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暗闇を一瞬で駆け抜ける一条の光の筋。 それは星が燃え尽きる最後の姿。 軌跡が消える前に3回願い事を言えば叶うという。 ならば、ひとつだけ願おう……。 マイクロトフはベッドの上にあぐらをかき、窓の外を見ていた。やがて浴室のドアを開く音がし、カミューが髪を拭きながら出てくる。 「あれ? マイク、まだ寝てなかったの……?」 「星を、見ていた」 「星?」 カミューはベッドに乗り上げ、当然のようにマイクロトフが纏っていた毛布に自分も入ろうとした。マイクロトフも何も言わず毛布を広げて入れてやる。くっつくように並んで毛布にくるまると、カミューもマイクロトフの視線を追った。マイクロトフが開けたのだろうか、開かれたカーテンからは満天の星空が覗いている。 「綺麗だね」 「ああ。さっき、流れ星を見た」 「へえ。何かお願い事した?」 冗談半分聞いてみると、 「まあな。だが、2回目の途中で消えてしまった」 と、苦笑いするマイクロトフにカミューは、おや、と思う。てっきり、そんな女々しいことするか! と言ってくると思っていたのに。 「そうなんだ。残念だったね。でも、半分くらいなら叶うんじゃない?」 「だといいがな」 わずかに唇を歪めて自嘲ともとれる笑みを浮かべるマイクロトフに、カミューは、この武骨な男が何を願ったんだろう……と気になった。 「何をお願いしたの?」 とりあえずストレートに聞いてみると、案の定、渋い顔つきになる。 「……人に言ったら効力がなくなるだろう?」 「でも、3回言えなかったんでしょ?」 「半分くらいなら叶うかもしれんだろうが」 自分の言ったセリフを逆手にとられて、カミューは、うっと詰まった。 「だんだん手強くなってきたね、マイク……」 「おかげさまで毎日鍛えられているからな」 にやっと笑ったマイクロトフにカミューはむう、と唇を尖らせると、 「そんなことを言うヤツは……こうだ!」 と、バッと毛布を剥ぎ取る。油断していたマイクロトフは、とたん、外気に素肌をさらされて全身に鳥肌が立った。まだ暖炉を焚くほどの寒さではなかったが、裸で過ごせる時期でもない。 「なっ、なにをするんだ!」 毛布を取り返そうとマイクロトフが掴みかかるが、カミューも身体に巻きつけて応戦する。 「おしえてくれたら入れてあげるー」 「俺が先に入っていたんだ! 返せ!!」 「やだよー」 子供のように揉み合っていると、身体に毛布を巻きつけているためあまり自由がきかないカミューが体勢を崩し、その上に勢いあまったマイクロトフが覆い被さった。押し倒したような体勢に2人ともどきっとする。間近で見詰め合っていると、マイクロトフがそっと頬に手を添え、ゆっくり顔を寄せてきた。カミューは慌てて目を閉じる。 互いの吐息が触れそうになったとき……。 「もらった!」 ばさっとマイクロトフがカミューの毛布を一気に剥いだ。カミューは身体に巻きつけていたため、はずみで一回転する。唖然、とベッドに転がりながら自分を見上げるカミューに、マイクロトフは、ふふん、と得意げな笑みを浮かべながら毛布を自分の身体に巻きつけた。 「…………本当に手強くなったね……」 カミューは憮然とつぶやいた。 マイクロトフの『慈悲』により、けっきょく元のように毛布を分け合った2人は、さっきのふざけあいで冷えてしまった互いの身体に眉を顰めつつ、寄り添ってその体温で徐々に溶かしていく。そうしてようやく心地良いぬくもりになるとまた2人で夜空を見上げた。 「それにしてもめずらしいね。星に願い事なんてさ」 「似合わないか?」 「いや、そうじゃなくて。マイクはあまり他力本願するタイプじゃないだろう?」 いつも真っ直ぐな瞳で前を捉え、突き進んでいく姿は他にたとえようのないくらい圧倒的で輝いている。そんな彼に焦がれ、後ろや横を支えてやりたい、というのが自分の切なる願いだ。 カミューの言葉にマイクロトフは苦笑した。 「そうだな……。だが、自分ではどうにもできない願いもある」 「自分ではどうにもできない願い?」 それはどういったものだろう、とカミューは考えた。大抵、願いというのは、自分がああなりたい、こうなりたい、という願望なのではないだろうか。そういった願いは自分がいちばんの鍵になるはずだ。 自分の手に負えないほどの願い……? 「戦争が早く終わりますように?」 いま、ハイランドと都市同盟の情勢は緊迫している。毎日不穏な噂が流れている。人ならば、平和を望むのは当然といえた。 しかし、マイクロトフは首を振った。 「いや、それは俺たちにもまだできることがあるはずだろう?」 都市同盟の戦闘分野をほぼすべて担うマチルダ騎士団の筆頭たる自分たちにはいろんな役目があるはずだ。 状況は決して同盟軍に有利ではない。しかし、希望を捨てていないマイクロトフにカミューはまた惹かれる。ああ、彼らしい、と。 すべてが愛しくてたまらない。一瞬一瞬ごとに想いが深くなっていく……。 もはや、この想いは狂恋なのかもしれない。彼のためならなんでもできると思っている自分が怖いくらいだ。恋人、という関係になってずいぶん経つのに、いまだに片想いのごとく切ない想いだけが募っていくなんて。 この行き過ぎた想いは彼を傷つけるだけだとわかっている。でも、止められない。 自分を自分で制御できないなんて狂ってる……。 カミューは心の葛藤を悟られないよう、優しく笑った。 「そうだね。俺たちにもできることはあるはずだね」 「カミュー」 不意にマイクロトフが顔を近づけてきた。カミューはその漆黒の瞳に囚われて、どきっとする。 「何を考えている? いま、俺とこうしていても他のことを考えるのか?」 マイクロトフの言葉にカミューは目を見開く。呆けたように見つめているとマイクロトフは怒ったように目をそらした。その目元がわずかに赤い。 反則だ……。こんなときにそういうセリフを言うなんて。 カミューは心臓を鷲掴みされたような痛みを隠し、そっと頭を抱き寄せた。抵抗がないのにほっとしながら、髪にひとつキスを落とす。 「ごめん。おまえの願い事ってなんだろうって考えていたんだよ。おまえは意地悪しておしえてくれないし」 「……意地悪しているわけではない」 憮然とした声にカミューはちょっと笑った。 「じゃあおしえてよ」 「……………………」 沈黙してしまったマイクロトフにカミューは苦笑いを浮かべ、ゆっくり髪を梳きはじめた。洗いたての髪はまだわずかに湿っていて、手に優しく絡む。 自分ではどうすることもできなくて、俺に言えないこと……。 カミューは考えをめぐらせていると、ひとつの仮定に辿りついた。 それって……俺の、こと……? 少しは自惚れていいのだろうか。違っていたらいつものように茶化してしまえばいい。 カミューが口を開こうとしたそのとき、窓の外に一条の光の軌跡が目に入る。 あ……。 一方、マイクロトフはカミューが沈黙してしまったことに不安を覚えていた。自分の頑なな態度がカミューを怒らせたのだろうか、と。そして、優しく髪を撫でていた手が止まるとその不安はさらに募る。恐る恐る顔を上げた。 「カミュー……?」 カミューは窓の外を見ていた。つられて自分も振り返るが、さっきと同じようにただ星空が広がるばかり。 カミューはなにやら真剣な顔つきで星空を眺めていたが、ふっと視線を緩めると、怪訝そうな顔をして自分を見ているマイクロトフに笑いかけた。 「流れ星だよ」 「え?」 「思わず願い事しちゃった」 ふふ、と笑うカミューにマイクロトフは何を願ったのか聞きたかった。しかし、自分がおしえてないのだから、なんとなく聞きづらい。 「……3回言えたのか?」 「いや。俺も2回目の途中まで。ほんとあっというまだよね」 「そうか……。半分は叶うといいな」 「そうだね。 ……ねえ、マイク。マイクの願いって……俺にかかわること?」 「えっ?」 びっくりしたように目を見開くマイクロトフに、カミューは自分の予想が正しかったことを確信する。嘘がつけない性格というのは本当にかわいそうだ。 「俺にかかわることなら、星になんか頼らないで、俺に言って。必ず叶えてあげるから」 「ち、違……」 顔を真っ赤にしたまま否定しようとするマイクロトフがカミューにはこのうえなく可愛い。 「んー? 嘘をつくのはこの唇かなー?」 カミューは悪戯っぽく笑うと、人差し指でマイクロトフの唇をなぞった。その動きに思わずぞくり、と感じてしまったマイクロトフは悔しくて睨みつける。 「お、おまえのスケベ癖が治るようにだ!!」 「おや、かわいくないことを言う唇は塞いでしまおうっと♪」 「な……っ、んーっ……!」 マイクロトフが反論するより早くカミューはさっさと唇を塞いでしまう。くぐもった声をあげるマイクロトフにかまわず口内に舌を侵入させて抵抗がなくなるまで貪った。 やがてマイクロトフがぐったりと自分に身体を預けてくると、カミューはようやく唇を解放する。 「っ、は、ぁ……、お、おまえ、は……っ」 荒い息を吐きながら少し潤んだ瞳で睨みつけてくるマイクロトフの漆黒の瞳をカミューは間近で捉えた。その真摯な色をたたえた琥珀色の瞳にマイクロトフは息を呑む。 「俺の願い事はね、『ずっと傍にいられますように』だよ」 目を見開くマイクロトフにカミューは優しく微笑んだ。 「流れ星が半分しか願い事を叶えてくれないなら、あと半分はマイクが叶えてよ」 カミューの言葉を茫然と聞いていたマイクロトフはカミューが口を閉ざすと、ふっと視線を和らげる。腕を伸ばしてそっと首に手を回し、引き寄せると耳元で囁いた。 「なら、俺の願い事も半分叶うんだな」 今度はカミューが目を見開く。しかし、すぐ嬉しそうに微笑むと囁き返した。 「そういうこと」 願い事が同じならば。星になど頼らず、互いに叶えよう……。 2人はゆっくり唇を重ねた。 おわり |