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マチルダは短い夏が終わり、秋をむかえていた。日に日に夏の名残は消えていき、過ごしやすい気候となる。タオルケット1枚で過ごせた夜も、この頃には毛布と代わり、そろそろ布団を出さなくてはいけないだろうという冷え込みをみせるときもあった。 もうすぐ起きる時間が近づいているのか、意識がわずかに浮上してきたマイクロトフはゆったりとしたまどろみの中、ぶるっと身震いした。今朝はけっこう冷え込んでいるようだ。無意識に傍らのぬくもりにすがろうとして、違和感に気付く。 ぬくもりが、ない。 いや、ない、というには語弊があった。背中にはいつものように腕が回されていて、緩やかに拘束されているのがわかる。しかし、肌に直接触れているのは布団の感触で、ぬくもりは布団越しにわずかに感じられている、という状況だった。 マイクロトフは状況がわからず、仕方なく目を開ける。すると、間近に見なれた男の寝顔があった。しかし、間近とはいえ、いつもより微妙に距離がある。マイクロトフは一度瞬きをすると、カミューを起こさないようにそっと自分の状況を把握しようと視線をめぐらせた。そして、ようやく状況を理解する。 布団越しに、抱きしめられている。 布団に丸まった自分をカミューが抱きしめている。どうりで心地良い肌のぬくもりや、彼の背中あたりまで伸ばされた亜麻色の髪が自分の身体に触れる、独特のくすぐったい感触がないわけだ。 マイクロトフはどうしてこういう状況になっているのか、記憶の糸を辿った。そして、思い出すと同時に頬に朱が散ってしまう。 夕べ、もう一回するしないで喧嘩をし、頭にきた自分は布団からカミューを追い出し、みのむしよろしく丸まったのだ。なんだかんだと言ってくるカミューを無視しているうちに……寝てしまったらしい。 カ、カミューが悪いのだ……! あんまりしつこいから……。 明日は仕事が忙しい、と言ったはずなのに、それを聞かなかったカミューが悪い。 布団を一人占めなんて酷いことをしてしまった、という罪悪感をまぎらわせるためにマイクロトフは心の中で言い訳をした。ひととおり責任転嫁が終わると、一糸まとわぬ姿で布団の上から自分を抱きしめる男に多少の呆れを感じる。布団に入れなかったのなら、夜着くらいは着て寝ればいいのに、と思いながら手を伸ばし、頬にかかった長い髪を指で払ってやった。 「!」 指が頬に触れたとたん感じた熱にマイクロトフは目を見開く。そして、今朝は布団に入っている自分ですら寒い、と感じるほど冷えていることを思い出した。慌てて手を伸ばし、額に触れると燃えるように熱い。 「カ……!」 カミューを起こそうと口を開いたマイクロトフは寸でで思い留まる。この熱では目が覚めても苦しいだけだろう。 そう判断するととりあえず背中に回っていた腕をはずし、そっと布団から抜け出した。普段は眠りが浅いのか、自分が軽く身じろぎするだけで、起きるとまではいかないが、「うーん」と寝ぼけた声を出したりと反応を見せるのだが、今日はそれがない。それだけ深い眠りに落ちているのだ。……おそらくは熱のせいで。 布団から抜け出すとぶるり、と身震いする。改めて寒さを実感し、こんな寒さの中、裸で一晩過ごした恋人に「ばか」と小さくつぶやいた。いじけた自分などほっといて、自分の部屋に帰ればよかったのだ。それを律儀に一晩抱きしめているなんて。 とりあえず布団をかけてやり、クローゼットに自分の服とカミューの夜着を取りにいく。毎晩のようにおしかけてくる彼の着替えはひととおり揃っている。向こうの部屋には自分の着替えが置いてあるのだが。 マイクロトフはクローゼットを開けてカミューの夜着を手にすると、しばし逡巡し、青い騎士服ではなく、普段着を手にした。いつもだったら朝練に行くため騎士服を纏うのだが、今朝は休もうという結論だった。 手早くシャツとズボンを身につけるとカミューに夜着を着せにかかった。その身体の熱さに眉をしかめながら、重い身体を抱き起こして袖を通しボタンをはめていく。カミューは少しうめき声のようなものを上げたが、目を覚ます気配はなかった。 夜着を着せ終わるとシャワーを浴びにいく。ざっと身体を流して上がるつもりが、身体が思いのほか冷えていたため、少し長めに湯を浴びた。浴室から出ると朝練の時間が近づいており、部屋を出て、いつも参加している部隊長に今日は休むことを告げに行く。「お身体の調子でも……?」と心配する部下に「自分ではない」と答えそうになって慌ててごまかした。こんな早朝にカミューの身体の不調を知っているのはあまりにも不自然だろう。 部屋に戻ると、洗面器に氷水を作り、タオルを濡らしてカミューの額にのせてやる。頬がわずかに上気し、呼気が少し苦しそうだ。もう少ししたら軍医を呼んで診てもらおう、と思いながら、マイクロトフはカミューの寝顔を見つめた。 たぶん、彼が部屋を出ていかなかったのは、自分のせい。 肌を重ねた日は目覚めたとき恋人の姿がないと不安になってしまう自分を、彼は知っている。前に、たまたま先に目が覚めたカミューがシャワーを浴びにいっている間に自分が目覚め、みっともないほどうろたえてしまったのを見られてしまったことがあるから。それ以来、彼は必ず自分の傍にいてくれる。自分を抱きしめていてくれる。 「ばか、だな」 喧嘩したときくらい、自分のことなんか放っておいて帰ればよかったのに。 もしそうされていれば、夕べのことを情けないほど後悔するであろう自分を知っていながら、マイクロトフは勝手なことを思う。 執務がはじまればさすがにずっと傍にはいられないから。……昨日、言ったことは嘘ではないのだ。せめて、朝のあいだだけでもついていてやりたい。できれば傍にいるうちに、ほんの一瞬でいいから目を覚まして、「大丈夫だよ」と微笑んでほしい。 じっとカミューを見つめていたマイクロトフはふと衝動に駆られて、カミューの髪に指を絡ませた。長く伸びた髪は自分の指に幾重にも絡まる。まるで自分の心みたいだ、と思う。「俺はマイクロトフの虜だよ」カミューがときどき茶化すように、でも真剣に言うセリフ。自分だって態度には出せないけど、同じなのだ。すでにがんじがらめに捕われている。 マイクロトフは指に絡めた髪にそっと口付けた。 本人は不精で伸ばした、と言っている亜麻色の髪。切れ、と何度言っても一向に切る気配がなかったので、せめて結べ、と言ったら、なぜか自分が結ぶ役目になってしまった。はじめは、どうして自分が……と思っていたが、髪を結うために梳いていると、猫のように目を細めるカミューの表情がなんともいえず、そのうち密かな楽しみになった。 本当はカミューの動きに合わせてさらさら揺れる髪が好きだ。大地の稲穂のように揺れるさまはカミューにとても似合っていて。しかし、赤騎士団をまとめる立場にあるのだから、部下にしめしのつかない格好をさせるわけにはいかない。 マイクロトフはため息をひとつついて、指の髪をほどくと、今度は一房掬い上げた。はらはら、と指のあいだから滑り落ちていくとまた掬う。さらさらとした感触がなんとも言えず心地良くて、飽くることなく何度も繰り返した。そうしていると、ぱさ、と指を滑った髪がカミューの顔にかかり、くすぐったいのかカミューが無意識の状態で眉を顰め顔を背ける。その動作にマイクロトフはハッと我に返った。いまの自分の行動が子供じみているようで赤面しながら口元にはりついた髪を払う。そして、顔を背けた拍子に額から落ちたタオルを、もう一度水に浸して絞り、額にのせてやった。 そして、しばし寝顔に見入る。 整った顔に長い髪。けっして細いわけではないが、猛者が集まる騎士団の中では逞しい部類には入らない身体つき。それなのに、女性的な雰囲気はかけらもなかった。いつもは飄々としているが、本性は肉食獣のような攻撃性を持っているからだろうか。普段は人当たりがよく、優男に見られがちだが、一度牙を剥くと容赦ない。右手に宿る烈火の紋章のごとく苛烈に相手を打ちのめす。自分を……抱くときも灰にされるのではないか、というほど激しい熱をぶつけてくる。 顔を上げて時計を見ると、そろそろ食堂が開く時間となっていることに気付く。軍医ももう起きているだろうとマイクロトフは立ち上がり、カミューの寝顔をもう一度眺め、部屋を出た。 ノックをするとすぐ返事があった。マイクロトフは軍医が起きていることにほっとしつつ、ドアを開ける。すでに白衣を着ていた初老の軍医がマイクロトフを見て、少し目を見開いた。 「これは、マイクロトフ様。また朝練で怪我でもされたか?」 目を細めて少しからかうような口調に、マイクロトフは赤面する。 「いや……、今日は違うのだ」 熱くなりやすい性格のマイクロトフは自然、訓練にも力が入りやすく、医務室に世話になることが多かった。それでも昔に比べればずいぶん減ったのだが、長年軍医を務めているこの老人には昔も今もそんなに変わらないのだろう。従騎士時代から知っているのだから、マイクロトフも頭が上がらない。 「カミューが、熱を出して……」 マイクロトフの言葉に、軍医はおや、というように眉を下げた。 「最近、急に冷え込みましたからな。あの方のことだから腹でも出して寝ていたのだろうか」 かかか、と快活に笑う軍医に、マイクロトフは腹どころか素っ裸で寝てたんだが……と思うがさすがに口にはできない。見た目から、繊細なのでは、と思われがちなカミューだが、そのへんの貴族出の連中よりはよほど頑丈にできている。性格も逞しいし、野性味あふれる一面もあるのだ。青騎士や白騎士、そして、赤騎士でも交流があまりない者たちはその本性を知る由もないが、長年診てきた軍医にはもちろんわかられている。 軍医は手早くカバンに診療に必要な物を詰め込むと、「では、行きましょうか」とマイクロトフを促した。 二人で階段を昇っていると、上から赤騎士団の副団長が降りてきた。 「おはようございます、マイクロトフ様」 まず青騎士団長であるマイクロトフにまず頭を下げ、軍医にも軽く会釈をする。そして首を傾げた。 「何かありましたか?」 朝から軍医を連れて歩いているなんて穏やかではない。ただ、切羽詰っている様子ではないから、緊急ではないのだろうが……。 「ああ、レイブリック。カミューが熱を出してしまってな」 マイクロトフが応えると、赤騎士副団長・レイブリックはわずかに目を見開く。 「団長が? 鬼の攪乱ですかね?」 カミューの本性を知っているレイブリックの遠慮のない言葉にマイクロトフは思わず吹き出した。 「すまないが、一緒にきてくれるか?」 「ええ、かしこまりました」 柔らかく微笑んで応えると、レイブリックは降りてきた階段を再び昇る。そして、3人は階段を昇りきると部屋に向かおうとして、二手に別れた。……軍医とレイブリックは右に、マイクロトフは左に。 「え?」 互いにきょとん、として顔を見合わせる。 「……団長の部屋に行くのではないのですか?」 レイブリックの言葉にマイクロトフは重大なことに気付き、ざあっと青ざめ、次の瞬間には赤くなった。 「い、いや、その……、カミューは……俺の部屋にいるのだ……」 「マイクロトフ様の?」 レイブリックは一瞬眉をひそめたが、すぐ柔らかい表情に戻すと、 「では、行きましょうか」 と、首を傾げている軍医を促してマイクロトフの部屋に向かった。マイクロトフは最後尾を歩きながら、この状況を突っ込まれたらどう説明したらいいのだ、と激しく動揺する。こんな朝から自分の部屋にカミューがいる、ということがどんなに奇異なことなのかなんてすっかり失念していたのだ。 「マイクロトフ様」 レイブリックに名を呼ばれ、マイクロトフはハッと顔を上げる。すでに部屋の前に辿りついていて、部屋の主である自分がドアを開けるのを待っているのだ、とわかると、マイクロトフは慌ててドアを開いた。 「ただの風邪ですな。多少熱が高いのが気になるが……。なあに、カミュー様の体力をもってすれば1日ゆっくり寝れば治るじゃろう」 診察を終え、結果を伝える軍医にマイクロトフはほっと息をついた。診察中も目を覚まさなかったカミューをちらり、と見やってから、 「レイブリック、すまないが、今日1日、赤騎士団を頼めるか?」 と、振り返ると、赤騎士団のナンバー2はにっこりと安心させるように微笑む。 「ええ。かしこまりました」 「何か判断に困るようなことがあったら俺の執務室にきてくれ」 「ええ、お願い致します」 カミューのいない穴を埋める話もあっさりと決まり、ほっとする。そこに、 「それにしても、どうしてカミュー様がマイクロトフ様の部屋にいるんじゃ?」 軍医の言葉にマイクロトフはぎくり、と肩を震わせた。なんの悪気もない、素朴な疑問なんだろうが、答えをまだ用意してなかったマイクロトフには拷問に近い質問だった。 「い、いや……、そ、それが……」 「起きたら調子が悪くて、マイクロトフの部屋に押しかけたんだ」 背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、カミューがけだるそうな表情で、片肘をついて上半身を起こすところだった。ちょっとぎこちなく笑うと、 「迷惑かけたね……。部屋に帰るよ……」 と、床に足を下ろそうとして、ふらり、とバランスを崩す。 「カミュー!」 「団長!」 マイクロトフとレイブリックが慌てて駆け寄ると、一瞬早かったマイクロトフがカミューの身体を抱き止めた。その身体の熱さに目を見張る。カミューはマイクロトフの腕にすがるように掴まりながら、ひとつ息をつくと、顔にかかった髪をうっとおしそうにかき上げて腹心の部下を見上げた。 「レイ、すまないが、このざまなんで、今日1日頼むよ」 「ええ、かしこまりました。今日はごゆっくり養生してください」 カミューはレイブリックの言葉に頷くと、今度は自分を抱き止めているマイクロトフを見上げた。 「マイク、すまないが、肩を貸してくれ……」 そう言ってもう一度立ち上がろうとするカミューの身体を、マイクロトフはそっと押さえ込んだ。 「マイク?」 「今日は、このままここに寝ていろ」 「しかし、おまえが……」 「いいから。どうせ一人で寝ているだけならどこでも同じだろう?」 口調はぶっきらぼうだが、眉を寄せ、心配そうな表情を浮かべているマイクロトフにカミューは胸がしめつけられる。しかし、心配させたくなくて、 「なんだ。ついててくれないの?」 と、にやっと笑ってみせた。案の定、マイクロトフはパッと赤面した。 「昨日、言っただろう! 今日は忙しいんだ!」 「そうだったね。じゃあ、悪いけど、ベッド借りていいかな?」 「ああ……」 マイクロトフは頷くと、カミューがベッドに横になるのを手伝ってやる。身体を起こすのもかなり無理をしていたのか、カミューは横になると大きく息をついた。その様子を見ていたレイブリックがマイクロトフに頭を下げる。 「申し訳ありません、マイクロトフ様」 「いや。レイブリックも用があったら勝手に入ってくれ」 「ええ、お心遣い、ありがとうございます」 「おまえはくるな」 この優秀な部下の手に負えないほどのやっかいごとなんてごめんだ、と言わんばかりの口調にレイブリックは苦笑いする。 「はいはい。邪魔はしませんので、どうぞごゆっくりお休み下さい」 3人のやりとりを聞いていた軍医が笑いながらカバンを手に立ち上がった。 「それだけの憎まれ口が言えるのなら大丈夫じゃな。今日は薬を飲んで暖かくして寝ているのが一番じゃ」 「ええ、ご足労ありがとうございました」 カミューの言葉に「なんの」と頷くと、軍医はドアに向かう。レイブリックもその後に続いた。 「では、マイクロトフ様、申し訳ありませんが、適当にほっといてくださってけっこうですので、今日1日置いてやってください」 ドアを閉める間際にからかうように笑うレイブリックに「早く行け!」とカミューも笑った。ドアが閉まり、2人きりとなる。一瞬の静寂のあと、カミューが口を開いた。 「ごめんね、マイク」 「……なぜ、おまえが謝る」 謝ろうとした矢先に先手を打たれ、マイクロトフは眉を顰めた。カミューはその様子にくすっと笑って、 「だって、迷惑かけたし。これ、着せてくれたのもマイクでしょ?」 と、夜着の袖を見せる。マイクロトフは、照れくさいのと、こんなことになってしまって申し訳ないという気持ち、そして、自分勝手だとはわかっているが、部屋に帰っていればこんなことにならなかったというわずかな怒りが複雑に混ざった感情のまま口を開いた。 「布団から追い出されたのだからそのまま部屋に帰ればよかっただろう?」 「マイクの傍を離れたくなかったんだ」 「服くらい着て寝ればまだましだったのに」 「だって。マイクのぬくもりは直に感じたいんだよ」 「昨日は布団越しだったろう!」 「それでも」 「っ! 馬鹿か! こんな苦しい目にあって……!」 「でも、風邪引いたおかげでマイクと昨日の喧嘩を引きずらなくてすんだし」 何を言ってもすべて承知の上だというふうに答えてくるカミューに、マイクロトフは白旗を上げる。とてもかなわない。「ばかもの……」と力なくつぶやくと、熱い額にそっと唇を寄せた。唇を離すと、信じられない、というふうに自分を見つめるカミューに照れくさそうに笑って、ゆっくり髪を撫でる。 「早くよくなれ」 「……うん」 優しい手付きに気持ち良さそうに目を細めるカミューにマイクロトフはもう一度撫でてやった。そして、とあることに気付く。 「髪、結ぶか?」 長い髪が寝ているカミューには邪魔そうに見えた。しかし、カミューは 「うーん、そうしたいのはやまやまなんだけど、髪結んで寝ると痛いんだよね」 と、マイクロトフにはわからないことを言う。マイクロトフが「そうか」と応えると、カミューはちょっと、あれ? というような顔をした。 「どうした?」 「髪を切れって言わないの?」 てっきり言われると思っていたのに、とつぶやくカミューにマイクロトフは苦笑いする。 「病人相手に言うか」 さらり、と髪をまた撫ぜた。その優しい表情にカミューはどきっとしながら、ずっと気になっていたことを聞いてみる。 「マイク、俺の髪、密かに好きでしょ?」 「さあな」 応えた顔はやっぱり優しかった。カミューが嬉しそうに、ふふ、と笑うと、マイクロトフはわずかに顔を赤らめ、ごまかすように「薬を飲むぞ……」とぶっきらぼうに言いながら、軍医が置いていった薬を手にする。 「起きられるか?」 「起こして」 カミューはマイクロトフに向かって腕を伸ばした。マイクロトフは予想した答えに苦笑いすると 「子供」 と、言いながら覆い被さるようにして、自分の背中に腕を回させる。そして、カミューの背中と腰に腕を回すとゆっくり抱き起こした。カミューは背中に回した腕に力を込めてそのまま抱きつく。肩に顎を乗せて幸せそうに目を閉じた。 「だって。今日、マイク、やけに優しいし。ああ、俺、ずっと病人でいようかな」 「ばか。自分の不摂生で体調を崩したりしたら放っておくからな」 「ぐ……」 言葉を詰まらせるカミューにマイクロトフはちょっと笑うと、宥めるようにぽんぽん、と背中を叩き、やんわりと肩から顎を下ろさせる。 「ほら。薬を飲め」 薬を手渡すとサイドテーブルに用意していた水の入ったコップを持つ。 「飲ませてくれないの?」 「そこまで甘えるな!」 「マイクの手から飲ませてもらったらどんな薬でも甘いと思うんだけどな〜」 「……………………」 無言になったマイクロトフに、本格的に機嫌を損ねはじめたことを感じたカミューは首をすくめておとなしく薬を口にした。差し出されたコップを受け取り、水を流し込む。 「にが〜〜〜」 舌を出して眉を顰めるカミューに、マイクロトフはちょっと笑うと素早く口付けた。苦味が残る舌に自分のを絡め、拭うように何度か吸う。そして、唇を離すと熱だけのせいじゃない真っ赤な顔が自分を茫然と見ていた。マイクロトフはかがめていた背中を伸ばすと、くるり、とドアに向かう。 「俺はもう行くからな。おとなしく寝ていろ」 口調はそっけなかったが、短い黒髪から覗いた首はカミューに負けず真っ赤だった。バタン、とドアが閉まり、カミュー一人になる。 「一生病人でいいかも……」 ぱふ、と後ろに倒れたカミューは体温が2、3度上がった気がした。 マイクロトフは執務の合間をぬってちょくちょくカミューの様子を見に行くつもりだった。しかし、やはり世の中はそんなに甘くはなく、片付けても片付けても仕事が終わらない。忙しいとはわかっていたが、自分の能力のなさに少し腹立たしかった。 どこか鬼気迫る様子で仕事をこなす青騎士団長の姿に、青騎士副団長はちょっとため息をついた。事情は赤騎士副団長から聞いていてわかっている。 相変わらずタイミングの悪いヤツだ……と今頃ベッドでうんうん唸っているであろう男に毒づきながら、副団長はマイクロトフに声をかけた。 「団長、朝食を食べてないだろう?」 「え?」 マイクロトフはペンを止めて顔を上げた。確かに今朝はカミューにかかりきりだったため食べ損ねている。 「食べたほうがいい」 「い、いや、大丈夫だ」 そんな時間があったら仕事を少しでも早く終わらせたいと思っているマイクロトフが首を振ると、 「朝食は1日の活力になる。……団長がいつも言っていることだ。言った本人が守らないのはどうかと思うが」 と、痛いところを突かれた。 「しかし……」 「サンドウィッチを作ってもらった。ここで食べると書類が汚れるから、部屋で食べてくれ」 「え?」 思わぬ言葉に顔を上げると、副団長の仏頂面にぶつかる。相変わらず不機嫌そうな顔で、 「まあ、この時間だとブランチだと思って覚悟してもらわないといけないがな」 と、言葉を続けた。それは、昼飯は抜きだ、と言われているのだが、マイクロトフは思わず目を細める。 「すまない」 青騎士団副団長はマイクロトフより年上なためか、青騎士団トップのマイクロトフに対してぞんざいな言葉遣いをする。しかし、マイクロトフは気にしていなかった。越権行為をする人物ではなかったし、言葉は少ないがけっこう細かいところまで気遣いをしてくれる。 「早く食べてきてくれ。時間が惜しい」 「ああ、わかった。すまない、すぐ戻るから」 マイクロトフはペンを置いて立ち上がった。用意されているサンドウィッチがのった皿を受け取り、自分の部屋に向かう。 カミューのことは言っていないが、どこかで聞いたのかもしれない、と思った。恐らく、赤騎士副団長から。 「部下に気を使わせるなんてまだまだだな……」 反省するようにため息を吐き、自分の部屋のドアを開ける。 「カミュー、入るぞ」 自分の部屋に入るのに、カミューの名を呼ぶなんて変な感じだ、と思いながら中を覗くとカミューは眠っていた。……それはよかったのだが。 「なにをしているんだ……」 マイクロトフは呆れたようにベッドに近づくと寝ている男を見下ろした。布団を半分以上たくしあげ、夜着もボタンを2、3肌蹴ている。暖かくして寝ろ、と軍医に言われたというのに。 マイクロトフは布団をかけなおしてやろうとして身を屈めると、カミューの寝顔が間近に視界に入り、どきり、とした。 シーツに無造作に広がった亜麻色の髪が、肌蹴られた夜着からわずかにのぞく胸元が、かすかに上気した頬が、額にうっすら浮かぶ汗が……。 マイクロトフはハッと我に返るとぶんぶん、と頭を振る。 「何を考えているんだ……」 つぶやくその顔は熟れたトマトのように真っ赤になっていた。 カミューの寝姿に色気を感じるなんて……。 いつもがさつなくらい男らしいカミューしか見てないからだろうか。こんなふうに思うなんて初めてだった。 マイクロトフは病人相手にそんなことを考えている自分を恥じながら布団をかけなおす。動揺していて手付きが荒かったのか、カミューがわずかに目を開けた。 「あ、すまない、起こしたか……?」 「……熱い……」 カミューはうわ言のようにつぶやくと布団を剥ごうとする。マイクロトフはそれを慌てて制して、 「カミュー、暖かくして寝ろ、と言われただろう?」 と、言い聞かせるように言った。カミューは不満そうに唸ると、もう一度布団を剥ぐ。 「だって、熱いんだ……」 言いながらだるそうに髪をかき上げるしぐさはどこかしどけなく。マイクロトフを見上げる琥珀色の瞳は熱のためかわずかに潤んでいた。マイクロトフの心臓がまた跳ねる。それを悟られないように隠しながら口を開いた。 「熱があるんだから、我慢しろ」 布団をかけなおすために屈んだマイクロトフの首にカミューの腕が絡むと、そのまま柔らかく引き寄せられる。 「やだ。なんとかして……」 甘えるような声に、首筋にかかる熱い吐息にマイクロトフはまたも動揺した。普段なら、わざとやっているのか?! と怒鳴るところだが、今日はさすがに熱に浮かされてそんな思考は働いてないのだろう。 「なんとかって……」 「マイク、冷たくて気持ちいい……」 カミューの安心したような、どこかうっとりしたような言葉にマイクロトフは眉を顰める。 「俺が冷たいんじゃなくて、おまえが熱いんだ」 と、言いながらも振り払えない。いや、それどころか……。 マイクロトフはこみ上げてくる衝動のまま顔をわずかにずらし、亜麻色の髪に口付けた。首筋に顔を埋めていたカミューが驚いて、首に回していた腕の力がわずかに緩む。マイクロトフはちょっとだけ身体を起こし、カミューの瞳を間近に覗き込んだ。 「マイク?」 不思議そうに名を呼ぶカミューの唇に張りついている長い髪をそっと指で払い、マイクロトフはゆっくりと口付けた。 いつもはこちらが受け止めきれないほどの情熱をぶつけてくるため、向こうはいまだに一方的な想いだと思っているようだが。自分だって……彼に触れたいときはある。 触れた唇は相変わらず熱をもっていた。しかし、朝よりは幾分下がったように思える。軽く触れ合わせるだけにしようと思っていたマイクロトフを誘うように、カミューの唇がうっすらと開かれた。この展開をどうしようか、と考えていると、カミューの舌がマイクロトフの下唇をくすぐるように舐めてきて、けっきょく誘いに乗ってしまった。導かれるまま口内に舌を伸ばし、戯れるように何度も軽く絡め合う。カミューの舌は唇よりずっと熱く、マイクロトフは熱に浮かされたように口付けに夢中になった。 「……は……っ……」 マイクロトフが呼吸を整えようとわずかに唇を離すと、カミューは首と背中に腕を絡めてぐいっと引き寄せた。まったく予想していなかった行動にマイクロトフは反応が遅れ、慌ててカミューの脇に手をつくと、その隙に今度は腰を引き寄せられる。あっというまに四つんばい状態でベッドに乗ってしまった。 満足したような笑みを浮かべると、もう一度首を引き寄せようとするカミューに、マイクロトフは慌てる。 「カ、カミュー……っ!」 「マイクが誘ったんだから、ね?」 「お、おまえ……んっ!」 言いかけたところを今度はカミューから口付けられ、マイクロトフは反射的に目を閉じてしまった。すかさず自分ごとひっくり返され、簡単に上下が入れ替わってしまう。そして、ごそごそと騎士服を探りはじめた手にさすがにぎょっとした。 「ちょっ、カミュー! やめろっ……!」 「なんでー? いいじゃん」 どこか抑揚の欠けた声で返事をしながらのしかかってくるカミューにマイクロトフは心底慌てる。必死にもがきながら口を開いた。 「し、仕事がっ……! それにおまえだって熱が……」 「平気、平気」 無責任なことを言って抑えつけようとしてくるカミューから逃れようとするマイクロトフ。しばし揉み合っていると、ぱたり、とカミューの動きが止まった。マイクロトフの首筋に顔を埋めた格好で動かなくなる。 「……カミュー?」 マイクロトフがそっと名前を呼んで顔を覗き込むと、カミューはすやすやと寝息を立てて眠っていた。マイクロトフはしばし茫然とし、やがてため息を吐く。どうやら、熱に浮かされていたのはカミューの方らしい。 「まったく……」 マイクロトフは苦笑いするとそっとカミューの下から抜け出した。そして布団をかけてやると、急いで朝昼兼用のサンドウィッチを胃に押し込む。 「じゃあな」 優しい笑みを浮かべ、亜麻色の髪をひと撫でするとマイクロトフは執務室に戻った。 執務室のドアを開けると鮮やかな赤が視界に飛び込んできた。それは赤騎士副団長・レイブリックの姿だった。 「ああ、レイブリック、きていたのか。何かあったのか?」 「え? マイクロトフ様?!」 レイブリックは青騎士副団長・アドヴァンと何やら話していたようだが、マイクロトフの声に驚いたように振り返る。普段、物腰柔らかいこの青年がこんな表情を見せることはめったにない。マイクロトフはつられたように目を瞬いた。場に奇妙な沈黙が流れる。 やがて、レイブリックがまだ信じられない、といった表情で口を開いた。 「だ、団長は……?」 「え? ああ、カミューならぐっすり寝ているぞ」 さっきの出来事を思い出してちょっと赤くなりながらマイクロトフが答えると、アドヴァンが、にやっと笑った。 「……俺の勝ちだな」 アドヴァンの言葉にレイブリックは悔しそうに唇を噛む。 アドヴァンの笑みも数えるほどしかみたことないが、レイブリックの悔しがる姿などもっと見たことがない。マイクロトフは状況がさっぱりわからず、二人を交互に見比べるだけだった。 小声で何やらぶつぶつ言っていたレイブリックはマイクロトフの視線に気付くと、 「……わかりました。では、失礼します」 と、どうみても作り笑いとわかるくらいひきつった笑みを浮かべ、一礼して執務室を出ていった。 あとに残されたマイクロトフはまったくもって事情がわからず、茫然とどことなく乱暴に閉じられたドアを見つめる。そして、その背後ではアドヴァンが抑え切れない笑い声を漏らしていた。 夕方、というにはとっぷりと日が暮れた頃、ようやく青騎士団の仕事に一段落ついた。マイクロトフは部下たちにねぎらいの言葉をかけ、執務室をあとにすると、まっすぐ部屋に帰ろうとしたが、途中で引き返し、食堂に寄った。そして、自分の分の夕食とカミュー用に消化のいい食事を用意してもらうと、トレーにのせて部屋に帰る。部屋は灯りがすでについていて、カミューがベッドに横たわったまま、天井を見つめていた。 「起きていたのか」 「おかえり。今日は本当に大変だったみたいだね、お疲れ様」 カミューのいたわるような笑みに、マイクロトフは疲れが和らぐのを感じる。トレーをテーブルに置くとベッドに歩み寄って傍らの椅子に座った。 「ああ。今日はさすがに疲れた」 「赤騎士団のほうは何かあったかい?」 「いや。さすがレイブリックだな」 「そう。それはよかった。ごめんね。俺がいちばん迷惑をかけたみたいだ」 「しょうがない。俺にも責任の一端はあるからな」 マイクロトフが苦笑いすると、カミューも、ふふ、と笑う。マイクロトフはカミューの前髪をそっとかきあげた。そのまま額に触れると、ずいぶん熱が下がっている。 「どうだ? 調子は」 「うん。もう、だいぶいいみたいだ。さすがにお腹が空いたな」 「朝から何も食べてないからな。おまえの分ももらってきた」 マイクロトフがトレーを置いたテーブルを指差すとカミューが嬉しそうに目を細めた。 「おまえにしては気がきいているね」 「……ほう。いらないのか。俺も朝昼兼用しか食べてないからな。おまえの分ぐらい簡単に食えるぞ」 「あ。うそうそ。ごめんなさい」 慌てて謝るカミューにマイクロトフは笑うと、テーブルからカミューの食事がのったトレーを持ってくる。サイドボードに置くとカミューを起こし、膝にトレーをのせてやった。 「ほら、食べろ」 「うん。ありがとう」 カミューは「いただきます」と手を合わせるとスプーンを手にし、食事をはじめた。てっきり「食べさせて」ぐらいは言ってくるのでは、と思っていたマイクロトフは少し拍子抜けしながら自分も食事を摂るべくテーブルにつく。疲れている自分に気を使ってくれたのかもしれない。 「味気ない食事で悪いね」 ベッドからの声にマイクロトフは苦笑いした。食堂でできたてを食べるのではなく、トレーにのせられた料理を自分の部屋で食べる、というのは確かに味気ない。 しかし。 「食堂で食べてもおまえがいないのではけっきょく味気ないだろう?」 マイクロトフの返事にカミューはぽかん、と口を開けてマイクロトフを見た。その視線に気付いたマイクロトフが怪訝そうに見返す。 「なんだ?」 「それって、ノロケ?」 「は?」 「だって、俺がいないとつまらないってことでしょ?」 「!」 カミューに言われて自分のセリフがそういう意味合いを含んでいることに気付いたマイクロトフはとたん、真っ赤になる。カミューはテーブルが遠いのを心底恨んだ。傍にいたらキスのひとつでもしてやりたいのに。 「ば、ばかなことを言うな……」 マイクロトフは目線を逸らしてぶっきらぼうに言うが、怒っているというよりは照れ隠しにしか聞こえない。カミューはにやにやして名前を呼んだ。 「マイク」 「……なんだ?」 マイクロトフは呼ばれても顔を上げようとしないで、皿の上のミニトマトをフォークに刺そうとしていた。だが、動揺しているのかなかなかうまくいかず、何度も表面を滑る。 「こっちにきて」 「……なぜだ?」 「ちゅーしたい」 カミューのセリフにマイクロトフのフォークが勢いよくミニトマトをかすり、ミニトマトがトレーに転げ落ちてしまった。 「っ! しなくていい!!」 睨みつけてくるマイクロトフにカミューは、あはは、と笑う。マイクロトフは付き合ってられるか! と、無視を決め込め、怒りまかせに料理を平らげはじめた。 それぞれ食事が終わり、カミューが薬を飲み終えると、マイクロトフが2人分の食器を持っていきやすいように並べてはじめる。その作業を見るとはなしに見ていたカミューがぽつん、と口を開いた。 「ねえ、マイク」 「ん?」 「今日……俺にキスした?」 がしゃんっ マイクロトフは思わず食器を落としそうになり、慌てて支える。 「何を言ってるんだ……?」 キスした? どころか、2回もしたではないか。しかも2回目のときはカミューがのしかかってきて危うく…… マイクロトフはカミューの問いの意図がわからず、眉をひそめてカミューを見ると、カミューは慌てて首と手を振った。 「あ、いや、今朝してくれた熱烈な苦味消しはもちろん覚えているよ。けど、そのあとの記憶が曖昧で……」 つまり昼の出来事は覚えていないということか、とマイクロトフはようやくカミューの言いたいことがわかる。確かにあのときのカミューはどこかぼんやりとしていたように思う。それに、自分の服に手をかけたまま眠りについてしまうなど、普段の彼にはありえないことで……。 ふと、『あのとき』の状態を思い出して、マイクロトフは赤面する。自分も……かなり恥ずかしいことをしていたように思う。 そんなマイクロトフの様子に、カミューは何を思ったか、ハッとしたように目を見開いた。 「ま、まさか、マイク、俺の寝顔があんまり愛らしいからって思わず襲っちゃった……?」 「なっ……!」 「弱ってる俺を見てムラムラしちゃったんでしょ。わかるよ、その気持ち。俺もたまに戦闘中に傷ついてつらそうなおまえを見ると……」 ちょっとうっとり、というふうな表情を浮かべるカミューにマイクロトフは目を剥く。 「お、おまえは戦闘中にそんなことを考えていたのか?! なんて不埒な!!」 「あ。もちろんときどきだよ。いつもは怪我の多いおまえを心配してるさ。 ああ、でも、これからは俺が下になるのかな。まあ、マイクとだったらどっちでもいいけど」 勝手に話を進めてポッと頬を赤らめて「優しくしてね」と言わんばかりに恥らうカミューにマイクロトフはぶちっとキレた。 「素っ裸で外に放り出されたくなかったら黙ってろ!!」 怒鳴っただけでは飽き足らなかったのか、食器をがしゃん、と乱暴にテーブルに置き、ずかずかとベッドに歩み寄るマイクロトフにカミューは慌てて布団を被る。 「ああ……、急に熱が……」 「おまえみたいなヤツは多少熱があるくらいがちょうどいいんだ!!」 「ああ……、急に寒気が……。ねえ、マイク、人間湯たんぽになってよ」 「なるか!! くだらんことを言ってないで、とっとと寝ろ!!」 マイクロトフは一喝すると、べしっと布団の上からのぞいている頭をはたく。さすがに病人相手なので一発で我慢したが。あいたた、と頭をさするカミューを放っておいて、食器を食堂に下げに部屋を出ていった。 残されたカミューは、ほう、と大きく息をつくとさっきから重かった瞼を閉じる。マイクロトフがあんまりからかいがいがあるからつい調子に乗っていたが、やはり体調は万全ではない。薬が効いてきたのかな、と思う頃には眠りの淵に足を踏み入れていた……。 部屋に戻ったマイクロトフはベッドですっかり寝こけているカミューを見て、やれやれとため息をついた。寝顔を眺めながら自分はどうするかを考える。カミューの部屋に行くか、ソファに寝るか。 「……………………」 先程のカミューの言葉が脳裏をよぎった。戯言だというのは充分わかっている。しかし……。 「今日の俺はちょっとおかしいな……」 これからしようとしていることに自嘲の笑みが浮かぶ。 自分にも責があるとしても。少し甘やかし過ぎかもしれない。 けれど。普段はむこうが嫌というほど自分を甘やかすから。たまにはこういうのもいいだろう。 マイクロトフはそう結論づけると、浴室にむかった。 ごそごそと何かが動く気配にカミューの意識が浮上した。ぼんやり目を開けると自分の隣にマイクロトフが潜り込もうとしているところだった。 「マイ、ク……?」 マイクロトフは寝ぼけた呼びかけに応えず、とっとと布団に入ってしまうと、カミューを包み込むように抱きしめる。夜着に包まれたその身体は、風呂上がりなのかぽかぽかしていた。 「マイク……?」 「……人間湯たんぽになれと言ったのはおまえだろう」 ぶっきらぼうなセリフにカミューは目を見開く。 「でも……うつすかもしれない……」 「俺はそんなにヤワじゃない」 「でも……」 「つべこべ言わず寝ろ」 マイクロトフはカミューの頭を自分の胸元に引き寄せた。カミューはマイクロトフの力強い、しかし、どこか少し早鐘を打っているような鼓動を間近に聞いて、どきん、とする。 「う、うん……。ありがとう……」 これじゃあ却って眠れないかも……と思った矢先、マイクロトフの大きな手が髪を梳きはじめた。その心地良い感触に身を委ねていると、あっけないほど簡単に再び眠りについたのであった……。 次の日の朝、前日1日いっぱい寝ていたカミューはマイクロトフより先に目が覚めた。マイクロトフが自分を包み込むように抱いて寝ているのに一瞬驚き、そして状況を理解すると、嬉しそうに微笑む。 目覚めの良さから、体調が戻っていることがわかった。そして、マイクロトフにうつしていないか不安になる。額に手を伸ばしかけたがちょっと考えると、そのまま後頭部に回して軽く引き寄せ、自分の額に触れ合わせた。目を閉じて額に集中してみたが、どうやらお互い正常のようだ。ほっと安心して目を開けると、間近に漆黒の瞳が自分を捉えていた。 「……なにをしてるんだ?」 寝起きの少し掠れた声にカミューは少し笑う。 「ごめん。起こしちゃった? 風邪、うつしていないかと思って」 「異常なしだったよ」と額を離すカミューに、マイクロトフは 「言っただろう? 誰かさんと違って俺は丈夫にできていると」 と、笑った。カミューも、そうだったね、と笑い返す。マイクロトフはふと笑いをおさめ、 「そういうおまえはどうなんだ?」 と、わずかに眉を寄せた。 「うん。おかげさまで、すっかりいいみたいだよ」 「そうか」 安堵したように目を細めるマイクロトフにカミューは優しく微笑む。 「本当に迷惑かけちゃったね。今度、マイクが風邪を引いたら、つきっきりの手厚い看護をしてあげるからね」 「いらん。仕事しろ」 「つれないなぁ。1日中添い寝してあげるのに」 くすくす笑い合いながら、時間感覚がすっかり狂ってしまったカミューは何気に時計を見た。そして、時計が指している時間に目を見開く。 「え? あ! マイク! 朝練の時間、過ぎてるよ?!」 「……今日は休みだ」 あっさりとした答えにカミューは首を傾げた。 「え?」 「昨日、みんな忙しかったからな」 微苦笑を浮かべるマイクロトフにカミューはにっこり笑う。 「そうなんだ。じゃあ、もう少し一緒に寝られるね」 「おまえはもう自分の部屋に戻れ。仕事もたまっているだろうし、今日ぐらい早く出勤しろ」 「やだ。時間まで一緒にいるー」 カミューは甘えたように言うとぎゅーっと抱きついた。マイクロトフは髪を引っ張ったりして引き剥がそうとしたが、頑なに離れようとしないカミューにあきらめてため息をつく。 「すっぽんめ」 「雷くらいじゃ離れないよん」 カミューが上機嫌にマイクロトフの胸元に頬をすり寄せると、マイクロトフはしょうがない、というふうに髪を撫でてやった。その優しい手付きに、カミューは、やっぱり俺の髪、好きなんじゃん、と満足げに目を細める。 2人はもう一度まどろみの世界を漂った……。 朝からいい目をみてきたカミューは機嫌良く執務室に向かった。髪はもちろんマイクロトフに束ねてもらっている。今日は仕事がんばるぞーと、めずらしくやる気モードでドアを開けた。 部屋にはすでに副団長が待機していた。 「やあ、レイブリック、おはよう。昨日はすまなかったね」 カミューは爽やかに挨拶をする。てっきり、「どういたしまして」といつもの人当たりのいい笑みを浮かべてくるかと思いきや。なぜかムッとした表情の部下の口から発せられたのは、 「根性なし」 という、冷ややかな一言だった……。 昨日、両副団長の間で、マイクロトフが部屋から戻ってくるかという賭けが行われていたのはまた別の話である……。 こんな感じでどうでしょう……? 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