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「いきなりこんなところまで連れてきて、どういうつもりだい?」 こころなしかカミューの声は不機嫌だった。それもそのはず。愛しのマイクロトフを探そうとしていた矢先に見慣れない青騎士に「お話が……」と呼び止められ、この人影のない池のほとりまで連れてこられたのだ。 まさかまた青騎士たちが何か企んでいるんじゃないだろうな。 普段が普段だけに警戒も忘れない。青騎士たちはことあるごとに自分とマイクロトフの仲を引き裂こうとするのだ。 目の前で、まだ年端もいかない若い青騎士はうつむいたまま何か言いたげに視線を泳がせていた。 「用がないなら行かせてもらうが……」 カミューの言葉に青騎士ははじかれたように顔を上げる。 そして思い切ったように口を開いた。 「ぼ、僕……カミュー様のことが、す、好きなんです!!」 …………なんですと? 「どこまで行く気だ? おまえら。この先になにかあるのか?」 ぞろぞろと。青騎士団長以下御一行さまは人気の少ない池の方へと歩いていた。 「え、ええ! 昨日リスを見かけたんですよ! 団長、動物お好きでしょう?」 「ほう……。リスか。それは見てみたいな」 嬉しそうに目を細めるマイクロトフに青騎士たちは少し胸が痛む。 団長、お許しください! これも愛ゆえなのです……。 心の中では誠心誠意、謝っているが、顔には出さない。「さあ、行きましょう。もう少し奥です……」とさらに奥に案内する。マイクロトフも疑いもせずに素直についていった……。 「カミューさまには団長がいることはわかっています! でも……、一度でいいから……」 ドンッと体当たりのように飛び込んでくる青騎士。カミューはといえば、思いもしない展開に不覚にも呆然としていた。 そこへ…… 「このへんです」 がさがさ。 声と共に現れたのは…… 「!!」 「マ、マイク?!」 片や青騎士たち数人に囲まれて、片や青騎士に抱き着かれた格好で対面した二人の間に奇妙な沈黙が降りた。 呆然としたままカミューが口を開く。 「マイク……。どうしてここに?」 カミューの声にマイクロトフは我に返った。顔を伏せて、小声で「邪魔したな……」とつぶやくと踵を返して走り去ってしまった。 「マッ、マイク! これは違うんだ!!」 後を追おうとしても青騎士が力一杯しがみついていて離れない。他の青騎士たちが「団長!!」と追いかけていった。 やられた!! どう考えてもこんなところで偶然出会うわけがない。しかもどちらにも青騎士がついている。 カミューは自分に抱きついている青騎士を忌々しげに見下ろした。青騎士はどこかほっとした表情で青騎士たちが走り去った方を見てる。 こいつは囮か……! 青騎士に遅れをとるなど一生の不覚! カミューは自分の中でぷちっとどこか切れる音を聞いた。……赤い悪魔、発動である。 「おい」 赤騎士すら聞いたことがないであろうほどドスのきいた低い声。 青騎士はその恐ろしい声に、自分の置かれている状況を思い出し、ビクッと身体を震わせた。先輩たちに押しつけられて泣く泣くこの役目を引き受けたが、このあとどうしろと言うのだろう……。 「よくもふざけた真似をしてくれたな……」 見た者を瞬時に凍らせるような冷たい目。青騎士は背筋が寒くなるのを止められなかった。 カミューは脅えてる青騎士を鼻で笑うと、片手で胸倉を掴み上げ、もう片方の手で顎を掴むと、噛みつく勢いで口づけた。 恋人にするのとはまったく違う、優しさのかけらもない貪るだけの強烈なディープキス。 若い青騎士があまりの刺激にがくがく足を震わせ、完全に腰が立たなくなったのを確認すると、カミューは胸倉を掴んでいた手を離し、青騎士を放り投げた。 手の甲で唇を拭い、 「俺にケンカを売るなんて10年早いんだよ。ガキが」 と、冷笑を浮かべるとカミューは立ち去った。 哀れな青騎士はたっぷり30分はそのまま動けなかった……。 青騎士どもめ、おもしろい真似をしてくれたじゃないか。 カミューはすれ違う人が驚いて振り返るくらい、恐ろしいほど好戦的な笑みを浮かべてずんずん歩いていた。 マイクにはあとでひたすら謝り倒すとして……まずは奴等だ! そして探し求めていた人物を見つけると顔を元に戻し、 「レディ、ナナミ。折り入ってお願いがあるのですが……」 と、極上の笑みを浮かべた……。 その日の訓練は、いつも先頭に立って指揮をとるマチルダの元・騎士団長両名が欠けた状態で行われたため、どこか締まりのない内容となった。 マイクロトフは「気分がすぐれないため」、カミューは「所在不明」である。 青騎士たちは詰め所に戻りながら話し合っていた。 「団長は大丈夫でしょうか?」 「少しおかわいそうな真似をしたが、作戦は成功だ。これで潔癖な団長はカミューさまとお別れになるだろう」 「そのあとは我々がお慰めすればいい」 慰めてるうちに愛なんか芽生えちゃったりして、とその場にいた全員がにへら、と締まりのない笑みを浮かべる。 そんな中、 「それにしても、カミューさまはどこに行ったんでしょうね……」 誰かがぽつり、とつぶやいた言葉で全員我に返った。 いまさらだけど、恐ろしいことをしたよな…… 動揺が広がる青騎士たちに、この案を企画した青騎士が 「だ、大丈夫だ。今回は『烈火の紋章』対策に『水の紋章』を宿させただろう?」 と自分にも言い聞かせるような口調で言った。 そう、今回は魔力の高めな青騎士何人かに「水の紋章」を持たせ、赤い悪魔がきたら、「静かなる湖」を唱えさせることを打ち合わせてある。そうすればすべての魔法が無効化できる。さすがにユーライアで斬りつけるような真似はすまい…………たぶん。 「大丈夫だ。我々とていつもやられっぱなしではない」 おおおっっ!!! 青騎士たちの士気が上がる。 「しかし、油断はできませんね」 「ああ。みな、警戒を怠るな」 まるで戦地に赴くような会話を交わして、詰め所に戻った。 ガチャッとドアを開けると中からいい匂いがした。 「ん? 何だ……?」 中を見るとテーブルにおいしそうな料理が並んでいる。寒いマチルダではお馴染みの、グラタンという料理だった。 「こ、これは……?」 呆然と料理を見つめていると、一人がテーブルに置かれたメモを見つけた。 「!! こ、これを読んでください!!」 興奮気味に渡されたメモを見ると、 皆で食べてくれ −マイクロトフ− と流暢な字で書かれていた。 「な、なんと! 団長が、これを?!」 「なんだって?!」 青騎士たちは顔を見合わせた。 団長が俺達のために! さすがに手料理ではないだろうが、その心遣いだけで嬉しくなってくる。 緊急会議が開かれ、手先が器用な人物が何人か選出された。慎重に均等に皿に取り分ける作業が行われる。みんな固唾を飲んで見守っていた。 詰め所は異常な緊張に包まれた。 すっかり料理も冷めた頃、ようやく作業が終わった。それでもみんな幸せそうだ。 「周りは白いけど……ホワイトソースではないようだな」 「ここはいろんな料理が集まっているからなぁ」 「それにしてもうまそうだ。どんな味がするのか楽しみだな」 少し冷静になって考えれば、あんな状態のマイクロトフがこんなことをするはずがないぐらい容易にわかりそうなものだが、そこは恋する盲目隊。マイクロトフという単語を見るだけで冷静な判断ができなくなるのである。 「では……」 一人が神妙に手を合わせる。全員それにならった。 「いただきまーす」 パクッ ……………………!!!!!! 不味い、なんて言葉では表現できないほど強烈な味が青騎士たちの間を駆け抜けた。 「やあ、食べたね?」 ドアの方から不気味な声がした。 一斉に振り返ると、いつからいたのかドアのところにカミューが立っている。 「レディ・ナナミが心を込めて作ってくれた料理だ。残さず食べてくれよ?」 「カッ、カミューさま!!」 誰かの叫びがきっかけで、あちこちで『パニック』が起こった。 ナナミの料理はその不味さのあまり、食べると『パニック』を起こすという……言い伝えがある……。 「え、ええい、あわてるな! 『水の紋章』部隊、『静かなる湖』を!!」 強靭な精神力で『パニック』をこらえている青騎士が叫ぶ。何人かの「水の紋章」を宿した青騎士がふらふらしながら前に進み出た。 しかし…… 「も、紋章が発動しない?!!」 あわてる青騎士をカミューは面白そうにみやって、 「そうそう、おまえたちが食べた料理、『しおグラタン』なんだよ」 とそらぞらしく告げる。 あまりの不味さに味付けがなんであるかもわからなかった青騎士たちは愕然とした。 「しおグラタン」……『ちんもく』(魔法封じ)の効果がある料理……。 激マズ、パニック、そして沈黙……。地獄の三重苦に襲われた青騎士たちにはもはやなすすべはなく、絶望が広がっていった……。 「さあ、そろそろ覚悟は決まったかな」 そんな彼らに容赦なく、どこまでもにこやかに微笑みかけるカミュー。青騎士たちはいっそのこと気を失ってしまいたい……と思った。 「よくもふざけた真似をしてくれたね。久々に楽しかったよ。 ……これはほんのお礼だ」 カミューは右手をひらめかせ、かるく息を吸った。 「最後の炎ぉぉぉっ!!!!!」 どおおおおおんっっ!!! …………………… 「ま、こんなものかな♪」 カミューは黒コゲになった青騎士たちを満足そうに見下ろすと、踵を返して愛する人の元へと急いだ。 「カミューさま……素敵だ……」 柱の陰からうっとりと覗いていた青い影に気づかず……。 「マイクっっ!!」 ドアを開ける音も荒々しく、カミューは部屋に駆け込んだ。椅子に座って本を読んでいたマイクロトフは手を止め、ちらっとカミューの方をみたが、すぐ本に視線を戻した。 う……。怒ってる……。 あんなシーンを見せられては怒るのは当然。しかし怒ってくれるのは自分のことを想っていてくれてるから。カミューはちょっとだけ幸せをかみしめて、とりあえず謝りたおすことにした。 「マイク、すまない。あれは……」 「なぜ謝る? やっぱり浮気なのか?」 「え……? ち、違う、違う!!」 カミューは慌てて首をぶんぶんと振る。マイクロトフは本から顔を上げて、 「なら謝る必要はないだろう」 と言った。 「え? 怒って……ないの?」 おどおどと顔色を窺うような姿は、先ほどまでの悪魔ぶりからは想像もつかない。 「浮気だったら怒る。だが、そうじゃないなら怒る必要はないだろう」 言ってからマイクロトフはひとつため息をついた。 「まさかクリスがおまえを想っていたとはな……」 違う、それはヤツらの策略だ、と言い訳しようかとも思ったが、それより怒ってない、ということのほうが嬉しくてそれどころじゃない。 「本当に怒ってない?」 「…………ああ」 答えに一瞬の間があったのが気になってカミューはマイクロトフに近づいた。 「本当?」 「くどい」 「……証拠をみせて。マイクが怒ってない証拠……」 カミューが椅子に座っているマイクロトフに口づけようと身体をかがめると、本でブロックされた。 「……マイク?」 「証拠が欲しいなら……目をつぶれ」 恨みがましい口調のカミューをよそに、マイクロトフはそう言うと立ち上がった。向かい合って立つとわずかだがマイクロトフの方が背が高い。カミューはマイクロトフの意図がわからず、少し見上げた。 ゆっくりとマイクロトフの顔が近づいてくる。 え? こ、これって?! 思わぬ展開にカミューがどぎまぎしていると、 「……目をつぶれ」 とマイクロトフに再度言われて慌てて目を閉じた。 うそ……。マイクから……? カミューが乙女のようにどきどきして待ってると、少し間があいてから顎にマイクロトフの手がかかった。心持ち上向かされて……ふわり、とぬくもりが降りてくる。 そして…… ごくん。 マイクロトフの唇から流れ込んできた液体をカミューは思わず飲んでしまった。とたん口中に広がる青臭い味。 え? カミューが驚いて目を開けると、マイクロトフはすでに身体を離し、コップに入ったなにやら赤い液体を飲んでいた。 「マ、マイク?」 マイクロトフはコップの中味をすべて飲み干すと、コップをテーブルに置いた。その隣にはなにやら緑色の液体が……。 ま、まさか……。 「まい、く……?」 カミューはマイクロトフの方に足を踏みだそうとしたが足がもつれ、その場に倒れてしまう。起き上がろうにも全身が痺れていた。 「しばらくそこで反省してろ」 マイクロトフは冷たく言い放つと椅子に戻ってまた本を開く。 どうやら口移しに飲まされたのは毒作用がある「青汁」。そしてマイクロトフが一滴残らず飲み干したのは解毒作用がある「トマトジュース」。 「そ、そんな……。マイク……」 なんとか這ってでも傍にいこうとするが途中で力尽きる。 がくっと床に倒れ伏したカミューに見向きもしないでマイクロトフはページをめくる。 実はかなりご立腹だったらしい……。 おしまい |