〜命の重さ〜




 狙うは、ルカ・ブライトの首のみ!

 都市同盟軍・軍師シュウの打ち出した策により、ラダトの街付近で行われているハイランドとの戦闘は、リーダーである城主をおとりにしてまで、狂皇子、いや、父親を殺し皇王となったルカをおびき出す作戦にでた。かくして、思惑通りルカは前線に踊り出たが、策はいまだ成功していなかった。
 ルカが強すぎたのだ。悪鬼もかくや、という形相で剣を振るい、次々と都市同盟の兵士たちを葬っていく。その姿はまさに死神そのもので、同盟軍の兵士たちを脅えさせ、士気を低下させた。同盟軍の名だたる将たちとて、数人がかりでも足止めするくらいがやっとという、恐るべき強さだった。もはや、人外のものというしかなかった。
 たった一人を殺す。これだけの策がこうも苦戦を強いられるとはシュウですら予測できなかったことで、同盟軍はじりじりと後退していく。
 そんな中、マチルダ騎士団を離反し、同盟軍に参戦した元・青騎士団長マイクロトフは、離反する際に自分に賛同しマチルダからついてきてくれた元・青騎士団員たちを引き連れて前線の右翼側にいた。ついてきてくれた騎士たちは青騎士団と赤騎士団の半数だったが、寄せ集めの同盟軍の中では自分たちが一番戦い慣れしているし、隊を組んで行動できる。主戦力となるのは当然だった。反対側、左翼には同じく元・赤騎士団長カミュー率いる赤騎士が奮戦しているはずだ。しかし、両団の間には敵味方入り混じり、激しい戦闘が行われているため、姿を確認することはできない。

 突然の襲撃だった。兵力の差は2倍以上。まともにぶつかっては全滅はまぬがれない、という絶望的な状況の中、打ち出されたのが、なにがなんでもルカの首を取る、という強引な作戦だった。あまりにも急だったため、細かい策が何も立てられず、一番統率の取れる自分たちがルカの包囲網を作る、というのがシュウからの指示のすべてだった。
 場は混戦を極め、周りがどういう状況なのか把握することはできない。ただ、互いの無事を信じて剣を振るうよりほかなかった。
「右側が手薄になっている! 第2部隊、前進せよ!!」
 大声で指示を飛ばしたとたん、口元がずきっと痛む。それは戦いの中、負傷したのではなく、昨夜、カミューによってつけられた傷だった……。


「なんだと?! カミュー、もう一度言ってみろ!」
「ああ。何度でも言ってやる! 騎士の紋章を外せ! でなければ死ぬぞ!」
 全身で怒りを露わにするマイクロトフに、カミューは普段の涼しい顔をかなぐり捨てて怒鳴り返した。


 先程、火急の知らせが飛び込んできた。
 それはミューズ付近に待機していたハイランド軍が、同盟軍の本拠地、ノースウィンドウを目指して進軍してきたという、信じられない知らせだった。トラン共和国との同盟が成立し、これから体勢を強化して戦力増強を図ろうとした矢先のことで、まさに寝耳に水だった。
 緊急の作戦会議が開かれた。作戦会議とはいえ、あまりにも想定していなかった最悪の事態に、みな動揺し、まともな話し合いにはならなかった。しかも、悠長に話し合っている時間もない。とにかく、軍師ほか戦略を担当する者と、戦闘の準備に入る武将たちと別れ、それぞれができることをするのが先決だった。
 そして、再び集まったところにシュウが策を口にした。

 まともに戦っても勝てない。ならば、総指揮官の首を取り、撤退させるしかない。

 場がざわめいた。一番単純で、一番難しく、そして、一番誰もが望んでいるであろう、唯一の策。
「ハイランドに勝つことは難しい。だが、ルカひとりなら倒せるはずだ」
 シュウの言葉にみな一様に頷く。そして、それぞれの想いを抱えて解散した……。


「騎士の紋章は俺が騎士たるための誇りだ! おまえはそれを捨てろというのか?!」
「俺たちはもう、騎士じゃない! 一介の剣士だ!
 マイク、なにも、一生外せと言っているのではない……。明日だけは、と言っているんだ……」
 最後は言い聞かせるように、宥めるように話すカミューを、マイクロトフは興奮冷めやらぬ様子で睨みつけた。
「明日だからこそ必要なのだろう! あのルカ・ブライトと闘うのだぞ?!」
「あのルカ・ブライトと闘うからだよ……。あの男相手に誰かを庇ったりしたら、確実に死ぬ。
 いいか、マイク。俺たちはもう騎士を捨てたんだ。誰かに義理立てして死ぬ必要はないんだよ」
 吐き捨てるように言うカミューに、マイクロトフはカッとなった。考えるより先に身体が動く。

 ガッ!

 鈍い音と共にカミューが壁際に吹っ飛んだ。マイクロトフは荒い息をついて、じん、と痺れる拳をぎゅっと握りしめる。
「俺たちは確かにマチルダ騎士団を離反した! だが、俺は騎士であることをやめたつもりはない! 誇りも捨ててはいない! 闘いで死ぬのを恐れていては……」

 バキッ!

 今度はマイクロトフが吹っ飛んだ。床に倒れ、頭を打つ。口に血の味が広がった。痛みに目を開けられないでいると、身体に重みが加わる。ようよう目を開けると、口の端から血を滲ませたカミューが凄まじいまでの怒りの形相を浮かべ、自分に馬乗りになっていた。
「おまえは……死ぬのが恐くないのか……?」
「カ、ミュー……」
 唸るような低い声に、マイクロトフはいいようのない恐怖を覚える。しかし、カミューの間近で見る琥珀色の瞳は怒りの炎が激しく煌き、こんな状況だというのに、綺麗だ、と思わず息を呑んだ。
 そんなマイクロトフの首にカミューの手がかかる。
「そんなに死にたいなら、ここで俺が殺してやろうか……?」
「カミュー……!」
 マイクロトフの脳裏を支配したのは、恐怖、というよりは純然たる驚き。明日は同盟軍の行く末を左右する大事な闘いがあるというのに、こんな真似をするカミューが信じられなかった。
「同じ死ぬならここででもいいだろう?」
 俺が殺してやる、というつぶやきと共に手に少し力が加えられる。マイクロトフはごくり、と喉を鳴らした。
 騎士の紋章が発動し、怪我をするたびに、カミューは渋い顔をして、外せ、と言ってきた。だが、自分にとってこの騎士の紋章がどれだけ大事なものかということも理解してくれていたため、いつもあきらめに近い口調で言ってきていたのに。

 別に命を軽んじているつもりはない……幾度も伝えた言葉。
 明日の闘いが生易しいものではないことも理解しているつもりだ……それは城中の誰もが感じているはずのこと。
 それがカミューにはわからないのだろうか……。

 マイクロトフはカミューの目をじっと見つめた。そして、気づく。怒り一色かと思われたその瞳に浮かぶのは……。
「カミュー……」
 マイクロトフは腕を上げてカミューの頬にそっと触れた。びくり、と過剰なほどカミューの身体が揺れる。
「なにを……そんなに脅えているんだ……?」
 自分を殴り、首を絞めたくなるほど怒っているはずの瞳には明らかに脅えが混ざっていた。彼にはあまりにも似つかわしくないもの。
 マイクロトフは琥珀色の瞳を捉えたまま返事を待った。
 カミューはしばらくマイクロトフを睨むように見下ろしていたが、やがて、苦しそうに顔を歪ませる。
「……おまえは……戦場で散っても本望かもしれない……。だが……」
 カミューは一旦言葉を切ってうつむいた。床に縫いつけられた格好のマイクロトフからはその表情が窺えない。じっと次の言葉を待っていると、かすかにカミューの身体が震えてきた。
 と、ぽつ、と胸のあたりに何かが落ちた。そこから、じわ、と生地を液体が広がる感触。まるで水でも零れたような……。
 そこまで考えて、マイクロトフはハッとした。まさか……。
「カミュ……っ」
「だが、残される者の気持ちを考えてみろ!」
 カミューは顔を上げて悲痛な叫びを上げた。顔を上げた拍子に雫がマイクロトフの頬に振りかかる。マイクロトフはめったに見ることのないカミューの涙に、一気に混乱して咄嗟に叫んだ。
「カミュー! 俺は絶対死なない!」
「もう、いい!!」
 何もかもを拒絶する叫びがマイクロトフの胸に突き刺さる。琥珀色の瞳が自分を見ない。
「カミュー!」
「もういいよ……」
 カミューは力なく言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「明日は早い……。もう寝よう」
 マイクロトフはしばし茫然としていたが、我に返ると慌てて立ち上がった。カミュー、と呼びかけようとしてカミューの背中がすべてを拒んでいることに気づく。マイクロトフは無視されるのが恐くて、口を開けなかった。
 カミューは無言で夜着に着替え、自分のベッドに横たわり、マイクロトフに背を向けるように壁際を向く。「おやすみ」という一言さえもいつもの優しさのかけらも感じられなくて。マイクロトフは唇を噛み締めた。
 いつもだったら戦いの前の日は肌を合わせ、それぞれの無事を誓い合う。身体に負担をかけないよう、快楽よりぬくもりを交わすように、欲より心を満たすように……。
 マイクロトフは弱くなりそうな心を叱咤して、その背中にそっと伝えた。
「カミュー……。俺は絶対死なないから……」
 応えは、なかった。


 どんっという何かが爆発したような音にマイクロトフは我に返った。音がしたほうを見ると左手に大きな炎の柱が上がっている。カミューの烈火の紋章だろう。カミューの生存を確認し、マイクロトフはほっと息をつく。カミューの技量を疑うわけではないが、戦場では個人の武だけではどうにもならないときがある。
 周りを見れば、ルカの圧倒的な力に同盟軍は明らかに押されていた。包囲網の中心の方からは壮絶な剣戟と怒号が響き渡ってくる。おそらくはルカがいる場所。

 たった一人にこんなにてこずるなんて……。

 マイクロトフは単騎ででも乗り込みたい衝動をぐっとこらえた。自分がいったところでかなうはずもないが、それでも、仲間たちの悲鳴が胸を抉る。
「マイクロトフ様!」
 そこに元・赤騎士団副団長の地位にいた男が馬をとばしてきた。あちこちを血に染めていたが、ほとんどは返り血なのだろう。大きな怪我をしているようには見えなかった。
「マイクロトフ様、撤退の命が出ました! 包囲網を突破されると被害が甚大になります! その前に速やかに撤退せよと!」
「わかった!!」
 マイクロトフが頷くと男は自軍へと帰っていく。マイクロトフは青騎士団の副団長だった男にその旨を伝え、部下たちに撤退の指示をとばした。退くのは悔しいが、元々、勝ち目のない戦だったのだ。ルカを倒すことに失敗したなら、まともに戦っても無駄死にするだけだ。
 圧倒的な戦力の敵を相手に撤退するのは難しい。敵を勢いづかせないよう、ある程度叩いておかないと背後をつかれる。マイクロトフは包囲網を突破しようとしている敵の中に、隊長クラスの男を見つけるとその男めがけて馬を走らせた。
 マイクロトフは途中に立ちはだかる敵を馬と剣で蹴散らし、その男との距離を一気に縮める。男はマイクロトフに気づくとその勢いに、その迫力に息を呑んだ。慌てて剣を構えるが既に遅し。
 ダンスニーが一閃し、男の首が飛んだ。
 それを目の当たりにした敵は怖気づき、味方は士気を上げる。
 その男が率いていた一個隊が総崩れになるのに便乗して、マイクロトフは味方を撤退させた。しんがりは自らつとめる。
 左手ではいくつかの爆発音と共に火の手が上がっていた。カミューも撤退の指揮を取っているのだろう。
 そのとき、狂ったような高笑いが聞こえ、マイクロトフは振り返った。敵の兵の中心にルカ・ブライトの姿が見える。その姿は返り血で真っ赤に染まり、哄笑するさまはまさに狂気そのものだった。マイクロトフの背筋に冷たい汗が流れ落ちる。

 あんな化け物相手に勝てるのか……?

「団長! 早くしろ!!」
 副団長の声に我に返ると、マイクロトフは身を翻した。
 退却したところで無駄なのだ、と、絶望感にうちひがれながら……。


 本拠地に戻ると、絶望に彩られた空気が満ちていた。あちこちに負傷者が溢れかえり、医療班だけでなく、普通の主婦たちまでもが走りまわっていた。軽傷の者たちも疲労だけとは思えぬ暗い表情をして座り込んでいる。起死回生を賭けた作戦の失敗に、誰もが希望をなくしていた。
 マイクロトフは休む間もなく応急処置を手伝いに向かおうとした。目は負傷者を痛ましく眺めながらも、鮮やかな赤を探す。いつもだったら真っ先に駆け寄ってきて、無事を喜んでくれる唯一無二の存在。だが、昨夜のあの出来事からぎくしゃくし、今朝もほとんど口をきいてなかった……。
 ずきり、と口の傷が痛んだ。

 戦前の儀式もおこなわなかった。二人で、お互いの剣に「愛しい人を守ってくれ」という願いを込めて口付ける。いつからか始まった、二人だけの神聖な儀式。

「マイクロトフ様!!」
 城の方から赤騎士副団長が駆け寄ってきた。いつも上司に負けず劣らず冷静で柔らかい物腰を崩さないこの青年が、めずらしく慌てている様子に、マイクロトフの脳裏に得体のしれない不安がよぎる。
「お怪我はありませんか?!」
「ああ……。それより、どうした? 何かあったのか?」
 問いかけながら、マイクロトフの心臓が意味もなく速まった。彼が慌てているということは、それなりのことがあったのだろう。早く聞かなくてはと思いつつ、聞いてはいけない、と本能が警鐘を鳴らす。

 だいたい、カミューはどうして姿を見せない?
 昨夜、喧嘩したからか? ……それとも……?

「それが……」
 赤騎士副団長が気まずそうに目を伏せた。その様子にマイクロトフの鼓動がますます速まる。何か言わなくては、と思っても喉がはりついたように動かない。
 そんなマイクロトフの目の前で、赤騎士副団長はしばし逡巡したあと、思いきったように顔を上げた。
「カミュー団長が怪我をされました」
「な……!」
「いま、部屋の方にお運びしました。かなりの深手を負っておられます。意識が……ありません」
 沈痛な面持ちで話す青年の言葉に、全身に震えが走る。
「医者は……」
「できるかぎりのことはしたと。あとは団長の体力次第とのことです」
 退却する際、一般兵を庇ったのだと、赤騎士副団長は怪我を負った経緯を説明していたが、マイクロトフの頭にはほとんど入ってこなかった。
 マイクロトフはきつく目を閉じ、拳を握る。すぐにでも駆け出しそうになる足を必死に踏ん張った。

 いま、ここで自分が取り乱すわけにはいかない。
 よもやの敗戦でただでさえ士気が落ちている。混乱を少しでも静めなければ……。

「マイクロトフ様、お願いです。団長の傍についていてもらえませんか?」
 赤騎士副団長の言葉にマイクロトフは目を見開いた。
「しかし……」
「カミュー団長がいちばん傍にいてほしいと思うのはマイクロトフ様でしょう。どうか……、団長を助けてください」
 飛んで駆けつけたいのをこらえているマイクロトフにとって、赤騎士副団長の言葉は拒めるものではなかった。しかし、己が為すべきことは、と、強い義務感との間で激しく葛藤してしまう。そんなマイクロトフの心情を察したかのように、赤騎士副団長がさらに言い募った。
「私たちでも、兵たちの気持ちを静めることはできましょう。ですが、カミュー団長を救えるのはあなたしかいないのです」
 この言葉に、マイクロトフの中の天秤が崩れた。はやる気持ちを抑え、騎士団を率いる者としての最低限の責務を果たすべく、後を部下に託す。
「レイブリック……、あとを頼めるか?」
「はい。どうか、団長のことをよろしくお願いします。アドヴァン殿にも私から伝えておきます」
「すまない」
 返事もそこそこマイクロトフは全力で城に向かって走り出した。その後ろ姿を見送った赤騎士副団長はそっとため息をつく。その瞳に浮かぶのは紛れもない、罪悪感。
「あの人は……。あれだけ愛されているくせに、なにが不満なんだか……」


 部屋に駆け込むと、ベッドに静かに眠るカミューの姿があった。布団がかけられていて、怪我の状況はみえない。しかし、穏やかすぎる寝顔がどこか生気を感じさせなくて、マイクロトフは恐る恐る近づいた。心なしか白い顔に、昨日、自分が殴ってできた痣が痛々しい。
「カミュー……」
 震える手でカミューの頬に触れる。てのひらに確かなぬくもりを感じて、マイクロトフは、ほう、と息をついた。とたん、緊張の箍が一気に崩れ、漆黒の瞳から涙が零れ落ちる。
「おまえは……、俺に死ぬ、とか、殺すとか言っておいて、おまえがこんなことになってどうするんだ……。
 俺を置いて逝くのか……?」

 置いて逝かれるかもしれないという恐怖。カミューはいつもこんな心境でいたのだろうか……。

 あとからあとから流れ出る涙を拭うこともできず、マイクロトフは立ち尽くす。ぽつ、とカミューの頬に雫が落ちると、瞼がかすかに震えた。
「カミュー……?」
 マイクロトフの声に呼ばれるように、カミューの琥珀色の瞳がゆっくり開かれた。2、3瞬きしたあと、マイクロトフを捉える。
「マイク……、よかった……。無事だったんだね……」
 目だけで力なく微笑まれ、マイクロトフはたまらなくなる。胸が絞めつけられるように痛んだ。
「俺のことなんかどうでもいい! カミュー、しっかりしろ!」
「今朝はマイクに儀式をしてもらわなかったからね……。バチがあたったのかな」
 カミューはかすかに苦笑いしようとして、痛みが走ったのか、顔を顰める。
「カミュー!」
 心配そうに顔を歪めるマイクロトフに、カミューは儚げな笑顔を向けた。
「マイク……、キスを、してくれるかい……?」
 カミューの言葉に、マイクロトフはゆっくり身を屈め、カミューにそっとキスをする。自分の生命力が少しでも送り込まれるよう、願いを込めて。
 と。
 ぐいっとマイクロトフの頭に力強い腕が回り、さらに引き寄せられ、そのまま深く口付けられた。カミューは、何事だ?! と目を白黒させるマイクロトフの身体を強引に抱き込み、ベッドに沈める。急な展開に硬直しているマイクロトフを組み敷きながら、カミューはしつこく唇を貪り、充分堪能してから、ようやく解放した。
「っ……は……、カ、カミュ……?」
「俺の気持ちが少しはわかったかい?」
 にや、と笑うカミューには先程までの儚げな姿はかけらも見られず。マイクロトフは茫然と、キスで上がってしまった息をせわしなく吐いていた。
「あーあー。こんなに涙を流しちゃって。可愛いんだから。そんなに悲しかった?」
 カミューは嬉しげに微笑んでマイクロトフの涙を指で優しく拭う。
「カ、カミュー……、怪我は……?」
「してるよ。ほら」
 ひょい、と上げられた左腕の二の腕あたりに、真っ白い包帯が巻かれていた。しかし、どうみても命にかかわるような大怪我には思えない。
「っ! だ、騙したな!!」
「マイクがあんまり強情だからだよ。少しは俺の気持ちをわからせてやろうと思ってね」
 まったく悪びれず、ちょん、と鼻を人差し指で突つかれ、マイクロトフは怒りより安堵の方が広がった。自分を組み敷くぬくもりに、カミューが無事なのだということを実感させられる。
「……ふ……っ……」
「え? あ、ちょ、ちょっとマイク?!」
 当然、罵声が飛んでくるであろうことを予測していたカミューは、声もなく涙を流しはじめたマイクロトフに心底慌てた。
「ご、ごめん……。やりすぎた? な、泣かないで……」
 さっきまでの余裕しゃくしゃくだった態度はどこへやら。おろおろと本気で慌てて涙を拭ってくるカミューがおかしくて、マイクロトフはちょっと笑う。自分が泣き続けるのが、この心臓に悪い悪戯への仕返しになるのか、とマイクロトフは涙を止める努力を放棄して、流れるままにまかせた。
 ざまあみろ、という笑みを浮かべつつ、なかなか泣き止まないマイクロトフに、カミューは、むう、と眉を寄せると、いいことを思いついた、というふうに笑った。マイクロトフの目尻に唇を寄せると、ぺろり、と涙を舐め取る。ぎょっとするマイクロトフをよそに、そのままぺろぺろと涙が流れていった筋をいくつも辿っていった。
「や、やめろっ、くすぐったいっ」
「マイクが泣き止まないからだよ」
「やめろって……っ」
 もみ合っているうちに、いつしか二人でくすくす笑い出す。そして、ようやくマイクロトフの涙が止まり、カミューも顔中を舐めるのを止めた。最後に昨夜、自分がつけた痣をなぞる。
「おまえは犬か」
「マイクの犬にだったらなってもいいよ」
「こんな根性悪ですけべな犬はいらん」
「あ。ひどいなぁ。こんなに愛しているのに」
 くすくす。
 二人で額を擦りつけあって、そのまま唇を重ねる。互いのぬくもりに酔いしれた。
 そのとき。
 コンコン、と控えめなノックが甘い時間の終わりを告げた。すうっと表情を固くしたカミューがドアの向こうに用を問う。
「カミュー団長、マイクロトフ様、シュウ軍師がお呼びです。今夜、ルカ・ブライトの夜襲があるとの情報が入りました」
 赤騎士副団長が告げた内容に、二人は目を交し合う。すでに甘い恋人同士の顔から、幾多の死線をくぐり抜けてきた戦士の顔へと切り替わっていた。
「わかった。今行く」
 カミューが答えると、「失礼します」と足音が遠ざかった。カミューはベッドから降りると、マイクロトフの腕を取って引っ張り起こしてやる。
「これが……、ラストチャンスだな」
 マイクロトフが厳しい顔つきで言うと、カミューは真紅の制服を羽織りながら頷いた。窓から外を覗けば、シュウを中心に人の輪ができつつある。
「そうだね。この機会を逃せば同盟軍は滅びるだろう」
「負けられないな」
「ああ」
 白い手袋をはめるカミューをマイクロトフはじっと見つめた。
「カミュー、怪我はいいのか?」
「俺がプライドの高い男だというのは知ってるだろう? 足手まといになるくらいなら、参戦しないよ」
 好戦的な笑みを浮かべながら腰にユーライアを差すカミューに、マイクロトフは目を細める。
「そうか」
「マイク、剣を」
 カミューが手を差し出した。マイクロトフはダンスニーを鞘から抜くと、カミューに手渡す。そして、カミューからユーライアを受け取った。
 二人は眼前に互いの剣を掲げ、祈りを込めて刀身に恭しく口付ける。愛しい人を守ってくれるよう……。
「必ず、帰ってこような」
「そうだね。帰ってきたら、昨日の分も愛してあげるよ」
 カミューのからかうような笑みにマイクロトフは瞬時に真っ赤になった。
「なっ……、あれはおまえが勝手に不貞腐れて寝たんだろう!」
「うん。我ながらもったいない真似をしたと思っているよ。だから、今夜は埋め合わせ」
「〜〜〜〜〜〜!!」
 カミューは口をぱくぱくさせるマイクロトフの頭を引き寄せ、耳元で囁く。
「無理をしてもいいけど、必ず生きろ。もし、死んだりしたら、おまえが庇った相手を殺すからな」
 囁く声の甘さとはかけ離れたセリフに、マイクロトフはぎょっとして身を離す。目を見開いているマイクロトフに、カミューは笑みを浮かべた。それはいつもの優しい笑みではなく、どこか狂気を孕んだような危険な笑みだった。
「言っておくが本気だぞ。だから、必ず生き延びろ」
 自分を殺した相手に復讐するならまだしも、味方を傷つけると宣言するとは。マイクロトフはため息をつく。
「……傲慢だぞ」
「傲慢でけっこう。俺からおまえを奪うヤツは誰であろうと許さない」
 独占欲まるだしの男に、こういう男に捕まってしまった自分が不運なのだとあきらめる。そして、それを嬉しいと思っている自分も救いようがないのだと。
 マイクロトフは、ふっと笑うと、ドアへ向かった。カミューが慌てて後ろからついてくる。
「マイク、返事は?」
 カミューに腕を取られて振り返ったマイクロトフは、にやり、とからかうような笑みを浮かべていた。
「おまえみたいなのを置いて逝けるか」
 目を瞬くカミューにマイクロトフは素早く口付ける。そして、ドアから開け、部屋を出ようと1歩踏み出したとたん、カミューに引き戻され、そのままお返しとばかりに激しいキスを受けた。
 唇が離れると、琥珀色の瞳が悪戯っぽく煌き、マイクロトフの漆黒の瞳を捉える。
「今夜、期待してくれていいからね」
「するか!」
 二人はくすくす笑い、もう一度口付けた。
 このぬくもりが失われることのないよう、祈りながら……。



 いざ、決戦へ。





4567HITしてくださった来原まこと様からのリクエストで
「喧嘩して仲直りする赤青」でした。
なんか、喧嘩が殺伐としてしまいました……。
あ。それから、ゲームの進行と照らし合わせたりするのは
やめてくださいね(笑) 嘘だらけです。


−back−