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優しく髪を撫でる感触に目が覚めた。 マイクロトフは一瞬状況がわからず、記憶の糸をたどる。そして、意識を飛ばす直前までに行きつくと、ああ……、と心の中でため息をついた。 また……途中で意識を失ったのか……。 髪を撫でているのはついさっきまで自分の身体を征服していた男。マチルダにいた頃からもう数え切れないだけ夜を共にしているというのに、自分は彼の激しい熱にいまだ慣れることができず、翻弄されっぱなしだった。途中で必ずわけがわからなくなって、ひどいときは今日のように意識を飛ばしてしまう……。 カミューはマイクロトフが目を覚ましたことに気づかず、ゆっくりと髪の感触を楽しむように撫で続けていた。 また……無茶をさせてしまったな…… かすかに苦笑いする。 いつも冷静でいようと思うのに。彼にできるだけ負担をかけさせないように気を使っているのに。必ず途中で理性の糸が切れる。底なしに貪欲になって、深く深く求めてしまう。 でも…… 「さすがに……飽きたかな……」 カミューはつぶやくと撫でていた手を止め、マイクロトフの頭をいつものように抱き込んだ。額にキスをひとつ落として眠る体勢に入る。 ……腕の中でマイクロトフが硬直していることに気づかず……。 髪を撫でる感触の心地よさを甘受していたマイクロトフは、突然の残酷な一言に胸を抉られる思いがした。 飽き……た? ……俺に……? マイクロトフはそれから一睡もできなかった……。 「欲しいものって追いかけてるときは夢中になってるけど、実際手に入ってしまうとすぐ飽きてしまうこと多いよね」 いつだか偶然耳にした言葉。 マイクロトフの頭の中で何度も繰り返される。 距離を……おこう。 マイクロトフは決心した。 距離をおけば、カミューが別れたいと思っているならちょうどいいと思うだろうし、もしかしたら……まだ手に入ってなかったかと追いかけて……くれるかもしれない……。 マイクロトフはひとつ頭を振った。 いつからこんな女々しい考え方をするようになったのだろう……。 大丈夫……。きっと最悪でも親友に戻れる……はず……。 心のどこかで追いかけてほしい、と思ってる自分には気づかないふりをした……。 カミューはその日、赤騎士が「勤務の時間がとっくに過ぎてますが……」と申し訳なさそうに起こしにくるまで寝坊していた……。 バンッ 「マイクロトフ!」 いきおいよくドアが開くと同時に名前を呼ばれて、マイクロトフは机の上に置いてある時計をちらり、と見た。もうすぐ昼食の時間。 思ったより遅かったな。いま起きたのか? そう思うと少しおかしかった。 「マイク、ひどいじゃないか! どうして起こしてくれなかったんだい?」 「おはよう、カミュー。いま起きたのか?」 にこり、と自然に笑うマイクロトフにカミューは肩すかしをくらった顔をする。それがまたおかしくてマイクロトフはさらに笑う。 「……起こされたよ。赤騎士に」 カミューは憮然とした顔で言った。マイクロトフは少しあきれたように答える。 「起こされるまで寝てたのか」 「いつもはマイクが起こしてくれるじゃないか」 「ああ。すまなかったな。今日はちょっと急ぎの仕事が入ったから……」 あらかじめ用意していた言い訳。我ながら自然に言えたと思う。その証拠にカミューはちょっと唇を尖がらせて拗ねるようなしぐさをみせたが、疑う色はみられなかった。 「そう……なの? それはもう終わった?」 「少し早いけど昼食を取りにいこう」と言うカミューに今度はすまなそうな顔を作る。 「すまない。まだ終わりそうになくて……。さっき昼食はここに運んでもらうよう頼んだんだ」 他の人と食べてくれ、と言うマイクロトフにカミューはため息をついた。 「わかった……。それなら仕方ないね。じゃあ、またあとで」 仕事がからんでいるときにわがままを言うとマイクロトフはかなり怒る。カミューはものわかりのいいパートナーでなければいけなかった。しぶしぶ引き下がる。 パタン…… 入ってきたときとは対照的に静かに閉められたドアにマイクロトフは寂寥を覚えずにはいられない。作戦が成功したというのに安堵感がまったく得られなかった。 もう少し……しつこく誘うかと思ったのに……。 やっぱり自分への執着はなくなりつつあるのか……とマイクロトフは重いため息をついた。 キインッ! ガッッ!! 激しい金属音が道場に響き渡った。 午後からはじまった青騎士団の訓練の最中である。剣を振るっているのは団長・マイクロトフと副団長・アドヴァン。剣の実力からいっても団の1・2を争う二人の剣技は他の団員たちのお手本としてときどき披露されるが、今日は純粋に剣の稽古として打ち合っていた。周りでは他の青騎士たちもそれぞれ一対一で打ち合っている。 マイクロトフは剣を振るっていても、集中できずにいた。アドヴァンが打ちこんできた剣を受け、そのまま力比べの体勢となる。 自分と実力が肉薄しているアドヴァンとの打ち合いは何より楽しい鍛錬のはずなのに。どうしてもカミューの言葉が頭を離れない。 『さすがに……飽きたかな……』 自分がなんのおもしろみもない人間だということは嫌というほどわかっている。しかし、カミューにだけは言われないと……見捨てられないと、いつのまにか勝手に思い込んでいた。なんという自惚れ。 これ以上傷つかないために自分から距離をおこうとしているなんて……俺はなんて卑劣な弱い人間なんだろう……。 でも……本当に俺はカミューと別れられるのだろうか……。 そう思った瞬間、目の前が真っ暗になった。 「団長」 剣を持ったままぐらり、と傾いだ身体を慌てるふうでもなくアドヴァンが支える。周りに気づかれないようにそっと耳元に囁いた。 「昼食は食べたのか? 俺の気のせいじゃなければ朝食も食べてないだろう?」 問いかけに沈黙するマイクロトフを見て、アドヴァンは肯定ととる。ひとつため息をつくと、 「そんなろくに力も入らない状態で俺の相手が務まると思うのか? 今日はもういいから部屋に帰って休め」 と冷たく言い放った。 元・青騎士団副団長は口は悪いが頭は切れる。独特の雰囲気を持っていて、掴みどころのない性格。ぶっきらぼうな態度に反して意外と面倒見がよく、人望は厚い男だった。マチルダにいるときは、カッとなりやすいマイクロトフをそれとわからないようにフォローしていた有能な部下。 マイクロトフは何か言いたげに顔を上げたが、アドヴァンの冷徹な、それでいてどこか怒ってるふうな目に見下ろされて口を噤む。彼が心配しているのがわかって、マイクロトフは申し訳ない気持ちでいっぱいだった。こんな私事でおろそかになっている自分が情けない。 眩暈がした際に支えてもらったため、肩にもたれるような体勢だったのを戻す。 「……すまない」 「謝るのは復帰してからでいい。団長に覇気がないとこいつらの士気にかかわる」 アドヴァンは仏頂面のまま言うと顎で周りを指す。マイクロトフもちらりと周りを見ると何人かはこちらの様子に気づいているようだった。一様に心配そうな表情をしている。 「あとを頼む……」 マイクロトフは大事になる前に部屋に戻ることにした。出口のほうに向かって歩き出す。 「団長」 アドヴァンに呼びとめられて振り返ると真剣な瞳にぶつかった。 「……納得のいかないことは納得がいくまで話し合えばいい」 その言葉にマイクロトフは目を見開いた。 なぜ、この男は何でも知ってるふうなのだろう……。 マイクロトフは彼の言葉を反芻し、ちょっと唇を噛んだ。 「……ああ、そうする……」 「納得のいかないことは……か」 マイクロトフは部屋に戻るとベッドにごろんと横になり、副団長に言われた言葉を繰り返した。 納得はしてる……。俺に飽きるのは当然だ……。 カミューにはあんなに対策を立ててうまく振る舞ったのに。カミューがいないところで普段どおり振る舞うこともできなくなるなんて。自分はなんて弱いんだろう……。 マイクロトフは目が潤みそうになるのを感じて腕を目にあてた。 と、そのとき、 バタンッ 「マイク!!」 荒々しく開いたドアと同時に自分を呼ぶ声。マイクロトフはいま一番聞きたくない声を聞いて、びくっと身体を震わせた。 こんな状況での対策なんて練ってない……。どう対応したらいいんだ……?! 「マイクッ、倒れたって本当かい?!」 慌てた様子でベッドの方に駆け寄ってくるカミューに、マイクロトフは腕で顔を隠したまま、 「……倒れてなんかいない」 と、憮然とした口調で応えた。 アドヴァン、か? そんなことを言ったのは……。 いったいどういうつもりで……! ただでさえ予想外の事態だというのに、倒れた、なんてデマまでカミューに伝わって……マイクロトフは心の中でパニックに陥っていた。そんなマイクロトフに気づいた様子もなく、カミューは目にあてていた腕に触れる。マイクロトフがハッとしたときには遅かった。持ち上げられて目を覗きこまれる。 「熱は……?」 言いながらカミューは何かに気づいたように目を見開いた。 泣いて……いた? 「マイク?」 「ちょっと体調が悪いだけだ。ほうっておいてくれ」 ぷい、と顔をそむけるマイクロトフにカミューはただならぬものを感じる。 朝から何やら避けられてると思っていたけど…… 「何か、あったの?」 とりあえず優しく問うと、 「何でもない!」 と、顔をそらしたまま、どう聞いても何でもなくない返事をよこす。カミューはちょっとムッとして顔を無理矢理自分の方に向ける。 「じゃあ、どうして俺の方をみないの?」 真正面から目を覗こうとするカミューにマイクロトフは怒りが沸いてきた。自分に興味が失せたのならほっといてくれればいいのに! 「っ! 離せ! 俺のことなどどうでもいいのだろう!」 マイクロトフは頬に触れていた手を振り払うとまたそっぽを向いてしまった。 「……なんだって?」 カミューは面食らった表情になる。突然なにを言い出すのだろう……? また何か勝手に誤解しているな…… 真っ直ぐな性格のマイクロトフは感情的になると視野が狭くなり、思い込みが激しくなることがあった。カミューはひとつ息をついて気持ちを静めるとベッドに腰掛けてマイクロトフの漆黒の髪をゆっくりと撫ではじめた。抵抗がないことに少しほっとする。 「あのね、マイクロトフ。どうでもよかったら仕事放り投げて、全速力でここまで走ってくる必要はないと思うけど?」 「……………………」 沈黙するマイクロトフにかまわずカミューは話しつづける。 「いつも言ってるだろう? なにかあったら話してほしい、と。俺の知らないところで何があったのかは知らないけど、ちゃんと話してくれないと誤解も解くことができない……」 「……おまえの知らないところではない……」 「え?」 意外な反論にカミューは思わず撫でていた手を止める。マイクロトフはがばっと身体を起こすと、カミューのほうに向き直り、 「おまえが言ったんだ! 俺に飽きたって!!」 と睨みつける。その目には涙がたまっていた。 「なっ……、マイク?!」 「これでわかっただろう?! お望みどおり別れてやる!! 出ていけ!!」 すごい剣幕で怒鳴った拍子にマイクロトフの目からぽたぽたと涙があふれ落ちる。カミューは思いもしない言葉に硬直した。 「ちょっ、ちょっと待ってよ……マイク」 「待つ必要などない! 俺はこの耳でちゃんと聞いたのだから!!」 飽きた? 俺が? マイクに……?!! そんなばかなこと……と、急いで記憶の糸をたどるとようやく思いついた。 「あ……。 ひょっとして昨夜の……? 聞いていたのかい?」 「ああ、あいにくしっかりとな!」 流れる涙を拭いもせずに睨みつけるマイクロトフに、カミューはにこり、と笑う。こんな状況だというのになぜかそれは余裕に満ちたものだった。 「誤解だよ。マイク」 「何が誤解だ!! あの状況で『飽きた』といえば俺以外の何がある?!!」 「セックス」 あっさりと答えるカミューに、今度はマイクロトフが硬直する番だった。 「は?」 「いや、もちろん、することが、じゃないよ。体位が、ね。さすがに正常位ばかりってのもそろそろ飽きたかなーって」 にこにこ。カミューは上機嫌に言葉を紡いだ。 「俺としてはバックとかもやってみたいんだよね。ああ、騎乗位とかもそそるよね。でも、マイク、まだキツそうだし我慢はしてるんだけど……」 「…………カミュー」 地を這うような低い声にハッとしたがもう遅かった。 「この……変態!!!!」 ばきぃっっ!! 判決:1ヶ月の禁欲生活。 おしまい |