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「ああ、マイクロトフ。おまえと離れなければいけないなんて、運命はなんて意地悪なんだろうね」 カミューは芝居がかった声でそう言うと、感極まったかのようにマイクロトフをぎゅうっと抱きしめた。 「覚えておいてね。俺はどんなに離れていてもマイクのことを1秒たりとも忘れたりしないから」 「カミュー……」 「もし2度と会えないようなことがあっても、マイクのここに俺は生き続けるから」 カミューは、ここ、とマイクロトフの胸を指差した。そして、ついでとばかりにそのへんをさわさわと撫でまわす。 ぶちっ。 「いいかげんにしろ!! たかだかミューズに使いで行くだけだというのに!!」 まったくだ……。 城門を警備していた騎士たちは心の中で大きく頷く。目の前で臆面もなく繰り広げられる(一方的な)ラブシーンに胃がきりきりと痛む思いだった。 「えへ」 「えへ、じゃない! ほら、とっとと行かんか!! もうすぐ日が暮れるぞ!!」 「マイク、冷たい……。俺のこと忘れないでね」 よよよ、と涙するカミューにマイクロトフが蹴り飛ばさんの勢いで怒鳴りつける。 「おまえみたいなヤツをどうやったら忘れることができるんだ!! いいから、早く行け!!」 「お土産買ってくるね。この間の肉、うまかっただろう? また一緒に食べようね」 肉、と言われてマイクロトフの気が一瞬緩む。その隙を逃すカミューではなかった。 「でも、その前にマイクを食べさせてね♪」 ちゅ。 瞬きするかどうかの早業に場が凍る。マイクロトフの身体がぷるぷると震えた。 「帰ってくるな、どあほう!!!」 「行ったか……」 「はい」 報告にきた若い青騎士はなぜか涙ぐんでいた。報告を受けた青騎士が、どうしたのか、と、問うと、 「我々の目の前で……マイクロトフ様が……カミュー様に……ううっ……」 と、腕を目にあて泣き伏す。彼は城門の警備担当だった。 「うぬぅ、赤い悪魔め!」 「でも、そのあとのマイクロトフ様の正拳突きは見事でした。フォームといい、角度といい、完璧に急所をとらえてました」 うっとりとしたように若者が言うと青騎士は満足げに大きく頷く。 「そうだろう、そうだろう。あの方は常に鍛錬をかかさないからな」 ここは青騎士団の控え室。別名「マイクロトフ様の幸せを守る会・事務局」である。 麗しの青騎士団長マイクロトフ様を一人占めするにっくき赤騎士団長(コードネーム:赤い悪魔)が外交でミューズに出かけるという情報が流れて早2週間。青騎士団の控え室のカレンダーにはカウントダウンが書き込まれ、今日の日付は赤々と大きな花丸で囲まれている。まさに、待ちに待った日なのだ。 「気を落とすな。とりあえず、今日明日のマイクロトフ様は我々のものなのだから」 3日は帰ってこないはず、というのが会員幹部による徹夜の検討会で出た結論であった。他の者だったら1週間ほどかかりそうなやっかいな任務のはずだが、今回はマイクロトフと離れての任務、ということで、赤い悪魔基準に修正されている。 「は、はい!」 若者はしゃきん、と背筋を伸ばすと、任務に戻ります! と元気良く部屋を出ていった。一人残った青騎士は、今夜はどの店を予約しようか……と、『マイクロトフを囲んでお食事会』の計画を立てる。うきうきした面持ちで店の資料を読もうと机の引出しを開けた。……とたん、その表情が凍りつく。 『マイクロトフに手を出したらコロス』 流暢な字で書かれたメモが入っていた。誰であるかなど悩む余地もない。脳裏に赤い色がよぎった。 青騎士がしょっちゅう出入りし、ほぼ留守になることがないこの部屋にいつのまにか侵入していたのも怖いが、わざわざ「コロス」だけ赤ペンで書いているのもわけがわからず怖い。そして、競争が激しいためしょっちゅう入れ替わるこの会の現在の会長が自分である、ということを知っているらしいというのが何より怖かった。 「……恐ろしい方だ……」 青騎士は背中に冷たい汗が流れるのを感じながらつぶやいた。 本日の執務が終わり、執務室を出たマイクロトフは廊下で部下の青騎士と出くわした。まるで待っていたかのようなタイミングの良さだが、幸か不幸か青騎士団長はそんな細かいことは気にしない……というか気付かない。 「マイクロトフ様、お仕事は終わられたのですか?」 「ああ。今日も1日ごくろうだったな」 わずかに目を細め、労をねぎらう上司の表情に青騎士はうっとりと頬を染めた。赤騎士団長を変態だのなんだのと罵っているが、所詮は同じ穴のムジナである。 「あの、団長、今夜お暇でしたら、我々と食事などいかがですか?」 部下の言葉にマイクロトフは一瞬考えるそぶりをみせたが、すぐ頷いた。 「ああ。今日はカミューがいないから別にかまわんぞ」 ……さりげにマイクロトフ様、酷いです……。 青騎士は涙しそうになった。無意識とはいえ、いや、無意識だからこそ、あたりまえのように「カミューがいないから」と二番煎じにされているのがツライ。 しかし、それもあの赤い悪魔がマイクロトフ様を洗脳しているからだ、と勝手に怒りをなすりつけ、気を取り直す。 「ありがとうございます。みんな喜びます」 にっこりと笑った青騎士にマイクロトフも少し照れくさそうに笑い返した。 「そういえば、最近、おまえたちとゆっくり話をしてないな」 「そうですよ。たまには我々に付き合ってください」 「そうだな。カミューがいないときならいつでも誘ってくれ」 「……………………」 やっぱり酷いです、マイクロトフ様……。 もはや自覚なしにカミュー中心になっているマイクロトフに、青騎士はそっと涙を零した。 ひとつ、マイクロトフ様を不快にさせないこと(基本中の基本) ひとつ、抜け駆けをしないこと(破った者はあとで私刑) ひとつ、忌々しい赤い悪魔の名前をマイクロトフ様の口から言わせないこと(我々が不快になるので) 「今回の心得は以上の3つだ。厳守するように」 「はい! 命に代えましても!」 青騎士団の詰め所では今日の食事会に参加する精鋭たちが気合い充分、今日の心得を復唱していた。その周りでは惜しくも今夜任務にあたっている面々がうらやましそうに見守っている。 自国マチルダをはじめ、都市同盟の軍事の要となっているマチルダ騎士団の主戦力、青騎士団がこんな連中の集まりだと知ったら守られている市民たちはどう思うことだろう。しかし、幸い、ここは一般市民の立ち入りは禁止されている。 「さあ、そろそろ準備にかかれ。時間に遅れた者は始末書だぞ」 「はい! わかってます!!」 この熱意を仕事に向けてほしい。 会員になってない一部の騎士たちはこの異様な熱気を遠巻きに見つめながら心の中でつぶやいた……。 マイクロトフが迎えにきてくれた青騎士と共に店に入ると、わぁっと歓声が沸き起こった。驚きのあまり目を瞬かせ、店の中を見回すと見慣れた顔でいっぱいである。 せいぜい数人だと思っていたマイクロトフは茫然と隣の部下を見やった。 「……こんなに……いるのか?」 「皆、マイクロトフ様と話がしたいのでしょう」 青騎士が平然と応えると、マイクロトフは何を思ったのか少し眉を寄せてしまう。 「マイクロトフ様?」 「俺は……上司失格だな……」 その憂いを帯びた表情に青騎士はどきり、としながら、慌てて首を振った。 「とんでもないです! マイクロトフ様ほど団長にふさわしい方はおりません!!」 「しかし、みんな俺に話があるのだろうに、俺はそれに気付いてやれなかった」 自分を責めるマイクロトフに青騎士は、なんて優しいお方なのだ! と感激しつつ、これ以上こんな曇った表情をさせていては自分の会長の座が危うい……と周りの刺さるような視線が気になる。会長の特権(今日のようにエスコートできる等)は一度味を占めてしまうとなかなか手放せるものではない。 「皆、それほど深刻な話ではないのですよ。ただ、世間話程度にでもお話しできれば、と思っているのですから」 「うむ……。カミューがいなければな……」 ぴくっ 一瞬周りの空気が凍った。今日の心得に会長自ら触れたのだ。会長は冷や汗が流れ落ちるのを感じながら、話題を変えようとフォローに入る。 「あ、あああの、マイクロトフ様、今日のコート、素敵ですね」 「ん? そうか? カミューが選んでくれたのだ」 ぴきっ さらば、会長職よ……。 周りから伝わる冷たい空気に、会長は心の中でそっと別れを告げた。 「へえ。で、楽しく飲んできたわけだ? しかも、2日連続で」 不機嫌の塊のような声で言われたマイクロトフは酒が残っているのも手伝って、いつになく、しゅん、とした様子でうつむいた。 「しかたないだろう? 誘われたんだし……」 弱気な声で反論してみたが、いつもだったら、「ああ、もう可愛いなぁ」とか言って白旗を上げるのに(←ちょっと確信犯らしい)、今日は冷たい視線が返ってきただけだった。相当ご立腹らしい。 「誘われたらほいほいついていくわけ? 俺という恋人がありながら?」 「こ、こい、びと……ってのは関係ないだろう……? あいつらは単に日頃の鬱憤を晴らしたかっただけで、別に変な意味では……」 「マイクロトフにその気がなくても、ヤツらはそういう気でいっぱいなの! あいつらはケダモノのような連中なんだから」 ケダモノ本人がよく言ったものである。 「お、俺のことをそんな目で見る物好きはおまえぐらいなものだっ!」 マイクロトフが真っ赤になって反論すると、カミューは大げさにため息をついてみせた。そして、酔いと興奮したせいで火照っているマイクロトフの頬に手を添える。 「おまえは本当にわかってないねぇ……。こんな無防備に色気振り撒いているというのに。俺だったら即効、宿に連れ込むね」 「おまえを基準にするな!! このケダモノが! だいたい、あいつらはそんな素振りなど、かけらもみせなかったぞ!」 確かに酒場での青騎士たちの態度は、上司に対する部下のそれ、の範疇を出るものではなかった。しかし、それが、互いに牽制しあっての結果とは気付く由もなく、マイクロトフは力説する。 そんなマイクロトフの説明に納得するカミューではなかった。 「俺はいつも言ってたよね? 青騎士連中は放っておいても忠誠心の塊なんだから、必要以上に付き合うなって」 「し、しかし……世の中には付き合いというものが……」 「いままで、おまえと青騎士たちがぎくしゃくしたことがあったかい? ヤツらは仕事上の付き合いだけでも、充分、おまえの指示に従っているだろう? 逆にプライベートを親しくすることで上司と部下の関係が崩れたりするんじゃないかってことを考えてないの?」 ぴしゃっと反論を封じられ、マイクロトフは負けを認めざるをえない。元々、口で勝てるわけがなかったし、今回は完全に分が悪い。 しょんぼりとうつむいて言い訳してみる。 「おまえが帰ってきてるとは思わなかったのだ……。3日はかかるだろうって言われてたし……」 まさか、2日目の夜に帰ってきているとは。自分のベッドの上で不機嫌そうに胡座をかいているカミューを見たときは酔いが見せた幻かと思ったぐらいだ。 「俺はおまえに早く会いたい一心で鬼のように仕事を片付けてきたってのに。 おまえは俺がいないと青騎士連中と飲みに行っちゃうわけだ?」 カミューの意地悪げな問いにマイクロトフはますますうつむいた。 「……だって……さびし、かったんだ……」 ぽつん、とつぶやかれたセリフにカミューは目を見開く。しばし沈黙が流れ、マイクロトフはいたたまれない気持ちになった。どうしたら許してくれるんだろう……と少し泣きたくなってくる。いつもカミューが過剰なほど愛情表現をしてくるため目立たないが、マイクロトフにとってもカミューはすでにかけがえのない存在なのだ。嫌われて平然としていられるはずもない。もう、体裁など考えていられない。みっともなくてもいいから許しを乞おうと思ったとき、 「ああっ、もう!! おまえ、反則!! 可愛すぎ!!」 と、カミューはマイクロトフの短い髪をがしがしと掻き回してきた。きょとん、と見上げてくるマイクロトフにカミューは少し照れくさそうな笑顔を見せる。怒りを持続させたいのに、到底無理だった。天然には勝てっこない。 「カ、カミュー……? 許して……くれるのか……?」 「許すも何も。俺がおまえに勝てるわけがなかったんだよね」 カミューは髪を掻き回した手をそのまま首の後ろに回すと軽く引き寄せた。素直に引き寄せられた唇に軽いキスを落とす。 「とりあえずは。一番手っ取り早い方法で仲直りしようか?」 間近から漆黒の瞳を捉え、魅惑的に微笑むカミューにマイクロトフは赤面しつつ、拒否する素振りはみせなかった。カミューは嬉しそうに目を細めるとマイクロトフをベッドにそっと押し倒す。顔を寄せ、吐息が触れるくらいの距離で優しく囁いた。 「ただいま」 「……おかえり」 2人は穏やかに微笑みあった……。 カミューはマイクロトフの身体を堪能しつつ、内心苦笑いする。 実を言うと、元々、怒ってなどいなかった。いや、怒ってはいたのだが、それはあくまでも青騎士どもに対してだった。ただ、怒ったふりをして、マイクロトフが許しを乞うてきたら、ベッドの中で少しサービスしてもらおうと思っていたのだが、マイクロトフの魅力の前に脆くも失敗してしまった。まあ、これも愛ゆえ。 問題はヤツらだ……。 ドロボウ猫にもほどがある。 カミューの瞳は復讐に燃えた。 「っ……ぁ、か、みゅー……っ」 ……身体はマイクロトフに燃えていたが。 「報告は以上です。ゴルドー様、早急にご決断を」 カミューがゴルドーを真正面から見据えると、ゴルドーは難しい顔をして唸った。 「しかし、あの砦は難攻不落。まともに攻めても勝ち目はあるまい」 「そのような悠長なことをおっしゃっている場合ではありません。事態は一刻を争うのです」 「だが……それでは青騎士たちをむざむざ死なせることになるのではないか?」 「我がマチルダ騎士団に死を恐れる騎士がおりましょうか?」 さらに言い募るカミューに、ゴルドーはちら、とカミューの隣に立っているマイクロトフを見やった。マイクロトフはさきほどから黙ったままだった。わずかにうつむいていたが、その顔色は悪いように見える。 「しかし……。お主はどう思う? マイクロトフ」 「……我らの忠誠は主君であるゴルドー様のもとに。命とあらば従いましょう」 固い声が応えた。 ミューズから帰ったカミューからの報告はハイランドに不穏な動きがある、というものだった。その対策としてカミューが告げたのは、境界線付近にあるハイランド側の砦を青騎士団が攻め込んで相手を牽制するべきだという策。赤騎士団はハイランドの援軍が来ないよう別行動をとりたい、とのことだった。 しかし、その砦は先程ゴルドーが言ったように難攻不落といわれている強固な砦だった。先代の団長たちが率いて何度か攻め入ったことがあったが、ことごとく返り討ちにあい、敗走させられている。 カミューは陥落させるのは無理でも、戦が起これば向こうも少なからず被害を出さずにはいられないであろうという、かなり強引な理論だった。負けてもいいから攻め込め、と言っているのだ。 しかし。それが一番効果のある方法であることはゴルドーもマイクロトフもわかっていた。 しばしの沈黙のあと、ゴルドーがマイクロトフに向かって静かに口を開く。 「……頼めるか?」 「はい。仰せのとおりに」 ようやく上げたその顔は苦渋に満ちていた。 カミューはやっぱり許してなどいなかったのだ……。 マイクロトフは暗い気持ちで愛剣ダンスニーを振るっていた。カミューは自分に「死ね」と言ってるような策をなんのためらいもせずに口にしたのだ。 政に私情を挟むなどもってのほかだが、こうも切り捨てられたような態度をとられるとやはり傷つく。 敵の守りはやはり強固で、なかなか突き崩せずにいた。自ら先頭に立ち、突破口を開こうと何度か斬り込んでいくがいまだうまくいかない。部下の士気が鈍ってきているのをマイクロトフは感じた。無理もない。最初から苦戦するのはわかっていたのだから。 一度立て直すか……。 マイクロトフはそう判断し、一旦退却を命じる。左側の陣形が崩れかけていたため、指示を飛ばそうと気をとられたそのとき。 「っ!」 矢が頬をかすった。矢が飛んできた方向を見上げれば砦の上に弓兵がずらりと並び、弓をつがえていた。そして、門が開き、騎馬兵が姿を見せる。どうやら自分たちが引くのを待っていたようだった。 頭上からの弓攻撃は防ぎにくいだけでなく、精神的ダメージも大きい。それに加えて騎馬兵が攻め込んでくるとなると、退却も容易ではない。 マイクロトフは舌打ちした。自分たちが攻めている間は守りに徹していたくせに、引くとなったとたん、攻めに転じてくるとは。 しかも向こうはほとんど無傷でこちらは疲弊していて士気も低い。圧倒的に不利だった。 こうなれば、命あるかぎり一人でも多くの敵を斬り、カミューの策に少しでも貢献するしかない。同時にそれは一人でも多くの部下を逃がすことにもなるはずだ、とマイクロトフはダンスニーを握る両手に力を込めた……。 ガキッという鈍い音と共にマイクロトフの手からダンスニーが弾かれた。長時間の戦闘で握力に限界がきたのだ。 マイクロトフはもはや感覚がなくなっている手を無意識に庇いながら馬上の相手を見上げた。既に何人と切り結んだかわからない。全身は返り血で染まり、悪鬼のごとき形相だったのが、剣を手放すと同時に呪縛が解けたかのように幼子のような無防備なものへと変わる。 ここまでやれば、カミューは少しは誉めてくれるだろうか……。 途中から血の色に、臭いに、思考が麻痺し、無意識に近い状態で剣を振るっていたマイクロトフは、ぼんやりとカミューの顔を思い出した。とたん、不思議と穏やかな気持ちになり、ゆっくりと目を閉じる。馬上から剣が振り上げられる気配がした。 ザシュッと肉の裂ける音。しかし、痛みはいつまでたってもやってこなかった。不思議に思っていると、 「マイクロトフ」 戦場に似つかわしくないくらい優しい声が名を呼んだ。マイクロトフは聞き間違うはずのない、しかし、いま、ここで聞こえるはずがない声に驚いて目を開ける。すると、そこには白馬に跨り、血に染まったユーライア片手に鮮やかな赤を纏ったカミューの姿があった。 「カ、ミュー……?」 夢でも見ているのだろうか、とマイクロトフが茫然と馬上のカミューを見上げると、カミューは大輪の花が綻ぶような笑みを浮かべる。ユーライアについた血を振り払うと鞘におさめ、 「マイクロトフ、助けにきたよ」 と、馬上から手を差し出した。マイクロトフは思わずその手を取っていた。ぐいっと引っ張られ、自らも血で重く濡れた身体に鞭を打ち地面を蹴って、カミューと同じ馬上の人となる。カミューの手が優しく頬に触れた。 「だめだよ、マイク。顔に怪我なんかしちゃ。そりゃあ、傷のひとつやふたつついたところでおまえの魅力が損なわれるわけはないけど……」 そっと顔を寄せ、頬の矢傷にゆっくりと舌を這わせる。そして間近に漆黒の瞳を覗き込むと、 「でも、他の男に傷つけられるなんて我慢できないし」 と、悪戯っぽく笑った。マイクロトフは漆黒の瞳を潤ませ、カミューを見つめた。 説明しよう! マイクロトフは死と隣り合わせという極限状態に追いやられ、理性も感情も完全に麻痺していた。ただ機械的に剣を振るう人形と化していたのだ。それが死を覚悟したとたん、颯爽と現れ、自分を救ってくれたカミュー。麻痺した思考の中で、その姿はあまりにも強烈だった。喩えるなら、産まれて初めて目にしたものを親と思う雛鳥のようなものだ。無防備に絶対的な信用を寄せてしまったのである(たぶん)。 「すまない、カミュー……俺は……」 弱々しく謝罪を口にしようとするマイクロトフに、カミューはそっと人差し指を唇に押し当てた。 「マイクが謝ることなんてひとつもないんだよ。俺はマイクのためならどこにでもかけつけるし、どんなことがあっても助けてみせるから」 カミューは安心させるように優しく微笑むと、部下の一人の名を呼んだ。慌ててかけつけてくる部下にマイクロトフの傷(頬にかすり傷ひとつ)を治すよう命じる。 「し、しかし、向こうに瀕死の青騎士が……」 「聞こえなかったのかな?」 にっこり。 それはそれは綺麗に微笑んだ赤騎士団長に赤騎士はさあっと青ざめ、慌てて水の紋章を発動させる。そして、頬の傷がきれいさっぱり消えるとカミューは邪魔だと言わんばかりにしっしっと手を払った。もちろん赤騎士に異存があるはずもなく、駆け足でその場を去っていく。 既にカミューしか見えてないマイクロトフは気付くよしもなかったが、周りではカミューに続いて突撃した赤騎士団が敵を追い払いつつ、重傷を負っている青騎士団の手当てに追われ、とてんやわんやの大騒ぎだった。 剣戟と怒号が響き渡り、応急処置の指示が飛び、紋章が発動され、とはっきりいって互いの声さえ聞こえるか、というぐらいの混乱の中、カミューとマイクロトフは馬上で完全に2人の世界に入っている(注:マイクロトフは思考が麻痺しています)。 すると、潤んだ瞳でカミューを見つめていたマイクロトフがつらそうに顔を歪めるとうつむいてしまった。 「カミュー……、すまない。俺はおまえに迷惑をかけてばかりいるのだな」 「迷惑だなんて思ってないよ。おまえがしていることは可愛い天使の悪戯のようなものだ」 カミューのセリフに、ちょうど周りを駆けまわっていた赤騎士たちが一斉に顔を背ける。 「馬鹿なことを……。天使のように美しいのはおまえのほうだ……」 マイクロトフのセリフに、傍で赤騎士の手当を受けていた瀕死の青騎士たちが一斉に意識を手放した。 しかし、2人にはそんなものは目に入らない。 「マイク……」 カミューが優雅な手付きでマイクロトフの顎を軽く持ち上げる。 「カミュー……」 マイクロトフは素直に顔を上げ、恥ずかしそうに目を伏せた。2人の周りは薔薇が咲き乱れんばかりに妖しいムードが漂う。 そして、2人の顔がゆっくり近づき……。 恐ろしい方だ……。(一緒に食事をしただけの)我々への復讐のために国の政策まで変えるとは。(一応)同志である我々を勝てる見込みのない戦に追いやり、かつ、自分はちゃっかりマイクロトフ様への王子様ばりのアピール(マイクロトフ様のピンチの場に白馬で颯爽と登場)を成し遂げるなんて……。 我々とは器が違う……と、「マイクロトフ様の幸せを守る会」の会長を務めている青騎士は遠のいていく意識の中思った。最後の瞬間を見る前に意識を手放したのはある意味幸せだったのかもしれない……。 やはり、赤い悪魔は最強のようだった。 終わっとく(汗) |