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「さあ、マイク、後がないよ?」 「う、うう……、やめろ、カミュー! 正気か?!」 じりっじりっと後退しながらマイクロトフが睨みつけると、カミューは涼しげな笑みを浮かべた。それは女性を魅了してやまないほど優雅なものだったが、マイクロトフの目にはこれ以上はないというほど恐ろしく映る。 「もちろん正気さ。まあ、マイクに狂ってるっていえばそうなんだけど」 「こっ、ここをどこだと思ってる?!」 「え? ここはロックアクス城の中庭で、今は俺とマイクが2人きり。人気もないからコトに及ぶには絶好のシチュエーション♪」 カミューが嬉々として答えると、たまたま辺りを見回っていた騎士たちが必死の形相で逃げていった。……誰だって命は惜しい。 「こ、こんな真昼間から、こんなところで、不謹慎にもほどがある!!」 顔を真っ赤にさせて激昂するマイクロトフにも 「だって、欲しくなったんだもん」 と、カミューは動じることなくあっさりと答える。そして、素早く腰を抱き寄せると、 「ね? いいでしょ? あとで溜まった書類片付けてあげるから」 と、囁いた。溜まった書類、と言われてマイクロトフの動きが一瞬止まる。最近、忙しさにかまけて苦手な書類整理を後回しにし続けた結果、ちょっと現実逃避したくなるような量になってしまったのだ。 一瞬抵抗を忘れたマイクロトフにカミューはしめしめと制服のベルトを外しはじめる。そして、制服をかきわけ、素肌に手が触れたとたん、マイクロトフが我に返った。 「なにをしとるかーっ!!」 どんっと力いっぱい突き飛ばすとカミューが物凄い勢いで吹っ飛ぶ。そして。 「あ」 ごきぃっと鈍い音と共に背後にあった銅像に激突した。その衝撃でごろっと銅像の首がもげる。マイクロトフが青ざめていると、額から血を流したカミューがふらふらと立ち上がった。その顔には笑みが張りついている。 「もう……、マイクったら照れ屋さんなんだから……」 「カ、カ、カミュー!!」 マイクロトフはどうして立ち上がれる、とか、どうして笑っている、とかいろいろと脳裏をよぎったが、それどころではなく、慌ててカミューの両肩を掴んだ。 「ん? 今度は積極的なんだね。そういうマイクもそそられ……」 「ばかなことを言ってる場合か! み、見ろ! 首がもげたぞ!!」 マイクロトフが指差した先には銅像の首。 「ああ、悪趣味な銅像だったからね。これで少しはこの城の美観も戻るだろうよ」 「それは俺も同感だ……って、おまえがやったんだぞ! どうするんだ?!」 焦った様子のマイクロトフにカミューは「うーん」とのんきに首を傾げた。 「どうするって言われてもねぇ……。元はと言えばマイクロトフが突き飛ばしたんだし?」 ふふ、とからかうような笑みを浮かべてくるカミューにマイクロトフは真っ赤になって怒鳴り返す。 「おまえがへんなことをするからだ!!」 「へんなことってこんなこと?」 カミューは目にも止まらぬ早さでマイクロトフの長衣の中に手を突っ込むと、ズボンの上から尻を撫で上げた。「ひっ」と思わず声を上げたマイクロトフは次の瞬間にはカミューを蹴り飛ばす。 「このどあほうがーっ!!」 見事吹っ飛んだカミューはもう一度銅像に激突し、今度は左腕がもげてしまった。 「あ」 マイクロトフが更に青ざめていると、血まみれのカミューが「はっはっはっ」と爽やかに笑う。 「学習能力がないなぁ、マイクは」 「おまえに言われたくない!!」 「まあ、冗談はさておき」 「おまえの冗談は疲れる……」 がっくりとうなだれるマイクロトフの手には銅像の左手。カミューは両手でもげた首を持っていた。2人は銅像の下に座り込んで急遽作戦会議中である。 「これをどうするか、だよねぇ……」 「ゴルドー様に見つかったら減給ではすまないかもしれないぞ」 「そうだねぇ……」 カミューは無残な姿になった銅像を見上げた。均整のとれた見事な体躯に二枚目な顔。『若かりし日のワシ』と名付けられたこの像は、誰がどうみても別人だが、現白騎士団長本人は「思い描いたとおりにできた」といたく気に入っている。あのものぐさな人間が毎朝磨くのを習慣にしているほどだ。普段から「汚したヤツは厳罰!」と言ってはばからないため、騎士たちはなるたけ近寄らないようにしている。 「猶予は明日の朝までか……」 「なにかいい考えはないか? カミュー」 「うーん」 カミューは腕組みをして考える素振りをみせた。マイクロトフはこういう小細工ごとにはからっきしむいてないので、カミューに頼るしかない。思考を妨げないよう、じっと見守る。 やがて、カミューはひとつ頷くと、マイクロトフを手招きした。いい案が浮かんだのか? とマイクロトフが素直に近づくと、ひょい、と顎をすくわれ、素早くキスされる。 「なっ……なにをする?!」 「あ。ごめん。つい抑えがたい衝動が」 「抑えろ! この、ケダモノがっ!!」 怒鳴られてもカミューはえへへーと締まりなく笑うだけで気にも留めてないふうだった。マイクロトフはいつもすぐ怒鳴るから慣れてしまったのだろうか……と、どっと脱力する。そんなマイクロトフを可愛いなぁとうっとりしつつ、カミューはそっと耳打ちした。 「とりあえず、こういうのを思いついたんだけど……」 「だっ、だめだ! そんな真似ができるかっ!」 カミューの策を聞いたマイクロトフは慌てて首を振った。カミューは予想したとおりの返答に首を傾げてみせる。 「でも、これ以外いい案はないと思うよ?」 「しっ、しかし……!」 まだためらうような口調に、カミューはマイクロトフの両肩に手を乗せ、瞳を正面から捉えると、言い聞かせるように言葉を紡いだ。 「いいかい、マイク。はっきりいっていちばんいい方法はこのまま逃走することだ。そうすれば、おそらく発見されるのは明日の朝、ゴルドー様がこの像を磨きにきたときになる。そうなれば、まず最初に疑われるのは、今夜夜勤に就いた者たちだろう。我々は団長という立場上、最後の最後まで疑われまい。彼らは何もしてないのにゴルドー様の激しい怒りを受けることになる。そして、疑惑を追及され続け、そのうち気の弱い騎士が圧力に負けて『自分がやりました』と自白してしまうかもしれない。そんなことになったら、その気の弱い騎士の運命はどうなる?! ましてやその騎士に家族がいたりしたら、一家路頭に迷うことになるんだぞ?!」 「ああああ、すまない、カミュー! 俺が考えなしだった! 罪のない部下たちに濡れ衣を着せるわけにはいかん!」 涙を流さんばかりにがしっと肩を掴み返してくるマイクロトフにカミューは力強く頷く。 「そう。罪のない部下たちに罪を着せるよりは、こんな銅像を作った罪ある上司に罪を被ってもらうのが一石二鳥というものさ」 「ああ、わかった、カミュー。……ところで、どうやってゴルドー様をここまでおびき出すんだ?」 作戦を遂行するためには、ゴルドーをここに連れてこなければいけない。マイクロトフが首をひねっていると、カミューはにやり、と笑った。 「それは俺にまかせておいてよ」 ……その笑みは、ちょっと悪魔じみていたりする。 ゴルドーがおやつの時間を終え執務室に戻ると、机に見覚えのない封筒が上がっていた。首をひねりつつ封を切ると流暢な文字で 『親愛なるゴルドー様 ずっと前からお慕い申しておりました。 ですが、私はただのメイド。叶わぬ恋なのは重々承知しております。 どうか私を憐れと思うなら一晩だけ情けをかけてくださいませ。 私のすべてを捧げたいと願ってやみません。 今夜8時、ゴルドー様の素敵な銅像のところでお待ちいたしております。 カミィ』 と、書いてあった。ゴルドーは読み終わると、ぐへへ、と下品な笑い声を上げる。 メイドの名前などいちいち覚えていないが、自分から一晩だけ、と言っているのだから後腐れもなくていいだろう。こんなふうに相手の姿がわからないときは勝手なもので、頭の中では抜群のプロポーションの美女が手招きしていたりする。 ゴルドーは邪まな思いでいっぱいになった。 そして、夜。 「カミィちゃん、待っててね〜」 ゴルドーは足取りも軽く、中庭へと向かっていた。軽く、とはいっても脂肪に覆われた身体はどすどすと地響きを伴っていたが。気持ちは果てしなく軽かった。 同じ頃。銅像の傍ではふたつの影があった。 「いいかい、マイク。手はずどおりに頼むよ」 「あ、ああ……」 2人は声をひそめるため至近距離で向かい合っていた。片方はマイクロトフ。もう一人は……。 「どうしてこっちを見てくれないの?」 向かい合っているというのに、マイクロトフは微妙に視線を逸らしている。それを不満そうに言う唇は濡れたように真っ赤だった。そして、マイクロトフの頬がわずかに朱に染まっているのに気付くと、にやっと笑って、するり、と首に腕を回す。その腕は青い生地に覆われ、手首にはフリルがついていたりする。間近に迫った顔に、マイクロトフは夜目にもはっきりわかるほど真っ赤になった。 「そ、そんなに近づくなっ……!」 「なあに? そんなに綺麗?」 ふふ、とからかうような笑みに、 「カミュー!!」 マイクロトフはつい大声を出してしまった。カミューはくっくっと笑いをこらえ、しーっと口をやんわりと塞ぐ。 「やだなぁ。カミィって呼んでよ」 「馬鹿なことを言うな!」 そう、一緒にいたのはカミューだったが、格好がいつもと違っていた。長い栗色のかつらを被り、顔には化粧も施してある。そして、服装はロックアクス城で働くメイドのものだった。……サイズが合っているのはどうしてか。マイクロトフは疑問に思ったがそれを聞く勇気はない。 「ねえ、昔を思い出さない?」 と、カミューはかつらの長髪をさらり、と撫でてみせた。昔、髪を伸ばしていた頃のことを言っているのだとわかったマイクロトフは憮然として応える。 「あの頃のおまえはメイドの服なんか着てなかったし、化粧もしとらん!」 「うーん、けっこういけると思うんだけどなぁ」 女装したカミューは元々顔立ちが整っているだけあって、なかなかの美女ぶりだった。小さい頃はよく女の子に間違われたというのも頷ける。今は夜だし、一瞬なら充分騙せるだろう。ただ、今では顔はなんとかなっても身体つきはどうすることもできない。屈強揃いの騎士団の中では多少細い部類に入るかもしれないが、どこからどうみても立派な成人男性だ。全身を見られれば一発でばれるだろう。マイクロトフがそのことを突っ込むとカミューは「ちゃんと考えてあるよ」と余裕たっぷりだった。 マイクロトフはこんな格好をして平然としているカミューに呆れつつ、やはり、顔立ちは綺麗なんだ、と思ってしまう。べつに顔に惚れて恋人同士になったわけではないが、そんなふうに思ってしまう自分が情けないやら恥ずかしいやらで、多少混乱していた。ひとつ頭を振って自分を落ち着かせると、さっきから気になっていたことを口にする。 「それより、銅像があのままだぞ? どうするんだ?」 もげた頭と左腕はまだ銅像の台座に乗せたままであった。これでは銅像のシルエットを見られただけでばれてしまうではないか。しかし、カミューは余裕の態度を崩さない。 「それも大丈夫。まかせておいて。 あ、そろそろくるかな。じゃあ、ここは頼むよ」 カミューはしゃがんでいた身体を起こしざま、マイクロトフに軽くキスすると、マイクロトフに怒鳴られる前にとっとと銅像の台座に向かっていった。タイミングを逃してしまったマイクロトフは真っ赤になって唇を手の甲で拭う。口紅なのか、いつもと違う濡れたような感触が妙に恥ずかしかった。 「まったく……!」 細かいことは何も打ち合わせていない。これからどうなるのかさっぱりわからなかった。自分に与えられた任務はただひとつ。それを実行するにはカミューの合図を待てばいい。 カミューはどこに行くのか、と後ろ姿を見ていると、カミューはメイド服姿のまま身軽に銅像の台座に登った。ひらり、と舞った青いフレアスカートに思わず目を逸らしてしまう。いくら恋人とはいえ、さすがにスカートからのぞいた男の足など見たくもなかった。 カミューは台座に登ると銅像に自分の身体を隠すように立ち位置を変え、もげた左腕と頭を手にした。そして、銅像に後ろから抱きつくように腕を回し、頭と左腕を元の位置に近いところで支える。なるほど、一見すれば銅像は元の姿であった。 しかし……。 なんて格好だ……! マイクロトフはその格好に思わず眉に皺を寄せた。 頭と左腕を支えるために片手は銅像の首に巻きつけるように回し、もう片方の手は左肩を抱くように回している。後ろから羽交い締めしているような、どことなく艶めかしいポーズだった。見ているこっちが気恥ずかしくなってくる。 だが、それを咎めている時間はなかった。どすどす、という地響きと共に、「カミィちゃ〜ん」というダミ声の猫撫で声、という騒音以外の何者でもない音が聞こえてきたからである。マイクロトフは素早く茂みに身を潜めた。 一方、カミューもゴルドーの声を確認すると銅像の陰に顔を隠す。ゴルドーからは銅像にメイド服を着た人物が抱きついているようにしか見えない。 「カミィちゃんは恥ずかしがり屋さんじゃな。そんなところに隠れておるとは」 ゴルドーは上機嫌にスキップしながら銅像に近づいていった。するとカミューは銅像の陰からちらっと顔をのぞかせる。そして、ゴルドーを見つめ、ゆっくりと笑みを浮かべた。 その笑みは。マイクロトフでさえもぞくり、とするほど艶やかな笑みだった。今までこの笑みで何人の女性を陥としてきたんだろう、と思わずにはいられないくらい計算しつくされた誘惑めいた笑み。月明かりのもと、それは壮絶な色気を感じさせた。 化粧をし、かつらを被っている今の姿ではゴルドーを騙すのには充分で。 「おおお! 美女じゃ! カミィちゅわ〜〜〜ん!!」 ゴルドーは一気に興奮し、突進するかのような勢いで銅像の元に走った。 そのとき。ちらり、とカミューの視線がマイクロトフの方に向いた。それはカミューからの合図。マイクロトフはハッと我に返ると手にしていたロープを思いっきり引っ張った。そのロープは全速力で走っていたゴルドーの足を見事捕らえ、ゴルドーは走った勢いのまま宙に舞う。その先にあるのは……。 カミューが素早く銅像から飛び降りると、次の瞬間、ぐわしゃ! と鈍い音があたりに響き渡った。そのあとにズーンという振動。しかし、カミューは振り返りもしないでマイクロトフの元に走る。 「行こう! 作戦成功だ!」 「し、しかし、ゴルドー様は?!」 「今の音を聞いて誰かが駆けつけるよ。見つかったら俺たちがヤバイ!」 マイクロトフは、確かにカミューの格好を見られたらいろいろヤバイ……と思い、とりあえずは手を引かれるまま走り出した。 夜の静寂を破った騒音を聞きつけて駆けつけた夜勤の騎士たちが見つけたものは。粉々になった銅像とその下でのびている上司の姿だった……。 「うまくいってよかったけど……今日はとんだ日だったね」 服を着替え、化粧も落としたカミューが苦笑いする。と、マイクロトフはカミューより苦い顔をしていた。 「カミュー、かつらもとれ」 「えー? いいじゃん。懐かしいでしょ?」 そう。カミューはかつらだけはまだ装着していた。地毛より少し明るい栗色の髪をさらさらと指の間を通して遊んでいる。 「今、こうしてみると、長い髪は全然似合わなかったんだな」 「ええー? そんなー。マイクもけっこう俺の髪、好きだったでしょ?」 「俺は何度も切れと言っていた!」 「でも、好きだったでしょ?」 断言されてマイクロトフは、うっとつまる。確かに、口では切れ切れとうるさく言っていたが、あの手触りはけっこう……かなり……好き、だったのだ。 一瞬黙ったマイクロトフにカミューはしてやったり、とばかりに笑うと顔を覗き込む。 「ほら。やっぱり好きだった」 「う、うるさい! 今のほうがいいっ!」 マイクロトフは間近にせまった顔に平手でべしっと一発お見舞いするとソファから立ち上がった。カミューは顔を押さえながらもう片方の手でドアに向かおうとするマイクロトフの腕を掴む。そして、ぐいっと引っ張り、たまらず再びソファに座ったマイクロトフに背後から覆い被さった。 「何をする?!」 「今日のお礼ちょうだい」 「お礼って……!」 「マイクの好きな『今の俺』に戻るからさ」 と、カミューはかつらを取り去り床に放り投げる。マイクロトフは一瞬きょとん、とし、さっき己が言ったセリフを思い出した。 「なっ……!」 かあっと赤面したマイクロトフにカミューはすかさず口付ける。先手必勝。深く深く口付け、貪ってしまえばもうマイクロトフも流されるしかなくて。あとは2人で快楽を分かち合うだけ。 気だるくも心地良い余韻に浸っていたマイクロトフは今日の慌しい出来事をぼんやりと振り返り……はた、と気付いた。 元はといえば、カミューが元凶。なのに、どうして自分が『お礼』と称して付き合わされなければいけなかった? やられた! 歯噛みしてもあとのまつりである。カミューに勝てる日はまだまだ遠いようだった……。 おわり |