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カミューは先程届いた1通の書状を読んでいた。 それは、故郷、グラスランドのカマロ自由騎士連合から届いた書状。内容は、マチルダ騎士団を離反した経緯等、いままでの状況説明を求めるものだった。マチルダ騎士団に入団する際に、自由騎士連合から推薦状をもらっていたのだから、今回の自分の行動はカマロ自由騎士連合の顔に泥を塗ったと思われてもしかたない。グラスランドに戻って説明せよ、と記されていた。 前から思っていた。 マチルダの階級制度は自分に合わないのだと。自分の育ったグラスランドでは実力がものをいう。しかし、ここマチルダは家柄だけで出世する者も少なくない。逆に実力があっても平民の出だったがために出世が遅れる者もめずらしくなかった。 こんな閉鎖的な社会にいられたのはひとえに愛しい恋人・マイクロトフの存在だった。だから、マイクロトフがゴルドーに反発してマチルダを離反するときもためらいなくついていったし、ハイランドとの戦争が終結し、マチルダ騎士団を復興したい、と言った彼と共にマチルダに帰ってきた。 そして、マチルダ騎士団はマイクロトフと自分の働きでかなり復興した。ゼロからのスタートは古い制度をほとんど無くさせ、前よりもいい組織になったと思う。 しかし。 カミューはマチルダを離れようと思った。 マイクロトフと自分は、周りから白騎士団長と副団長に就くよう進言された。それは、以前だったら、特に身分のない自分たちでは一生、就くことのなかった地位。それに自分たちが就く、というのは改革の象徴のひとつといえた。だが、いくら復興の中心人物が自分たちとはいえ、古い体制のトップに立っていた自分が再びトップに立つのはよくない。 それに。 同盟軍としてマチルダを攻め込んだ自分たちをよく思わない者が少なからずいるのも確かだ。同盟軍がハイランドに勝利したため、この戦争は正義となった。しかし、同朋を裏切って攻め込んだことには違いないのだ。 残党と思わしき者に命を何度か狙われた。それは覚悟していたから、それほど衝撃的なことでもなかった。自分たちが受けるべき痛みだと思った。 だが、前に街を巡回していたときに、年端のいかない子供に石を投げつけられた。「うらぎりもの!!」という涙ながらの叫びは家族の誰かを亡くしたのか。そう思うと胸が痛んだ。しかし、もっと胸が痛んだのは一緒にいたマイクロトフの表情だった。違う、と否定したくてもできない。子供を慰めるすべを持たない。ただ、己を激しく責めているのがわかった。 彼のあんな表情は2度と見たくない。 深く傷ついた彼を癒すにはここを離れるのがいちばんだった。 彼を連れて、とりあえずはグラスランドに帰ろう…… カミューは何度も考えた末の結論にそっとため息をついた。 コンコン。 「マイク。ちょっといいかい?」 ドアの陰から顔だけを覗かせたカミューに、書類に目を通していたマイクロトフは顔を上げた。日常の激務のせいで少しやつれてしまっているのが痛々しい。 「どうした? 何かあったのか?」 マイクロトフは厳しい顔を崩さないまま問うてきた。マチルダに帰ってきてからというもの、仕事に追われる毎日で、執務中は仕事がらみの話しかしなくなっていた。最近、やっと目途がついて少し余裕ができてきたのに、相変わらずな彼の生真面目さにカミューはちょっと笑う。 「いや……。仕事のことじゃなく。少し話があるんだ」 カミューに笑われて、仕事のことしか考えてなかった自分に気づいたらしい。マイクロトフも苦笑を返すと書類を机に置いた。 「すまない。 で、なんだ? 話って」 「うん……。 騎士団もようやく形ができてきたね」 「ああ。そうだな」 嬉しそうに笑うマイクロトフにカミューはマイクロトフの中のマチルダ騎士団、という存在がどれほど大きいのかを改めて思い知らされる。 「マイクは……これからどうするの?」 「え?」 突然の問いに、カミューの真意を掴みそこねたらしいマイクロトフはきょとん、とした。カミューは唐突すぎたか、と補足する。 「白騎士団長の座に就くつもりかい?」 マイクロトフは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐ首を横に振った。 「いや……。カミューのほうが適任だ」 「じゃあ、副団長になる?」 重ねて問うと、マイクロトフはまたも静かに首を振る。 「いや。俺はマチルダ騎士団から離れる。俺はそんな器じゃないし、どういう理由があろうと俺がしたことは許されることではないのだから。 だが、カミューは俺についていっただけなのだから、責任はない。カミューが白騎士団長に就いてほしい」 神妙に話すマイクロトフとは裏腹に、カミューはマイクロトフが騎士団に残るつもりがないと知ってにっこりと笑った。 「器は充分にあると思うけどね。でも、まあ、それはおいといて。 俺はグラスランドに帰るよ」 「え?!」 さすがに予想外だったのか、マイクロトフは驚きの表情を浮かべる。 「グラスランドから書状がきたんだ。帰ってこいと。 それに、俺が騎士団を離れたのは俺の意志だよ。マイクが離反したからついていったというわけじゃない。だから、俺も同罪だ」 「しかし……」 「マイク」 とまどいの表情を浮かべるマイクロトフに、カミューはすっと真顔になった。 「一緒に……グラスランドに行かないか?」 「え?」 「マイクは少し走り過ぎた。もう生き急ぐ必要はない。少し喧騒を離れてゆっくりしたほうがいい」 カミューがゆっくり言い聞かせるように話すと、マイクロトフはとまどったように眉を寄せる。 「……グラスランドで暮らすのか?」 「いや、永住するわけじゃない。ただ、俺が生まれた土地を一度見てほしかったんだ。そのあとはゆっくり旅をするのもいいさ」 「マチルダには戻らないのか?」 「そう、だね……。立ち寄るくらいはするかもしれないけど。俺たちはマチルダにいないほうがいいと思うよ」 カミューの言葉にマイクロトフは沈黙する。ややあって、口を開いた。 「……出発はいつだ?」 「1週間後くらいを予定してるけど」 「そうか……。すまない。一晩考えさせてくれ」 「ああ。わかったよ」 てっきり即答してくれると思っていたカミューはマイクロトフの返事に一抹の不安を覚える。だが、それを顔には出さず、部屋を後にした。 グラスランドに帰れば、勝手な真似をした償いとして何度かやっかいな任務を任されるのは間違いないだろう。そうすれば何ヶ月……いや、ひょっとすれば何年かグラスランドにいることになるかもしれない。 そして、さすがに少しのんびりとしたかった。 それには、マイクロトフ、という生涯のパートナーが必要不可欠なのに。彼なしに心の安らぎなどありえないのに。 マイクロトフは俺がいなくても平気なんだろうか……。 カミューは弱くなりそうな心を叱咤して、執務に戻った。 「え?」 カミューはマイクロトフの言葉に茫然と聞き返す。 今日はマイクロトフが「昨日の返事を」と、カミューの執務室を訪ねていた。 「申し出は嬉しかったのだが、俺は行かない」 マイクロトフはもう一度静かに、だが、きっぱりと言い切った。 「どう、して……?」 昨夜、ベッドを共にしたとき、カミューはいろいろとグラスランドの話をした。そのときの彼は興味深そうに聞いていて、カミューは、この様子だと一緒についてきてくれるんだな、と思っていたのだが。 「昨日、カミューが言ったとおり、俺たちはマチルダにいないほうがいいのだと思う。だが、カミューにとってグラスランドが故郷であるように、俺にとっては、ここ、マチルダが生まれ故郷だ。離れるつもりはない」 「でも、騎士団には残らないって……」 「ああ。それは本当だ。街外れに家を借りて暮らそうと思う」 穏やかに笑うマイクロトフを見て、カミューは彼の決意が固いことを知る。動揺を押し隠してぎこちなく頷いた。 「そう……。わかったよ」 まさか、こんな形で別れることになろうとは。別れるのはどちらかが死ぬときだ、と思っていた。だが、道はここで別れたのだ。彼の選択を責める権利は、ない。 マイクロトフが部屋を出ていくと、カミューはきつく唇を噛み、書類に再び目を落とした。 そして、1週間が過ぎた。 最後の夜、カミューは万感の想いを込めてマイクロトフを愛し、マイクロトフもそれに応えてくれた。気を失うように眠ってしまったマイクロトフの漆黒の髪を撫でながら、カミューはひとり感慨にふける。 明日は、早く起きて出ていこう……。最後くらいはマイクロトフがいない朝は迎えたくない……。 マイクロトフに、見送りはしない、と言われた。自分も、いらない、と言おうと思っていたが、彼のほうから言われると寂しかった。理由は怖くて聞いていない。 この1週間を思い出す。 自分は努めて普段どおりに振る舞っていたが、マイクロトフも普段どおりだったように思う。感情が表に出やすいはずの彼が芝居をしていたとは思いにくい。彼にとって、自分の存在がその程度のものだったのか、と落胆せずにはいられなかった。しかし、昨夜の彼はちゃんと自分の想いに応えてくれた。彼の心は自分にあるのだとその身をもっておしえてくれた。 強いな……。マイクは。 離れがたくて目を瞑ることことさえできないでいる自分とは大違いだ。 カミューは髪を撫でるのをやめ、両手でそっとマイクロトフの頬を包み込む。かすかに上向けると、 「どうか……待っていてほしい……」 と、囁いて恭しく口付ける。直接は伝えていない言葉。 口にするのは簡単だったが、その一言でマイクロトフの人生を縛りつけるような真似はできなかった。離れているあいだに何が起こるかわからない。それこそ、彼に運命の人との出会いがあるかもしれない。 故郷に帰ったらいろいろなところを見て周ろう。そしていろんなことを学び、覚え、力をつけよう。そして、マイクロトフの人生を支えるくらいの自信が持てたら、もし彼が誰かと新しい生活をはじめていても祝福してやれるくらいの器になれたら……会いに来よう。 カミューは胸に固く誓うと、ゆっくり目を閉じた……。 朝、カミューが目覚めると、既にマイクロトフの姿はなかった。もうすぐ夜明け、という自分としてはかなり早起きをしたつもりだったのだが、彼にはかなわなかったらしい。カミューは苦笑いを浮かべて身を起こす。 昨日の寝顔が最後か……。 朝練しているところを覗きに行こうかと思ったが、さすがに女々しく思い、やめた。手早く着替え、用意していた荷物を手にする。部屋を出るとき、最後にもう一度振り返った。 マチルダに戻ることはあるかもしれないが、この部屋に戻ることはないだろう……。 カミューは感傷を振り払うように頭をひとつ振ると、ドアを閉めた。 廊下をゆっくり歩いていくと、途中、元赤騎士団副団長と元青騎士副団長、これから両団長となり騎士団を引き連れるであろう2人が立っていた。 「レイ……、アドヴァン……」 「おはようございます。カミュー様」 赤騎士団長となる、レイブリックがにこやかに微笑む。青騎士団長に就くアドヴァンは相変わらずの仏頂面で傍らに立っていた。 「どうしたんだ? こんな朝早く……」 「お見送りを断られましたので、ここでお待ちしてました」 最後まで気遣いをみせるレイブリックにカミューは苦笑いする。 「そうか。わざわざすまない」 「いいえ。道中、お気をつけて」 「ありがとう。2人とも、これから大変だろうが頑張ってくれ」 カミューの言葉にアドヴァンはひょい、と肩をすくめた。 「まったくだ。おまえらのどちらかが白騎士団長に就けばもう少し楽できたというのに」 歯に着せぬ物言いにカミューは苦笑いする。 「俺たちのどちらかが就いたら就いたで余計なやっかいごとも増えただろう?」 「それくらい、あなたがたに押しつけられる仕事の量を考えれば、たいしたことなかったんですがねぇ」 どちらも頑固ですからね、と、レイブリックにまでさらりと酷いことを言われ、カミューはくすくす笑い出した。 「じゃあ、おまえたちの恨み言を胸に俺は退散するよ」 「ええ。贅沢な暮らしがしたくなったらいつでも戻ってきてくださいね」 「それは魅力的な申し出だな」 「……せいぜい達者で暮らせ」 「ありがとう」 カミューは片手を軽く上げて2人に背を向ける。「いつまでもお幸せに……」とつぶやいたレイブリックの言葉はカミューの耳に届かなかった……。 名残惜しそうに見送ってくれた馬番や門番たちに簡単に別れを告げ、カミューは馬上の人となっていた。馬も最後だとわかるのか、手綱を緩めても足を早まらせず、朝焼けを背に、ゆっくりと歩を踏む。周りの景色に、いろいろな思いを馳せていると、気がつけば関所に辿りついていた。 「カミュー様」 関所の門兵たちが寂しそうな顔をして立っている。カミューが今日、ここを通ることはあらかじめ通達しておいた。 「朝早くからすまないね」 カミューはねぎらいの言葉をかける。門兵たちはとんでもない、と恐縮し、関所を開いた。カミューが通りざま、「お気をつけて」と声をかけられる。カミューはありがとう、と微笑んだ。 門をくぐると、背後で門が閉まる音がする。いよいよマチルダとお別れなんだな、とカミューは門の遥か向こう、ロックアクス城で剣を振るっているであろう最愛の人を想った。 マイク……。どこにいてもおまえの幸せを祈っているよ……。 そういえば別れの言葉を交わしてなかったことに今更ながら気づく。昨夜は言葉を交わす余裕もないくらいお互い求めていたから。 別れの言葉がないほうが、また会えるようでいいか……。 未練がましい自分を慰めるように言い聞かせていると、ふと、馬が足を止めた。何事か、と顔を上げると、前方に人影があった。自分と同じく馬に乗っているようだが、朝靄のせいでよく見えない。 ひょっとして叛乱分子の刺客か、と身構えたとき、向こうが口を開いた。 「遅いぞ、カミュー」 カミューは我が耳を疑った。ここにいるはずのない、しかし、誰よりも聞きたかった声……。 「マ、イク……?」 カミューは信じられない事態に、金縛りにあったかのように動けなくなった。カミューが動かないことに焦れたのか、向こうから近づいてくる。靄の中からゆっくり姿を見せたのは、まぎれもない、マイクロトフだった。軽装な姿で、愛馬に跨っている。 カミューは茫然と口を開いた。 「……み、見送りにきてくれたの……?」 「あほう。この格好が見送りにきたように見えるか?」 マイクロトフはカミューの呆けようがおもしろいのか、くすくす笑いながら馬を下りた。カミューはつられるように自分も馬から下りると、働かない頭でとりあえずマイクロトフの身の周りを見る。馬にはいくつかの荷物が繋げられ、彼の愛剣ダンスニーと思われる長い棒状のものも括りつけられていた。言うなれば自分と似た格好。 「どこかに……行くの?」 「ばか。おまえと別れてどこに行くというんだ?」 逆に聞き返されてカミューはますます混乱する。 「だって、一緒に行かないって……」 「おまえがいきなりあんなことを言い出して驚かすから、俺も驚かしてやろうと思ったんだ」 してやったり、という笑みを浮かべるマイクロトフに、カミューはようやく呪縛が解けてきた。まんまと騙されたことが悔しくて上目遣いに睨みつける。 「元青騎士団長殿は嘘が嫌いじゃなかったのかな?」 「元赤騎士団長殿と付き合ってから性格が悪くなったんだ」 「言ったな……!」 カミューは笑いながら頭を小突くふりをして、同じく笑いながら頭を庇うふりをしたマイクロトフの手を握った。口元に引き寄せて軽く口付ける。 「もう。俺としたことがしてやられたよ。長年の恋人と今生の別れかもしれないっていうのに、妙に冷たいしさ」 「冷たいのはおまえのほうだろう。俺が行かない、と一言言っただけで、あっさりと引き下がったくせに。おまえには俺が必要ないのかと思ったぞ」 からかうように言うマイクロトフにカミューはちょっとムキになった。 「必要ないわけないだろう! 俺がどんなに苦しい思いで……」 ふわり、と抱きつかれてカミューの言葉が止まる。マイクロトフが耳元で囁いた。 「必要だったら、簡単に離すな。俺には、もうおまえしかいないんだから……」 「マイク……」 めったに聞けない彼からの告白にカミューの胸が熱くなる。どうして一度でも手放そうと思うことができたのだろう。彼なしの人生なんてなんの意味もないのに。 カミューはマイクロトフの背中に腕を回してぎゅっと抱きしめた。 「いまの言葉、もう取り消しはきかないからね。嘘だと言っても無駄だよ。一生離してやらないから」 彼からの返事はきつい抱擁だった。 終わり |