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今日、マイクロトフは休日だった。カミューの方は仕事だったため、特に予定もなく、天気がよかったので木陰で本でも読もうと庭を歩いていた。 すると、大きな木の下でナナミ、ニナ、テンガアールの3人が頭上を見上げ、何やら困った様子で話し込んでいるのが目に入る。 「どうかしましたか?」 マイクロトフが声をかけると3人は一斉に振り返った。 「あ。マイクロトフさん」 「実は……風で飛んでしまって……」 と、ニナが指を差した方を見上げると、何かの紙が木の枝に引っかかっている。 「あの紙ですか?」 「そうなの。しょがないから登ろうと思って……」 ナナミの言葉にマイクロトフはぎょっと目を剥く。いくら身が軽いとはいえ、女の子にそんな危険な真似をさせるわけにはいかない。 「俺が取ってきますよ」 「え? でも……」 テンガアールは心配そうにマイクロトフを見た。今日はあの重苦しい騎士服を着ていないが、鍛え抜かれた見事な体躯は身軽には思えない。しかし、マイクロトフは持っていた本をナナミに預けると身近な枝に手をかけて、するすると木を登りはじめた。「わあ、すごい」という女の子たちの歓声を聞きながらマイクロトフは、木に登るのは幼少の頃以来なのに案外覚えているものだな、と少し懐かしく思いながらひとつひとつ枝を選んで慎重に登っていく。そして、目的の枝に到達し、紙を手にすると「落としてくださーい」という声に従って下に放った。ひらひらと蝶のように舞いながら落ちていった紙が無事、ナナミにキャッチされるのを確認すると、マイクロトフは再び枝を伝って降りていった。 「ありがとうございましたー!」 3人が一斉に頭を下げるのをなんとなく気恥ずかしい思いで受けたマイクロトフは、 「いえ。では、俺はこれで」 と、その場から立ち去ろうとする。しかし、3人はすばやく目配せすると、 「マイクロトフさん、お忙しいですか?」 と、ナナミが言い出した。さりげなく囲まれたのに気付かず、マイクロトフはとりあえず正直に答える。 「いえ。今日は特に……」 「よかったら、わたしたちと一緒にお菓子を作りませんか?」 ニナの言葉にマイクロトフは目を見開いた。 「は?」 「この紙、ミートパイのレシピなんです。でも、お肉の代わりにフルーツを入れたら、お菓子のパイになるでしょ? だから、みんなで作ろうと思って、ハイ・ヨーさんの手に渡る前にこっそり持ってきちゃった」 軽く舌を出すナナミにマイクロトフは首を傾げる。 「どうしてこっそり持ってきたんですか?」 マイクロトフの質問に3人は顔を見合わせた。そして、 「弟に」 「フリックさんに」 「ヒックスに」 「「「最初に食べてほしいからに決まってるじゃないですか!!」」」 と、声をそろえる。マイクロトフはその迫力にたじろいだ。 「そ、そうですか。では、3人で作るのがいいと思いますよ。俺は菓子など作る柄じゃないし……」 逃げ腰のマイクロトフの背後からテンガアールが口を開く。 「でも、誰も作ったことないから不安なんだよね」 「本当にお肉をフルーツに代えるだけでいいのかわからないし」 とニナ。 「レシピどおりに作ればいいんだろうけど……」 首を傾げるナナミ。 「お、俺だって菓子など作ったことないですし、役に立つとは……」 「でも、考える人が一人でも増えたら成功する確立だって上がりますよ」 つまりは誰かを巻き込みたかっただけらしい。じり、と輪を縮められて、マイクロトフは白旗を上げざるをえなかった。 「わかりました……」 ため息混じりに了承すると、3人は「やったあ!」と歓声を上げる。 「きっとカミューさん、喜ぶよー」 ナナミの言葉に、 「な、なんでカミューが喜ぶんですかっ?!」 と、マイクロトフは動揺した。するとナナミはきょとん、と目を瞬いて、 「え? だって、いつもお茶を一緒に飲んでるんでしょ? お茶うけにいいじゃないですか」 と、不思議そうに答える。マイクロトフは一人深読みしてしまったことに気付き、真っ赤になった。テンガアールやニナのように好きな人にあげる、という意味だと勘違いしたのだ……。 お菓子作りは散々を極めた。3人娘は恐ろしいほど不器用で大雑把で、マイクロトフですら、自分一人で作ったほうが……という思いに駆られるほどであった。どうみてもレシピどおりに作っているようには見えないのだが、失敗しても、「大丈夫、大丈夫。食べれば同じだって」を合言葉に我が道を突き進んでいた。 3人の、お菓子に対する、もしくは想い人に対する情熱はすさまじいばかりで、マイクロトフはヘタに口出しできず、包丁を使うところだけ引き受けた。……さすがに血の味のするフルーツパイは嫌だろう。 そして、どうにかこうにかオーブンで焼くところまで辿りついたのだが……。 「し、しまった! 焦げてしまった!」 オーブンから取り出したパイは真っ黒に焦げてしまっていた。最後にテンガアールがパイ生地に艶を出すためにハケで塗ったのは、やはり卵ではなくてバターだったのだろう。マイクロトフは言えなかった自分を悔いた。 「うわあ。真っ黒」 「大丈夫! こういうときは……」 ナナミは自信たっぷりに応えると何かを手にした。目をやるとそれは紛れもなく醤油。マイクロトフはぎょっとして 「ちょっ、ナナミ殿?!」 と、制止しかけたが、ナナミのほうが一瞬早く、真っ黒なパイの上に醤油を勢いよくかけた。 「ほら。これでわかんないでしょ」 「すごーい、ナナミちゃん、あったまいいー」 ニナが感心したふうに言う隣でマイクロトフは「このパイ、フルーツが入っていたよな……」と倒れてしまいたくなる。ナナミ料理の原点を見た気がした。 「カミューさん、甘いものがあまり好きじゃないって言ってたもんね。ちょうどいいよ」 「え?!」 これをカミューに食わせるのか?! 目を剥くマイクロトフにナナミが「やぁねぇ」とにっこり笑う。 「マイクロトフさんが作ったんだもの。カミューさん以外の誰に食べさせるというの?」 「カミューさん喜ぶよー」 いや、作ったのは大半があなた方だし、既に食べ物の範疇を越えてるように思うのは俺だけですか? マイクロトフは言いたいことは山ほどあったが、3人娘の弾丸のような押し付けに勝てるわけもなく、泣く泣くパイを引き取るのであった……。 マイクロトフはパイを片手に途方に暮れていた。 人の良すぎるマイクロトフは3人に委ねられた時点で、捨てる、ということができなくなってしまっていたのだ。しかし、とてもじゃないが、食べられそうにない。八方塞がりだった。 そうだ! コボルトだ! コボルト族はかなりの味音痴だという。料理勝負でも彼らはなんでも満点をつけるというじゃないか! だったら、このすでにどういう味がするのか見当もつかないこの物体を処分してくれるのは彼らしかいまい! マイクロトフはようやく解決方法を思いつくと、さっそく実行だ! と、コボルト族の姿を求め、走り出した。 「くんくん。うまそうだワン」 この物体を見てそう言ってくれるのは世界広しといえどゲンゲン殿ぐらいです。 マイクロトフはちょっと感涙しそうになりながらパイのなれの果てを差し出した。 「ゲンゲン殿、食べていただけますか?」 「いいのかワン?」 「ええ、ぜひ……」 マイクロトフは貼りついたような笑みで応える。そのとき。急に肩が重くなった。そして 「マ〜イク〜ロト〜フ〜〜」 と、シドも真っ青なほど恨めしい声が耳元を震わす。マイクロトフは「ひっ」と背筋を伸ばすと、目だけで後ろを恐る恐る振り返った。そこには確かめるまでもなく背後霊よろしくカミューがへばりついている。 「カ、カミュー……」 「ひどいじゃないか、マイク。おまえの手作りの料理を俺に食べさせてくれないなんて」 「な、な……っ」 なんで知ってるんだ?! とマイクロトフは聞きかけたが、「見てたから」とかあっさり答えそうで怖くなってやめた。頼むから仕事をしててくれ。 「カ、カミュー、ちょっとこい……」 マイクロトフはとりあえずゲンゲンから離れたところまでカミューを引っ張っていった。そして、こっそり耳打ちする。 「あのな、カミュー……。落ち着いて聞いてくれ」 「あん。マイクの息がかかって落ち着いてなんか聞けないよ♪」 「……一生聞こえなくしてやろうか?」 「……すみません。聞きます」 「いいか、アレは恐ろしいほどの失敗作で、人間の食べ物とはいえないくらい酷い代物なんだ」 「うん」 「ちなみにナナミ殿も関わっている」 「うわあ。それは凄いね……」 「な? だから、食べるな」 「やだ」 あっさり答えるカミューにマイクロトフは思わず怒鳴りつけた。 「おまえは!! 人の話をちゃんと聞け!!」 「ちゃんと聞いてるよ。どんなに酷い味だろうとマイクの手料理が食べたいんだ」 「っ! おまえは馬鹿か!!」 「うん。俺、マイクばかだもん。マイクに関連するものは全部好き」 けろっと言われたセリフに不覚にもぐっときてしまったマイクロトフ。反論の言葉が封じられてしまう。 「ね。俺に頂戴?」 そんなマイクロトフににっこり笑って首を傾げながらおねだりするカミュー。マイクロトフはあきらめたようにため息をついた。 「あとでどうなってもしらんぞ」 「うん」 カミューが嬉しそうに頷くと、マイクロトフは、あとでホウアン殿から胃腸薬をもらってこよう……ともう一度深くため息をつくのであった……。 「ずいぶん……香ばしい匂いだね……」 たっぷり5秒かかって出てきた感想は世界一の褒め言葉だろう。お菓子だというのに、醤油の匂いと焦げた臭いが圧倒的で、それはもう絶妙に入り混じっているのだから。 「…………だから、やめとけって言ってるだろう」 パイ、という名の物体を目にしたカミューはさすがにちょっと引いたようだった。無理もない。 マイクロトフはここで考え直してくれないかと思ったが、カミューは決心したようにひとつ頷くと静かにフォークを手にする。 「…………いただきます」 まるで戦地に向かう兵士のような悲壮感漂う顔つきでカミューはフォークを物体に突き刺した。とたん、中からフルーツの甘い香りがふわり、と浮き上がる。 「っっ!!!」 2人はなんとも言えぬ表情を浮かべ、顔を背けた。 「カ、カミュー、やめるなら今のうちだ……」 「い、いや。俺はマイクへの愛を貫いてみせるよ」 「カミュー……」 マイクロトフはちょっと感動したように目を潤ませる。 「わかった。骨は俺が拾ってやる。気の済むようにしろ」 「うん。ありがとう、マイク……って、どうしてそんなに離れてるのさ?」 いつのまにかマイクロトフは部屋の隅にあるベッドまで避難していた。 「いや、臭いが……」 「……………………」 マイクロトフの愛の限界を見たような気がしてカミューはちょっと涙する。そして、意を決したようにフォークですでに原型がわからない固形を刺すと恐る恐る口に運ぶ。 ええい、ままよ! ぱく。 もぐもぐ。 ごくん。 ……………………。 「カ、カミュー……?」 一口口にしたとたん、沈黙したカミューに、マイクロトフが恐る恐る声をかけた。カミューはマイクロトフの声に勢いよく振り返る。その顔は能面のように無表情だった。そして、すっくと立ち上がるとマイクロトフのほうにずかずかと歩み寄ってくる。カミューのように整った顔が表情をなくすとかなり怖い。マイクロトフは逃げることもできず、青ざめてじりじりと後退するのがやっとだった。しかし、すぐ壁にあたってしまう。 むんず、と腕を掴まれて、マイクロトフは思わず目を閉じた。 「だっ、だから、食べるなって言っただろう!!」 悲鳴のような声を上げ、カミューから逃れようと身を捩った。しかし、ぐいっと引っ張られ、バランスを崩してしまう。いつもの彼からは想像もできないくらい物凄い力だった。 「カッ……!」 名前を呼びかけたところで唇を塞がれる。口が開いていたため、あっというまにカミューの舌の侵入を許してしまった。 「んぅ……っ……」 てっきり怒鳴られるか殴られるかされると思っていたマイクロトフは展開についていけないまま、口腔内を蹂躙され、思考がまったくまとまらない。意識が朦朧としてきたところで、腕を掴んでいた手が襟元のボタンを外しはじめた。胸元をまさぐる手にマイクロトフはハッとして顔を背け、無理矢理口付けを解く。 「やっ、めろ……っ! 真昼間から……正気かっ……!」 「正気も正気。っていうか、本気。めちゃめちゃおまえが欲しいよ」 と、カミューはにやっと好戦的に笑うと、マイクロトフの手を取り、自分の中心に触れさせた。しっかりと熱を持っているそれにマイクロトフはかぁっと赤面する。しかし、どうしてこんな状態になっているのかが、さっぱりわからない。あの物体を一口食べただけなのに……。 まっ、まさか、あの料理に媚薬の類が入っていたのだろうか? マイクロトフはニナとテンガアールの顔を思い出し、ちょっと不安になる。しかし、ナナミもいたのだから、それはないと思う……思いたい。 冷や汗を流しているマイクロトフにかまわず、カミューは再び服を脱がせにかかった。我に返ったマイクロトフは、冗談じゃない、と本気で抵抗しはじめる。力の差でいけばマイクロトフが有利のはずだった。いつもは無意識に許してしまっているのか、なかなか勝てないが、今日はまだ日も高いし、カミューはまだ執務中なのだ。そんな気は全くなかった。 それなのに。 「っ!!」 自分を戒めるカミューの腕がびくともしなかった。まさか、と思う。カミューは剣の手合わせでもめったに本気を見せないが、力勝負では自分に分があるはずだ。それとも、あれも手を抜いていたのだろうか。 「カ、カミュー……っ! やめ、ろっ! まだ、仕事が残っているだろう……!」 「やだ。やめない」 マイクロトフの必死の叫びもカミューはあっさり却下し、露わになった肌に口付け、きつく吸う。弱いところを刺激され、びくっと身体を震わすマイクロトフにカミューは艶やかに微笑んだ。耳元に唇を寄せ、低く囁く。 「ほら……もうあきらめて……」 マイクロトフが熱い吐息に耐えるように眉を寄せ目を閉じると、カミューはゆっくりと覆い被さった。 「……っ……! ぅあっ……!!」 カミューに深いところを突き上げられ、マイクロトフは背をしならせた。カミューはのけぞった顎に軽く噛み付き、熱い舌で舐め上げる。マイクロトフにはそれすらも快感だった。 既に互いに2度絶頂を迎えている。いつもよりどことなく力強く自分を抱くカミューに、マイクロトフはいつも以上に翻弄されていた。与えられる強過ぎるくらいの快楽を必死に受け止める。 これ以上……感じたらおかしくなる……! 理性が警鐘を鳴らすが、霞みがかった頭ではすでになんの役にも立たなかった。まだ底無しに求めてしまいそうな自分が怖い。浅ましい姿を見せるとカミューに軽蔑されるかもしれない……。 しかし、本能に逆らうだけの自制心はほとんど残っていなかった。 「か、かみゅぅ……っ、も、ぅ……」 哀願するように腕を掴んでくるマイクロトフにカミューは優しく目を細める。 「ん? イキたい? いいよ……一緒にいこう……」 誘うようにその腕を掴み返し、自分の背中に回させるとカミューは律動を速めた。途切れ途切れに漏れるマイクロトフの喘ぎがカミューをこれ以上はないというほど刺激する。カミューは自分もまた絶頂が近いのを感じていた。 マイクロトフの腰を片腕で抱き寄せ、一際強く腰を打ちつける。 「……っ…………!!」 一瞬互いの息が詰まる。そして、ほぼ同時に熱い迸りを解放していた。 荒い息をついたまま口付けを求めてくるカミューにマイクロトフは素直に応える。もうほとんど理性は残ってなく、あるのは意識を飛ばす寸前まで快楽を与えてほしい、という普段のマイクロトフからは考えられないような本能のみの求め。それほどに今日のカミューは魅惑的だった。 「カミュー……」 わずかに離れた唇で呼ぶ声には紛れもない誘いの色がにじんでいて。 「マイク……どうしたの? 今日はずいぶん積極的だね……」 「それは……おまえが……」 イイからだ、とはさすがに言えず、マイクロトフは口を噤んでカミューを見つめる。言葉にしなくてもちゃんと伝わったカミューは嬉しそうに微笑むともう一度口付けようとして……。 「っ!」 声もなくマイクロトフの胸に倒れ伏した。 「カ、カミュー……?」 「こ、腰が……」 「腰……?」 カミューは腰に手をあて、つらそうな表情を浮かべている。マイクロトフはとりあえずベッドから降り、カミューをうつぶせに寝せた。 「う、うう……いたい……」 情けない格好でうめくカミューの姿をマイクロトフは半ば茫然と見つめた。拍子抜けしたというか、なんというか……。 ……なんだったんだ? 一体……。 人を散々その気にさせといて、と、マイクロトフはやつあたり半分、恨めしい思いでいっぱいだった……。 ミートパイ+しょうゆ=コボルトパイ 効能:30%の確率でブーストになる ブースト:3ターンのあいだ攻撃力が2倍になり、3ターン終了後、相手に与えたダメージの半分を自分が受ける 「なるほどねぇ……」 カミューはミートパイのレシピを眺めながらつぶやいた。 しかし、半分のダメージでこれほどとは。マイクロトフの腰って実はかなり強靭なのかもしれない。 やはり、毎日鍛錬していると違う。俺ももう少し鍛えるかな……。 いつもなんでもないように日常生活を送るマイクロトフをちょっと尊敬したカミュー。寝たきり生活3日目のことであった……。 きゃいんきゃいんっ(逃走) |