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「俺はカミューが好きだ」 そう言って無邪気に笑った彼の顔を思い出して、カミューは深いため息をついた。 なんて甘美で、なんて残酷な言葉なんだろう……。 あんなに待ち焦がれていた言葉だったはずなのに、いざ、口にされると、なんともいえない虚無感に襲われた。いや、もし、その言葉に自分が望んでいた意味が込められていたら、今頃踊り出しそうなほど有頂天になっていただろう。 しかし。 彼の言葉にはあくまでも友情のみが込められていた。深い、『友情』が。 それはそれで嬉しい。しかし、自分が望んでいるのは。 『恋人』という地位。 ただでさえ恋愛沙汰が苦手な彼にそれを望むのは酷なのだろうが、自分の想いはあきらめることを知らず、それどころか日に日に強まっていくばかりで。飽和寸前なのだ。 もはや、男同士なのだから、という壁も自分には無意味なものになってしまった。きっかけは夢だったけれど。はっきりと自覚してしまったのだから。 彼に口付け、彼に触れ、彼を愛したい……。 同じ『好き』なのに、天と地ほども違う。それが苦しくてたまらない。 いまだって彼の『一番』であることには違いないのだが、それだけではたりなくなってしまった貪欲な自分。 好き……好き。愛してる。 どうして友情以上のものを抱いてしまったのか。それがなければ、彼の言葉は自分を世界一の幸せ者にしてくれたはずなのに。今、彼の言葉を聞いた自分は世界一の不幸者だ。 表向きは彼の友情を裏切れず、最高の『親友』として振る舞う自分。しかし、彼がその曇りを知らない漆黒の瞳を閉じてしまえば……自分は最低の人間になる。いや、人間以下のケダモノと化すのだ。 何度となく眠っている彼に口付け、身体に触れ……段々とエスカレートしていく自分を止められない。神聖な儀式でもおこなっているかのように没頭する自分。いつか、行為の最中に彼が目覚めたらどうするのだろう……。 すべてが、終わってしまう……。 そう思うだけで身体が震えるほど恐怖するのに。それでも情けないことにやめることができない。もう、末期なんだと思う。細胞の隅々までが彼を欲しているのだ。 獣のように彼を襲いたい自分。彼を傷つけたくない自分。 毎日がぎりぎりの闘い。 苦しくて苦しくて。早く解放されたい。でも、彼が自分の前から立ち去ったら生きるすべもない……。 だから、今、卑怯な手だてを考えている。彼を彼に気付かれないまま追い詰めて追い詰めて、気付いたときには自分を選ぶ他に選択肢がなくなるように仕向けようとしている。 狂ってる、という自覚はある。だから少しはマシだろう。なんの慰めにもならないけど。周りになんて言われようとかまわない。彼が自分のものになってくれるのなら。 早く気付いて。 俺の気持ちが友情だけじゃないってことに……。 苦しいほど、切に願う。 「カミュー!」 「え?」 突然大声で呼ばれてカミューは顔を上げた。 とたん、 ばしゃんっ 「わっ! つめた……っ」 顔に大量に水を浴びてカミューは思わず悲鳴を上げる。 「ぼーっとしてるからだ」 あはは、と快活に笑うマイクロトフ。濡れた手を水気を切るように振っている。 二人は休暇を利用して近くの湖に涼を求めにきていた。カミューはいつのまにか、思考に没頭してしまっていたらしい。濡れた髪をかきあげて、笑っているマイクロトフを見る。 こんなふうに声を上げて笑うマイクロトフを何人の人間が知っているだろう。 誰も知らなくていい、とカミューは思った。自分だけの特権でありたい。 「ひどいよ、マイク……」 わざと情けない声で言うとマイクロトフはますます笑った。 「水もしたたるいい男だぞ、カミュー」 こんな軽口も自分と付き合うようになってから覚えた。 こんなに自分の影響を受けているのに、自分の色に染まってくれないなんて。 カミューは、彼らしい、と思う反面、悔しくて、ずんずんとマイクロトフに近づくと腕を掴んでいきなり引っ張り寄せた。 「うわっ」 バランスを崩すマイクロトフを受け止めて頬に唇を押し当ててやる。マイクロトフは瞬時に赤くなってカミューから飛びのいた。頬を片手で覆う姿がカミューの笑いを誘う。 「なっ、何をする?!」 「何って、親愛の挨拶さ。 俺のこといい男だって褒めてくれたからお礼も込めて」 しれっとしてカミューが応えるとマイクロトフは真っ赤になったまま絶句する。 「なっ、なっ、なっ……」 「ああ、こんなに赤くなって。可愛いねぇ」 カミューはにやっと笑ってマイクロトフの頬に手を伸ばした。マイクロトフは慌てて後ずさる。 「ふ、ふざけるな! こんな真似……!」 「うーん。こういう可愛い反応するから俺もやめられないんだよね。『なんの真似だ?』なんて冷静に言われたりしたらつまらないからやめるんだけど」 「〜〜〜〜〜〜っ!」 そんな芸当、持ち合わせているわけがないのはお互いわかっている。マイクロトフは悔しそうに歯噛みした。 当分、この手でいけるな。 カミューは内心ほくそ笑みながら空を見上げた。 日が傾きつつある空は、赤い色が青い空を侵食しはじめていた。その先に待っているのは……闇。 それはまるで……。 カミューは頭をひとつ振ると、マイクロトフに「帰ろう」と声をかけた。 終わらない闇はない。必ずいつかは光が差すはずだ……。 おわり |