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「やあ」 マイクロトフは頭上からかかった声に足を止め、顔を上げた。すると、大木の枝に自分と同い年くらいの黒ずくめの少年が座っている。その少年は、誰もが一瞬目を奪われるほど綺麗な顔立ちをしていたが、どこか違和感があった。マイクロトフはじっと少年を凝視し、自分の中で仮定が立つと静かに問いかけた。 「おまえは……悪魔か?」 「へえ。わかるんだ? さすが教会に住んでいるだけのことはあるね」 少年は一目で正体を暴かれたというのに動揺した様子もなく、ひょい、と肩をすくめてみせる。口調はどこか愉しげな色を含んでいた。 少年……悪魔の言葉にマイクロトフはかすかに眉をひそめる。 「俺のことを……知っているのか?」 「悪魔だからね」 答えになってないようなことを言ってくすくす笑う悪魔は歳相応の少年に見え、マイクロトフは神父様から聞かされていた『悪魔』とずいぶん違うな、と思った。 普段は温和な神父が怖いくらい真剣な顔つきで言い聞かせる『悪魔』の話はどれも恐ろしいものばかりだった。そして、最後には必ずこう言うのだ。 悪魔に遭遇するようなことがあったら、十字架を握り締めて神に祈りなさい。そうしないと魂を奪われてしまうからね……。 しかし、頭上で笑っている悪魔はそんな恐ろしいことをするようには見えない。柔らかそうな亜麻色の髪と、金に近い琥珀色の瞳が太陽の光を浴びてきらきらと輝いていてとても綺麗だった。闇の世界の住人、というにはあまりにも似つかわしくない姿だ。ただ、気配は明らかに人外のものではあるが……。 「そんな低いところに居られると話しづらいな。ねえ、登っておいでよ」 初対面の自分にそんな言ってくる悪魔に、考えにふけっていたマイクロトフはムッとして思わず言い返した。 「こっちだってそんな高いところに居られて首が痛い。おまえのほうこそ降りてこい」 言ってから相手が何者なのか思い出し、しまった! と青ざめる。しかし、悪魔は一瞬きょとん、としたように瞬きをしたかと思うと、にやっとからかうような笑みを浮かべた。 「俺は別にかまわないけど、仮にも悪魔が、そんないつ人の目に触れてもおかしくないところにいるのはまずいと思うんだけどね?」 怒る、というよりはからかうような、小馬鹿にするような口調にマイクロトフは怒らせなかったことに内心ほっとしつつ、言われたことに、確かに……と納得する。冷静に考えれば悪魔の誘いに乗っている場合ではなく、一刻も早く逃げるべきだったのだろうが、今のマイクロトフの頭にはそんなことはかけらも浮かんでいなかった。好奇心に似た何か惹かれるものを感じていたのかもしれない。 ひとつため息をつくと、木に登るために手に持っていた荷物を地面にそっと置いた。教会のおつかいで村の市場で買い物をした帰りだったのだ。 マイクロトフは今年15歳になる。昨年、流行り病で両親が他界し、教会に引き取られた。教会で暮らすということは神に遣える道に進む以外選択肢がないということだったが、元々両親が信仰深かったため、マイクロトフもそれほど抵抗なく受け入れていた。毎日、修道士になるべく修行と教会運営の手伝いの日々を送っている。 「あ。ちょっと待って。その首にかけてるヤツ、外してから来てよ」 木に手をかけたマイクロトフは、首にかけてるヤツ、と言われて反射的に胸元に手をやった。指先に固い感触があたる。それは、神のもとに遣えることになった日に教会から授かった銀の十字架だった。 見ただけで逃げ出す、というほどの効力はないにしろ、近づくのは嫌らしい、という推測にマイクロトフは少しほっとする。万が一、身に危険がせまったとき、なんとか逃げられるかもしれない、と思った。 マイクロトフは首から十字架を外すと、幾ばくか逡巡したあと荷物の上にそっと置く。大事なものだから中にしまおうか、と思ったのだが、目に付くところに置いてあったほうが安心できると思いなおしたのだ。 十字架を外すのは修道士になるべく修行をはじめてから初めてのことだった。荷物の上で日の光を浴びて輝いている十字架を見る。少し心細く思いながら、どこか枷が外れたようで安堵している自分がいた。それに驚きつつ、一時期的な気の迷いだ、と自らに言い聞かせ、心の中で神に謝罪する。気持ちを切り替えるように頭をひとつ振り、悪魔を見上げると悪魔は「いい子だ」というふうに微笑んでいた。その笑みになぜかどきっとする。心のどこかで危険を知らせる警鐘が鳴っていたが、それより強い引力に引き寄せられるように木を登っていった。 「おもしろいね」 マイクロトフがようやく木に登り、同じ枝に向かい合うように座ると、悪魔はマイクロトフの頬に手を当てて微笑んだ。その手が人間と変わらないぬくもりがあったことを意外に思いながら、マイクロトフは問い返す。 「何がだ?」 「修道士にとって命より大事であろう十字架を手放すなんてさ。外したとたん、命を奪われるんじゃないかとか思わなかったの?」 悪魔の言葉にマイクロトフは目を見開いた。 「俺を……殺すのか?」 思えば悪魔相手に随分まぬけな質問だったが、マイクロトフは本当にそんなことは考えてもいなかったのだ。すると、悪魔はくすくす笑って、 「殺すつもりなら声をかける必要はないだろう?」 と、おかしそうに応える。マイクロトフは馬鹿にされたような気がして、ムッとしながら言い返した。 「しかし、十字架があれば手が出せないんだろう?」 木に登る前に外させたのはそういうことのはずだ、と強気に出たマイクロトフだったが、 「あれは少しうっとおしいだけで、君みたいな半人前が持っていても怖くもなんともないよ」 と、あっさりと最後の切り札を否定されてしまった。 「……しょうがないだろう。まだ見習いなのだから……」 憮然と応えるマイクロトフに悪魔はますます笑い続ける。その様子があまりにも『悪魔』らしからぬように思えて、マイクロトフはふと浮かんだ疑問を率直に口にした。 「悪魔にも、見習いってあるのか?」 「へ?」 マイクロトフの言葉に悪魔は唖然としたようにマイクロトフを見つめる。その表情が自分があまりにもまぬけなことを聞いたのだ、ということを如実に語っており、マイクロトフの顔がだんだん赤くなっていく。その様子に、こらえきれない、というふうに悪魔が吹き出し、次いで爆笑した。マイクロトフは真っ赤になって言い訳する。 「おっ、おまえがっ、あまりにも悪魔らしくないからそう思っただけだっ!!」 「悪魔らしくないって?」 笑いの合間から聞いてくる悪魔にマイクロトフは必死に言い募った。 「こんな真昼間から出てくるし、角も尻尾もないし、髪とかも光ってて綺麗だし、全然怖くないし……」 「怖くない?」 ずい、と顔を寄せて目を覗き込んでくる悪魔にマイクロトフは息を飲んだ。日を受けて金に輝く瞳も綺麗だったが、間近で見る琥珀色の瞳も吸い込まれそうなほど魅惑的だった。しかし、その色はやはり人間ではありえない、魔性の色。 マイクロトフが思わず見惚れていると悪魔は目を細める。 「本当におもしろいね」 悪魔の言葉にマイクロトフは我に返ると、慌てて身を引いた。しかし、そこは木の枝の上。ぐらり、とバランスを崩す。 「う、わ……!」 咄嗟に伸ばした手が悪魔の服を掴むのと、悪魔がマイクロトフの背中に手を回すのがほぼ同時だった。力強く引き戻され、自らも、落ちたくない、という本能が支えてくれるものにしがみつこうとする。自然、悪魔に抱きつく格好となったが、マイクロトフには気付く余裕がなかった。思考は恐怖で真っ白になり、目を閉じて何かを掴んでいる手が命綱だとばかりに力をこめる。 そして。幾分気分が落ち着くと、ようやく安堵のため息が漏れた。 「危ないなぁ。人間は落ちたら怪我しちゃうだろ」 気をつけなよ、とくすくす笑う声にマイクロトフは我に返る。ハッと顔を上げると間近に悪魔の顔があった。反射的に身を引きそうになり……たったいま犯した失敗を繰り返すことになるであろうことに気付く。それを察したのか、悪魔がおかしそうに笑った。 「そうそう。ちゃんと学習能力を働かせてね」 子供をあやすように背中をぽんぽん、と叩かれてマイクロトフは赤面する。 「は、なせ……!」 子供扱いされてるのが悔しくて睨みつけると、悪魔は苦笑いして背中に回していた手を解いた。マイクロトフは慎重に後ろに下がると、人を馬鹿にするのが好きらしいこの悪魔にこれ以上、からかいの的にされたくない一心で、なんとか思いついた質問を口にする。 「だいたい、悪魔がこんな真昼間から何をしてるんだ?」 マイクロトフの質問に悪魔はにっこり笑って、 「お腹が空いているんだよ」 と、無邪気ともとれる口調で応えた。そして、マイクロトフが今来た道、つまり、村があるほうを指差す。 「だから、村で適当に娘でも襲おうかと思っ……」 「だめだ!!」 マイクロトフは反射的に叫んでいた。すると、悪魔はなぜか的を得たかのように微笑んで、 「と、思ったんだけど、そこに君が来た。……俺が言いたいこと、わかるよね?」 と、首を傾げる。その言葉にマイクロトフはすうっと青ざめた。今更ながら、目の前にいるのが悪魔だということを認識させられる。さっきまで「悪魔」とは呼びつつも人間に対するのとなんら変わらない調子で話していたのに……。 「俺を……食べるのか?」 緊張のあまり声がかすれた。背中に冷たい汗が流れ落ちる。そんなマイクロトフに、悪魔は謎めいた笑みを浮かべると、 「食べたら死んじゃうじゃないか。それじゃつまらないからね……」 と、言いながらすいっと顔を寄せ、耳元で、生気をちょうだい、と囁いた。 「生気?」 「そう、少しだったら軽い疲労感程度で済むから、それで我慢してあげるよ」 マイクロトフは、生気、とはなんなのかわからなかったが、今はそれより優先して聞くことがあった。 「俺の生気を食らえば……村は襲わないのか?」 マイクロトフの言葉に悪魔はうーんと考えるそぶりをみせる。ちらり、とマイクロトフを見やって、 「そうだね。君が毎日くれるならいいよ」 と、反応を確かめるように顔を覗いてきた。その返答にマイクロトフの答えは決まっている。 「わかった……」 自分が犠牲になることで村の人々が救われるなら。神に遣える者として当然の選択といえた。 少し恐怖の色が浮かんでいるがきっぱりと応えたマイクロトフに悪魔は微笑む。綺麗だがどこか恐ろしい、文字通り魔性の笑みだった。 「そう。じゃあ、さっそくいただこうかな……」 肩に手をかけられて、マイクロトフは焦ったように口を開いた。 「い、痛いのか……?」 覚悟は決めたものの、恐怖心を拭うことはできない。生気を食らう、というのがどんな方法で行われるのかなど見当もつかなかった。吸血鬼みたいに血を吸われるのだろうか……? 悪魔は、痛くないよ、と答えようとして、その脅えている顔にほくそ笑む。 「……そうだね。少し我慢してくれるかな?」 悪魔の言葉にマイクロトフは息を飲み、恐怖から逃れるようにぎゅっと目を瞑った。悪魔は笑いたい衝動をなんとかこらえ、目を閉じたことで却って無防備になった顔に近づき、顎に手をかける。マイクロトフはびくっと身を強張らせ、恐怖からくる本能か、無意識に後ろに逃れようとした。しかし、悪魔はそれを、許さない、というふうに肩に置いた手を首の後ろに回し、固定する。 そして……。 「っ!」 唇に触れた何かにマイクロトフの身体が震えた。少し冷たくて柔らかい感触。その正体が何かと考える前に唇を割って何かが侵入してくる。歯列をこじあけようとするかのように突ついてくるそれに、マイクロトフは状況がわからないまま必死に歯を食いしばった。すると、ぞろり、と歯茎をなぞられマイクロトフはそのなんともいえない感触に声を上げそうになる。しかし、口は塞がれていて、くぐもった声と共に口内を開いたにすぎなかった。 とたん、口腔に侵入してきたそれが自分の舌に触れる。何を、と思う間もなく絡めとられ、強く吸われた。 「んぅ……っ……!」 その衝撃に閉じた目の奥で火花が散り、ぞくぞくっと背中を何かが駆け抜ける。しかし、思考は完全にパニックに陥っており、その感覚が何なのか考える余裕などどこにもなかった。助けを求めるかのようにさまよった手が悪魔の背中に触れると無意識に掴み締める。行われている行為がなんなのかをおぼろげに理解すると、神に助けを求めるのも冒涜に思え、ただ、行為が早く終わるのをひたすら祈るしかなかった。 口が塞がれているため呼吸ができず、息が苦しくなってくる。酸素不足で頭がガンガンしてき、もう限界だ、と意識を手放しかけたそのとき。 「っ……! は、ぁ……」 ようやく解放されたが、意識を半分失っていたため身体は前のめりに倒れかけ、悪魔の胸にもたれる格好となった。悪魔の胸に額をつけたまま、酸素を欲しがる身体の要求に従って何度も荒い呼吸を繰り返す。思考は霞みがかったかのようにぼんやりとしていた。 少し呼吸が楽になってくると、待っていたとばかりに頭上から声がする。 「ごちそうさま」 愉しげな声に弾かれたように顔を上げると、満足げに目を細めた悪魔の笑みがあった。 「っ!」 自分の置かれている状況を一気に思い出したマイクロトフは慌てて身体を起こそうとした。とたん、ぐらり、と視界が回り、再び悪魔の胸に倒れ込む。それを軽く支えてやりながら悪魔が口を開いた。 「まだ動かないほうがいいよ。疲労感がでる、と言っただろう?」 悪魔の言葉にマイクロトフは、ああ、やっぱりあれは生気を吸っていたのか、とぼんやり思う。唇で唇に触れる、人であれば愛情表現のはずの行為。ただ、あんな……深く激しいものなのかは知らないが……。 マイクロトフは今更ながら悪魔にされたことに赤面する。女性とも接吻を交わしたことなどなかった。修道士の道を選んだ時点で、一生ないだろうと思っていたのに、まさか、悪魔にされるなんて。 うつむいているマイクロトフの耳が真っ赤になっているのに気付いた悪魔は、ニッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、耳元に唇を寄せた。 「とても……おいしかったよ」 艶のある低音で囁かれ、マイクロトフの背筋に先程口付けられたときに感じた、ぞくりとした衝撃が走る。その、いままで経験したことのない、くすぐったいような身体の奥が疼くような感覚の正体が何なのかわからず、とまどいを隠すように悪魔を睨みつけた。しかし、悪魔にしてみれば、先程の行為の名残かわずかに涙が滲んでいる目で睨まれても微苦笑が浮かぶ程度でしかなく。面白そうにしばし見つめていたが、ふと思いついたように口を開いた。 「名前」 「え?」 「名前おしえて」 「……マイクロトフ」 おねだりをするように首を傾げる悪魔に、思いのほか素直に答えてしまう。口にしてから悪魔に名前を知られるのは危険なんじゃないか、などと思ってもあとのまつりであった。 「マイクロトフ、か」 悪魔は嬉しそうにひとつ頷くと、漆黒の瞳を覗き込んだ。琥珀色の瞳に妖しい光りが浮かぶ。 「ねえ、マイクロトフ……」 「……なんだ?」 マイクロトフは間近に瞳を覗き込まれて、内心、どきり、としながらぶっきらぼうに応えた。すると、悪魔は2、3瞬きしたあと、苦笑に似た笑みを浮かべる。 「呼んでみたかっただけ」 「なんだ、それは……」 わけのわからない返答にマイクロトフは眉を寄せる。そして、今度は悪魔の瞳を見返した。 「名前」 「え?」 「俺はおしえたのだから、今度はそっちの番だ」 マイクロトフの言葉に悪魔は驚いたように目を見開いたが、すぐ不敵ともとれる笑みに変わった。 「ああ……。俺はカミューだよ」 「カミュー……」 マイクロトフは口の中で確かめるようにつぶやく。そして、しばし考え込んだかと思うと悪魔・カミューの瞳を真っ直ぐ捉えた。その瞳には何かを決心したような強い光が宿っている。 「カミュー、俺は毎日ここに来ればいいのか?」 カミューは一瞬目をみはったが、すぐ余裕の表情に戻り、頷いてみせた。 「うん。そうだね。時間は特に決めなくていいよ。都合のいいときに来ればいい」 「わかった」 真剣な顔で頷き返すマイクロトフにカミューはどこか物騒な笑みを浮かべた。 「君が来なければどうなるかわかっているよね?」 それは脅し。だが、マイクロトフはひるむことなくもう一度頷く。 「ああ……。俺は毎日必ずここに来る。だから、おまえも約束は守れ」 マイクロトフの言葉に、カミューはおかしそうに笑った。 「悪魔相手に『約束』なんてものが通用すると思ってるの?」 「そうだな。だが、俺はカミューを信じる」 からかうような口調にも怒りもせず応えるマイクロトフにカミューは軽く肩をすくめると、手を伸ばしてマイクロトフの頬に触れた。 「いいよ。約束なんて陳腐なものは知らないけど、俺の名にかけて誓ってあげる。おまえの願いを……」 「まいったな……」 カミューはマイクロトフの後ろ姿を見送りながらつぶやいた。顔には苦笑が浮かんでいる。 本当は。殺そうと思っていた。彼は稀にみる強い光の持ち主だったから。彼のような人間が正式に修道士になると自分はこの周辺に近寄れなくなる。力ある者が神に祈るとそんなつもりがなくても悪しきものを寄せつけなくなるのだ。 それなのに……。 声をかけたとたん、その気は失せた。失せてしまった。 こういう感覚をなんというのか知らない。気に入った玩具を見つけた、というのとはまた違う執着。悪魔とは常に何かを欲する生き物である。それは食欲であったり快楽であったり破壊の衝動であったりとそのときどきによって様々だが。その常に埋まらない、ぽっかりと空いたスペースにすんなりと入ってきたような感覚。 わけもなく「彼だ」と思った。 彼の生気は極上で。自分を制御するのが容易ではなかった。元々貪欲な生き物である己の本能を無理矢理抑え込んだ。……彼を失いたくなかったから。 「マイクロトフ」 捉えるつもりで名を呼んだ。自分は名前を呼んだだけで人間を呪縛する力を持っていたから。しかし、やはり彼の光はそれを撥ねつけた。それどころか。 「捉まったのは俺のほうかな……」 人間に名前を呼ばれるなど悪魔にとっては死にも等しいほど屈辱なことだった。それなのに、彼に名前を呼ばれたとたん、胸が歓喜に震えた。もっと呼んでほしいと思った。 悪魔たる自分にこういう感情があるとは知らなかった。だが、決して不快ではない。 「……そういえば、教会のヤツらに口止めさせるの、忘れてたな」 だが、彼は言わないと思う。 自分が彼に惹かれたように、彼もまた自分に惹かれていたはずだ。それは、確信。 「陥ちるのは俺か……おまえか……」 どちらでもかまわない。もう出会ってしまったのだから……。 おわり |