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この世界の住人は2つの種族に分かれていた。 黒き羽の人間と白き羽の人間。 種族間同士の争いは何年にもわたり、ついに黒き羽の種族が勝利した。黒き羽の種族は支配者となり、白き羽の種族は奴隷と化した。それにより、白き種族の思想、平等・自由・偽善・友情・弱者・人権・愛は『悪』となった。これらは「七つの大罪」と呼ばれ、破った者は異端審問会と呼ばれる組織によって厳しく罰せられる。 街の外れに大きな屋敷があった。そこに住んでいる黒き羽の種族・カミューは『変わり者』としてちょっとした有名人だった。それはオカルトと呼ばれる文学(白き羽の思想等)に夢中になっていたためであった。それは危険思想として異端審問会に目をつけられていたが、カミューはまったく気にせず、文献をあさる日々であった。 バンッ 「カミュー!!」 勢いよくドアを開けた青年に、カミューは読んでいた本を閉じ、笑顔を向けた。 「やあ、おかえり、マイクロトフ。ちゃんと薬は買えたかい?」 「そんなことより、やっぱり街のヤツらに言われたぞ! 奴隷が服を着ているのはおかしいって!!」 マイクロトフと呼ばれた青年の背中の羽は雪のように白かった。そう、彼は奴隷の身分である。 カミューは椅子から立ち上がるとマイクロトフのほうに歩み寄った。 「だって、マイクに服を着せなかったら1日中ベッドから出してあげないよ? それともそういうのがお望みなのかな?」 遠慮せずに言ってくれればいいのに、とカミューは、ちゅ、とマイクロトフに口付けた。マイクロトフが瞬時に赤くなる。 「ばっ……! 誰が!!」 「だろう? その魅力的な身体を見せてくれるのは夜だけで充分だよ」 「ば、ばか……」 憎まれ口とは反対に、照れくさそうにうつむくマイクロトフにカミューはもう一度口付ける。今度は合わせた唇の間から舌を滑り込ませ、深い口付けを交わした。マイクロトフも少し躊躇いがちにだが、素直に応えてくる。 互いに思う様貪り合ってからようやく口付けを解いた。カミューの巧みな舌技によって力が抜けてしまったマイクロトフはカミューの肩にぱふ、ともたれる。カミューは漆黒の髪を優しく撫でながら口を開いた。 「街で危険な目にあったりしなかった?」 「……ああ。大丈夫だ」 「窮屈だったろう。いま外すからちょっと待ってね」 カミューはそういうとマイクロトフの首に手を伸ばす。触れたのは白い首に巻かれた、禍々しいまでに黒光りした首輪。それを外しにかかった。普段はつけられることのない、奴隷の証。ただ、これをつけないで街に出ると「逃亡奴隷」として異端審問会に捕まってしまうため、外に出るときだけはつけるようにしていた。 しかし、服だけは危険な目に合わせたくなくて着せていた。白い肌に白い羽、それと対照的に瞳と髪は艶やかな漆黒。どことなく禁欲的な雰囲気を持つ彼は黒い羽の種族の支配欲を刺激しやすいとわかっていたからだ。そんな彼を、普通の奴隷たちが着ている、ボロ布同然の服ともいえない服を着せていたら、襲ってください、といわんばかりだ。 首輪が外れると、マイクロトフは開放感に大きく息をつく。緩く巻いていてくれたとはいえ、圧迫感は拭えなかった。 「ごめんね。苦しかったろう?」 優しく、労わるように微笑むカミューにマイクロトフは肩口に顔を伏せたまま口を開く。 「……みんなおまえのことを悪く言っていた。奴隷に騙されている愚か者だって……」 「言いたいヤツには言わせておけばいいよ。俺はマイクロトフがいちばん大事なんだから」 普通、奴隷は家畜ほどの価値しかない。首輪をはめられ、ロクな服も与えられず、過酷な労働、欲求不満の解消の相手、嗜虐な趣味の実験台、などもはや人間とはいえない扱いを受けているのがほとんどだ。 しかし、カミューはマイクロトフを対等に、いや、それ以上に大切に接していた。普通、奴隷は自分の主人を『ご主人様』と呼ばなくてはいけないのに、名前で呼ぶようきつく言われ、最初はぎこちなかったマイクロトフもだんだん打ち解けていった。さすがに家事全般はマイクロトフが請け負ったが、カミューも気が向けば手伝ったりと、ほとんど負担になることはなかった。 唯一、奴隷と同じなのはカミューの性欲を満たす相手となることだけ。しかし、それも一方的にカミューの欲求のはけ口になるのではなく、互いに快楽を求め合う、暖かいものだった。 マイクロトフにとっては前の奴隷生活からは比べ物にならないくらい、穏やかな、幸せな日々だった……。 カミューの言葉に、マイクロトフは胸がしめつけられるような甘い痛みを感じ、ぎゅ、と自ら抱きついた。カミューはそれをしっかりと受け止める。心地良いぬくもりに目を閉じていたマイクロトフはごそごそと胸元を這いはじめた動きに我に返った。 「カミュー……、なんのつもりだ?」 「なにって、ねぇ?」 耳元で幾分、艶を含んだ声で囁かれ、マイクロトフは意図を悟り、慌てて離れようとする。しかし、カミューの腕がすでにがっちりと抑え込んでいて動けなかった。真っ赤になった顔を上げて抗議する。 「ねぇ、じゃない! こ、こんな真昼間から!」 「時間なんか関係ないよ。その気になっちゃったんだから」 「俺はなってない!」 「だーめ♪」 カミューは楽しげに答えると、かぷ、と耳に齧りついた。そこはマイクロトフの弱いところのひとつ。マイクロトフはびくっと身体を震わせた。他ならぬカミューによって開花させられた官能の波はマイクロトフをすぐさま飲み込もうとする。 「だ、めだって……今朝だって、しただろう……っ」 「全然たりないんだからしょうがないじゃん」 「しょう、がない、じゃな……ぅ、あ……っ……」 マイクロトフがカミューとの生活にひとつだけ難点をあげるなら、それは底無しではないか、と思われるほどの性欲。その気になれば時間、場所を問わずに求めてくる。 ……どうやら服の有無はあまり関係ないようだった……。 「マイクロトフ……愛しているよ」 けだるい身体をすり寄せて心地良いぬくもりを分け合っていると、カミューがそっと囁いた。その言葉にマイクロトフはぎょっと目を剥く。 「カミュー! その言葉は『七つの大罪』にあたる……!」 「おや? マイクは俺を異端審問会に告訴するのかい?」 悪戯っぽく笑うカミューにマイクロトフは慌てて首を振った。 「そんなことするわけがないだろう!!」 「じゃあ、いいじゃないか。ここには俺とおまえしかいないのだから。 愛してる……」 もう一度言葉にしたカミューはとても幸せそうで。マイクロトフはなんとなくうらやましく思い、心の中で何度か反芻すると、自分も口にしてみた。 「カミュー……、愛、している……」 少しぎこちなくなってしまったのは無理もない。『七つの大罪』の中でも最も重い罪、『愛』。それを口にしたら、奴隷である白き羽の種族は死刑、黒き羽の種族ですらどんな恐ろしい重罰が待っているかしれない。 しかし。口にしたとたん、胸の奥がじん、と暖かくなった。マイクロトフは、ああ、と目を瞑ってカミューの胸に頬をすり寄せる。カミューが幸せそうな顔をしたわけがわかった。 「愛してる……愛してる、カミュー……」 無垢な子供のように覚えたての言葉を繰り返すマイクロトフを、カミューは驚きと共にこれ以上はないというほどの喜びで受け止める。 「マイク……マイク……、愛しているよ……」 彼がいれば、他に何もいらなかった。 玄関でカミューは靴を履き終わると振り返った。 「じゃあ、行ってくるよ」 「ああ。行ってこい」 マイクロトフが鞄を差し出すとカミューはそれを受け取る。そしてマイクロトフの頬に手をあてると、目を覗き込んだ。 「俺以外の人間が来ても開けちゃだめだよ?」 「わかったと言ってるだろう! 何度同じことを言う気だ?」 子供扱いされてるようでマイクロトフはちょっと顔を赤らめて言い返した。しかし、カミューはまだ心配そうに、 「何度言っても心配だよ。ああ、ほんとはおまえを置いて外出なんてしたくないのに」 と、まったく取り合わない。マイクロトフはむう、とむくれた。 「とっとと行け。今日の用事は大切なことなんだろう?」 「ああ。さっさとジジイどもを丸め込んで帰ってくるからね」 カミューはマイクロトフに軽くキスをすると、名残惜しそうにしながら出かけていった。マイクロトフはドアが閉まる音に少し寂しさを感じながらも、すぐ帰ってくるのだから、と自分に言い聞かせる。そして、気を取り直して家の掃除にとりかかった。 「ん? なんだ?」 マイクロトフは書斎の本棚を拭いていると、本と本の間に数十冊のノートを見つけた。分厚い革表紙の本が並んでいる中に、ピンク色の薄いノートの存在は奇妙に目立ち、マイクロトフの目を引いたのだ。普段はカミューの私物には触らない。どんなにカミューが自分と対等に接してくれても、やはり、心のどこかではご主人様と奴隷なのだ。 しかし、その、古びた本の中に、可愛らしいピンク色はあまりにも似つかわしくなくて。マイクロトフは思わずノートを手にとった。 『マイクロトフ 愛の観察日記☆ その1』 びきっ いちばん上のノートのタイトルを見たとたん、マイクロトフは凍った。じっとそのタイトルを眺めていたが、やがて、思いきったように、わずかに震える手でページをめくってみる。 『○月×日 ああ、今日は生涯で忘れられない日となった。運命の出会いをしたのだ! 名前はマイクロトフ。白い肌と白い羽がなんともいえず扇情的だった。 彼の色気に俺の理性は暴走寸前☆ 暴走するのは理性っていうか、下半身なんだけどね☆ 正直な俺♪ ああ、早く押し倒したい……。 云々……』 マイクロトフは全身に嫌な汗が流れ落ちるのを感じながら、次のノートを手にした。次のノートは同タイトル『その2』だった。同タイトルは10冊にも及んでいる。マイクロトフは恐る恐る最新の日記を見た。それには官能小説も真っ青なほど生々しく自分たちの交合の様子が書かれていた。……気が遠くなりかける。 他のノートのタイトルは『マイクロトフ 感じるツボ一覧☆』『マイクロトフとしてみたいプレイ☆』『マイクロトフに着せたいコスチューム☆』etc……。 「……………………」 マイクロトフは無言でノートを元の位置に戻した。その顔からは一切の感情が消えていて、能面のようだった。そして、何事もなかったかのように書斎を出て、一呼吸つくと、とたん、ドアに向かってダッシュする。 こんなところに居られるか!! 身の危険を感じたマイクロトフは家出を決心したのだ。カミューは確かに自分を愛してくれているのかもしれない。しかし、その愛はあまりにも歪んでいた。はっきりいって変態だ。 ドアを開けて外に出ると、街に行ったらカミューに会ってしまうかもしれないと思い、裏山のほうに逃げ出す。外は雨が降っていたが、そんなことにかまってはいられなかった。 そして、大木の傍を通り過ぎようとしたとき、 ドガガガーーンッッ!!! 突然、もの凄い衝撃をくらって、マイクロトフは意識を手放した。落雷が直撃したのだ。 気絶したマイクロトフは、カミューによって発見される。しかし、その意識は数ヶ月間戻ることはなかった。 そして、カミューの手厚い看護により意識が戻ったとき、マイクロトフの記憶はすべて失われていた……。 「マイクロトフ! 気がついたんだね!」 ふふ。逃がさないよ……マイクロトフ……。 → go to 『black matrix』! |