〜ワガママな恋人〜




 きつく抱きしめられたと同時に自分の中で熱い迸りを感じると、マイクロトフはのけぞって自身を解放した。頭が真っ白になる瞬間……。

 互いに荒い息をついていると、カミューが息も整わぬまま唇を求めてくる。マイクロトフが半ば条件反射でそれに応えていると、カミューの指が敏感なところを撫で上げてきて、びくり、と身体を震わせた。マイクロトフは慌ててカミューの亜麻色の髪に指を絡め、軽く引っ張る。
「カミュー……、もう、いいだろう……?」
 わずかに離れた唇の合間からマイクロトフが恥ずかしそうに問うと、カミューはうっとりと目を細めた。
「もう少し、ね?」
 誘惑するような笑みを浮かべるカミューにマイクロトフは力なく睨みつける。
「あ、明日の朝に差し支える……」
「さぼればいいのに……」
「そうはいくか……ぁっ……」
 悪戯な指が背中を伝うと甘い声が上がってしまう。先程までの名残でどうにも感じやすくなっていた。抵抗の薄いマイクロトフにカミューはほくそえみながら首筋や鎖骨に唇を落としていく。
「ねえ、一緒に起きようよ。最近は休みも重ならないし」
「おっ、まえが、早く起きれば、いいだろっ……ぅっ……」
「そんなかわいくないことを言う口は塞いじゃおうっかな」
「んっ……」
 深く唇を重ね合わせ、マイクロトフの身体から力が抜けるまで貪る。ようやく陥落した頃、唇を離し、ぺろっと舌でなぞった。
「たまには俺に付き合って。……目が覚めたとき1人なのは淋しいよ……」
 ぽつり、とつぶやかれた言葉。マイクロトフはぼうっとしてしまった頭でカミューの言葉を理解しようとする。しかし、すっかり復活したカミューに瞬く間に快楽の海へと突き落とされ、それはかなわなかった……。


 何度目かの絶頂とともに意識を手放したマイクロトフの身体から自身を抜き、カミューはそっと愛しい身体を抱き寄せる。優しく額に口づけると苦笑を浮かべた。先に意識を飛ばしてしまった恋人へ、ではない。自分の貪欲なまでの性欲に、だ。

 まったく……。飽きるということを知らないのか……。

 マチルダを離反し、ここ、同盟軍に参入してから、部屋数の関係でマイクロトフと同室になった。はじめのうちは、なんてラッキーだ、と単純に喜んでいたのだが。

 まさか、こんなことになるとは……。

 マチルダにいたときは互いの立場が立場だっただけに、執務中は一緒になることは少なかった。そのぶんを補うように夜を共にしていた。
 それが、同盟軍では赤騎士も青騎士も、団長職すら関係ない。互いの得意分野が違うために仕事が別々になることはあるが、マチルダにいる頃に比べれば一緒にいられる時間は格段に増えた。
 しかも、同室。プライベートでは手を伸ばせば触れられる距離に彼がいることにカミューは満足していたはずなのだ。
 それなのに。

 このざまはなんだ……。

 前はただ一緒に寝るだけの夜もあったのに、いまは毎晩のように肌を求めてしまう。しかも大抵は一度の絶頂では満足できなくて……。
 重症だ、とカミューは思う。発情期の獣のようだ。10代半ばの若造じゃあるまいし、性欲もコントロールできないなんて。
 本来、受け入れる機能を持たないマイクロトフの身体の負担を考えればこんなことは拷問に近いだろう。いつも、ぐったりと気絶するように眠りに落ちるマイクロトフを見るたび、申し訳なく思う。それでも次の晩になれば抑制がきかないのだ。
「最低だな……」
 恋人の懇願をきけない自分も。懇願してる顔にさらに欲情する自分も。
 どうしてこんなことになってしまったのか。
 正直、傍に居ることが多くなれば心が満たされて、そういう肉体的欲求も減ると思っていた。がつがつと求め合う恋人同士ではなく、お互いが傍に居るだけで幸福感に満ちる、安定した関係になるだろうと……。
 それが前よりひどくなるなんて。
「ごめん……」
 カミューは汗で張りついた前髪をそっとかきあげてやりながらつぶやいた。

 夜は自分の我侭をきいてもらっているから。せめて日中はものわかりのいいパートナーでいよう……。

 カミューは神妙に心に誓うと、
「愛してるよ……」
 と、マイクロトフの唇に恭しく口付けを落とした。そっと頭を抱き寄せながら、眠る体勢に入る。
 静かに目を閉じると、ほどなく眠りの波にさらわれた……。



 どんなに前の晩に激しく求め合おうとも、習慣というのは恐ろしいもので普段の起きる時間になると目が覚める。
 マイクロトフが静かに目を開けると、息が触れるほど傍にカミューの寝顔があった。しかし、いまさら驚くシチュエーションでもない。どこか安堵しながら整った顔立ちを見つめていると、カミューがわずかに身じろぎし、拍子に前髪が下りて額にかかった。
 マイクロトフは髪をかきあげてやろうと手を伸ばし、はた、と動きを止めた。目に入ったのは手首から肘にかけてのちょうど中間点あたりにできた鬱血の痕。

 まったく……! これでは腕まくりができないではないか!

 マイクロトフは少し赤面しながら少し乱暴な手つきでカミューの髪を払う。それはこんなところに痕をつけたカミューへの怒り、というよりは、いつのまにつけられていたのかわからない自分への羞恥の方が大きかった。
 前髪を寄せると、髪と同じ亜麻色の睫毛が露わになる。すっと通った鼻梁、わずかに開いた唇。人当たりのいい態度とあいまって、口の悪い連中には『優男』などと言われているが、この涼しげな美貌の持ち主が夜になると豹変する。琥珀色の瞳を煌かせ、獣のように自分に食らいついてくる。そして、あっというまに身も理性も食い尽くしてしまうのだ。
 それにしても、とマイクロトフは思う。
 最近の、というか、同盟軍に参入してからのカミューは少しおかしい。マチルダにいるときもこうやって肌を重ねる夜は多々あった。しかし、おやすみ、と挨拶を交わして互いの部屋で寝ることもあったし、ひとつのベッドでただ一緒に寝ることもあった。
 それなのに、同盟軍で同室になってからというもの、夜、互いが部屋にいるときは毎日求めてくる。断っても断っても、あるときは言葉巧みに、あるときは半ば強引に、と結局は組み敷かれてしまう。最初は同室、という向こうにとっては願ってもない状況に、浮かれているのかと思った。そのうち飽きるだろうと我慢して付き合っていたのだが、いっこうに減らない。いや、それどころか、だんだん一晩で何回も求めてくるようになったのだ。あまりこういうことには詳しくないが、普通、倦怠期とまではいかないが、ある程度を過ぎれば、飽きるというか、少し落ち着くものではないのだろうか。
 自分も確かにそんなに嫌いではない。好きな人と肌を合わせる、ということにこのうえない幸せを感じるし、カミューにおしえられた快楽はあまりにも甘美でそう簡単に忘れられるものではない。
 しかし、限度というものがある。
 受け入れる自分もつらいが、動きっぱなしのカミューとてつらいはず、と思う。

 それなのに、ああも執着するのは何か不安にさせているのだろうか……。

 自分は不器用で人の気持ちにも鈍感だから、知らずカミューを不安にさせているのかもしれない。
 昨夜のカミューのセリフを思い出した。

『目が覚めたとき1人だと淋しいよ……』

 情事の最中にぽつりとつぶやかれた言葉。我侭、というよりは思わず出た本音のようにマイクロトフには思えた。
 いつも自分が起こしにいくまで寝ているから。そんなふうに不安や淋しい気持ちを抱えているとは思わなかった。
 ときどき、自分が起こしに行く前に目が覚めていただろうとわかるときがある。それでも彼は寝たふりをしていて、自分が起こすまで目を開けない。それは、自分をからかうためだけじゃなく、自分が傍にいるのを確認してから目を開けたかったのではないか、と思うのは自惚れだろうか。
 自分は先に起きるから目が覚めたときに1人、ということはない。だが、一度、目が覚めたとき、傍らにいるはずのぬくもりが失われていたことがあった。結論からいえばたまたま目を覚ましたカミューがシャワーを浴びに行っていただけだったのだが、そのときの自分はいま思い出しても赤面するくらいうろたえてしまっていた。あたりまえに隣に存在すると思い込んでいたものが突然失われて、得体のしれない不安に襲われていたのである。そして、帰ってきたカミューは自分を見るなり、「ごめん。淋しかった?」と何も言わない自分の心情あっさりと見抜いてしまったのだ。
 それは自分も同じ思いを抱いていたからではないのだろうか。

 今日は……さぼるか……。

 けだるい身体を投げ出して、マイクロトフはぼんやり思う。自分を包むように抱いているぬくもりが心地良かった。
 生真面目な彼は朝練をさぼることなど、通常であればやむをえない事情がない限りありえない。それでも、少しでも彼の不安を除いてやることができるのなら。
「たまには……な」
 マイクロトフは自分に言い訳するようにつぶやくと、再び眠りにつくため目を閉じた。
 次に目が覚めたときは琥珀色の瞳が自分を優しく見つめていてくれたらいいな、と思いながらゆっくり眠りの淵に落ちていく。
 が、意識が完全に閉じようとしたとき、
「マイク!」
 と、身体を揺さぶられた。驚いたマイクロトフが思わず目を開けると、こんな時間に起きたことのない恋人が、あせったような、どこか得意げな顔をして自分を見ていた。
「マイク! 朝練に遅れるよ。早く起きないと!」
「………………ああ」
「どうしたの? 急がないと遅れるよ!」
「………………そうだな」
 てっきり「しまった!」と慌てて準備をするかと思っていたのに、なにやら不機嫌そうな恋人の様子にカミューが首をひねっていると、マイクロトフは無表情のままベッドから降りて準備をはじめた。その手つきはやけになったように荒々しい。
「マイク? ……怒ってる?」
「……べつに! いってくる!!」

 バタンッ

 自分を一瞥もせずに部屋を出ていったマイクロトフにカミューは呆然とする。
「マ、マイク……?」
 大事な恋人が万が一寝坊して朝練に遅刻、なんてことのないように体内時計に気合いを入れまくって寝ていたのに。案の定、自分が目を覚ますと、恋人はどこかあどけない表情で眠っていた。それを心を鬼にして起こしたのに。
「ど、どうして……?」
 カミューの枕は朝露に濡れた。



 おわり




8484HITしてくださったカマさまからのリクエストで
「青を好きで好きでしかたない赤(でも報われない)」でした。
ただのバカップルになってしまいました(汗)
カミューさんはあれです。好きなものが傍にあると
触らずにはいられない子供状態(爆)
カマさん、こんな文ですみません〜〜


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