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むかし、むかし、あるところに、マイクロトフという笠売りの青年がいました。 青年はたいそう生真面目な性格でしたが、それゆえ融通がきかず、また口下手であったため、商売には向いてるとはいえませんでした。しかし、彼の収入が生活費のすべてでしたので、雨の日も雪の日も、こつこつ売っては嫁と2人、細々と暮らしていました。 今日は年の暮れ。 マイクロトフは人々が年越しの準備で賑わっている街中を、笠を持って売り歩きますが、ほとんど売れません。 今日は今朝から雪が降り続いていました。日が傾くにつれ、雪の降り具合も激しくなってきたため、みんな家路を急いでばかりで見向きもしなかったのです。 日が暮れてきたので、マイクロトフも商売をあきらめ、家路につくことにしました。 今日も売れ残った笠を手に、マイクロトフは空を見上げてぽつり、とつぶやきます。 「それにしても、すごい雪だな」 これでは明日の朝はどれほど積もっているだろう……。雪かきが大変だな、と、マイクロトフは少しうんざりしました。身体を動かすのは好きでしたが、年始そうそう、雪かきに追われるのはさすがに気が重いです。 「明日の朝より今の心配だな。このままでは雪だるまになってしまう」 強くなりはじめた雪に、マイクロトフは歩調を速めました。 と。 視界に何かが映り、マイクロトフは思わず足を止めました。それは、街外れに並ぶ十二体のお地蔵様でした。頭の上にはこんもりと雪が積もっています。 マイクロトフは心の優しい青年でした。お地蔵様とはいえ、この雪の中ではとても寒そうに見えたのです。そして、自然と目が手元に向きました。……売り物の笠に。 売り物だが、もう帰るだけだし、いいか……。 マイクロトフはお地蔵様に歩み寄ると、一体、一体に、雪をほろってから笠をかぶせてあげます。こんなことをしても一文の得にもならないことはわかってました。いや、それどころか、売り物をただで失ってしまうのですから、赤字です。 お地蔵様に笠をかぶせてあげながら、ふと、嫁の顔が浮かびました。実はマイクロトフは借金のかたに婿入りさせられていたのです。ですから、嫁も金にはうるさい人物でした。帰って事情を話したあとの怒りを想像すると、ちょっとこの場で凍死したい気分になりましたが、そこは親からもらった命。無駄にはできないと、嫁の怒りを受ける覚悟をしました。 マイクロトフは心の優しい青年でした。しかし、ちょっと数字に弱かったのです。 「し、しまった! 笠が足りん!!」 自分の持っていた笠の数とお地蔵様の数を前もって確認していませんでした。最初に笠が足りないことに気づいていたら、はじめからこういう真似はしなかったかもしれません。中途半端になるよりは、と、最初に諦めていたはずでした。しかし、今更気づいてもどうすることもできません。自分の笠を使ってもあと一体分、足りませんでした。 「……仕方ない」 マイクロトフは自分の笠を脱いでもう一体のお地蔵様にかぶせてやると、笠の下に巻いていた青い手ぬぐいをはずし、最後の一体にかぶせてやりました。 「まあ、多少、格好悪いが我慢してくれ」 片膝をついた体勢のまま最後の一体にそう語りかけると、立ち上がって十二体を見渡しました。 「来年もいい年になりますように」 マイクロトフはきちんとお辞儀をしてその場を立ち去りました。 ……傍にあった木の陰から怪しい人影が見つめていたのにも気づかず……。 「ただいま」 「遅かったな。……なんだ、その格好は」 マイクロトフの姿を見るなり、嫁は眉を顰めました。マイクロトフの全身は雪まみれで、髪からは溶けた雪が水滴となってしたたり落ちてます。 実はマイクロトフはもっと前に家に着いていたのですが、嫁の怒りが怖くて家の前でうろうろしていたのです。しかし、悪いことをしたわけではないと思い、ひょっとしたら「いいことをしてきたな」と言われるかもしれない、と、思いきって帰ったのでした。 マイクロトフは一生懸命事情を説明しました。 そして、話し終わると嫁の反応を待ちます。嫁はうつむいていたため、長い黒髪に顔が隠れて表情が見えませんでした。 「そうか……。それでおまえは手ぶらで、しかもずぶ濡れになって帰ってきたのだな?」 「あ、ああ。そうだ……」 無機質な口調にマイクロトフは恐る恐る頷きますと、嫁は顔を上げました。その顔は般若のようです。 「馬鹿者!! そんなことをして何の得になる?! しかも、自分の分まで置いてきただと?! おまえが風邪を引いたらどうするんだ!!」 俺の身体を心配してくれてるのか? と、マイクロトフは嫁の剣幕に慄きながらもちょっと感動しました。が、 「明日の雪かきは誰がやるんだ?!! 笠売りは?!! おまえが働かなければ餓死だぞ、餓死!!」 「………………」 やっぱりな、とマイクロトフはため息をつきました。っていうか、新年早々、笠売りに行かないといけないのか……と泣きたくなります。 元々、この嫁は貿易手腕が優れていて、有数の金持ちでした。ところが、借金のかたにマイクロトフを婿に迎えると、とたん働かなくなり、いまではマイクロトフの笠売りの収入のみで貧乏暮らしをしているのです。 「俺は……身体は丈夫だから平気だ……」 「ああ。そうだな。『身体だけは』丈夫だったな。 どうせ晩飯は抜きなのだから、とっとと寝たらいい」 嫁の鬼のような一言に、マイクロトフはもう一度ため息をつきます。年越しソバも口にできないのか……と、とぼとぼと寝室に向かいました。 マイクロトフは早寝早起きが得意でした。眠りは深く、ちょっとやそっとのことでは起きたりしません。 ところが。 ぐるるる…… 「腹、減った……」 空腹のため、目が覚めてしまいました。隣を見れば唇にソバのかけらをつけた嫁が満足そうに寝ています。マイクロトフはため息をついてもう一度眠ろうと目を閉じました。 そのとき。 ゴオォォォン…… 遠くから鐘の音が聞こえてきました。 「ああ……、除夜の鐘か……」 ゴオォォォン…… 「ああ、腹に響く音だ……」 来年は少しはいい年になるだろうか……。己の憐れさが身に沁みました。 親の借金のかたに婿入りさせられ、嫁には馬車馬のように働かされ、ご飯もろくに食べさせてもらえない。不幸すぎます。 「やっぱりあの場で凍死すべきだったろうか……」 ふと、そんなばかな考えも浮かびました。 シャン…… そのとき、鐘の音に混じって鈴のような音が聞こえました。空耳か、と、思ったとき、 シャン……シャン…… 確かに聞こえてきます。マイクロトフは首を傾げました。こんな夜中に鈴を鳴らして歩く人がいるとは思えません。しかも、鈴の音はひとつではありませんでした。 シャン……シャン……シャン……。 鈴の音はだんだん自分の家の方に近づいてくるようです。マイクロトフは慌てて隣の嫁を起こしました。 「なんだ! この夜中に!!」 「あの鈴の音が聞こえないのか? ウチに向かってきているようだぞ!」 言われ、嫁も耳をすまします。鈴の音の他に、何やら重いものを引きずっているような音が聞こえました。そして、その音は確かに家の方に近づいてきているようです。 シャン……シャン…… ずっ、ずっ…… 「何事だ……?」 2人で顔を見合わせていると音はとうとう家の前まできてしまいました。そして、ピタッと止みます。 一瞬の沈黙のあと……。 どさどさどさっ どんがらがっしゃーん ぶひっ(?) ものすごい音と共に地震のような地響きが起きました。2人は慌てて外に出てみます。 そこには。 金銀財宝の山と米俵、そして、なぜか家畜数頭が並んでました。 「な、なんだ、これは……?」 2人が呆然としていると、 「やあ、そこの心優しき人」 と、この場にはふさわしくないほどの爽やかな声がしました。声がしたほうを見ると、宝の山のてっぺんに青い手ぬぐいを気障に首に巻いた亜麻色の髪の青年が立っています。手にはいくつもの鈴。 マイクロトフは光景の異常さに、あんぐりと口を開けました。 「誰だ? おまえは……」 「私がわからないのかい? この、青い手ぬぐいを見ても?」 と、青年は首に巻いた手ぬぐいを愛おしそうに撫でました。マイクロトフはわけのわからない悪寒に襲われつつ、その手ぬぐいが自分のものであることに気づきます。 「ま、まさか、あの地蔵様か……?」 マイクロトフの言葉に青年はにっこりと笑いました。 「君の優しい行いに心を打たれたんだ。 これはほんのお礼だよ」 「本当か?!」 叫んだのはマイクロトフではなく、嫁でした。青年はその反応に目を細め、交渉に出ます。 「どうだい? この宝と引き換えに彼を私にくれないか?」 「ああ、いいぞ」 一瞬の間もおかず嫁は頷きました。所詮は金の亡者です。マイクロトフはそっと涙しました。それは迷うそぶりもなく承諾した嫁への悲しみと、こんな嫁から解放される喜びとが混ぜ合った、複雑な涙でした。 「そう? じゃあ、交渉成立ということで」 「うむ」 なんか、爽やかに握手まで交わしています。マイクロトフには人権も選択権もないようです。嫁は嬉々として、とりあえず一番価値の高そうな宝石等を手に、家に戻っていきました。 2人きりになると、青年はにっこりとマイクロトフに笑いかけます。 「私はカミュー。君は?」 「マ、マイクロトフ」 「マイクロトフか。素敵な名前だね。じゃあ、そろそろ行こうか」 と、カミューはさりげなくマイクロトフの肩に手をまわします。 「い、行くってどこに……?」 話の展開についていけなかったマイクロトフは、肩にまわされた手に本能的な身の危険を感じながら、おずおずと聞いてみました。青年・カミューはマイクロトフの肩にまわした手でぐいっと抱き寄せると耳元に囁きます。 「もちろん、2人の愛の巣さ」 「は?!」 目を点にしたマイクロトフにカミューはちゅ、と口付けました。 「なっ、なにをするっ?!」 瞬時に真っ赤になったマイクロトフに「可愛いね」と微笑んで、カミューは自分たちの『愛の巣』へと連れていこうと強引に腕を引きます。 「ま、待てっ! 俺は……」 「マイクロトフ、君はもう行くところがないんだよ?」 慌てるマイクロトフに、カミューは静かに諭すように言い聞かせました。誰のせいでそうなったのかはすっかり棚に上げてるようです。 そうだった……と、しゅん、としてしまったマイクロトフの目を覗き込んで、カミューは優しく語りかけました。 「マイクロトフ、君、お腹空いてるんじゃないかい? 一緒に来たら、おいしい料理をごちそうするよ?」 「行く」 即答です。年の終わりにご飯抜きにされていたマイクロトフはとにかく空腹でした。元々、食べるのが大好きな青年です。いちにもなく頷いていました。 まんまとつられてくれた青年にカミューはひっそりと笑みを零します。 「じゃあ、行こうか」 カミューはマイクロトフの手を握りました。しかし、もうすぐ食事にありつける、と嬉々としていたマイクロトフにはそれをおかしいと思う余裕がありませんでした。2人で颯爽と歩き始めます。 カミューの首の青い手ぬぐいが風にはためきました……。 そして、とある一軒家に着くと、カミューが中に案内します。囲炉裏にはおいしそうな鍋がぐつぐつと音を立てていました。思わず唾を飲み込むマイクロトフにカミューは、くすり、と笑って皿によそってあげます。マイクロトフは夢中で食べ始めました。 ぺろっと鍋を平らげると、はあ、と満足そうに一息つきます。一部始終をじーっと見つめていたカミューもなぜか、はあ、と、深い息をつきました。それはため息というよりどこかうっとりしていたふうです。かすかに頬を染めて、幸せそうでした。 「ごちそうさま! 地蔵様の料理はうまいな!」 「そうかい? それはよかった。ところで、地蔵様はやめてくれないか?」 カミューは笑みを浮かべ、ずいっと顔を近づけました。マイクロトフは反射的に身をわずかに引きます。 「え? し、しかし……」 マイクロトフが引いた分だけカミューはまた近づきました。浮かべてる笑みが妖しく感じるのは気のせいでしょうか。 「カミュー、と。呼んでほしい……」 そっと耳元で囁かれ、マイクロトフはびくり、と身を震わせました。そして、のけぞる格好になっていた身体を支えている手を突然払われて床に倒れ込みます。 「な、なにをする?!」 慌てて身体を起こそうとするマイクロトフより早く、カミューがのしかかってきました。 「ねえ、マイクロトフ。俺もごちそうを食べたいんだけど……」 「う……。す、すまない。俺が全部食べてしまって……」 押し倒される格好となったマイクロトフは状況がよくわからないまま、身の危険を感じてとりあえず謝ります。カミューの一人称が「私」から「俺」に変わっていることになど気づく余裕がありません。 「俺が食べたいのは……他のものだよ」 カミューの顔が息がかかるほど近づいて、マイクロトフはパニックに陥ります。腕をつっぱねて接近を阻もうとしました。 「ま、待て! おまえは地蔵様なのだろう?!」 「もう人間だよ」 「ほ、本当か……?」 「本当さ。確かめてみるかい?」 「ど、どうやって……?」 「それはもちろん……」 「うわっ! ど、どこを触っている?!」 「ふふふ。おまえへの愛が奇跡を起こしたんだよ」 「あ、愛……?」 「愛してるよ、マイクロトフ……」 「え? んっ、んんんっ……!」 暗転。 次の日。 街一番の成金、ゴルドー家から大量の財宝、食料、家畜などが何者かによって盗まれたと大騒ぎになりました。現場には鈴がひとつ落ちているだけで、他に手がかりはありませんでした。 そして、街外れに並んでいる十二体のお地蔵様に笠がかぶせられているのが街の人々に見つかりました。ところが、笠をかぶっていたのは十一体のお地蔵様だけで、最後の一体のお地蔵様だけは『なにもかぶっておらず』、せっかく親切なことをするなら、平等にすればいいのにねぇ、と、街のささやかな噂になりました。 しかし、そんなことは一組の布団でぬくもりを分け合って寝ている彼らには関係のないことですが。 とっぴんぱらりのぷう |