがあるだけで、あんまり服を着てる、という感じがしなかった。だいたい、羽織っただけだと前は全開になっているため、肌を晒しているようなものである。マイクロトフはなんとなく気恥ずかしくなって、きっと帯を締めれば服らしくなるはず、と、早く縛ってしまおうとした。そして、
「……どうやるんだ?」
 前の合わせがどうなっていたか、帯がどのように縛られていたか、など、普段から人の服装を注意して観察するタイプではないマイクロトフには思い出そうとするだけ無駄である。一生懸命タイ・ホーとヤム・クーの姿を思い出しながら何度か格闘してみたが、帯は長すぎるし、前の合わせもうまくいかない。ギブアップするしかなかった。
「カミュー……、どうしたらいいんだ?」
 途方に暮れたような声にカミューは笑いを噛み殺して振り返る。マイクロトフは帯を片手に、前の合わせを手で握り締めている、というなんともしどけない格好で立っていた。その顔は恥ずかしいのか悔しいのかわずかに赤い。
「コツを掴むまでは難しいと思うってヤム・クー殿が言ってたよ」
 慰めを口にしながらカミューは前の合わせを握っているマイクロトフの手を外させ、両方の襟をピン、と引っ張るように生地を伸ばしてから左側を前に合わせて形を整える。そして、帯を腰に二重に巻き、後ろで縛った。
「はい。いっちょあがり」
 声と共にぽん、と後ろの結び目を叩く。
「どう? 着心地は」
 マイクロトフは締められた帯に窮屈感を覚えながら身体を捩ってみた。腕や、胸元、足などがすーすーと風通しがよくて何やら落ち着かない。
「腹が窮屈であまり食べられなそうだ」
 マイクロトフの感想にカミューはぷっと吹き出す。あまりにも彼らしい意見だ。
「そう? とてもよく似合っているけどね」
 確かに長身のマイクロトフの着流し姿はさまになっていた。黒髪と群青の着物が見事に調和していて、静の雰囲気をかもしだしている。
「歩けばすぐ足が剥き出しになりそうだ。タイ・ホー殿はよくこんなものを着て戦闘ができる」
「うーん、何事も慣れってことかな? きっと彼らにしてみれば、俺たちの格好こそ重そうで動きづらそうに感じてるだろうしね」
「なるほどな」
 カミューの言葉にマイクロトフは納得したように頷くと、そういえば、と思う。
「ところで、どうしてカミューは着方を知っていたのだ?」
「ああ、ヤム・クー殿に聞いてきたんだよ。まさか、着方も知らないでマイクロトフに着せるわけにもいかないだろう?」
 用意周到な彼らしい返答にマイクロトフは素朴な疑問をぶつけてみる。
「合わせは左が前、と決まっているのか?」
「うん。逆だと、亡くなった人に着せる着物になってしまうそうだよ」
「そうなのか? 右か左か、なんてわかりづらいな。間違えそうだ」
 眉を顰めたマイクロトフに、カミューは内心にやり、としつつ、さりげなく背後に立った。
「それもヤム・クー殿に聞いたよ。人って大抵、右利きだろう?」
「? ああ」
「右手が懐に入りやすいように、左を前にするんだって」
 と、カミューは説明しながら自分の右手をマイクロトフの懐にしのばせる。
「なっ、カ、カミュー! どこを触って……!」
「いいよねー。着物って。手を突っ込んでください、と言わんばかりに開いた胸元とか、ムラムラきちゃう」
 カミューは、んー、とうなじに口付けた。条件反射で首をすくめるマイクロトフの足の合わせに左手を侵入させ、撫で上げる。
「っ、カミュー! ふ、ふざけるな……っ!」
 マイクロトフは上擦りそうな声を抑え、肘でカミューの身体を引き剥がそうとするが、そんなことは予測済みだったカミューはやすやすとそれをかわし、帯をほどきにかかった。
「着るのも簡単だけど、脱がせるのも簡単だよねー。マチルダにも着物を着る習慣があったらよかったのに」
 するり、と結び目を解いてしまえば帯はばさっと床に落ち、着物はただの布同然に無防備になってしまう。慌てて前合わせを手で掴み締めたマイクロトフをカミューは背後からタックルのように体当たりして、自分もろとも倒れ込む。倒れ込んだ先はベッド。
「カミュー!!」
「良いではないか、良いではないか♪」
 カミューは楽しそうにタイ・ホーに教わったちょっといかがわしい昔話の口調の真似をしながら、もはやマイクロトフの手だけが支えになった着物を脱がしにかかった。
「ほんとは『くるくるくる、あーれー』ってのもやってみたかったんだけどね」
「なっ、なんだそれはっ!!」
「後でやって、あ・げ・る♪」
「いらんっ! 離せ!!」
 じたばたと暴れるマイクロトフだが、背後を取られているため完全に分が悪い。
「往生際が悪いよん」
 着物をずり下げられ露わになった背中に、カミューの唇が落ちた。そのまま、つつ、と舌で背骨を辿られてマイクロトフの背中が仰け反る。
「っく……! カミュー……っ!」
 後ろを振り返り悔しそうな唸り声を上げるマイクロトフに、カミューは艶やかな笑みを返した。

 やはり己の勘を信じるべきだった……。

 マイクロトフは快楽の波にさらわれながら心底後悔した。


 そして数日後。もう一度着物を着せようとするカミューとそれを拒むマイクロトフの間で激しい攻防が繰り広げられるのである。



 おわり




5800HITしてくださった遼。さまからのリクエストで
「着物をテーマに」でした。
着物の前合わせの話は昔、誰かに聞いた話ですが、
真っ赤な嘘かもしれません(汗)
ただ、覚えるのに便利だから、とおしえてもらったのかも。
それにしても着物っていかにも脱がせてください、って
感じですよね?(爆)


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