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「カミュー、起きているか?」 「うん。……眠れないのかい?」 カミューは隣からの声に、閉じていた目を開け、ベッドに横たえてた身体を起こした。隣のベッドでも身体を起こした気配がする。暗がりの中、顔を向けると、向こうもこっちを見ているのがわかった。 「……起こしてしまったか?」 すまなそうな口調にカミューは首を横に振る。 「いや。起きてたよ。……寝付きのいいおまえでも、さすがに今夜は眠れないか」 いつもなら同室の彼はとっくに寝ている時間。からかうように言ってみたが、返ってきたのは沈黙だった。カミューは、失敗したか、と内心苦笑いしつつ、つとめて明るく言う。 「大丈夫? マイクロトフ」 「カミューは……平気なのか?」 普段の彼からは想像もできないくらい不安そうな声。カミューは数瞬、瞠目した。自分の不安がかけらも彼に伝わらないように、自分の中で消化する。そして目を開けると、マイクロトフに見えないのはわかっていたが、にっこりと笑った。 「そうだね。どっちかというと開き直った、かな」 あっけらかんとした口調にまたもしばし沈黙が流れた。そして、ため息とともに言葉が吐き出される。 「おまえは……けっこう大雑把にできているな。おまえを繊細だと思ってる連中におしえてやりたいくらいだ」 「やだなぁ。たくましいって言ってよ」 笑って答えながら、カミューはベッドから身軽に降りた。そして、隣のマイクロトフのベッドに侵入しようとする。 「なっ、カ、カミュー?」 とまどった声を上げるマイクロトフにかまわず、カミューはとっととマイクロトフの隣に座り込んだ。さすがにここまで至近距離になると暗闇でもお互いの顔が見える。カミューはマイクロトフの目を見つめ、問いかけた。 「マイクロトフは人を斬るのが怖い?」 「……カミューは怖くないのか?」 逆に問い返されてカミューは少し笑う。いつも簡単明瞭な彼らしからぬ態度に暗に肯定しているのを察した。 人を斬る……。 明日、カミューとマイクロトフは戦場に赴くことになった。 本来であればまだ従騎士である彼らが戦場に出ることはない。今回は主力部隊がハイランドとの国境線に遠征している間に、別勢力が反対側の国境付近に現れたのだ。ハイランドと結託しているのかは不明だが、小勢力ながら無視するわけにもいかず、残ったわずかな騎士たちでは部隊の編成もままならないため、従騎士の中から腕の立つ者、つまり、将来を有望視されている者たちに召集がかかった。従騎士の中でも群を抜いた実力のカミューとマイクロトフも当然選ばれていた。相手が小勢力のため、小競り合い程度になるだろう、と召集をかけた騎士は言っていた。しかし、それでも、戦場には違いないのだ。 従騎士の宿舎はいつになく、しん、としていた。 「俺は、怖いよ。……でも、もっと怖いことがあるから」 カミューが口を開くと、マイクロトフはカミューの方をじっと見つめた。 「もっと怖いこと?」 カミューはマイクロトフの真っ直ぐな視線を、眩しいものを見るようにわずかにそらす。 「……マイクロトフを、失うこと……」 小声でつぶやかれた言葉はマイクロトフの耳に届かなかった。 「え?」 マイクロトフが聞き返すと、カミューはそれに答えずマイクロトフにぎゅ、と抱きついた。そのまま肩に額を押しつける。 俺はおまえを失いたくないよ……。ずっと傍にいたい。だから、おまえと俺が生きるために必要なら、俺は人もためらいなく斬れる…… 言葉にできない想い。カミューは顔を伏せたまま苦く笑った。自分のことを『親友』だと思っている彼がこの気持ちを知ったらどう思うだろう……。 「カミュー……」 マイクロトフは困惑したように、自分の肩口に顔をうずめて黙ってしまったカミューを見下ろす。表情は見えなかったが、反対側に回された手は力強かった。それだけでも心が幾分落ち着くのを感じる。 「マイクロトフ、怖がらないで。俺たちが騎士になれば戦場には幾度も出ることになる。その時期が少し早まっただけだよ」 カミューの静かな、それでいて励ますような口調に、マイクロトフは、ああ、やっぱりカミューは大人だ、と思う。たった1歳上とは思えないこの落ち着きぶりはなんだろう。それに比べて自分の不甲斐なさといったら……。 マイクロトフが唇を噛んでいると、カミューが口を開いた。 「マイクロトフ、剣は人を斬るための道具かい?」 顔を上げたカミューの瞳はいつになく真剣だった。マイクロトフはカミューの言葉にハッとしたように目を見開く。自分の中に答えをみつけると、恐怖心がどんどん薄れていくのがわかった。つかのま目を閉じ、力強く琥珀色の瞳を見つめ返す。 「ありがとう、カミュー。俺は大事なことを忘れていた。人を斬るのではなく、マチルダを守るために、俺は剣を振るう」 「うん。そうだよ、マイクロトフ。剣は人を傷つけるだけのものじゃない」 ふわ、と嬉しそうに笑ったカミューに、マイクロトフも少し照れたように笑う。 何度こうしてカミューにおしえてもらっているのだろう。カミューに頼りきりな自分が情けない。しかし、それを言うと、「なに言ってるんだ。親友だろう?」と笑ってくれるから、甘えてしまうのだ……。 いつかは。彼の隣に並んでいても恥ずかしくないようになれるだろうか。……なりたい、とマイクロトフは心の中で切望する。 カミューがわずかに顔を寄せた。暗闇の中でもお互いの顔がはっきり見えるくらいの近距離になる。 「ねえ、マイクロトフ、必ず生きて帰ってこようね」 カミューは肩を抱いていない方の手でマイクロトフの手を握った。マイクロトフは空いている手をそれに重ねる。 「ああ……。そうだな。騎士になるにはこんなところで死ぬわけにはいかない」 力強く頷き返すと、カミューはまた嬉しそうに笑った。そして、肩に回していた手をマイクロトフの後頭部に移動し、自分の方に引き寄せると、 「じゃあ約束だよ」 と、額にキスを落とす。一瞬きょとん、としたマイクロトフは我に返ると真っ赤になってカミューを引き剥がした。 「なっ、なにをするっっ」 「なに、って、無事に帰ってこれますようにっていうおまじないだよ。昔、遊びに行くときとかに母親にしてもらっただろう?」 「なっ、なっ……」 確かに小さい頃、出かけるときは母親が「いってらっしゃい。ケガしないでね」と額にキスをしてくれた。しかし……。 「俺にはしてくれないの?」 「なにっ?!」 動揺しているところへさらに混乱させられるようなことを言われ、マイクロトフはぎょっと目をむいた。そんなマイクロトフにカミューは悲しげな表情になる。 「そうか……。マイクロトフは俺が帰ってこなければいいと思っているんだね……」 「なっ、何を言っている! そんなこと思うわけがないだろう!!」 「じゃあ、はい」 カミューはけろっと受け流すと、目を閉じて顔を心持ち上げた。マイクロトフはカミューの表情が芝居だったことにも気づかず、むむむ……と真剣な顔をして、覚悟を決めたようにカミューの額に顔を寄せる。 ふわり。 額にわずかに震えた暖かいぬくもりが降りたことにカミューは心の中で万歳をしつつ、目を開ける。そして、にっこりと微笑んだ。 「ありがとう、マイクロトフ」 マイクロトフは真っ赤になってうつむいてしまった。 ああ、もう! なんでこんなに騙されやすいんだろう。帰ってきたらものにしてしまおうか、まったく! 天使のような笑顔を浮かべながら物騒なことを考えるカミューに気づくはずもなく、マイクロトフは小声で「もう寝る……」と疲れたようにつぶやく。 「そうだね。明日に備えてもう寝よう」 と、カミューは応えると、ごそごそとマイクロトフの布団を整えはじめた。 「カ、カミュー? それくらい自分でできる……」 マイクロトフはカミューの行動の意図が掴めず、制しようとしたが、それよりカミューの準備ができるほうが早かった。足元にまくりあげていたかけ布団を引っ張ってマイクロトフの下半身にかけてやる。……なぜか自分の下半身もかけ布団の下にあった。 「さ、寝よう」 あたりまえのようにぽんぽん、と布団を叩いて促すカミューに、マイクロトフは奇妙なものを見るような視線を送る。 「…………カミュー」 「何?」 「カミューも……ここに寝るのか?」 「だって、眠れないんだろう? 添い寝してあげるよ」 「っ! い、いらんっ! 子供扱いするな!」 「そうやってムキになるところが子供だよね。ほら、もう寝ないと明日に差し支えるよ」 マイクロトフの抗議をさらりと受け流してカミューは布団に潜り込む。少しして、あきらめたのか、マイクロトフももそもそと布団に入ってきた。カミューはあまりの素直さに声を殺して笑う。 自分が隣にいけばいい、とか思わないあたりがマイクロトフらしいよなぁ……。 マイクロトフの方に顔を向けるとマイクロトフもこちらを見た。 「……おやすみ」 マイクロトフのどこか照れくさそうな口調にカミューも微笑んで応える。 「おやすみ。いい夢を」 マイクロトフはまた寝つけないだろうと思っていたが、目を閉じると不思議と吸い込まれるように眠りの淵に落ちていった……。 ほどなく規則正しい呼吸に変わったマイクロトフと見届けたカミューは、自分も眠るために目を閉じた。隣の心地良いぬくもりを失うことのないよう願いながら……。 「そういえば初めてだな」 隣でぽつりとつぶやかれた言葉を聞き逃しそうになって、カミューは慌てて顔を上げた。 「え?」 「カミューと剣を交えたことはあるが、共に闘うのは初めてだろう?」 ちょっと笑ったマイクロトフに、カミューは半ば条件反射のように頷いた。さっきから頭がぼうっとしていて、マイクロトフの言葉がうまく理解できない。周りの緊迫感にすっかり呑まれていた。 「あ、ああ。そうだね」 適当に相づちを打って視線を下ろせば、互いの手には騎士団より配布された剣が握られているのが目に入る。まだ騎士ではない彼らは自分たちの剣を持っていない。稽古で使っている剣はこれと同型の剣の刃をつぶしているだけで、なんら変わりはないはずなのに、この剣はひどく重く感じられた。 従騎士は2人一組で行動することになっていた。組み合わせは任意だったため、あたりまえのようにマイクロトフとカミューが並んで立っている。 カミューは緊張のため乾いた唇をそっと舐めた。マイクロトフの方が落ち着いているように感じるのは気のせいではないらしい。 やっぱり大物だな……。いざ、となると、とたん落ち着く……。 カミューは心の中で舌を巻く。横顔を見ると、幾分緊張の面持ちではあるものの、昨夜の不安げな様子は微塵も感じられなかった。最近あどけなさが抜け、精悍になりつつある顔つきに、闘志がはっきりと見てとれた。 俺の方がしっかりしないといけないな。 カミューは苦く笑うと、剣を握っている手が汗ばんでいるのに気づき、そっと拭った。 剣を左手に持ち替えたため、空いた右手でそっとマイクロトフの左手に触れてみる。ちょっと目を見開いて自分を見てくるマイクロトフに少し笑った。触れたぬくもりに安堵して、心が落ち着きを取り戻していく。 「マイクロトフの背中は、俺が必ず守るよ」 「ああ。俺もカミューの背中を守ってみせる」 強い決意を込めてお互いの目を見つめ合う。 遠くから「そろそろくるぞ!!」という指示を飛ばす声が聞こえた。カミューは触れていた手を離し、剣を握りなおす。 2人は視線を前に向けた。神経を集中させると遠くから怒号にも似た地響きが聞こえてきた。敵が近づいている。 「必ず、生きて戻ろう」 「ああ。必ず」 2人は力強く頷きあった。 終 |